無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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閑話 ある“悪意”の後悔

 茉莉ちゃんは、私の見ている目の前で飛び降りてしまった。私の唯一の友達。他のほとんどを無視してでも優先できるだけの信頼関係のあった、大切な、大切な友達。

 

 そんな彼女が、私の見ている目の前で屋上から飛び降りた。私が予想していなかったところで、茉莉ちゃんは勝手に飛び降りてしまった。

 

 

 

 

 私は、茉莉ちゃんの覚悟をぐちゃぐちゃにしてでも茉莉ちゃんを生かすべきだったのだろうか。親友としては、そうするべきだと思うし、そうするべきだったと一丁前に後悔までする。

 

 けれども、心のどこかで、抜けないのだ。茉莉ちゃんが飛び降りたことを都合がいいと思ってしまう自分がいることも、また間違いのない事実なのだ。

 

 

 

 

 幸いと言うべきか不幸と言うべきか、茉莉ちゃんはこの時点でまだ、生きていた。私が茉莉ちゃんの味方として振舞っていた状態のままで、茉莉ちゃんは生きていて、無意識下ではあるものの遺言のようなものすら残していた。

 

 

 

 けれども、それを知らない私にとっては、一番の、唯一の親友が自殺を図った結果だ。

 

 

 まともでいられるはずがない。取り乱しに取り乱して、茉莉ちゃんのことを守れなかった自分に嫌悪した。茉莉ちゃんを止められなかった自分を貶めた。

 

 そのはずなのに、私はどこか冷静に、茉莉ちゃんが飛び降りたことによって生じる影響と、それから副産物として生じるあれやこれのことを合理的に分析していた。

 

 

 それが出来てしまったのは、私の心無さによるものだろう。苦しいはずなのに、私は最初、茉莉ちゃんのそれを客観的に、自分には関係の無いもののように捉えてしまった。そして、その状態のままで警察に通報してしまった。

 

 

 

 異常なのだ。目の前で人が飛び降りて、真っ先に通報するなんてことは。落ちたのが親友ならばなおのこと、狼狽えるべきだし、直ぐに助けようとするはずである。まかり間違っても、初手で救急車を呼ぶなんてことはありえない。

 

 

 でも、それを私はできてしまった。通報から少し時間を置いて、自分の所業に絶望しつつも、私はどこかしらで冷静を保っていた。

 

 

 

 けれども、それは私が傷つかなかったという訳では無い。私とて、人並みに傷ついたのだ。茉莉ちゃんという唯一の親友を失って、まともであれるわけがない。

 

 

 

 

 人並み程度、いや、人並み以上に、私は傷ついたし、ショックを受けた。

 

 確かに、元々考えていた道筋として、茉莉ちゃんがこんなふうになることを考えていなかったと言ったら嘘になる。間違いなく考えていたし、そのつもりで動いていた。

 

 

 

 けれど、私は知らなかったのだ。大切な人を失う悲しみも、その人を失った世界の虚しさも。

 

 

 茉莉ちゃんが飛び降りて、落ちた先で赤い花を咲かせながら、小刻みに震えていた姿を見て、私はようやくそのことに気が付いた。普通の子供なら、幼稚園のうちに済ませておくであろうそのことに気がついた。

 

 

 

 

 違うのだ。私はお兄さんを追い詰めたいだけで、壊れるまで貶めたいだけで、茉莉ちゃんを壊したい訳では無かった。こんなに辛くなるなんて、茉莉ちゃんがいなくなるだけで、二度と話せなくなるだけでこんなに苦しくなるなんて知らなかったのだ。

 

 

 苦しさと同時に、私の掌の上で雑に転がされて、大切なものを全て失おうとしている茉莉ちゃんへの興奮も、感じてしまう。

 

 これは、私の性癖によるものだ。度し難くて、許されるべきでは無い私に与えられるもの。

 

 

 

 そのはずなのに、苦しいのだ。茉莉ちゃんがいなくなってしまったことが。

 

 

 

 

 壊したかったはずのお兄さんを壊すことに、躊躇してしまった。茉莉ちゃんを壊したことを省みて、それをするべきでは無いと思ってしまった。

 

 私の理想は確かに、お兄さんを壊すことだった。そのためにこれまでを積んできたし、それは間違っていなかったのだ。

 

 

 

 唯一間違っていたのは、私の意思。私の予想。それが、私の本当の意志とは、随分離れたものであったことに、この段階に至るまで気付くことができなかったこと。

 

 

 私が作ってしまった茉莉ちゃんの終わりは、私の望むものでも、茉莉ちゃんが望むものでもなかった。誰にとっても救われない、誰もが幸せになれないそれだった。

 

 

 これから導き出せるものは、茉莉ちゃんが望んでいたものでは無い。私という善良な存在がお兄さんを支えて、幸せになるなんて未来はありえない。

 

 

 きっと茉莉ちゃんの想定なら、私が気付いて、お兄さんを慰めて、正しい道に導くことになっていたのだろう。けれども私は、あくまで自分のためだけに動いている外道だ。

 

 

 

 そうであれば、そこまで気付けているのであれば、私はそれに合わせた行動を、言動を見せるべきだったのだ。そのはずなのに、私が選べたことは、ただひとりの、どこにでもいる誰かとしての視点だけだった。

 

 

 

 

 

 

 茉莉ちゃんは、死んだ。私の目の前で、私に遺言を残して、死んでいってしまった。

 

 

 

 それが事実で、それを受けて、お兄さんがこれまでにないほど取り乱したことが、真実。お兄さんのことを壊したくないと、これ以上壊してはいけないのだと思った。これより上を求めたら、きっとお兄さんは無事でいられないから。それを見届けるには、私の覚悟が弱すぎたから。

 

 

 

 その先を見たいはずなのに、それを見たくなかった。茉莉ちゃんを犠牲にしたくせに、お兄さんが壊れ尽くすところを見るのが怖くなった。

 

 

 私は、要は弱かったのだ。自分の理想がありながらも、それを実現することに対して恐怖と躊躇を抱いてしまう。それが普通のことで、普通であれば、恐怖や躊躇を抱くより前にそれを避けるべきではあったのだ。

 

 

 茉莉ちゃんが犠牲になったことで状況が動いたことが、喜ばしかった。茉莉ちゃんの犠牲によって、自らを追い詰めていくお兄さんの姿が、愛おしかった。

 

 

 そこで終われればよかったはずなのだ。少なくとも私にとっては、いいものだけで終われていたはずなのだ。それなのに、茉莉ちゃんを失ったことが、私のことを深く傷付ける。

 

 

 

 私にとっての茉莉ちゃんの存在は、大切な大切な親友の存在は、自覚していたもの以上に、私の深いところを占めていたのだ。

 

 

 

 

 それに気がついた時には、もう遅かった。だって、もう壊してしまったのだから。気付くのが遅かった。遅すぎた。

 

 

 自分の所業を省みる。とても人のものとは思えない、畜生にも劣るそれ。

 

 私のしたことを知れば、誰もが私を罵倒するだろう。そうされて当然のことを、私はしたのだ。

 

 

 自分というものが、たまらなく気持ち悪くなった。消えてしまいたくなった。茉莉ちゃん達をめちゃくちゃにした私なんか、死んでしまえばいいのだと思った。それだけが私にゆるされる唯一の贖罪だと思ったから。

 

 

“お兄ちゃんを任せられるのは、瑠璃ちゃんしかいないから”

 

 

 

 そう思ったはずなのに、自分も後を追おうと思っていたのに、その言葉を思い出してしまったせいで、何も出来なくなった。

 

 茉莉ちゃんの最後の、私にお兄さんを託した言葉。身の回りに味方がいない、状況を理解して寄り添ってくれる人がいないお兄さんを、唯一その現状を理解している私に託した茉莉ちゃんの言葉。

 

 

 私が支えなかったら、お兄さんは両親からの虐待に耐えられずに折れてしまうだろう。私が支えなかったら、お兄さんは周囲からの同情や奇異の眼差し、悪意のない悪質な好奇心によってボロボロになってしまうだろう。

 

 

 それがわかっていたから、それを避けるために、茉莉ちゃんは私に託したのだ。託された私が、“優しい瑠璃ちゃん”が、そうされてしまったらその通りにするしかないことを知っていて。

 

 

 

 ならば、それはもう私の責任だ。私が責任をもって、茉莉ちゃんの意志を継がなくてはならない。茉莉ちゃんにそう求められた私が、しなくてはいけないことは、自己満足のために死ぬのではなく、茉莉ちゃんの、お兄さんのために全てを使い潰すことなのだ。

 

 

 そうして、燐さんに幸せになってもらって、私が要らなくなってから、私の価値をとことん下げてから、燐さんに全てを打ち明けよう。周囲の人にも、両親にも、全部全部をぶちまけて、みんなに軽蔑されてから消えてしまおう。

 

 

 そう思うと、そうすることが一番なように感じた。それが一番なのだとしか、思えなくなった。

 

 茉莉ちゃんの遺志に従って、私がしっかり罰を受けて。

 

 

 無意識的な自己保存の欲求も働いているかもしれないが、これが一番いい形なのだと、私は思った。そしてそれと同時に、自分がしなくてはならないことも理解した。

 

 

 大切な燐さんに、何処の馬の骨ともわからないようなものが、燐さんと真剣に向き合っていないものが、近付いていいわけがない。燐さんの近くにあるのであれば、それ相応の資格を示してくれないと、許せない。

 

 その資格がないものが燐さんに近付くのであれば、全力を持って追い払おう。けれど、もしこの人なら燐さんの全てを、私の存在意義を果たせると思える人がいれば、その時は全力でサポートして、多少無理やりであろうとも燐さんの隣にねじ込もう。

 

 

 

 行動方針としては、私が最初に立てていた計画と余り変わらない。だからこそ自然に移行できたともいえるが、一番の違いは、私がそこに入るか否かのところだ。

 

 私が、燐さんにとって大切になりすぎないようにする。私が、凛さんを狙わずにサポートだけを狙う。

 

 

 

 少し何かが違えば、それこそ私が罪悪感を抱かなかったりすれば、こんな形にはならずに、私はお兄さんのことを玩具としてみていたのだろう。あるいは、感情移入しすぎて茉莉ちゃんのことを犠牲にできなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 後者であればよかったのになと、私は思った。そうであったなら、私はもっとまともで幸せな人生を送れたかもしれなかったのだ。茉莉ちゃんさえ犠牲にしなければ、お兄さんと結ばれる未来もあった。いや、今もあるのだけど、私は、自分がそんな幸せを手にすることが許せなかった。

 

 

 

 私に求められるのは、有象無象を散らすこと。

 あぁ。それならばこれまでもこなしてきた。自ら、お兄さんにとってのちょっと気になるあの子、隙が多くて気になるけど、行動には移しにくいしでも気になる妹のような後輩。お兄さんに性を感じさせすぎない程度にセックスアピールをして、けれどもこちらからの好意は隠さずに、周囲に対して牽制を行う行為。

 

 

 けれど、それをできたこれまでとは違って、これからはそれを使わずにお兄さんの交遊管理をしなくてはならないのだ。

 

 

 それならば、お兄さんに、周囲への不信感を抱かせるのが一番容易い。

 

 元々お兄さんに好意を持っていた連中が、アピールとしてするであろう行動を、適当な理由をつけて気をつけるべき行動だと話しておくだけでいいのだ。長年一緒にいる、幼なじみとも言える私と、たかが一、二年の付き合いの連中では、信頼度が違うのである。私の行動はお兄さんにとって裏切り9割なので、一概に信頼度を信じる訳にもいかないが。

 

 

 

 ともあれ、私の新しい目的は、こうやって決まった。

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