無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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閑話 幼い“悪意”の決意

 お兄さんへの“初恋”が終わって、燐さんへの執着が生まれた。どうすれば、燐さんは苦しんでくれるだろうか。どうすれば、燐さんを壊せるだろうか。そんなことばかり考えて、でも思い浮かぶどれもが大したことの無いものに思えてしまう。

 

 私が燐さんを壊せるのは、きっと一度だけだ。だからその時には完全に壊し尽くして、後悔が残らないようにしなくてはならない。

 

 考えに考える。共感性に乏しい私では、どのようにすれば理想的に壊せるのかがわからなかったから、たくさんの物語を見て、悲劇を味わって勉強した。半分くらい娯楽目的になっていたが、全ては燐さんのために。普通の感性を持っていれば、こんなに悩むこともなかったのにと、少しだけ羨ましく思いもした。

 

 

 学校で勉強している時も、茉莉ちゃんと遊んでいる時も、お兄さんとおしゃべりしている時も、ふとした時々にその事を考えながら数年が経って、ついに満足のいくプランが完成したのが、6年生の途中頃。

 

 人は大切なものを失うと弱くなることがわかった。無力感を抱くと弱くなることがわかった。すれ違うと、取りこぼすと、裏切られると弱くなることがわかった。

 

 なら、それを全部体験してもらおう。弱りに弱って、カバーガラスよりも簡単に割れるようになってもらおう。そもそも一度しかチャンスがない上に、相手は身体的虐待を受けながら周囲には悟らせていない燐さんだ。

 

 生半可なものでは壊れてくれないだろうし、私の考えられる中で最も悪辣な、人の心を捨てたものを選ぶしかないだろう。そもそも私に、まともな人としての心が備わっているかが疑問であるが。

 

 

 そのプラン自体は、それほど特異なものでもない。大切にしているものを奪って、それをなるべく自分のせいだと思うように仕込んで、一度立ち直らせて油断したところで全部ぐっちゃぐちゃにしてしまうだけだ。

 

 

 

 お兄さんが自分のせいだと思い込むような状況で茉莉ちゃんを奪って、そのせいでどん底まで落ち込んだお兄さんのことを何とかして元の状態に近いところまで戻す。そこからどうにかして私が一度幸せにして、十分に心に根を張った状態で、唯一残った拠り所が諸悪の根源だと知らしめる。

 

 きっとその時の燐さんは、これ以上ないほど私を憎むだろう。その時の表情を見れるだけでも満足だし、衝動的に私を害して、少ししてそのことに苦しむ姿も見たいと思う。なんなら、心底憎みつつも、それまでの関係のせいで嫌いきれず、心がぐちゃぐちゃになってくれてもいい。

 

 

 私との関係や、精神状態によってだいぶ形は変わるだろうが、いずれにせよ素晴らしい終わりだ。燐さんのその瞬間の表情を見れるのであれば、私はその次の瞬間に死んだとしても後悔しないだろう。

 

 それだけの思いが、自らの“癖”による、燐さんの苦しむ姿を見たいという欲求があった。

 

 

 きっと、“癖”に逆らって、初恋をそのまま貫き通すことが出来れば、私は人並みの幸せを手に入れることが出来たのだ。お兄さんに対する好意は、間違いなくそこにあったのだから。その由来が何であったにせよ、お兄さんに1番に大切にしてもらって、“癖”による快楽に惑わされずに、いじらしく甘酸っぱい青春を過ごすことが出来て、そのままゴールイン出来れば女の子としての幸せを掴めたのだろう。

 

 この当時こそ妹の友達という認識しかなかったであろうお兄さんも、私と他の茉莉ちゃんの友達とでは扱いに差があった。私の方がより近くて、それこそ私が押しに押せば、他の人ではなく私を伴侶候補にしてくれるだろうという確信はあった。

 

 

“普通”の幸せは、すぐ近くにあったのだ。すぐ手の届くところにあって、けれども手を伸ばすことは無かった。私が求めていたのが、幸せではなく“癖”だったから。

 

 

 

 

 だから私は、大切な親友を犠牲にする未来を選んだのだ。茉莉ちゃんを追い詰めて、自殺させよう。茉莉ちゃん以外にまともな拠り所がないお兄さんは、きっと生きる意味を失うだろう。そこを私が支えて、可能であればちゃっかりすぐそばに居座ろう。一番簡単なのは、慰めつつ恋人になることだろうか。そうして、お兄さんが私だけしか見なくなったところで一切合切全てを暴露する。

 

 その計画を立てても、特に心は痛まなかった。むしろ少し興奮すらしていた。

 

 茉莉ちゃんが嫌いなわけではない。一番の友達だし、大好きだ。そうでなければこんなふうに何年も一緒にいたりしない。なのに、茉莉ちゃんが自殺するまで追い詰めようと、当然のように考えられた。お兄さんに距離を取られないように、これまで通りちゃんと友達でありながら、いじめてしまおうと思えた。

 

 やはり私には、人の心が無いようだ。その事が少し悲しいのに、茉莉ちゃんを自殺させようとしても悲しく思わないことが、少し可笑しい。

 

 

 

「瑠璃ちゃん、随分と楽しそうだね。何かいいことがあったの?」

 

 茉莉ちゃんと遊んだのから帰って、晩御飯を食べているとお母さんにそう聞かれた。秘密なのだと伝えるとちょっと嬉しそうに、残念だと言っていたが、私はお母さんが見てすぐわかるくらいには浮かれていたらしい。

 

「茉莉ちゃんと会ってから、ううん。例のお兄さんと会ってから、瑠璃ちゃん、すごく明るくなったからお母さん安心したんだよ」

 

 知っている。私が寝ている横で、お父さんとお母さんが私の“癖”について夫婦会議していたことも、お兄さんと会ってから私がむやみに()()ことがなくなったのを、とても喜んでいたことも聞いていた。

 

 二人に心配はかけたくなかったから、燐さんのことは伝えていないし、伝えるつもりもなかった。私が遊ばなくなったのは、もっと素敵なものを見つけたからだなんて、言えるわけがなかった。

 

 きっとまだ私の初恋が続いていると思っているのだろうお母さんに、お兄さんのことを話させられるのから逃げて、自分の部屋に帰る。

 

 

 頭の中でもう一度計画をおさらいして、ベッドに横になる。整理として考えればノートにでも書いておくべきなのだろうが、もし誰かに見られたらと考えるとそれもできない。

 

 両親にバレないように、お兄さんにも茉莉ちゃんにも怪しまれないように、大好きな人達を使って、最低なことをしよう。

 

 これでいいのかと、後悔しないのかと、最後に自問する。

 

 

 しないだろう。もしするような心が私に備わっていれば、そんなことはしたいとも思わなかったはずだ。

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