無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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 しばらく糖度マシマシになるかもしれません(╹◡╹)

 ならないかもしれません(╹◡╹)


本編(しばらく寝かせます)
自転車デビュー


 すみれがお母さんと遭遇したことで、その外出機会は減るだろうと僕は思っていた。予想外の事態が起きることを知って、それを減らすためにより慎重で消極的になってしまうだろうと、当初はそう考えていた。

 

 

「おにいさんっ!ちょっとお茶を切らしてしまったので買ってきます!!」

 

 

 そう思っていたのだが、ところがどっこい、すみれは消極的になるどころか、ちょっとでも必要になればすぐに出かけるほどのフッ軽になっていた。

 

 正直、少しどころかかなり意外な事だ。関係性を変えて、すみれが今までよりも多少活発になったことも影響しているのだろうが、どんな影響があるかや、そもそも影響があるのかすらわからなかった僕にとっては、あまりにも驚きの変化である。

 

 

「えへへ、お買い物ついでにお菓子も買ってきちゃいました。ちゃんと生活費からは分けてるので、安心してくださいね」

 

 30分もしないうちに帰ってきたすみれが、エコバッグからティーパックのお茶とたけのこの形のチョコレート菓子を見せて、お菓子を持って僕のすぐ横にクッションを持ってきて座る。

 

「おにいさん、あーん……えへへ、おいしいですか?」

 

 

 白くて細い指がクッキーを持って、僕の口元へ伸びる。先程まで外出していた冷たいそれが、僅かに口に触れた。

 

 しっとりほろほろの食感と、無邪気そうに覗き込みながら、僕の反応を待つすみれ。

 

 

『おにいちゃん、あーん……ふふん、これでどーざいだねっ』

 

 その姿が、別の少女と重なる。夕食前にお菓子を食べるのを注意した僕に対して、半ば無理やりお菓子を食べさせて、しぃー、と言って笑ったあの子。

 

 口の中のほろほろが、サクサクのクラッカーと混ざる。脳がデジャブを起こして、今食べているものがきのこなのかたけのこなのかすら、わからなくなる。

 

 

 

 

「お兄さん……?どうかしましたか……?」

 

 その言葉で、視界と認識が安定した。いたずらっぽく笑うあの子の姿は溶けて、心配そうに僕を見つめるすみれの姿だけが残った。口の中にあるのはサクサクのビスケットではなく、ほろほろのクッキー。

 

 

「ああ、ごめんね。なんでもないよ」

 

「わけてくれてありがとう。久しぶりに食べたけど、やっぱりたまに食べると美味しいね」

 

 もうずっとなかったデジャビュを、そのせいで思い出してしまったあの頃を苦い記憶を再び心の底に沈める。これは、僕だけが背負っていればいいものだ。僕だけが、いつまでも背負わなくてはならないものだ。

 

 

 それをすみれに知らせるわけにはいかないので、ひとまず感想を返す。この感想が、きのこに対するものなのかたけのこに対するものなのかは、自分でもよくわかっていないが、きっとすみれから見た時のものとしてはおかしなものでは無いだろう。

 

 

 

「そうだ、すみれちゃん。すみれちゃんは普段外出する時に、徒歩で移動しているよね?」

 

 

 たぶんおかしくないとは思うけれども、もし違和感を持たれていたらいけないので、念の為話題を変える。

 

 代わりの話題自体は、前々から少し思っていた内容ではあった。一人で行動する際のすみれの行動範囲の狭さと、その際の移動時間の占める割合、無駄な時間については、減らせるに越したことはない。僕の問いかけに対してすみれが肯定の意を返したのを確認して、話を続ける。

 

 

「車で移動している時のことを考えれば一目瞭然だとは思うんだけど、移動の速度っていうのは行動範囲にも影響するし、狭い範囲でも移動時間の削減に繋がると思うんだ。……何が言いたいのかを単刀直入に言うと、すみれちゃん、自転車に乗れるようになってみないかな?」

 

 

 言いたかったことは、自転車に乗れるようにならないかということ。具体的なデータなんかはとったことがないものの、おそらく日本人のほとんどが乗れる乗り物、自転車を使えるようにならないかというもの。自転車に乗れない人なんて、無戸籍者の数ほどではないが稀だ。

 

 であれば、乗れるに越したことはないし、すみれが望むのであれば、あまり高いものは難しいかもしれないが、買い与えて教えて、使わせるというのは妥当な行動だろう。

 

 僕の家族になってくれた少女には、なるべく普通の環境にいて欲しいし、みんなができることはやれるように、やれなかったとしても、挑戦する機会があってほしいと思ってしまう。

 

 

「自転車……ですか?あまり必要だと思ったことはありませんでしたが、お兄さんが乗れた方がいいと言うのであれば、挑戦してみたいです」

 

 

 

 少し悩んだ上で、すみれはおずおずと遠慮がちにそう答えた。車のことを考えなければ、乗れるべきだし乗れなかったら不都合があるとすら考える僕は、すみれの言葉に対して乗れた方がいいと返す。

 

 

 

 

 そう伝えるとそれなら乗れるようになりたいと返したすみれを、驚安の店に連れて行って、すみれの体格でもギリギリ乗れるサイズで、調整すれば何とか僕も乗れなくはないものを一つ、一万円程度で購入する。

 

 それだけ買って、都合的にもあまり合わなかったため、実際に練習を始められるのは1週間後の休みのタイミングだ。初挑戦で一人というのは心配なので、ちゃんと僕が付き添えるときまで乗らずに待っているように約束してもらう。

 

 

 そうして、やってきた週末。僕とすみれが出会った小さな公園ではなく、もっと普通の大きい公園、無駄に広さが確保されていて、遊具以外にも開けたスペースがある公園だ。

 

 休日の昼間で、別のスペースではキャッチボールをする親子や、ボール遊びに興じる学生もいる中、誰も使っていなかった広めのスペースに陣取る。

 

 横に立っているのは自転車を持って、頭にヘルメットと肘膝にサポーターをつけたすみれだ。

 

「できるかはわからないけど、がんばりますっ!」

 

 さすがにこのサイズの自転車で、と言うよりも大人用のもので補助輪が付いているものはは見つからなかったので、ぶっつけ本番の補助輪無しだ。

 

 やる気は十分そうだが、じゃあいきなりとやらせるのはさすがに無理なので、ペダルの漕ぎ方を覚えさせるために停めた状態で漕いでもらう。これを見越して後輪を地面から離して停めるものを選んだので、この練習は問題なく終わった。

 

 次にペダルを漕がずに、足で押すだけで乗って、バランスを取りながら進むことを挟んでから、実際に自転車に乗って漕いでもらう。一応最初は後ろの荷台を支えて見るつもりだったが、思いのほかすみれの運動神経が良かったと言うべきか、ほとんど何もすることがないまま、乗れるようになってしまった。

 

「実はすぐに乗れるようになるために、ちゃんとお勉強しておいたんです。自転車が倒れないのはジャイロ効果のおかげだから、スピードを出せばそれだけ倒れにくいって書いてありました!」

 

 

 四度ほどの転倒で、すっかり乗りこなせるようになったすみれが、ベンチで座っている僕のところまでやってきて、自慢げに教えてくれた。僕が昔乗れるようになった時には、数え切れないくらい転んで、何度も泣きながら覚えたものだ。それをこんなに軽くできるようになってしまうのだから、自慢げなのも妥当だろう。

 

 

 ブンブン揺れるしっぽが幻視できそうなすみれの頭を撫で回したい衝動にかられながら、よくできたねと褒める。途中少し面倒なこともあったが、ここまで乗れるようになればもう一人で乗らせても大丈夫だろう。一ヶ月くらいは週一で練習するつもりだったから、予想外と言えば予想外だが、嬉しい誤算だ。

 

 

「お兄さん、わたし、これでもっともっと頑張りますね」

 

 

 もう既に頑張りすぎだから、頑張ることじゃなくて楽しむことに注力してほしいと伝えて、日が暮れ始めたので帰る。すみれは自転車で帰ると言っていたが、さすがに土地勘がない場所で突然帰るのは難しいだろうから、この日は大人しく車に乗せて帰った。

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