無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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嫌な知らせ(裏1)

 晩御飯の支度を済ませながら、お兄さんの帰りを待ちます。今日のメニューはお兄さんの好きなハンバーグで、いつも通り出来たてです。

 

 今日の連絡がいつもよりも少しだけ早かったのは、朝メニューを聞いて嬉しそうにしていたお兄さんが、楽しみすぎて早く帰ってこようとしてくれたからでしょうか。多分違うとは思いますが、もしそうだったらなぁと思うと、思わずにまにましてしまいます。

 

 

 先日のステーキソースと、似た味が作れないかと試行錯誤して作ってみた、和風のソース。お兄さんは喜んでくれるでしょうか?気付いてくれて、喜んでくれたら、どれだけ頑張って似せたのかを話してみてもいいかもしれません。きっと沢山褒めてくれるでしょうし、気に入ってくれるようなら定期的に作るようにしましょう。

 

 そんなことを考えながら、うきうきしながら待ちます。お兄さんが帰ってくるのを待って、おかえりなさいの準備をします。

 

「お兄さん、おかえりなさいっ!」

 

 ガチャリと鍵が開いて、一拍遅れて玄関が開き、お兄さんが帰ってきます。いつも通りの笑顔でお迎えして、直ぐにその様子がおかしいことに気がつきます。

 

 少し遅れたただいまに合わせて、荷物を受け取りますが、どこか心ここに在らずといったように見えます。顔色が悪いといったことはないので、体調不良ではないように思えますが、そうなると、精神的な不調でしょうか。どちらにしても、あまりいい状況には見えません。

 

 

 お兄さんはこういう時に、自分一人で考えて悪化しがちなタイプです。実際にどうなのかはわかりませんが、少なくとも私はそうなのだと思っています。

 

 預かったカバンをその場において、お兄さんの手を掴みます。外から帰ってきた、ひんやりとした手ですが、気にせず掴んで連れていきます。出来たてのハンバーグのことも、今は放置です。

 

「お兄さん、何があったんですか?」

 

 お兄さんからちゃんと話を聞くために、クッションに座らせます。イタズラを隠したい子供みたいに、バツが悪そうにしているのは、わたし的にはちょっとかわいいと思ってしまいますが、今はそんな風に思うタイミングじゃありません。

 

 そんなことより、なんで言って誤魔化そうとするお兄さんに、言葉を選びながら今すぐ話すように言います。お兄さんがこんなにおかしくなるようなことが、ご飯よりも優先されないはずがありません。いえ、お兄さんがこんなふうになってもなおわたしのご飯が大事だと言ってくれたらとても嬉しくはあるのですが、わたしにとってはお兄さんの方が大切です。

 

「ごめんね、すみれ。僕が間違っていた」

 

 お兄さんの目をしっかり見ながら、返事を、話始めるのを待ちます。最初の言葉は、謝罪でした。きっと、後回しにして誤魔化そうとしていたことに対する、謝罪です。

 

 これは、受け入れます。小さく頷いて、お兄さんの話の続きを促します。どんな話にせよ、真正面から受け止める覚悟をして、促します。

 

 

「そして、ごめんね。来月の頭から2ヶ月、海外に出張に行かないといけなくなった」

 

 

 けれど、この内容はあまりにも予想外です。頭が理解を拒んで、真っ白になります。そこから少しずつ言葉の意味を咀嚼して、理解出来たのは、2ヶ月お兄さんがいなくなるということ。

 

 思わず、声が漏れます。だって、2ヶ月です。ずっとずっと一緒にいてくれるって約束したのに、お兄さんはわたしから離れると言います。

 

「うそ、ですよね。ちょっとわらえないだけの、じょうだん、ですよね?」

 

 からかっているだけにしては、悪質な冗談です。こんなイタズラをされたら、三日はお兄さんに冷たくなると思います。それでもいいから、イタズラであってほしいと、冗談であってほしいと思います。

 

 

 けれど、お兄さんの表情を見るに、本当のことなのでしょう。そもそもお兄さんがそんなひどいことをするはずがありませんし、最初に聞いた時点で、本当のことなのだとはわかっていました。ただ、わたしがそれを受け入れたくなかっただけです。

 

 

「出張に行くことになったんだ。2ヶ月外国で、国内ならともかく海外だからパスポートがないと連れていけない。すみれは戸籍がない上に住民票も何もない、公的な身分がない人だから、パスポートを作ることも難しい」

 

 わかってはいました。お兄さんがわたしのことを普通の子と同じように、当たり前のように人として見てくれているだけで、そう扱ってくれているだけで、社会にとっては、わたしなんてどこにもいないんです。わたしには身分がないから、それが当たり前なんです。

 

 わかってはいたけど、改めてわたしは普通の子じゃないのだと、普通の子にはなれないのだと実感して、涙が出ます。もしわたしが普通の子であれば、お兄さんに連れていってもらうことができたのかもしれません。

 

「それと、この家なんだけど、家賃補助の関係で契約主は僕じゃなくて会社になっているんだ。だから会社の対応次第では今月中に引き払わないといけないし、そうならなくても電気ガス水道は止められると思う」

 

 連れていってもらえないのは、一緒にいられないのは、とても辛いことですがわたしが我慢すれば何とかなることです。我慢に我慢を重ねれば、できないことはないでしょう。わたしの心が持つかはわかりませんが、お兄さんが帰ってくるまで命は繋げられます。

 

 けれど、お家がないのはどうしようもありません。まだ外は寒いので、下手をすれば凍死してしまうでしょうし、そうでなくても体が持たないでしょう。そうなれば、わたしは命の保障すら、お兄さんが帰ってくるまで無事でいることすら困難です。

 

 心が折れて、体から力が抜けます。こわくて、嫌で、助けて欲しくて、お兄さんに縋ります。だって、わたしにはお兄さんしかいないのです。お兄さんに見捨てられたら、生きていることすらできないのです。

 

「とりあえず、僕が戻ってくるまでは溝櫛の家にいられるように相談してみる。もしそれで難しそうなら、その時は上司に全部事情を話して、何とか生活を確保できるようにしてみるよ」

 

 お兄さんは、わたしのことをちゃんと考えてくれていました。わたしが無事でいられる方法を考えてくれていて、ちゃんと帰ってくるから待っていてと言ってくれます。もし当てが外れても、住居だけは何とかするからと言ってくれます。

 

 自分が酷く取り乱していたことを自覚し、落ち着きます。取り乱すのも仕方が無い内容ではありましたが、最初からもっともっとお兄さんのことを信じて、話を最後まで聞けていればここまでひどくならなかったはずなので、反省です。

 

 話はひとまずこれで全部だというお兄さんに促されて、晩御飯の配膳をします。せっかく作ったソースの話も、できるような空気ではなくなってしまったため、静かでくらい晩御飯です。いつもより上手にできたはずなのに、いつもより美味しくありません。

 

 ちょっと感傷的になって、自分の空気が暗くなっている自覚があるので、食休みの時間はなしです。いつもならともかく、今のわたしが隣にいても、お兄さんは居心地が悪いでしょうし、嫌な気持ちになってしまうでしょう。そんな思いをさせてしまうのは嫌なので、そそくさと洗い物に励んで、お兄さんが上がってくる前にお布団を引いて横になります。

 

 

 上がってきたお兄さんに、瑠璃華さんからの返信を見せてもらって2ヶ月の滞在先が決まります。文面から見るに、瑠璃華さんはまだわたしを確保することを諦めていないのでしょう。そんな気がします。

 

 とはいえ、瑠璃華さんのことですから、変に無茶なことを言ったりしたりはしないでしょうし、わたしがお兄さんへの大好きの気持ちを忘れなければ、問題は無いでしょう。

 

 今日は他に何かをやる気が起きなかったので、早めに寝ます。明日起きる頃には引き摺らず、いつも通りのわたしでいなくてはいけません。

 

 せっかく作ったソースの感想を明日こそは聞けるようにしようと、意識をしっかり固めて目を閉じます。早めに起きて、朝からお話する時間を、その余裕を確保しましょう。

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