無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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帰宅

 すみれからメッセージが届かなくなった当日は、溝櫛と出かけているとかの理由で、連絡を忘れられていたのかと思った。こちらからのメッセージに既読がつかないのは、携帯を見ることすら惜しいような何かを楽しんでいるのだろうと。

 

 それならこちらから変にメッセージを送って、邪魔をするのも悪いだろう。そう思ってそこまで気にせずに過ごして、翌日、溝櫛とも連絡が途絶えた。最後に送られてきたのは、ごめんなさいの一言だけ。

 

 連絡が来ることに、既読が着くことに期待してメッセージを送っても、電話をかけてみても、何をやってもダメだった。すみれの身に、溝櫛の身に何かあったのかもしれない。事故かもしれないし、事件に巻き込まれたりしたのかもしれない。

 

 どんな理由だったとしても、突然連絡が取れなくなって、一言の謝罪だけ送られてくるような状況は、まともなものでは無いだろう。溝櫛はメッセージが来ているので、比較的無事である可能性が高いが、二人とも心配だ。

 

 

 せめて安否だけは確認したい。本当ならすぐにでも溝櫛のマンションに向かいたいが、休日を使ったとしても直ぐに往復して帰ってくることは難しいだろうし、メッセージすら返ってこないのにマンションに入れてもらえるとも思えないので、現実的ではないだろう。

 

 

 どうしかしてどちらかの最低限の無事を確認できないかと考え、何とか思い至ったのは会社に溝櫛が出社しているか確認すること。普通に生活しているのであれば間違いなく出社しているだろうし、そうであれば繋げてもらうなり、伝言を頼むなりで接触を図れる。

 

 そのことに気がついて、仕事終わりに電話をかけてみたのが、すみれと連絡が取れなくなって3日後のこと。

 

「溝櫛君なら一昨日に突然退職願を出してきたよぅ。プライバシーもあるから理由は言えないけど、一身上の都合として手続きは済ませた。それと、君に対して伝言を預かっている」

 

 かけた先は、上司の青柳。伝えられた伝言は、これまでずっと騙していてごめんなさい、預かっていたものはちゃんと返します。

 

 規則だし急ぎだったみたいだから退職の手続きはしちゃったけど、何かあったのかと聞く青柳に、突然連絡が取れなくて心配になったから電話をかけただけで何もわからないのだと答える。もしまた会話する機会があれば、僕の方に連絡するようにと言付けを頼んで、きっと意味は無いのだろうと思いながら二人のことを心配する。

 

 本来なら一身上の都合として扱っていると話すことすら良くないはずなのに、これまでの僕と溝櫛の関係性からか、あるいは僕の必死さからか話してくれた青柳に感謝を伝える。

 

 ずっと騙していてごめんなさい。この伝言からわかることは、少なくとも溝櫛は無事であり、それが何かはわからないが僕に対して何かしらの隠し事をしていたこと、騙していてという言葉の不穏さやすみれと連絡が取れなくなったことなどを考えれば、信じたくはないがすみれの身が危ういかもしれない。

 

 そう思って気だけ焦って、でもできることが何も無いから、毎日電話とメッセージだけして、不安を募らせる。預かっていたものは返すと言っていたのなら、きっとそれはすみれのことだろう。骨だけは返してあげますとか言われてしまうともう諦めるしかないが、溝櫛はそんなことをする人間ではない。

 

 いや、そう思ってはいたが、そもそも僕の知る溝櫛は突然おかしな伝言だけ残して音信不通になるのような人間ではなかったのだから、あまり楽観視するべきでは無いかもしれない。

 

 ただすみれが無事であってくれることを祈って、早く戻れるように日々の仕事をこなす。集中しきれない状態でも問題ない程度の内容ばかりだったのは、不幸中の幸いだろうか。

 

 帰るまでの日数を指折り数えて、どうせなら帰国の時に出迎えするから飲みに行かないかという青柳の誘いを断る。僕はなるべく早く、すみれのことを探さなくてはならないのだ。一度家を見て、溝櫛の家にも行かなくていけない。

 

 それでもダメなら、両親経由で溝櫛の家庭に連絡をとって、すみれを帰すように伝えてもらえるか確かめる必要もある。何があってもあの二人に連絡することは無いと思っていたし、絶対に関わりたくないと思っていたが、すみれの為ならば仕方がない。僕の親に対する気持ちなんて今はどうでもいいのだ。

 

 

 そう決心して、まずは家に帰る。鍵は渡したままになっているので、玄関を開けたらそこにいたなんてことになっていればいい。もちろん溝櫛の家に行ったら何事もなく迎えてくれるのが一番いいのだが、そこまで期待できるほど僕の頭はお花畑ではない。

 

 

 

 案の定と言うべきか、2ヶ月ぶりに帰ってきた家には誰もいなかった。空気の動きがなかったせいか、うっすらとホコリは積もっているし、当然ながら部屋も冷えきっている。

 

 定期的にお掃除しますねとすみれが言っていたことを踏まえると、少なくとも連絡が取れなくなって以降は掃除をすることも出来なかったのだろう。極僅かに残っていた、すみれが無事でいることへの期待が完全になくなる。

 

 荷物を全部放り出して、動きやすい服に着替えるだけ着替えて、すぐに家を出る。目的地は溝櫛の家で、今から出れば向こうで1時間くらい時間がかかっても終電には間に合うから大丈夫だ。

 

 すみれと溝櫛の携帯にメッセージを何度も送り、全く既読がつかないまま電車に乗る。既読がつかないから自宅に向かうなんて言うと少しストーカーっぽく聞こえるが、やりたいことは生存確認だし、僕の家族の安全を確かめることなので気にしない。

 

 

 マンションの前について、部屋の電気が着いていないことを確認する。おそらく不在だろうが、一縷の望みをかけて呼び出しをして、やはり無反応。

 

 もう一度溝櫛の部屋の電気を確認して、着いていないこと、そもそもカーテンが外されているように見えることに気が付く。おそらく溝櫛も僕同様家賃補助を受けていただろうから、退職となると退去することも十分にありえるだろう。そう考えれば、ここに居ないことも納得出来る。

 

 

 そうなると今度は、どこに行ったらすみれを見つけられるかが本格的に問題だ。すみれの居そうな場所なんて、僕らの家と、溝櫛の家と、元々すみれが住んでいたお母さんの家くらいしか心当たりがない。その上、前二つにはいないのがわかっていて、残ったところは僕の正確な場所を知らない。昼間であれば図書館まで自転車を使って出かけていることも考えられるが、家に自転車があったし今の時間では開いていない。

 

 何度も電話を、メッセージを送りながらすみれを探す。公園、ベンチ。溝櫛の家の周りで、人目につかなくてすみれがすぐ見つけられそうな場所。唯一溝櫛に繋がりそうな、親を経由した連絡方法は今すぐには難しいから、それに頼るのは早くても明日の朝だ。もしすみれがひとりで外にいるのなら、まだかなり寒いこの時期、夜を明かせるかすら心配になる。

 

 

 もしかしたらすみれが電車を使えずに歩いて帰ってきて、その途中で休んでいるかもしれないと考えて溝櫛の家から走って自宅に帰り、見つけられないまま家に着く。

 

 そもそもすみれが僕の元に帰ってこようとしている保証すらないのに、帰ってこようとしていたとして、いま自由でいるのかも、帰っている途中であるのかもわからないのに、体が止まらなかった。心配でおかしくなりそうで、動かずにはいられなかった。

 

 出張の、なれない生活のせいで、心配するしかできない日々のせいで体力が落ちた体で、季節外れの汗をかきながら、空腹なのに嘔吐きながら。それでも足を動かして、たどり着いたのは初めてすみれと会った公園。

 

 

 あの日と同じように、薄汚れたベンチに座りながらすみれは空を眺めていた。

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