無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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お肉、フォーク、ナイフ(裏)

「すみれ、今度一緒にステーキを食べにいかない?」

 

 突然そんなことを言われたのは、晩御飯が終わって、お兄さんの隣で食休みに耽っている最中です。

 

 まず、名前を呼んでもらえたうれしさでふわふわします。初めて呼んでくれた時と比べるとだいぶ慣れてきて、普通にふるまえるようにはなりましたが、慣れてしまうというのは良くもあり悪くもありますね。いい面として、取り乱さないことですが、悪く言えばお兄さんに名前を呼んでもらっただけでは満足できなくなってしまいます。

 

 ……いえ、今考えなくてはならないことはそこではありません。お兄さんが、ステーキを食べに行かないかと誘ってくれました。ステーキ、分厚くて大きいお肉を焼いたものです。わたしの記憶にある中で一度だけ食べたことがあって、上手に食べられなかったからあまり好きにはなれなかったものです。

 

「食べに行く、ということは外食ですよね。どうしましょう……」

 

 その、それほど好きでは無いもののために、一食分お兄さんにご飯が作れないのは、わたしの中では嫌なことに分類されてしまいます。行きたいか行きたくないかで言えば行きたくないというのが本音です。

 

 とはいえ、わざわざ誘ってくれたからには、お兄さんはわたしにステーキを食べさせたいのでしょう。お兄さん自身が食べたいだけというのもあるかもしれませんが、それであればわたしを誘う必要はありません。

 

 さて、そう考えると、話は一気に難しくなります。お兄さんにご飯を作りたいというわがままと、お兄さんがわたしのためにしてくれることを全部受け止めたい欲望が喧嘩をして、どちらを取ればいいのかがわからなくなるのです。

 

「ちなみにお兄さん、どうして突然ステーキに誘ってくれたんですか?」

 

 行こうと言う方に意思が傾いていますが、いまいち踏ん切りがつかないので、お兄さんに追加で質問をして後押ししてもらいましょう。

 

 

「ああ、溝櫛が、すみれはステーキを食べに行ったことがないんじゃないかって言い出してね。すみれが行きたがったら一緒に行こうって話をしたんだよ」

 

「それなら行きます」

 

 お兄さんだけのお誘いではなく、瑠璃華さんもわたしに会いたがってくれているとなれば、断る理由はありません。熟考の必要もなく、即決です。あまりの即答ぶりにお兄さんも少し驚いていましたが、行くと決まったら問題は日程です。次の日が平日で、あまり遅くなるようならお弁当の用意に支障が出るかもしれません。

 

 そのことを伝えると、早めの時間、それも次の日が休日の日になることが決まり、あっという間に土曜日に決定しました。

 

 

 

 そして土曜日です。以前瑠璃華さんに教えてもらったレシピでクッキーを作ったら上手に出来たので、今日はそのお礼とプレゼントを兼ねて、瑠璃華さんにクッキーを焼いていきたいと思います。小麦粉はエクリチュール、砂糖は粉砂糖で、サクサクへの挑戦です。

 

 朝から作り始めて、お昼前には完成します。焼きたてを食べてみたいというお兄さんと一緒にお茶休憩です。ほっと一息ついて、焼きたてにはまた無二な美味しさがあることを堪能します。

 

 そうしているうちにお昼になってしまったため、急いでトーストを焼き、お兄さんに以前食べさせてもらったカルボナーラ風トーストに仕上げます。あまり手の込んだものではありませんが、今から普通に作ろうとするとお昼には少し遅くなってしまいますし、軽めにしてほしいと頼まれているのに反してしまいます。

 

 本当は少し早めの時間に普通の昼食をと思っていたのですが、わたしとしたことが時間を忘れていました。おまぬけさんです。

 

 お昼ご飯を済ませて、クッキーの放熱が十分に済んだら、今度はラッピングです。とはいえ、この家には女の子っぽい、かわいらしい包装資材はないので、割れないようにキッチンペーパーでくるんでジプロックです。……本当に全くかわいくなくて、少し悲しくなりますがないものは仕方がありません。

 

 十分に冷めたクッキーでもう一度お茶をして、それが終わってからまた少しのんびりして、そろそろいい時間になったのでお兄さんと家を出る準備をします。まだ寒いので暖かい格好、右のポケットに携帯、左のポケットにお財布。左手に瑠璃華さんに渡すためのクッキーを入れた紙袋を持てば、準備は万端です。お兄さんの誘い方やこれまでの傾向から、きっとお金は出してくれるのでしょうが、最初から全部払ってもらって当然と考えてはいけないのでしっかりとお財布は持ちます。もちろん、買い出し用のものではなく自分のお小遣い用のものです。

 

 お兄さんの運転する助手席に座って、まずは瑠璃華さんをお迎えに行きます。この間、助手席に座っているだけのわたしは一見何もすることがないように見えますが、現在地やどれくらいで着きそうか等を瑠璃華さんに連絡する役目があるのです。

 

 その甲斐あってか、わたしたちが到着するのとほぼ同時に瑠璃華さんはマンションから出てきました。

 

「先輩の車、後部座席に乗るの初めてですね。なんか新鮮です」

 

 一言二言の挨拶の後、ドアを開けて乗り込んだ瑠璃華さんが、助手席の後ろの席、わたしの後ろに座りながら言います。わたしが来る前は、お兄さんと瑠璃華さんはきっと何度も二人で出かけていたのでしょう。わたしの知らないお兄さんを知っている瑠璃華さんに、ちょっとジェラシーです。

 

 車が動き出す中で、そんなことを考えながら座っていると、不意に後ろから、2本の腕がにゅっと生えてきて、わたしのことをむにむにし始めました。当然と言うべきか、犯人は瑠璃華さんです。

 

「ほぉーれ、ほぉーれ、ここか?ここがいいんか?」

 

「ふにゃっ!?やぁっ、やめっ、てっ!くださいっ」

 

 ゲッヘッヘッと、わざとらしく笑う瑠璃華さんに、ほっぺや、耳や、首筋をさわさわされます。くすぐったくってムズムズして、変な感じがして思わず声が出てしまいます。

 

 

「あはは、やっぱりすみれちゃんはかわいいなぁ。もっと続けていいですか?……だめですか」

 

 当然です。こんなのずっと続けられてしまったら、おかしな扉を開いてしまいそうです。これ以上続くのを許すわけにはいきません。

 

 内心ふしゃーっ!と威嚇しつつ、後ろをむく訳にもいかないのであまり意味は無いのだろうなぁと諦めます。せいぜいが、背もたれから体を浮かせて、チョロチョロと生えてくるお指をぺちぺちするくらいです。

 

 

 そんなふうにして遊んでいるうちに、車は目的地のファミレスに着きました。とんっ、と車から降りて、運転席から降りたお兄さんの手を捕まえます。入店して、お兄さんが受付の紙に名前を書くまでの短い時間でしたが、やっぱりわたしにとっては幸せな時間です。

 

 まだ空いている時間だからか、すぐに席に案内され、お兄さんと瑠璃華さんがそれぞれ別の方に座ったため、お兄さんの隣に行きます。瑠璃華さんの隣も嫌ではないのですが、いつちょっかいをかけられるかがわからないので、こっちの方が落ち着きます。

 

 初めてのお店で、何を頼めばいいのかがわからないので、お兄さんと瑠璃華さんに任せて決めてもらいます。わたしが選んだのは、ソースを和風にすることだけです。

 

 お兄さんがおまけに付けてくれたドリンクバーで、今日は野菜が不足しているため野菜ジュースを取ってきて、席に戻ったら瑠璃華さんとお話をする時間です。

 

 クッキー作りの対照実験がどのような結果だったのか。ブリしゃぶが美味しかったこと。水族館でクラゲがどんな風に泳いでいたのか。ドクターフィッシュについて。牡蠣がおいしかったからまた食べたいこと。お兄さんに魚の捌き方を教えてもらって、嬉しかったこと。

 

 どれも、文字だけのやり取りでは伝えたものですが、やはりそれだけだと伝えきれないものはあります。わたしの中の感動を、思いを、正確に伝えたくて、言葉にして話します。

 

 最後に、今日クッキーを焼いてきて、それをぜひたべてほしいこと。本当は車の中で渡そうと思っていたのに、イタズラのせいで忘れていたことを話していると、店員さんがステーキのプレートを持ってきてくれました。わたしの分と、瑠璃華さんの分です。

 

 

 せっかく届いたんだから先に食べちゃいなと言うお兄さんに、瑠璃華さんと一緒に先にいただきますと言って食べ始めますが、目の前にあるのはフォークとナイフだけ。普段お箸しか使わないわたしには、どのように使って食べればいいのかわかりません。

 

 そのことを察してくれたお兄さんに教えてもらって、ようやく一口食べることに成功します。ついでにご飯の食べ方で、フォークの背に載せる方法があるとも教えてもらいましたが、食べやすいように食べても問題ないらしいです。必要そうなら箸を使うかとも聞かれましたが、このような機会ですのでチャレンジのために箸は使わないことにします。

 

 

 口の中に入れたお肉は、温かいと言うよりもまだ熱くて、思わずはふはふしてしまいます。最初はそのせいで味なんてほとんどわかりませんでしたが、ちょっと口の中が落ち着いてきて、お肉を噛む余裕が出てくると、その柔らかさと美味しさに驚きます。

 

 これだけおいしいのなら、お兄さんが連れてこようとしてくれたのも納得です。焼き方が違うのか、部位が違うのか、はたまたそもそもの質が違うのか、わたしが食べたことのあったステーキとは大違いです。一口一口は大きくないものの、パクパク食べれてしまいます。

 

 おいしいお肉と少し格闘していると、お兄さんの分が届きました。わたしの奥に座っているため、一度食べる手を止めて店員さんとお兄さんの間にステーキの通り道を作ります。

 

 受け渡しが無事に終わったので、お肉との戦いに戻っていると、突然鉄板の上に乱入者が現れました。わたしが食べていたものとは違う見た目、お兄さんの注文したお肉です。

 

 ありがとうございますをちゃんと伝えて、わたしの二口分くらいのそれをひとくちで食べてしまいます。わたしが食べていたものよりも脂の甘みと、その量が多い印象です。ご飯がより進むのはこちらですね。

 

 思わずご飯を食べて、お兄さんにお礼の準備をします。お兄さんが味見をくれたのに、わたしが何も返さないわけにはいきません。たっぷりソースをつけて鉄板の上に置こうとして、それだと鉄板にソースが付いてしまうことに気がつきました。

 

 

 危ないところでした。ソースが付いてしまえば焦げの原因にもなるでしょうし、お兄さんが他のものを食べているときに味が混ざることにもなりかねません。それではいけないので、フォークに刺したそのままでお兄さんの口の近くまで運びます。なんだかんだ理由をつけるだけつけておいて、半分くらいはお兄さんにあーんをしたいだけだと言うのは、ここだけの秘密です。

 

「あーん、です。……食べてくれませんか?」

 

 わたしが口をつけたフォークでは、食べたくないのかなと少し不安になりながら、ソースがこぼれても大丈夫なように左手を下に添えます。

 

 

 ちょっと恥ずかしそうにしながら食べてくれたお兄さん。わたしのフォークで食べてくれて、美味しかったよと言ってくれました。不思議な高揚感が、背筋がゾクゾクするような気持ちよさが広がります。いつか一度だけでいいから、一食全部お兄さんに食べさせてあげたいと思ってしまい、これは良くないものなので急いでしまいこみます。何はともあれ作戦は大成功です。

 

 

 

 大満足して、それじゃあステーキに戻ろうと思ったところで、わたしの悪い子が囁きます。“お兄さんにあーんしてもらいたい”……今なら、いける気がします。このままおねだりをして口を開けて待てば、お兄さんはきっとしてくれるはずです。

 

「よかったです。……それでなんですけど、お兄さん、お兄さんのステーキ、もう一口もらっていいですか?」

 

 そうと決まれば善は急げです。自分のソースだと鉄板の上に渡されて終わりでしょうから、お兄さんのソースの味見をしたいと言って、少し身を乗り出しながら口を開けます。

 

 はしたない子だと思われてしまったでしょうか。いえ、思われてしまっても問題ありません。お兄さんはわたしに、わがままであってもいいと、そうであっても捨てたりしないのだと言ってくれたのだから、責任を取るべきです。

 

 まだかな、まだかなと、楽しみにしながら待ちます。わたしのことを放置して、鉄板の上に置いていないかと不安になりながら待ちます。

 

 ちょっとだけ間を置いて、わたしの口の中にお肉が入ってきました。上手に入らなかったようで、いえ、少し大きかったようで、唇に少しソースをつけながら、入ってきます。

 

 和風ソースよりも酸味があるソースに包まれたお肉を、口でしっかり捕まえます。フォークごと捕まえてしまっているのは、たぶん事故です。ええ、きっと事故です。

 

 わたしの適切な一口よりも大きいそれを、口をいっぱい動かして咀嚼します。脂が強い分、酸味がある方が食べやすいなぁと、頭の隅っこで考えながら、お兄さんが食べさせてくれたそれをしっかり味わいます。

 

 さっきのものがゾクゾクする幸せなら、こっちはとろけるような幸せです。一食分お兄さんに食べさせてあげるのも魅力的ですが、食べさせてもらうのもそれ以上に魅力的かもしれません。これは、と言うよりこれも、わたしをダメにするおこないです。

 

 

 たっぷり堪能して、唇の端に付いたソースを舐めとって、綺麗にしてからお兄さんにお礼を言います。この後、お兄さんがわたしの口の中に入ったフォークでステーキを食べるのだと考えていけない気持ちになりながら、お礼を言います。

 

 

 

 ちょっとジュースのおかわりを取って来ると言って席を立ち、少し時間を開けて戻ると、お兄さんと瑠璃華さんはもう食べ始めていました。美味しいものを食べている時、人は無言になると言いますが、実際にその通りなのか、2人とも真剣にお肉と向き合っているように見えます。

 

 

 ……今なら、きっと怪しまれないでしょう。さっきお兄さんにあーんをしたフォークを、バレないように眺めます。

 

 

 お兄さんの口の中に入っていたものです。それを見ると、考えると、わたしはいけない気持ちになります。

 

 

 

 

 きっとわたしは、へんたいさんだったのでしょう。

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