無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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うれしいことと……

出張から少しして、すみれからマフラーを貰った。すみれの真面目で丁寧な性格がよく表れていて、機械で編んだのかと錯覚するほどの綺麗な編み目の揃いだ。若干細めの毛糸を使っていることを考えると、かなり時間をかけて編んでくれたことがわかる。

 

「隙間時間を見つけながら、毎日少しずつ編んでたんです。ちょっと遅くなっちゃいましたけど、使ってもらえたら嬉しいです」

 

要らなかったらわたしが使うので遠慮なくいらないと言ってください、と言われたが、こんなにも期待と不安で揺れている表情を見て、そんなこと言えるはずもない。これまで使っていたマフラーを捨ててでも欲しいくらいだ。

 

嬉しさで飾りたくなり、むしろ一周まわって使えないかもしれないと伝えて、早速明日からつけていくことを決める。わたわたしながら、飾るようなものじゃないので使ってほしいと言ってくるすみれ。

 

 

「さすがに飾るのは冗談だけど、それくらいいいものを貰ったと思っているし、嬉しいと思っているのは本当だよ。こんなにいいものを貰ったんだから、何かお礼をしないといけないね」

 

 

手触りが良くて、柔らかくて、暖かい。デザインも派手な華やかさは無いが、ロープのような模様が綺麗に編まれている。そんなものを、見ただけで時間と手間がかかっているとわかるものを前にして、ただありがとうの言葉だけで終わりにするなんて言うことが有り得るだろうか。

 

ただですら貰いすぎな僕に、さらなる贈り物が届いたのだから、なにかしらのお礼は考えて然るべきだろう。とはいえ金銭ではあまりにも品が無いし、日頃の感謝として大体のことはしている自覚がある。これ以上何をすればお礼に、すみれの行動に報いたことになるのだろうか。

 

 

「えっと、その……お兄さんが嫌でなければなんですけど、ギュッてしてほしいです。頭を撫でながら、褒めてほしいです」

 

正直あまり思い浮かばなかったのでそのまま聞いてみたら、言われたのはそんなかわいらしいお願い。むしろこれまで、そうしたいと思いつつ嫌がられたらと我慢していたくらいなので、内心結構喜びながら撫でまくる。昔通学路でよく会ったわんこを撫でるような、わしゃわしゃした撫で方ではなく、眠れないと枕を持ってやってきた茉莉を寝かしつけた時のような、気をつけた手つき。

 

途中何度か要望を聞きながら、撫でること数分。子供体温でないところに、女の子と言うよりも少女なんだなと感じたり、僕の生活を握っている大きさとは対称的な、腕の中にすっぽり収まる小ささを感じたり、溝櫛にハグマウントを取られても気にならないメンタルを手に入れたりして、そろそろいいかと手を離す。

 

 

すみれがどこか名残惜しそうにしているのは、きっとそうであって欲しいという僕の願望のせいだろう。こんなことで良ければいつでもするよと言いながら、たぶんこんな頼み事をされるのは今回くらいだろうなと少し寂しく思う。

 

 

「ありがとうございます。……その、お父さんがいたらこんな感じだったのかなって、嬉しかったです」

 

僕の父親は、少なくとも子供を、僕を抱きしめるような人ではなかったが、そんなことは言わない方がいいだろう。すみれに悪意があって言っているのなら別だが、少しだけ恥ずかしそうににこにこしている姿から、そうとは思えない。

 

 

出来ればお父さんって言われるよりも、お兄ちゃんの方が良かったなと一瞬思い、昔を思い出してそうでもないかと、やっぱりお兄さん呼びがちょうどいいなと考え直す。

 

「えへへ、実は手袋も編んでみたいって思ってるんですけど、お兄さんは編んだらつけてくれますか?」

 

 

あまり僕のことに時間をかけすぎたらすみれのためにならないから断った方がいいのかもしれないが、そうやってものを作るのがすみれの趣味になるかもしれないし、作ってもらえることはとても嬉しいので、どこか罪悪感を抱きながらよろしくとお願いする。

 

 

それじゃあ手の大きさを調べさせてください。と、手を掴まれてむにむにされたり、糸を巻かれたりする。ひんやりとした、小さい手。ほんの少し力を入れて曲げるだけで、簡単に折れてしまいそうなこの手で、いつもご飯を作ってくれているのだと感慨深くなりながら待つ。数分もしないうちに採寸?は終わって、離される。

 

空調を効かせすぎて少し暑かった中での、心地いい冷たさがなくなってしまったことに少し物悲しさを覚えながら、早速材料を買ってくると準備するすみれを見る。

 

 

「どこまで行くかはもう決まってる?車出すよ」

 

せっかくの休日なので、すみれの買い物について行こうかと思って聞いてみると、お散歩も兼ねてるので大丈夫ですと断られる。沢山悩むから長くなっちゃうし、すぐ近くですからと言われてしまえば僕はもう何も言うことが出来ない。

 

 

行ってきますっ!とテンション高めに家を出ていったすみれの姿に、成長を感じながら、こうやって寂しくなるのなら、いつまでも僕から離れて歩けないままだったら良かったのにと思ってしまい、自省する。

 

こうやって寂しく思えることは、すみれにとってはいいことなのだ。すみれが一人で買い物に行けることは僕にとっても利点になるし、今はこんなふうに思っていたとしても、もし本当に離れられないままだったら、きっといつかどこかで面倒に感じてしまう時がくる。

 

そうならなかったという意味でも、この変化はいいものなのだと自分に言い聞かせて、寂しさを誤魔化すためにすみれの読んでいた本を手に取る。

 

以前までなら目的として本を読んでいたのに、今は誤魔化すための手段にしてしまうことに淡い寂寥を覚えて、それでもあまり誤魔化せずにいる自分に本当にもう末期だなぁと苦笑い。

 

 

一時間くらい、何をやってもやる気が起きずに、ダラダラと時間を潰して、すみれを待つ。普段僕の帰りを待っているすみれも、こんな気持ちで待っていてくれているのだろうか。いや、すみれの場合は時間に合わせてご飯を作ってくれているし、こんなふうにダラダラ考えているような暇なんてないだろう。こんな待ち方をしているのはどうせ僕だけだ。

 

 

そんなことを考えているうちに、すみれが帰ってきた。少しマイナスになっていた気持ちが、一気にプラスに傾く。なるほど、こんな気持ちになるのなら、いつもすみれが元気いっぱいな笑顔で僕を迎えてくれることにも納得だ。

 

 

「おかえり、すみれちゃん」

 

きっといつもみたいに元気よく、ただいまと返してくれるだろう。そう思って期待してそちらを見て、

 

 

「ただいま帰りました、お兄さん」

 

やけに沈んだ表情のすみれを見て、その声を聞いて、僕の気持ちは冷水をかけられたように鎮まった。

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