無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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懐かしいこと(裏)

「そうだ、すみれちゃん。今日の分の残りの家事だけど、色々考えたいこともあるだろうから僕がやるよ」

 

 わたしが悪い子だから、バチが当たってしまったのでしょうか。お兄さんの手の温かさを感じていると、そんなことを言われました。

 

 

「これまで毎日やってくれていたし、休むこともなかったでしょ?すみれちゃんだって体を休めないと」

 

 

 休ませなかったのは僕だけどと、お兄さんはわたしに休息を強いります。今日はもう何もするななんて、ひどいことを言います。いえ、お兄さんの厚意であることは、わかっているのです。けれど、それが辛いのです。

 

 

 毎日家事をすることを条件にこのお家に置いてもらっているという、最初の約束を持ち出して、仕事はわたしがやらなきゃいけないことなのだと主張します。

 

 

「そうは言っても、さすがに休み無しで毎日働き続けるのはダメだよ。仕事とかでも有給休暇があるんだし、すみれちゃんも、たまには休みながら貰えるものだけもらっていいと思うんだ」

 

「それに、たまには家事をしないと、僕が何も出来ない人になっちゃうからね。最低限の家事能力くらいは確保しておかないと」

 

 

 それが嫌なのに、そう言われてしまえば何も言い返せません。お兄さんが、わたしがいなければまともに生きれなくなればいいと思っているのに、それを伝えてしまえば気持ち悪がられるでしょうから、何も言えません。

 

 

 考えているメニューや、使う予定のある食材がないことを確認されて、お兄さんがキッチンに行くのを見送ります。扉が閉められて、お兄さんの姿が見えなくなります。

 

 

 トントントントン、と、包丁がまな板にあたる音が聞こえます。わたしよりもずっと早くて、迷いがありません。

 

 きゅうっと、胸が痛くなります。わたしがいなくてもお兄さんは普通に過ごせてしまうことが、苦しくなります。

 

 お兄さんが料理をしている音が、わたしが何もせずに座っていることが、昔を思い出させます。いらない子で、邪魔な子で、何もさせてもらえなかった昔を思い出します。

 

 寒くて、何もなくて、ただ生きているだけだったあの頃。もう戻りたくないあの頃を思い出して、息の仕方がわからなくなるくらいの怖さが込み上げてきます。

 

 

 お兄さんがわたしのことを捨てたりしないって、わかってはいるのです。わたしのことが嫌でなにもさせてくれないのではなくて、わたしのことを思ってなにもさせてくれないのだと、わかってはいるのです。

 

 けれど、わかっているからと言って、それが怖くないということにはなりません。

 

 

 お兄さんに気付かれないように、心配をかけないように、過呼吸になってあらくなった息を、必死になって鎮めます。トントントンの音が、何もしていない事実が、わたしの頭を蝕みます。

 

 耳を塞いでも聞こえるまな板の音。こわくてこわくてしかたがないその音が止まったのは、どれくらい経ったころでしょうか。それほど長い時間ではなかったはずなのに、ずっとずっと続いていたようにも思えます。

 

 換気扇の回る音と、お鍋の蓋がコトコト鳴る音だけになって、だいぶ落ち着きます。完全にいつも通りとはいきませんが、耳を抑えてうずくまらなくても大丈夫になりました。浴室の開いた音が聞こえて、お鍋の音が止んでいないことに疑念を持って、覗きに行きます。

 

 

 扉の先には案の定お兄さんはおらず、火にかけられたままのお鍋があって、その近くには袋も落ちていました。

 

 危ないので回収して、ちゃんとゴミ箱に捨てておきます。ついでに、お兄さんが戻ってくるまでお鍋の番をします。吹きこぼれるくらいなら、大変って言えば済む話ですが、何かの拍子にさっきの袋みたいなものに引火してしまったら火事になりかねません。ちゃんとお兄さんにも注意しておきましょう。

 

 やることが出来たおかげか、先程までとは違って、怖くなることは無くなりました。もしかすると、わたしは病気なのかもしれませんが、お兄さんが受け入れてくれるならそれでもいいです。

 

 

 戻ってきたお兄さんに、めっ、と注意して、その流れでお鍋の番をもぎ取ります。あんなふうにこわくなるのはもう嫌ですし、もっと続くようであれば、お兄さんに隠すことも出来ないでしょう。変な心配はかけたくありませんし、できるなら伝えずに済ませたいです。

 

 

 コトコト鳴るお鍋の蓋を見ながらのんびりして、お兄さんに呼び出されてリビングの方に移動して、自分の分の下着を畳むように言われます。

 

 

「すみれちゃんも女の子だし、さすがに勝手に下着を触られるのは嫌でしょ?」

 

 そんなことを言うお兄さんに、お兄さんが相手なら全く気にしないと、むしろ頼まれたらつけてる状態で見せると言うと、もっと自分を大切にしなさいと真面目な顔で言われてしまいました。

 

 初めて会った時の半分くらい自暴自棄になっていた頃ならともかく、今であればわたしも大切にしています。その上でお兄さんが見たがって、喜ぶのであればと思って口にしましたが、軽く流されてしまいました。

 

 見せたがりの痴女というわけでもないので、変にその話を引き摺ったりはしませんが、ここまで興味無さそうにされてしまうと乙女的には複雑です。見せたいわけじゃないけど見たがられたいと言いますか、多少は興味を持ってほしいと言いますか。

 

 

 お兄さんもお母さんも瑠璃華さんもかわいいと言ってくれていますし、鏡を見ても整っている方だと感じましたが、お兄さんの好みではなかったのでしょうか。なぜか少しもやもやします。

 

 

 そんなことを考えながら下着とにらめっこして過ごしていると、いつの間にか時間が過ぎていたようで、お兄さんからそろそろご飯が完成すると伝えられます。全く畳めていなかったものを急いで畳んで、テーブルの周りを片付けます。

 

 

 お兄さんが作ってくれたものは、お兄さんが初めて食べさせてくれたものと同じ、煮物でした。少し冷めてきていますがまだ十分に温かくて、美味しいです。わたしに最初の幸せを教えてくれた、大好きな味です。ひと口ひと口、じっくりと味わいながら食べます。

 

 

 お兄さんの食べるものは全部わたしが作りたいという思いと、お兄さんがわたしのために作ってくれたご飯を食べれる幸せを考えて、どちらを取るべきなのだろうかと悩みつつ食べていると、美味しいご飯はすぐになくなってしまいました。

 

 

 先にお風呂に入っておいでと譲ってもらって、お言葉に甘えてのんびりと入らせてもらいます。瑠璃華さんに教えてもらったように全身を洗って、そこそこ伸びてきた髪をタオルでくるんで湯船に浸かります。

 

 浮力でふわふわする中で、自分の体や、顔を触ってみます。まともな食生活と生活習慣のおかげで、初めて会った時とは比べ物にならないほどちゃんとお肉が付いてます。瑠璃華さんいわく、まだ痩せすぎらしいですが、ちゃんと女の子らしい体にはなっているのではないでしょうか。

 

 

 積極的にそういう関係になりたいわけではありませんが、いつまでもお兄さんと一緒にいるためには、お兄さんの好みであった方がいいでしょう。恋人ができたと言って追い出される可能性も十分にあるわけで、わたしがそこのポジションに収まれればいちばん効率的です。

 

 まずは少しでも魅力的に思ってもらえるために、なにかしなくてはいけないなと思いながらお風呂をあがり、お兄さんが入ったところでスキンケアをします。

 

 

 瑠璃華さん曰くもちもちすべすべらしいほっぺたで何とか気が引けないかと思いますが、どうでしょうか。こんなことなら瑠璃華さんとお話する中で、恋バナの辺りをもっと深堀しておくべきでした。

 

 

 クッションに座りながらむむむと悩んで、こうして座ってお兄さんを待っているのは最初の日以来かもなぁと思います。考えてみればあの日も今日も、お母さんと話して、お兄さんに話して、たくさん優しくお世話してもらって、こうしてお兄さんのクッションに座っていました。

 

 

 実はお兄さんとご飯食べる時以外はほとんど使っていない、お兄さんに買ってもらった自分の分のクッションを見ながら、感慨深い気持ちになります。あとはお兄さんのベッドを借りてそこで寝たら、ほとんど同じ行動と言えるのではないでしょうか。

 

 

 ちょっとはしたない気もしますが、後で頼んでみたいと思います。

 

 

 

「おにいさん、その、よかったら一緒にゲームしませんか?」

 

 お風呂から上がってきてホカホカなお兄さんに近寄って、おねだりをしてみます。瑠璃華さんとやっていたリバーシですが、お兄さんも知っていたようで受けてくれました。

 

 どこかにしまってあるらしい、いくつも種類があるゲーム機の一つをまた今度探してくれると言ってくれたお兄さんと、しばらく携帯を使って対戦します。瑠璃華さんとやっていた時のような、石をひっくり返す手間がないのはいいことかもしれませんが、置ける場所が最初からすべて表示されてしまうのは少し微妙です。便利ではあるのかもしれませんが、風情がないと言いますか、相手が気付かないといいなって思っていたところをすぐに表示されてしまうのがいやです。

 

 瑠璃華さんに引き続きお兄さんにもボコボコにされて、お兄さんにそろそろ終わりと言われておしまいになります。

 

 

「お兄さん、今日、お兄さんのベッドで寝たいです。……だめ、ですか?」

 

 歯磨きをしたりして、寝る支度を済ませて、さあ寝ようというところでお兄さんにお願いしてみます。瑠璃華さんと寝た時みたいに一緒のベッドで寝るのもゆくゆくは視野に入れていますが、突然お願いして引かれてしまったら嫌なので、まずはここから。

 

 もっと自分を大切にしなさいというお兄さんに、そういう意味ではないと急いで訂正をして、そういうことならばと許してくれます。お兄さんの様子的に、ドアインザフェイスの効果が働いた気もしますが、結果として通ったのだからいいとしましょう。

 

 

 早速ベッドに入って、その感触を堪能します。真ん中の部分の、少し柔らかくなっている部分は、いつもお兄さんが寝ていてバネがヘタっている場所です。

 

 こっそり深呼吸をして、枕に頭を乗せます。お兄さんの匂いです。瑠璃華さんみたいに、いい匂いがするわけではありませんが、ほっと安心できる、好きな匂いです。

 

 

「おやすみなさい、お兄さん」

 

 お兄さんの布団に包まって、その匂いに包まれます。心臓がゆっくりとくとく鳴って安心感と眠気が襲ってきます。

 

 

「うん、おやすみなさい」

 

 

 優しい声。安心できる匂い。大好きなものに包まれて、わたしは眠りにつきます。今晩は、ぐっすり眠れそうです。

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