無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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閑話 ある“悪意”の暗躍3

 茉莉ちゃんがお兄さんの現状を理解して、その苦しみを知った。

 

 普通ならば、お出かけどころの話じゃなくなるだろう。大切な家族が、大好きな家族のことを虐待しているのを知って、それが自分の知らないうちから常態化されていたともなれば、たかがお友達程度と一緒にお出かけをする所ではない。

 

 

 

 それなのに、明らかに様子のおかしい茉莉ちゃんが私の前に戻ってきて、普通にお出かけをしようとしていたのは、ある種の正常性バイアスによるものか、ただ茉莉ちゃんが度し難いほど純粋だったかの二択だろう。

 

 

 茉莉ちゃんがどちらかかはわからなかったが、一つだけ間違いないことは、大切な家族のピンチを前にして、家庭が壊れる事態を前にして、茉莉ちゃんが何もしなかったということだ。

 

 

 きっと、混乱していたのであろう。どうすればいいのかわからなかったのであろう茉莉ちゃんは、結果として私とのお買い物を選んだ。

 

 

「茉莉ちゃん、なんか元気ないけど、大丈夫?」

 

 

 それに対する茉莉ちゃんの返事はどれも迷うような、何かを隠しているようなものばかり。本当はこんなやり取りではなく、直ぐに私に相談するべきなのに、自分一人で抱え込んでしまった。

 

 

 まあ、結果論としては、その選択自体は間違いではなかった。茉莉ちゃんのために考えられる人ならともかく、貶めようとしている私に相談したところで、より私にとって都合のいいように誘導するだけだ。つまり、結局私に遊ばれているのだから、どちらにせよ大して変わらなかったと言える。

 

 

 けれども一般論としては、茉莉ちゃんは私に相談するべきだった。私が私でなければ、そうすることだけで救われていたかもしれなかった。

 

 

 様子がおかしい茉莉ちゃんと一緒に半日を過ごす。いつもの明るさが全くなくて、どこか思い詰めたような様子が垣間見える茉莉ちゃんの姿。

 

 直接茉莉ちゃんとお兄さんのやり取りや状況を確認できない私としては、これで9割9分9厘お兄さんの虐待を茉莉ちゃんが目撃したのだと確信した。

 

 実際に見れる訳では無いから、100%とは言えないものの、これだけの情報があればまず間違いなく事実だ。

 

 

 その辺のことを理解した上で、より自分の描いた未来図のために()()は良くないと思って、私は追い詰められた茉莉ちゃんを追い詰める。

 

 

「何も無いわけがないじゃん。茉莉ちゃんのことか、お兄さんのことか、何かあったんでしょ?私が、そんなことにも気付けないと思う?気付いたのに、知らないフリをするほど無情だと思ってるの?」

 

 

 すこーし、けれども、それなりに茉莉ちゃんを責めるような言い回し。こんな言い方をされて、完全に無視できるほど茉莉ちゃんの心は強くない。

 

 

「瑠璃ちゃん……あのね……」

 

 

 茉莉ちゃんから告げられたのは、茉莉ちゃんが見た事の全てと、これからどうしたらいいのかという相談。つまり、私が求めていたものだ。

 

 お兄さんがおじさんから暴行を受けているという事実と、それを見てしまった茉莉ちゃんがどうすればいいのかの行動指針を決めること。

 

 

 一番最初に伝えたのは、お兄さんが暴行を受けているのには理由があるのかもしれないということ。ぶっちゃけ理由の有無によらず、暴行する側が悪いのだが、この時点では茉莉ちゃんにとっては、いつも優しいお父さんだ。

 

 そんな人が優しいお兄さんを虐待する理由なんて、茉莉ちゃんが想像出来るはずもないだろう。

 

 

 そうなると茉莉ちゃんは、自分の中で整合性を保とうとするわけだ。優しい両親が鬼畜であるのか、最愛の兄が虐待されて当然の人間なのか、その二択で考えなくてはならない。どちらにせよ苦しいふたつの可能性の、どちらかを選ばなくてはならない。

 

 

 

 茉莉ちゃんはここで一度、選択から逃げた。自分が見たものを気の所為だったのだと、勘違いだったのだと自分に言い聞かせて、忘れたフリをして、無かったことにしてしまった。

 

 

 

 

 

 とはいえ、それはあくまでも表面上、茉莉ちゃんの意識の上での話。それがないところでは、無理やり保っている日常から外れたところでは、茉莉ちゃんも自分の認識のおかしさに気付いている。

 

 

 

 

 ひとつの境になったのは、私たちが卒業して、同じ高校の入学式を迎えた日のことだろう。

 

 

 この日、しっかりと自分と家族の現状を把握していた茉莉ちゃんは、これまで何度か暴行を受けている姿を確認したお兄さんに対して、どうしてそれを受け入れているのかと問いただした。

 

 すぐ近くには私もいた、純粋な疑問。明らかにおかしいところ。それまで長いこと受けていたはずの暴行を、何故受け入れていたのかという疑問。

 

 

 1人では不安だからという茉莉ちゃんの意思に合わせて、私もその場にいた。お兄さんの意志を、意図を、しっかりと聞き遂げた。

 

 暴力を振るわれているのは、おじさんの気分によるもの。おじさんのストレス次第で、お兄さんは暴行を受けていた。それを素直に受け入れていたのは、全て茉莉ちゃんのため。茉莉ちゃんを守るために自分一人が犠牲になって、それをこの時までずっと貫き通していた。

 

 

 ある程度想定していた内容ではあるが、それをなしとげたのはどう考えても異常者の所業だ。まともな子供が、兄妹のために自分だけが犠牲になる道を選べるはずがない。仮に選んだとして、不満を持たずに自分だけを犠牲にし続けられるわけが無い。

 

 

 そのはずなのに、お兄さんはそれを成していた。誰かのために自分を犠牲にし続ける道を、誰に強制されるのでもなく自分自身の意思で選べていた。

 

 

 

 

 

 その自己犠牲は、多くの人にとっては理解できないレベルのものだ。私にとっても無理であったし、実際に守られている茉莉ちゃんからしても、お兄さんのあり方は、その自己犠牲はどこかいたましいものに見えたことだろう。

 

 

 

 

 私に対して、お兄さんがまともに自立する頃には茉莉ちゃんを連れてどうにかするつもりだと言う期限が示されたことが、このやり取りの中での一番の収穫だろうか。本来ならば高校卒業時点で茉莉ちゃんの身請けをしたかっただろうに、見込める収入やその先を考えて大学進学まで入れたのは、これまでの虐待情報や、その他のことも考慮した上でのことだろう。

 

 

 お兄さんにとっては、これまで通りの日常が続く中で、茉莉ちゃんの周囲のものは、どんどん暗い道へとたどって行った。

 

 

 

 単純な話で言うと、茉莉ちゃんはどんどん、ABCDからのいじめが悪化していった。ぱっと他所から見てわかるような内容から、周囲が止めないのがおかしいような内容まで、どんどん酷くなっていった。

 

 元々、私のせいとはいえいじめられていた茉莉ちゃんだ。当然、いじめるだけの理由がそもそもあった中で、お兄さんの真実を知って性格が多少暗くなるというおまけまでついた。その上、それまでは私に怯えていたABCが、今となっては大したことの無い話だと、私の支配下から逃れたこともあって、茉莉ちゃんへのいじめがひどくなるのは当然の帰結だった。

 

 

 私がいなければ、茉莉ちゃんがお兄さんの虐待に気がつくことはきっとなかった。私がいなければ、誰とでも仲良くできる茉莉ちゃんがABCから虐められる理由は生まれなかった。私がいなければ、自由になったABCが、より茉莉ちゃんをいじめようと思うことは無かった。

 

 

 

 ようは、茉莉ちゃんの不幸は、その8割くらいが私のせいということになる。私のせいで虐められて、私のせいで家族の闇を知って、私のせいでよりいじめられているのだ。私が諸悪の根源と言っても過言ではないだろう。

 

 

 

 私はこのあたりでようやくいじめに気付いたということになるので、当然のようにABCDを止めるが、最初から支配下にないDも、支配下にあったものの、そろそろ脅しの理由が無意味なものだと気付いているABCも、まともに私の言うことを聞くわけがない。

 

 

 結果として、茉莉ちゃんは普通のいじめ以上に、私に対する嫌がらせの意図もあって、虐められていたのだ。私が茉莉ちゃんを大切にしているからこそ、ひどくいじめられることになったのだ。

 

 

 

 そしてその茉莉ちゃんはと言うと、お兄さんのことをおかしな受け止め方をして、全部自分のせいだと考えていた。そしておまけに、いじめられていることを自分に対する罰だと考えて、半ば積極的にその環境を受け入れてしまっていた。

 

 

 おかしなことだ。虐待において悪いのはおじさんだし、いじめにおいて悪いのはABCDだ。にもかかわらず、茉莉ちゃんの中では自分のせいで虐待があって、その罰としてのいじめということになってしまっている。

 

 

 

 これは、おかしな考えだ。茉莉ちゃんを壊そうとしている私ですら異常だとわかるほどの、本来あるべきでは無い自責、自罰思考。

 

 

 想定よりも早く、より深い所へ向かう茉莉ちゃんの軌道修正をするべく、何度も私は思考がおかしいと伝えた。そうはならないだろうと、それは間違っていると伝えた。

 

 

 

 それでもこうなってしまったのは、ああ。頑固なのは兄妹揃ってのことだったのだろう。自責思考も、自罰思考も、嫌になるほど似ていた。そして、似ているくせに、お兄さんに無い悲壮感が、茉莉ちゃんにはあった。

 

 

 それに気づいてから、私は止めたのだ。それは違うと、おかしいと、茉莉ちゃんは今冷静では無いから、考え直すべきなのだと。伝えても、宥めても、窘めても、茉莉ちゃんは止まらなかった。私は茉莉ちゃんを、止められなかった。

 

 

 少しでも時間を稼ごうとして、なんならお兄さんに現状を伝えて止めて貰えるように図ろうかとすら考えて、それをしてしまったら私の目的を達することが出来なくなると踏み止まる。

 

 友達としては止めたいのに、ほかの何を差し置いても止めたいと思えるのに、私には止めることが出来なかった。茉莉ちゃんの親友としての私は、止めようとしているのに、愉快犯としての、自分の楽しみを追求する私は、止めてはいけないと考えていた。

 

 

 そこで止まってしまったら、茉莉ちゃんは冷静になってしまう。茉莉ちゃんが冷静になってしまったら、私の目的は達成できない。それは私のこれまでの否定になってしまうから、止められなかった。表面上での主張はある程度したけど、次第に壊れていく茉莉ちゃんを止めることが、私にはできなかった。

 

 

 そのまま高校生活を送って、たくさんの理不尽が茉莉ちゃんを襲った。本来ならば、青春を満喫できたはずの大切な時期を、私のせいで茉莉ちゃんは苦しむ羽目になった。その苦しみは、私が望んだそれではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の元に、一通の手紙が届いたのは、謝罪と懺悔にまみれたそれが靴箱に入っていたのは、高校生活も終盤に差し掛かった頃のこと。その内容は、茉莉ちゃんからの謝罪だった。謝罪であり感謝であり、願いだった。

 

 

 手紙に書かれていたその場所、屋上へ向かう。

 

 

 

 待っていたのは、全てを諦めているような茉莉ちゃん。私が昨日の朝見た時は、まだ大丈夫そうだった。こんなことをしそうなようには見えなかった。

 

 

 

「瑠璃ちゃん、来てくれてありがとう」

 

 

 すぐにでも崩れそうな笑みを浮かべながら、茉莉ちゃんは柵のすぐ側で私を迎えた。駆け寄ってでも止めたい気持ちはあったけど、少しでも近付こうものならすぐにでも茉莉ちゃんは飛び降りてしまいそうだった。

 

 

 

 

 私は、茉莉ちゃんが追い詰められていたことを知っていた。ここまでだとは思っていなかったとはいえ、追い詰められていたことは知っていたのだ。それに対して、対策しようとすればできたのだ。

 

 

 

 つまりこの現状は、私の想定以上に茉莉ちゃんが追い詰められてしまっているのは、私の失敗でしかない。

 

「あのね、やっぱり、わたしがいるのが悪いの。わたしがいなければ、お兄ちゃんは幸せになれるはずなの」

 

 そんなことは無い。虐待に関しては、悪いのはおじさんだ。茉莉ちゃんがいようがいまいが、お兄さんは幸せにはなれなかった。

 

「でも、わたしはもう何も見れないから、大好きな瑠璃ちゃんに、お兄ちゃんのことを任せたいんだ」

 

 見るべきなのだ。私なんかに任せるのではなく、茉莉ちゃん自身がちゃんと生きて、お兄さんの未来を見守るべきなのだ。

 

「他の人は信じれないけど、瑠璃ちゃんならきっと、お兄ちゃんを幸せにしてくれるし、お兄ちゃんと幸せになってくれると思うから。お兄ちゃんを任せられるのは、瑠璃ちゃんしかいないから」

 

 ああ。私のせいとはいえ、茉莉ちゃんは一番信じてはいけない相手を信じてしまった。茉莉ちゃんの不幸の元凶たる私のことを信じて、大切な家族を託してしまった。

 

 

 

 止めなきゃ、いけなかった。全部白状して、考え直してもらわなくてはならなかった。それが、親友としての誠意だった。

 

「茉莉ちゃん……だめ……そんなのだめだよ」

 

 

 そのはずなのに、私の口から出てくる言葉はどれも迂遠なものばかりで、茉莉ちゃんからしてみれば後押しするであろうものだけだった。

 

 

「……1回、戻ってきて。戻ってきてゆっくり、話を聞かせて。今のままなんてダメだよ。まだやりなおせるんだよ」

 

 

 そんなことを言う私は、この時点で既にあるべき姿、当初の予定から外れていたのだろう。それをわかっていても、自身の宿願にそむくものだとわかっていても、何故か私は茉莉ちゃんを止めたかった。

 

「瑠璃ちゃん、ごめんね。さようなら、ずっと、ずっと大好きだよ」

 

 

 止めたかったはずなのに、止められなかった。こんなはずじゃなかったのに……

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