無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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自転車デビュー(裏)

 お兄さんと家族になりました。血の繋がりこそないものの、心は間違いなく家族です。わたしがお兄さんのことを思いやって、お兄さんがわたしのことを慈しんでくれる。それだけでいいんです。それだけで、わたしは幸せなんです。

 

 ともすれば、本当の家族であったお母さんよりも、お互いのことを思いあっているかもしれません。少なくとも、わたしのことを嫌っていなかった……いえ、お母さんが言うにはわたしのことを嫌っていたことなんてないとのことですので、わたしに優しくなかったという方が適切でしょう。その頃のわたしとお母さんとの関係と比べると、比べ物にならないくらいには大切にしてもらっています。

 

 わたしは、お兄さんに愛されているのです。わたしは、お兄さんに大切にされているのです。

 その事実があるから、その事実があればこそ、わたしは安心して、日常生活をおくれて、半分くらい自分の都合で、お出かけに励んだりできます。

 

「おにいさんっ!ちょっとお茶を切らしてしまったので買ってきます!!」

 

 

 お茶は切れていますが、別に今すぐ買いに行く必要はありません。本命の目的は、お兄さんがどんなお菓子を好むのかの調査です。あまり食べているところを見た事はありませんが、瑠璃華さんのタレコミによると結構甘いものが好きとのこと。であれば、お兄さんが好きなものを、好きな味を作って、美味しいと言ってもらいたくなるのは当然のこと。

 

 有名どころのお菓子をいくつか買って、食べている時の反応で探ることにします。お兄さんに直接聞くのがいちばん早いとは思いますが、言葉だけで説明されるよりも実物があってこんな感じと教えてもらった方がわかりやすいこと、感想を聞くことでお兄さんの表現する擬音とわたしのイメージを擦り合わせる目的もあるので、最初は既製品です。

 

 

 もう通い慣れたスーパーで、何度も買っているお茶のパックを買い物かごに入れて、お菓子コーナーを物色します。これまではあまり見る機会のなかったコーナーで、その種類の豊富さに驚かされます。

 

 

 たくさんの種類のお菓子が、味の豊富なお菓子たちが、棚いっぱいに並んでいます。お菓子を選んだことのなかったわたしでは、どれを選べばいいのかがわかりません。

 

 なので、あらかじめお菓子の定番と調べたきのことたけのこの形をしたお菓子を探して、人気投票で勝っているらしい方を選びます。おまけにいくつか目に止まったお菓子を入れて、お買い物は終了です。ひとりじゃまともに外も歩けなかったわたしが、よくここまで慣れたものだと感慨深くなります。

 

 

 家に帰って、お茶のパックとおまけのお菓子をしまってから、たけのこのお菓子をもってお兄さんの横に座ります。欲を言えばもっと横にピッタリとくっつきたいですし、許されるならお兄さんの膝の上に座りたいとも思いますが、さすがにそんなはしたないことはお願いできません。

 

 お兄さんの横で、袋を開けます。チョコレートの香りです。甘くて美味しそうな香りが、鼻をくすぐります。ちらっとお兄さんの方を伺ってみると、わたしの方、正確には、わたしの手元を見ていました。興味を持ってもらえたみたいで、ひとまずは成功です。

 

「おにいさん、あーん……えへへ、おいしいですか?」

 

 一粒先に食べて、飲み込んでからお兄さんに差し出します。いらないと言われたらどうしようかと思っていましたが、そんなことはなくちゃんと食べてくれました。

 

 胸がポカポカして、少し疼きます。指先が触れた、少し乾燥した唇の感触。僅かに温かいその残りを、こっそり自分の口元に運びます。心臓がどくどく鳴って、イケナイことをしているような背徳感が、わたしの頭をしびれさせます。

 

 これは、ダメです。これはわたしをダメにします。ダメな子に、なっちゃいます。せっかく用意したのに、ほとんどお兄さんの反応を見ることが出来ませんでした。

 

 

「お兄さん……?どうかしましたか……?」

 

 わたしがおかしかったからでしょう。お兄さんが、わたしの顔をじっと見て、止まっています。言及されたくないのでしらばっくれてみます。これではさすがに誤魔化しきれないでしょうから、どうしたらいいのか迷います。

 

「ああ、ごめんね。なんでもないよ」

 

 

 幸い、と言うべきでしょうか。お兄さんは追及することなく、ちょっとだけ困ったように微笑みました。お兄さんにこんな顔をしてほしかったわけではないので、反省します。

 

 

 ありがとうと、たまに食べると美味しいねと言ってくれたお兄さん。自分で食べさせておいてお菓子に嫉妬しますが、今大事なのはそこではありません。上手く感想を聞き出せなかったので、もう一度食べさせて今度こそ聞こうと思い、けれど食べさせたくないなとちょっと嫌な気持ちになります。

 

 

「そうだ、すみれちゃん。すみれちゃんは普段外出する時に、徒歩で移動しているよね?」

 

 

 そうしているうちに、わたしから変な気配を感じとったのでしょうか、お兄さんが話題を変えました。内心で計画の失敗を嘆きつつ、お兄さんの言葉にはいと返します。

 

 話の内容は、自転車に乗れると色々いいことがあるから練習してみないか、というものでした。

 

 必要か必要じゃないかと言えば、今のところ必要だと思ったことは無い、という答えになりますし、なくても何とかなったからこれからもそうだろうとは思います。けれど、それは自転車に乗ったことのないわたしの感想ですから、お兄さんが乗れた方がいいと言うのであれば乗れた方がいいのでしょう。

 

 挑戦してみたいと伝えると、それじゃあ買いに行こうかと連れ出されます。てっきりもう持っていて、使っていなかったものを使わないかと言う話だと思っていたため、買ってもらうのは申し訳ないと言いましたが、僕がやりたいことだからと押し切られてしまいました。すみれちゃんは僕のご飯を作りたいってわがままを言うのに、僕が自転車を買ってあげたいってわがままは聞いてくれないの?なんて言われてしまったら、わたしは言い返すことができません。

 

 

 あれよあれよという間にピッカピカの自転車が手に入ってしまって、退路は絶たれてしまいました。ここまで揃えてもらっておいて、練習しても乗れなかったからお蔵入りなんてことになったら大変です。

 

 間違ってもそんなことにはならないように、ある種の強迫観念にすら駆られながら自転車のことを調べます。ジャイロ効果、リムブレーキ、ドラムブレーキ、最高時速。関連法規や事故の例、自転車泥棒の発生率まで、おおよそいらないだろうことまで調べを尽します。いらないことであったとしても、知っていて損することはありません。知っていてマイナスになることでなければ、調べておくに越したことはありません。

 

 

 

 

 自転車に乗っている人の動画を見てイメージトレーニングをしたり、チェーンの構造を調べてみたりしながら、当日までの時間を過ごします。お兄さんに車を出してもらって、広くて人の少ない公園に着いたら、自転車をおろして準備します。

 

 お兄さん曰く、ここであれば転んでもそこまで痛くないらしいです。適度にしばが生えていて、踏み固められていない地面だからアスファルトに比べて怪我をしにくいし、アスファルトよりも運転をしにくいから、ここで慣れておけばどこでも大丈夫だろうと言っていました。

 

 お兄さんの指示に従って、自転車に乗る前の練習をします。不思議な練習方法でしたが、話を聞いてみたら意図するものはわかりました。わたしがバランスをとる練習のために、片足立ちで過ごした時間も全くの無駄にはならなかったのか、自転車に乗ってもバランスをとるのは完璧です。

 

 

 練習もそこらで本番に入って、何度か失敗して転がります。最初こそサポートする気満々でいたお兄さんも、わたしがスイスイ漕げるようになるうちに、少し離れたベンチでのんびりし始めました。

 

 

 自転車に乗れるようになったのは面白いけど、今日はわたしのために使うと言ってくれたお兄さんが、わたしを放ってのんびりしているのは面白くありません。

 

「どうですか、お兄さん。こんなに上手に乗れるようになりました!」

 

 わたしを見てほしくて、わたしにかまってほしくて、お兄さんの座っているところまで自転車を漕いでいって、アピールします。

 

 

「すごく上手に乗れていて、いいと思うよ。僕に内緒で練習してたんじゃないかって思うくらいの上達ぶりだ」

 

 

 もちろんわたしはお兄さんに内緒で練習なんてしていませんし、お兄さんもそれはわかっていて言っています。つまり、それだけすごいという褒め言葉です。

 

 

「実はすぐに乗れるようになるために、ちゃんとお勉強しておいたんです。自転車が倒れないのはジャイロ効果のおかげだから、スピードを出せばそれだけ倒れにくいって書いてありました!」

 

 嬉しくて、胸がトクトクいって、表情がへにゃへにゃになりそうです。こんなところでお兄さんに、だらしない顔を見せる訳にもいきませんから、こんなに頑張ったのだと伝えて、にやけるのを必死に抑えます。

 

 きっと今頭を撫でられてしまったら、我慢できずに抱きついてしまうでしょう。そうわかっているから、ヘルメットをつけていることに感謝します。ヘルメットのせいで撫でてもらえないことで、邪魔に思いながらも感謝します。

 

 

 何はともあれ、自転車に乗れるようになったので、これからは行動範囲と移動速度が増します。徒歩で行くのには少し遠かった図書館だって、お兄さんの手を煩わせることなく行けるようになるでしょうし、身近なところでは取り扱っていなかったものも買えるようになるかもしれません。

 

「お兄さん、わたし、これでもっともっと頑張りますね」

 

 これならばもっと、お兄さんのために働けるでしょう。お兄さんとの幸せのために、できることが増えるでしょう。

 

 そう思って口にしたら、もう充分頑張っているから程々にと言われてしまいました。けれど、幸せのためであればそんな小言は破ってしまいます。

 

 だって、わたしはわがままでいてもよくて、悪い子であってもいいと言ってくれたんです。いっぱいいっぱい幸せになるために、努力を惜しんでなんていられません。

 

 

 そろそろ日が暮れるから今日は帰ろうというお兄さんに、早速自転車を使って帰ってみたいと伝えて、しばらくは明るいうちじゃないとダメだと、それと初めてが知らない場所からの帰宅だと心配だからやめて欲しいと言われてしまい、大人しくお兄さんの車に乗せてもらいます。

 

 助手席から見える、真剣そうなお兄さんの表情。それを真横で眺めます。いつまでも見ていられる、大好きな光景です。

 

 これが見られるのは今のところわたしだけで、見れるのはお兄さんと車に乗っている時だけ。

 

 そう考えると、お兄さんが車で送ってくれていた所へ、自転車で行くのがもったいなく思えてしまいました。この機会を減らすのが、嫌に思えてきました。

 

 

 

 せっかく自転車を買ってもらったのに、こんなにもすぐ使いたくないと思ってしまうなんて、やっぱりわたしは悪い子です。

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