無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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 裏投稿したら書きたかった短編ちょっと書いて、過去編瑠璃華さん挟んで別ルートの予定です(╹◡╹)


TRUEEND 掴まれなかった左手

 

「ごめん、なさい」

 

 伸ばした手は、とられなかった。

 

「やっぱり、わたしはお兄さんと一緒に帰れません。お兄さんにたくさん迷惑をかけることになってしまいますし、一緒にいてはいけないのだと思いました」

 

 迷惑なんて、かけてくれてよかった。かけてほしかった。家族になろうと言ったのだから、すみれが体調を崩して寝込むことだって考えていたし、怪我をして家事ができなくなることもあるかもしれないと思っていた。

 

 それがこんな形だったことは予想外だったが、そういう大変な時こそ支えたくて、助けたかったのだ。

 

「こんなふうに手を差し出してくれるお兄さんだから、わたしは救われたんです。お兄さんが助けてくれたから、わたしは普通の子みたいな幸せを知れたんです」

 

 でも、これ以上はダメなんですと頭を振るすみれ。ダメなんかじゃないと、一緒に過ごしたいのだと、すみれのことが心配なのだと伝える。

 

 

「お兄さんと一緒に帰ったら、きっと幸せな暮らしに戻れるんだと思います。お兄さんがいてくれて、優しくしてくれて、上手にできないなりに家事をがんばったら褒めてもらえて。でも、それじゃあお兄さんは普通の幸せを手に入れられないんです。ずっとわたしが、わたしみたいなのがくっついていたら、お兄さんの幸せは制限されちゃうんです」

 

 

 僕にとっては、少なくとも今、すみれと一緒に帰れないことの方が不幸だ。大切な家族をこんな寒空の下に放置して帰って、一人部屋の中でぬくぬくと過ごすことの方が度し難くて、許せないことだ。

 

 

「お兄さんがそう言ってくれることも、そう思ってくれることも、わかっています。でも、それだけじゃないんです。お兄さんが近くにいると、人が近くにいると、怖くて仕方がないんです。周りにいる人がみんな、わたしに酷いことをしようとしている気がして、こわいんです」

 

 お兄さんがそんなことしないのはわかっているのに、怖いんですと伝えるすみれ。頭ではわかっているのに、もしかしたら、もしかしたらと強迫観念のように不安が先行するのだと言う。

 

 

「わたしが一番信じているのはお兄さんなのに、そのお兄さんすら信じれないのが辛いんです。誰よりも優しくしてくれたお兄さんのことを信じられなくて、酷いことをしようとしてるんじゃないかと思ってしまうんです」

 

 内心どこかで、すみれが何か遠慮をしたり、拒否したりしても連れて帰って、これまで異常に大切に守っていくことがすみれのためになるのだと思っていた。それ以外に、それ以上にすみれが救われる未来はないと考えていたから、断られたとしてもめげることなく連れ戻そうとしていた。

 

「わたしは今、お兄さんがこわいです。ずっと我慢してたけど、ちょっと気を緩めたら体は震えてしまうでしょうし、お兄さんが不意に近付いてきたら悲鳴もあげてしまうかもしれません。大好きで、信じているはずなのに、こわいんです」

 

 けれど、すみれがもし本心からそれを望んでいないのなら、どうだろうか。僕がすみれのためと考えていたこの行動が、すみれからすると嫌なものでしかないのだとしたら、どうだろうか。

 

「お兄さんのことは誰よりも信じていますし、大好きです。でもそれ以上に、こわいんです。それに、もしお兄さんに裏切られたらと思うと、とっても苦しくて辛いんです」

 

 僕のしていることは、ただすみれを不必要に苦しませているだけなのかもしれない。僕が頑張ったところで、マイナスにしかならないのかもしれない。そう思い至ってしまうと、無闇にすみれを連れ帰ろうとすることが怖くなった。すみれに幸せになって欲しいのに、すみれを不幸にしてしまうことが恐ろしくなった。

 

「なのに、お兄さんを信じきれない自分が嫌なんです。今別れられたら、お兄さんのことを疑わないままで、信じきったままでいけるんじゃないかと期待してしまうんです」

 

 信じなくていいと、怖がったままでもいいから一緒にいてほしいと、そう言いたかった。わがままでもいいから一緒にいたくて、でもそれがすみれのためにならないのなら諦めるしかなかった。

 

 

「わたし、行政の厄介になろうと思います。今更ですけど、最初からそうするべきだったんです。こわいことも不安なこともいっぱいあるけど、お兄さんが幸せを教えてくれたから、頑張れます」

 

 

 何も考えていないのであれば、無理にでも連れて帰ろうと思っただろう。このまま死ぬつもりだとか言うのであれば、今度こそ本当に誘拐してでも、そのせいで職を失うことになったとしてでも、連れて帰っただろう。

 

「だからもし、わたしが普通の子になれたら、お兄さんに会いに行ってもいいですか?それで、お兄さんがよければそのときは、わたしと一緒に暮らしてくれませんか?」

 

 だけど、すみれが考えた上で、前向きに努力しようとしながら、僕の手を取らないのであれば、その選択を僕が不意にすることは、正しいことなのだろうか。

 

 正しいことでは、ないだろう。すみれのことを考えても、それ以外のことを考えても、正しいことではない。

 

 

 

 その時まで待っていると、答えた。ずっと待っているからちゃんと戻ってきて欲しいと、戻ってこなかったとしても、どこかで幸せになっていると教えてほしいと伝える。叶うなら、その役目を果たすのは僕でありたかったが、すみれが幸せになれるのなら、他の人に譲ろう。

 

 

「お兄さんのことも、お家も、電話番号も、ちゃんと覚えてます。絶対、絶対にまた会いに来ます。だからそれまでの間、ちょっとだけお別れです」

 

 ひとまず近所の交番に行って保護してもらうのだと話すすみれをそこまで送ろうとして、覚悟が揺らいでしまうからと断られる。それくらいで揺らぐなら最初から僕の元にいるべきだと言ってみたが、お兄さんをこわがって震えるところは見られたくないと言われて諦めた。

 

 寒いだろうからと掛けた上着はそのまま渡す。本当なら、僕の家にある程度残っているはずのすみれの服を渡すべきだし、そうした方がいいのだろうが拒否されてしまったから仕方がない。身につけていた防寒具と、財布の中に残っていた少しの紙幣をすみれに押付けて、この後の安全を祈る。

 

 

 

 

 すみれに言われて一人で帰って、久しぶりの自宅で空虚な時間を過ごした。本当なら、すみれが迎え入れてくれたはずだった。本当なら、すみれと温かい食卓を囲っているはずだった。そのはずなのに、僕の今の状況はそれとは大違いなものだ。

 

 

 一人だけの、寒くて寂しい部屋。出張中にも慣れていたはずのそれだが、自室ともなるとそのきつさはひとしおだ。せめてすみれがたどり着くところまでは見守っていたかったが、それも無理だったのだから今更どうしようもない。僕にできることは、ただすみれが無事に警察のところまで行けて、そのまま保護されることを祈ること。また、その行先としてまた会えるよう願うことだけだ。

 

 

 

 そんな日が来ると、無条件に、盲信的に信じて、三日が経った頃。連絡方法も何も無いからおそらく無事でいるだろうと推測していた僕の元に訪れてきた来客は、2人1組の国家公務員。より正確に言うと、治安を守る市民の味方、お巡りさん達だった。

 

 

 

 何かしらの事件の参考人兼被疑者として捜査に協力して欲しいと言われて、寝起きの頭ではそれを理解しきれないままでの協力。DNA鑑定の結果が出るまで待たされて、推定無罪とされた僕に教えられたのは、僕の名刺をサイズの合わない上着のポケットに入れた少女が、暴行を受けた状態で発見されたということ。

 

 

 心当たりはないかと尋ねてくる警察を前にして、全身から血の気が引く感覚を覚える。だって、そんな状況の子なんて、一人しかいない。また帰ってくると約束したすみれ以外に、そんな状態で出歩いている少女なんて、いるわけがない。

 

 

 質問に答えるよりも先に、あの子が無事なのかを尋ねた。心配で冷静ではいれなくて、怒鳴るようになってしまったその質問。相手からの質問に答えていないようで、ちゃんと答えになっている回答。

 

「心当たりはあるみたいですね。件の少女ですが、性的暴行を受けた後に低体温症を理由にこの世を去ったと結果が出ています。その体内に残された遺伝子情報から犯人を探そうとして、最も可能性が高かった灰岡さんの元に我々が来たわけです」

 

 当然だが、僕はすみれの体内にDNAを残すような行為はしていない。それでも僕が疑われたのは、最後まですみれが身につけていたものと、周囲の住民の証言だろうか。

 

 

 

 

 その言葉を一度聞き流して、もう一度咀嚼して理解して、僕はようやく、すみれのことを守りきることが出来なかったこと、すみれに至極当たり前な、普通で幸せな世界を与えられなかったことに思い至る。

 

 これから先に明るい未来が待っていた少女が、こんな理由でそれを失うことの、なんてやるせないことか。

 

 

 それを考えて、僕は一切を隠すことなく警察に伝えた。僕の知っている限りのすみれの素性、僕が形はどうあれ誘拐していたこと、そしてその結果の末路の話。全てを信じてもらえはしなかっただろうが、参考としては役立てると言われた。

 

 何かしらの罰を受けるつもりでの告白だったのに、被害届が出ていないことと、僕の話が本当ならその子は存在しないことになっているからと捕まることはなかった。すみれを守れなかったのに、何も罰してはくれなかった。

 

 

 

 人違いじゃないか確認するためと連れてこられた安置室で、対面したのは目を閉じたままのすみれ。こんな形で再会することなんて、考えたくもなかった。

 

 あの温かな笑顔は、やっと手に入れた幸せは、こぼれ落ちてしまった。僕はすみれを、幸せにすることが出来なかったのだ。

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