無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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初めての外食

“先輩!焼き鳥が食べたいです!!”

 

 そんなメッセージが届いたのが、平日の昼頃のこと。当然と言うべきか送り主は溝櫛で、近くにいる本人の方を覗き見ると、へらっと笑って手を振っている。ほかのタイミングではなく、あえて今送ってきたことも、何かしらの意図があるのだろう。

 

 昼休憩に入るのと同時に目配せをして、ちょっとツラ貸せやと伝えると、溝櫛はなぜかにまぁっと笑って、お昼に誘おうとする同僚に何かを囁いてからこちらに来る。

 

 この時点でもう、嫌な予感しかしないが、呼んだのは僕なのでそのまま人気のないところまで移動。普段なら自分の口から要望を言ってくるこの後輩が、わざわざメッセージを使うなんてものは、僕にとって面倒なことか、最近であればすみれ関連の2択だ。どちらにせよ、不特定多数に聞かれたいものでは無い。

 

 

 メッセージだけで満足にやり取りを出来ればよかったのだが、かつてそれを思いついた僕が結局会話でのやり取りに帰着している時点で、その効果はお察しの通りである。

 

 

「それで、今度はどんなに突拍子もないことを考えたのかな?」

 

 

 予想できる範囲だと、以前すみれに渡すと約束していたものを口実にした、再度の家庭訪問か飲み屋への引きずり出し。

 

 家庭訪問の場合は、焼き鳥を用意することになるであろうすみれの負担が多いので、おそらく後者ではなかろうか。すみれの負担を考えて分担すればいいのだが、我が家の家事を担っているあの子が基本的に全部自分でやろうとしてしまうのは、僕と溝櫛の共通認識である。もっとのんびり生活してもらいたい。

 

 

 となると、あのメッセージの意図は自ずと飲み屋への引きずり出しになるだろう。屋台で軽くつまむ、なんて可能性もないでは無いが、すみれとこれだけ仲良くしている溝櫛が、すみれの料理への執着に気付いていないとも思えない。

 

 僕が突然晩御飯はいらないなんて伝えたら、その場では何ともなさそうにわかりましたと言うだろうが、家に帰ったら悲しそうに微笑んでいそうな少女を前にして、この後輩がそんな誘いをするわけが無い。

 

 

「いやー、先輩突然ごめんなさい!どーしても焼き鳥が食べたい気分になっちゃったんっすよぉ」

 

 突拍子もないことなんて、そんなとんでもー、と、へらへらと笑いながら誤魔化す溝櫛。どう考えてもただ焼き鳥を食べたいだけでは無いが、こういうところで言質を取らせないのは昔から上手い。どうせ今回も、僕が勝手に察したという形に押し込められるのだろうと考え、

 

 

「すみれちゃんに、外食の経験させてあげたくありません?きっとあの子、すごく喜びますよ」

 

 そんな言葉で、想定が返された。けれど、突然そんなことを言われても、後暗い感情を抱えている僕としてはあまり乗り気になれない。すみれと溝櫛がこれ以上仲良くなったら、と危機感を抱いてしまうからだ。

 

「とはいえ、先輩は理由がないと突然そんなことは言い出せませんからね。私が一肌脱いで、言い訳を作ってあげましょう。……すみれちゃんと約束したシャンプーとか一式渡したいんですよ。いえ、先輩がかわいいラッピングをしてある袋を会社で私から受けとって、何を貰ったのか隠しながら帰れるならいいんですよ?」

 

 

 にんまりとした笑顔。勝利を確信しているようだ。

 嫌ならいいけど、先輩の奢りで焼き鳥食べたいなぁー、なんてのたまう後輩様に、否と言えるはずもなく。

 

 すみれに話しておくことを約束させられ、この日はランチに連行された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一週間後の金曜日。唐突な予定の変更で献立を考え直すことになったスミレに、溝櫛と二人ペコペコ頭を下げて、そんなに気にしてませんよとお許しをいただいた。

 

「ところですみれちゃん、先輩の服を掴むんじゃなくて、私と手を繋いでもいいんですよー?」

 

 

 一度家まで迎えに行ったすみれは、ソワソワした様子で僕の服の裾をぎゅっと握りながら歩いている。

 

 それを見て羨ましく思ったのか、ちょっと冷っこいけどすべすべですよーなんてアピールした溝櫛だったが、あえなくふられて撃沈する。恨みがましい目をこちらに向けるのは筋違いだと思ったが、気持ちはわからなくもないので受け入れる。

 

 

 あまり歩くのが速くないすみれのペースに合わせて、駅までの道をのんびりと歩く。週末毎に外出を重ねている甲斐があってか、それほど人目を気にすることなく話せていることに安心していると、程なくして目的地に着いた。

 

 

 フランチャイズの居酒屋だ。焼き鳥に力を入れているが、当然他の料理もあり、アルコールやソフトドリンクを提供している。まあ、普通の居酒屋だ。

 

 今更ながら、初めての外食が居酒屋というのもどうなのだろうかとも思ったが、既に来てしまったしテーブル席に案内までされてしまったので、今更ファミレスにしようとも言い出せない。

 

 最初は何呑もうかなーなんて、メニューのアルコール欄を見ているあたり、すみれに外食をというのは半分口実で、ただ酒にありつきたいというのがメインだろう。

 

 

「これ、なんでも頼んでいいんですか?」

 

 こちらは、目をきらきらさせながら不安そうにしているすみれ。残さない範囲ならいくらでも食べていいと伝えると、嬉しそうにはにかむ。料金は後日請求とかもないから、安心して食べてほしい。

 

 

 決めました!先輩もビールでいいですよね!と、勝手に人の分まで決めた後輩に、未成年の前なんだから程々にするようにだけ伝えて注文を任せる。

 

 

 少し待っていると、お通しのお新香と一緒にビールとオレンジジュースが届く。乾杯を済ませて、色々な串を食べたがるすみれに、一口分ずつ味見を分ける。

 

 

「……?お二人とも、食べないんですか?」

 

 

 真剣な顔をしながら、小さい口をもきゅもきゅ動かしている姿に小動物的なかわいらしさを見出して、溝櫛と二人で和んでいると、その様子に疑問を持ったらしいすみれが質問してくる。なんでもないよと二人ではぐらかし、不思議そうにしている様子と焼き鳥で一杯。

 

 

 すみれが来てからはお酒を控えるようにしていたが、ただ食べているところを見ながら呑むのが不思議と進む。

 

 

「そういえば、お兄さんはいつも早く帰ってきていますが、本当はこんなふうに会社の方とご飯を食べたりしたかったりしますか?」

 

 これはハマらないようにしないとなと思っていると、そこそこ焼き鳥と、主食になるものを食べて満足した様子のすみれが、突然そんなことを聞き出し、溝櫛がにんまり笑う。

 

 

「いやー、すみれちゃん。先輩ってば、前まではそこそこ付き合いがあったんですけど、ある日突然ぱったりと来なくなっちゃったんすよ」

 

 よっぽどだれかのことを大切にしてるんでしょうねー?と僕を揶揄う溝櫛だが、それとは対照的にすみれの表情は暗くなる。

 

 

「それって、お兄さんは大丈夫なんですか?そういうところでコミュニケーションを取らないと、距離を取られるって聞きました!」

 

 

 僕のことをおもちゃくらいに考えている後輩とは違って、この子は僕の交友関係まで気にかけてくれているらしい。そこまで心配されてしまうのは、どこか気恥ずかしくはあるが、少し嬉しいものだ。

 

 

「そこは大丈夫。元々そんなに飲み会が多いところでもないし、そこで話さなくても昼休憩の時によく話すからね」

 

 自由参加かつ毎度主催者や人数が変わるため、そこに出れないことによる影響はほとんどない。それよりも僕はすみれの作ったご飯が食べたいのだ。

 

 

「そうだ、お昼と言えばすみれちゃん、先輩って家ではすみれちゃんが作ったご飯食べてるけど、会社ではカップ麺ばっかり食べてるんですよ!その分家でちゃんと食べるからとか、お手軽で美味しいからとか色々言ってますけど、どう思います?」

 

 そこそこアルコールが回ってきたらしい溝櫛が、ダンっとテーブルにジョッキをたたきつけながら言う。真正面からの大きな音に、すみれはビクッと震えた。

 

 

「……おにいさん、わたし、お兄さんにはずっと健康でいて欲しいって思ってるんです」

 

 けれど、溝櫛の言葉の内容を理解すると、すみれの様子が少しおかしくなる。

 

 

「お兄さんの体のことを考えて、栄養バランスも調整していますし、お兄さんが美味しく食べてくれるように、メニューや味付けも調べてます」

 

「全部、お兄さんのためです。お兄さんが喜んでくれると思って、頑張っていたんですけど、お兄さんはカップ麺の方が、好きでしたか……?わたし、めいわくでしたか……?」

 

 

 不安そうな表情だ。親に置いていかれそうな子供のような、怯えと懇願が混ざった顔。

 

 その顔は、嫌いだ。こんな表情は見たくない。

 

「そんなことはないよ。すみれのご飯はいつも美味しいし、飲み会を断っている理由の半分くらいは、家に帰ってすみれのご飯を食べたいからだ」

 

 

 すぐに誤解を解くべく、本心からの言い訳をする。すみれの頭をポンポンと撫でながら、いつもありがとうと伝える。

 

 けれど、その表情は明るくならない。

 

 

「ほんとう、ですか?」

 

「本当だよ。なんなら、すみれがお弁当を作ってくれるなら喜んでカップ麺はやめる。お昼ご飯まで作って貰ったら、すみれが大変だと思って遠慮してただけなんだ」

 

 

 これは、半分本当だが半分は嘘だ。正確には、お昼ご飯に突然健康的でかつ凝ったものを持っていったら、誰が作ったものなのか聞かれることがわかっていたからである。僕が同じものしか作らないことはみんなに知られているし、家族と絶縁状態なのも隠してはいない。

 

 そんな状態で持っていけば、よくても恋人ができたのかと、何かしら疑われてしまうだろう。すみれが死にたがっていないとわかっている今ならともかく、最初の時期でそれはリスクが高い。

 

「……そうなんですか?……なら、月曜日からわたしが作っても、いいですか?」

 

 縋るような表情。当然否と言うはずも、言えるはずもなく、お願いしようかなと言うとようやく表情がへにゃっとゆるむ。横目で溝櫛を見たら、小さく両手を合わながら頭を下げていたので、余計なことを言った自覚はあるのだろう。

 

 

「えへへ、実は美味しいお弁当のおかずも、この前調べてみたんです」

 

 

 明日はお弁当箱を買いに行きましょうね!と、転じてニコニコ顔になるすみれ。面倒なことになりそうだけど、すみれが嬉しそうだからまあいいやと思ってしまう時点で、僕はだいぶ重症なのかもしれない。

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