無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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お肉、フォーク、ナイフ

「そういえば先輩、すみれちゃんっていつも、栄養バランスをしっかり考えてご飯を作ってくれているんですよね?」

 

 仕事終わりに飲み会の誘いをばっさり切り捨てて僕の元までやってきた溝櫛が、会社から出て寄り道を口実に駅方面とは別方向に僕を誘導して、そう言った。わざわざここまで来てから話題に出したのは、会社の人に聞かれないようにという配慮だろう。

 

 ここしばらくお弁当を作ってもらっていることもあって、誰かが僕の家にいることはバレているだろうから、そこまで気を使わなくてもいい気はするが、気持ち自体はありがたいものだ。

 

「そうだね。近頃はバランスだけじゃなくて彩りとか、かかる費用なんかも考えながら作ってくれているよ」

 

 おかげで毎日美味しそうで、実際に美味しい食事をとれている。食費だって、普通の自炊をしない一人暮らしよりはずっと抑えられている。

 

「うーん、それならなんですけど、すみれちゃんってこう、ジャンキーな食べ物とか、ガッツリしたものと買って食べたことあるんですかね?」

 

 本人の希望もあって、自炊したものを食べていることが大部分なため、僕の前でジャンクフードを食べているところは見たことがないし、こう聞いて来る時点で溝櫛の家に泊まっていた時も食べなかったのだろう。ガッツリしたものは、この前の網焼きか、たまに作ってくれるハンバーグが一番近いだろうか。

 

 

「やっぱりそうですか。うーん、ところで先輩、たまにはステーキとか食べたくなりませんか?」

 

 うちに来る前はわからないけど、僕の知っている限りではどっちも無いかもしれないと伝えると、私の分は半分自腹で払いますよとアピールしてくる溝櫛。もしかしなくても、最初からたかるつもりだったのだろう。

 

 半分じゃなくて全部自分で払えと言いたくなったが、なんだかんだで溝櫛には世話になっているし、すみれのために色々買ってくれたりもしている。そのことを考えれば、半分どころか全額こちらで持ってもいいかもしれない。

 

 

 ステーキはすみれが食べたいと言ったらと伝えて話は終わり、帰宅後食休みの時間ですみれにその話をしてみる。外食でバランスがあまり良くないステーキと聞いて、当初あまり乗り気ではなさそうだったすみれだが、溝櫛が会いたがっていたことを教えると一転して乗り気になった。

 

 

 その後メッセージのやりとりで日程を決めて、決まった当日の土曜日。昼間からはそんなに食べれないので、時間は夕方のご飯時より少し前だ。すみれに話してお昼は軽めにしてもらったため、時間が早くても充分空腹である。

 

 

 ステーキチェーンのファミレスは、この辺りだと駅からも僕らの家からも少し離れたところにあるため、移動は車。先に溝櫛を拾いに行って、送迎もする。

 

「先輩の車、後部座席に乗るの初めてですね。なんか新鮮です」

 

 助手席の後ろに乗り込んで、後ろからすみれにちょっかいをかける溝櫛。すみれが嫌がっているようなら止めなくてはならないが、嫌がられない程度に留めるだろう。この後輩はそんな後輩だ。

 

 

 ……あの子が生きているうちに免許を取っていれば、こんなやり取りもあったのだろうか。いや、あの子の事だから、溝櫛と一緒に後部座席に座っていたかもしれない。そっちの方がありそうだ。

 

 信号で止まった際にふと、そんな考えが頭をよぎった。気持ちが暗くなりそうなのを留めて、頭を振って運転に集中する。おかしなことを考えながら事故を起こしてしまえば、取り返しのつかないことになるからだ。

 

 幸いにも横と後ろの2人には不審がられなかったようで、仲良さげにやり取りを続けていた。

 

 

 そのまま20分ほど車を走らせて、目的のファミレスに着く。もう少し高価なところの方がいいのかとも思ったが、あまり高すぎるとすみれが遠慮するだろうと溝櫛に説かれたため、比較的リーズナブルな店だ。

 

 

「えっと、お兄さん、瑠璃華さん、どのお肉がいいのでしょうか?」

 

 駐車場から店内までの短い距離で自然と手を繋いできたすみれと、それを普通に受け入れた僕を前にえもいえぬ表情を浮かべた溝櫛。そんなことはつゆ知らずボックス席で当然のように隣に座ったすみれは、メニューに乗っている多数のステーキの写真を前に、僕らに助けを求めた。

 

「そうですね、すみれちゃんの好みかはわかりませんが、私のおすすめは柔らかくて美味しいヒレ肉です」

 

「どれくらい食べれるかもわからないから、僕が多めに注文して取り分けるものいいかもしれないけど、せっかくこういう店に来たんだからどうせなら一人で一プレート食べたいよね。噛み切れなかったりしても良くないからヒレ肉でいいと思うよ」

 

 他の部位は、僕や溝櫛から味見を渡せばいいだろう。もしそれでそちらを気に入るのであれば、交換してもいい。

 

 そう思って注文を決めたところ、少しだけバツが悪そうにしながら、自分の分もヒレステーキを頼んだ溝櫛に裏切られる。釈然としない気持ちで自分の分のサーロインを頼んでから、すみれと二人、ジト目で見ていると、ソースは変えたから許してくださいとの事。

 

 少し言いたいことはあったが、まあ好きなものを食べればいいかと収め、ドリンクバーを取りに行くすみれについて行って、自分と溝櫛の分の水を取ってくる。両方とも氷はなしだ。

 

 先に戻って奥の席に座り、すみれが戻ってきたらステーキが届くまではおしゃべりタイムだ。とはいえ、僕は2人ともそこそこ話す機会が多いため、主にすみれと溝櫛のおしゃべりである。 話の内容は、この前作ってくれたクッキーの話だったり魚の捌き方の話だったり、水族館の話だったり。どうやらメッセージのやりとりで近況報告自体はそれなりに頻繁にしているらしく、溝櫛からの話題提供も多い。

 

「そうだ、瑠璃華さん。今日、クッキーを焼いてきたんです。我ながら自信作なので、良かったら今度感想を聞かせてもらえませんか?」

 

 今は店の中なので、車に戻ったら渡しますねと言うすみれ。ちょうどタイミング良く、二人の分のステーキが届く。米の量が普通で、洋風な味付けの溝櫛と、少なめで和風なすみれ。

 

 直ぐに食べ始めた溝櫛と、フォークとナイフだけで食事をとるのが初めてなようで、戸惑った様子のすみれ。

 

 右手にナイフ、左手にフォーク、一口分ずつ切り分けながら食べるんだよと教えると、右端から切り分け始めた。普段食材を切る時の癖だろうか。確かに包丁を使う時は大元を手で押えて切るなと納得しつつ、左端から切った方が食べやすいと伝える。

 

 少し恥ずかしそうにしながらなるほどと言って、直ぐに行動に移したすみれ。初めてのはずなのにその手つきがやけに様になっているのは、日頃の料理の慣れによるものだろうか。

 

 すみれが問題なく食べ始めたのを見ながら水を飲んで待っていると、3分ほど遅れて僕の分のサーロインが届いた。一番美味しそうなところを一口分切り分けてすみれの鉄板の上に、もう一口分切り分けて斜め前の溝櫛のところに置く。すみれにはなるべく美味しいところを食べさせてあげたいのと、溝櫛はおまけだ。

 

 

「お兄さん、ありがとうございますっ!」

 

 にっこにっこのすみれに、こっちの方が良かったら交換するからねと伝える。

 

「あの、お兄さん。これ、お礼の味見です!」

 

 そう言ってすみれが差し出してきたのは、一口大のステーキ。たっぷりとソースを絡ませて、何故かフォークに着いたままこちらに向けられている。

 

「あーん、です。……食べてくれませんか?」

 

 少し不安そうにしながら、左手を受け皿代わりにしてこちらに肉を伸ばすすみれ。さすがに人前でこういうのはどうかと思い、アイコンタクトで溝櫛に助けを求めると、食え、早く食えと急かされる。

 

「えへへ、おいしいですか?」

 

 味よりも気恥ずかしさが先立つが、ここは頷く以外にないだろう。口の中のものを飲み込んでから、改めてありがとうと美味しかったよを伝える。

 

「よかったです。……それでなんですけど、お兄さん、お兄さんのステーキ、もう一口もらっていいですか?」

 

 今度はお兄さんの洋風ソースでと言われ、いいよと返すとすみれは目を閉じながらこちらに向かって口を開けた。

 

“お兄ちゃん!もう一口だけちょうだい!!”

 

 あの子が重なり、離れる。気恥ずかしさはほとんど消えて、全くしょうがないなという気持ちになった。

 

 先程の続きで、一番美味しそうなところを切って、良くソースを絡ませる。向かわせる先は、すみれの小さな口の中。ぱくりと閉じられた口と、そこから取りだしたフォーク。いつかのドーナツの時みたいにもきゅもきゅと咀嚼して飲み込んだすみれは、唇の端についたソースをぺろりと舐め取った。

 

「……おいしいです。ありがとうございますっ」

 

 

 にっこり笑うすみれと、その正面で水を飲みながら甘っ……とこぼす溝櫛。

 

 気に入ったのなら交換しようかともう一度尋ねると、それは大丈夫ですと断られた。

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