無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい 作:エテンジオール
お兄さんが出張に行ってから二週間が過ぎました。だいたい4分の1が終わって、一区切りです。いえ、もっと区切りをつけるタイミングは他にあると思いますが、様々なタイミングで一区切りつけることで帰ってくる日が近付いていることを実感するライフハックです。当然のように10分の1が終わった時も、6分の1の時も、5分の1の時も頭の中では一区切りでした。
それはさておき、しっかり瑠璃華さんの生活サポートもします。お兄さんと瑠璃華さんの発言からして、誰かにお金を貰うでもなく無償で家に置いてくれているのですから、わたしにできることはしなくてはなりません。お兄さんに関しては、家族だからと甘えることは出来ますが、瑠璃華さんにも同様のものを求めて甘えるのはだめでしょう。いえ、もちろんお兄さんにも甘え切るつもりはありませんが、わたしから見ての関係性の問題です。
一通りの家事が済めば時間はあまりますから、勉強をしたり、瑠璃華さんの私物の本を読ませてもらったりして過ごします。二口のコンロ等、色々便利なこともあり、わたしの自由な時間はかなり増えました。
しかしこうなると、もっと家事をしたいと言いますか、働きたいという気持ちが出てきてしまいます。しなきゃいけないことがないことがストレスと言いますか、他にやることがないかと考えて、ソワソワして落ち着かなくなります。
「あははっ、すみれちゃん、ワーカーホリックみたいなこと言ってますねぇ」
それが悪いとは言いませんけど、結構難儀な気質ですよー、と感想を漏らしたのは、飲み会のため晩御飯はいらないと言って少し遅くに帰ってきた瑠璃華さんです。
お酒自体は残っている、というより入っているようで、普段と比べるとだいぶ発言がポワポワしていますが、お酒を飲んだ時の感想などを聞くに、今の言葉は普段のそれよりも本音に近いのでしょう。
そこまでワーカーホリック気質だという自覚はありませんでしたが、確かに何かをしていないと落ち着かないというのはその症状としてはよく聞きます。
もしかしたらそうなのかもしれないと考えながら、瑠璃華さんに押されて入ったお風呂を上がって、半分くらい理性が働いていなさそうなのをサポートしながらスキンケアをします。
「ん〜、すみれちゃんありがと〜」
毎日一緒にやっている、やってもらっていることもあって、どれから使うのかとか、どのくらい使うのかとかはわかっていますので、瑠璃華さんの手につけていきます。少し苦戦しながら瑠璃華さんにケアをしてもらって、髪を乾かします。
「すみれちゃんはいい子ですねー。ちっちゃくて、かわいくて、頑張り屋さんで、かわいくて」
バチンと、ちょっと湿った音がしました。
ほっぺたが突然痛くなって、頭の向きが変わります。頭の中が真っ白になって、わけがわからなくなります。
ジンジンして、手を添えると熱くて、何も分からないまま顔の向きを直すと、振り抜かれた瑠璃華さんの手があって、口角が少し上がった瑠璃華さんの顔があります。
「あっ……」
緩んでいた、瑠璃華さんの表情が普段のものに戻り、それを通り越して青くなります。自分自身の動きに理解が追いつかないかのように声を漏らして、未だに止まっているわたしを見ます。
「ち、ちがうんですよ!いえ、実際の行動を見たら何も違うことは無いんですけど、ちがうんです、こんなことをするつもりじゃなかったんです!ごめんなさい、ごめんなさいっ!信じてください!」
アワアワとして、言い訳をするように言葉を紡ぐ瑠璃華さん。その姿を見て、わたしの頭はようやく理解をします。自分が、何故かはわからないけれども瑠璃華さんに叩かれたということを。瑠璃華さんがそれをしながら、一瞬とはいえ楽しそうにしていたことを。
「…………ぇ?」
理解は追いつきましたが、納得は当然できません。これまでわたしにずっと優しくしてきてくれた瑠璃華さんが、こんなふうに酷いことをするだなんて、予想すらしていませんでした。
直前までの酔いをどこかにやってしまったように顔を青くしながら言い訳をする瑠璃華さん。とりあえず冷やさないとと言って動いた瑠璃華さんに、近付けられたその手に怯えてしまい、体が小さく震えます。
瑠璃華さんの言い訳を信じて、瑠璃華さんを信じたいのに、こわくて、信じることができません。瑠璃華さんの性格を考えれば、本当にただ冷やそうとしてくれているだけだとわかるのに、わたしの知っている瑠璃華さんは叩いたりしないので、何を考えているのかがわかりません。
「……あーあ、やっちゃったなぁ」
わたしが一歩引いたのを見て、逃げたのを見て、きっと怯えの感情が表れているであろう表情を見て、瑠璃華さんの顔から、声から、心配の色が消えます。残ったものは、後悔と、僅かな喜び。
「ちゃんと我慢してたのに、我慢できてたのに。すみれちゃんがいけないんですよ?そんなに健気で、かわいい顔するから。我慢できなくなっちゃったじゃないですか」
お酒、飲みすぎましたかね。と言いながら、瑠璃華さんはわたしのことを捕まえて、また叩きました。頬の痛みと、瑠璃華さんの豹変。どうにかしなければならないことはわかりますが、これまで感じたことのなかった痛みのせいで頭が真っ白になって、やめてということもできず無意識的に頭を守ります。
「ごめんなさい、すみれちゃん。本当はずっとこうしたかったんです。これ以上先輩を傷つけたら壊れちゃいそうだから我慢していたけど、初めて会った時からこうしたかったんです」
突然抱きしめられて、かと思ったら次の瞬間には両手を抑えられます。
「怖くて不安だとは思いますけど、あまり抵抗しないでくださいね。むやみに痛い思いをさせるのは、私としても思うところではありませ……それはそれでむしろありですね。沢山抵抗してくれたら、いくらでも痛い思いをさせてあげますよ」
痛いのは、嫌です。仮に抵抗しなかったとしてもろくなことにならないのはわかりますが、それでも意味もなく痛いのは嫌です。
大人しく瑠璃華さんに誘導されて、部屋に戻ります。逃げるには、瑠璃華さんを突破しなくてはなりませんし、わたしに逃げ切れるとも思えません。
とりあえずこれでいいやとガムテープで両腕を固められて、鍵付きの引き出しから出された手錠で両足と両手をそれぞれ繋げられます。わたしが抵抗しないからでしょうか、追加で暴行を受けることはなく、布団に転がされます。
「私ねぇ、人が苦しんでるのとか、悲しんでるのを見るのが好きなんです。ドキドキして、ワクワクして、そんなふうに思っちゃうことに罪悪感で胸がキューって締め付けられて、それがとっても気持ちいいんですよ」
「痛いことをして苦しませるのも、ずっとやってみたかったんですけど、捕まっちゃうから我慢してたんです。でもすみれちゃんなら何をしても捕まらないじゃないですか。羨ましいなって、うちの子になってくれればって思ってたんですよ」
この先のことを考えて、無理だったから諦めていたのにとこぼす瑠璃華さん。
「すみれちゃんのせいで、私の人生設計はめちゃくちゃです。すみれちゃんが先輩に拾われてなければ、先輩があんなふうに前向きになることもなかったのに、私が我慢できなくなることもなかったのに、先輩の前から姿を消さなきゃいけなくなることもなかったのに」
わたしのせいなのだと、責めるように言う瑠璃華さん。けれど、その表情には暗い喜びが見えます。何をしてくるのかわからない瑠璃華さんを視界から離さないように、せめて心の準備ができるように、警戒します。
「何も出来ないのって、何もわからないのって、とっても怖いですよね。大丈夫、私が全部教えてあげます。怖いのも、痛いのも、苦しいのも」
「たくさんの、素敵な表情を見せてください。たくさんの、かわいい声を聞かせてください。安心して、ダメになってください。最終的には、ちゃんと先輩の元に帰してあげますから」
身動きの取れないわたしに馬乗りになって、ニコニコ笑いながら頭を撫でてくる瑠璃華さん。何を考えているのか、これまで何を考えていたのかが全くわからないその笑顔が、とっても怖いです。
ただひとつ間違いないことは、わたしとお兄さんはこれまで、信用する相手を間違っていたということでしょう。
みぞくしるりか
るりみぞかくし
トゥルーエンド書き終わったらこの子も掘り下げねば(使命感)