無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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閑話 ある“悪意”の贖罪

 燐さんが勘当された。おじさんは錯乱して殴りかかってきたからだと、頬にガーゼを貼りながら吹聴していたが、周囲は少し訝しげにしていた。お兄さんの人あたりの良さと優しさはみんなに知られていたし、おじさんが言うような行動をとるとは誰も思えなかったからだ。

 

 当然、前々から燐さんが虐待を受けていたことを知っていた私がおじさんの言葉を信じる訳もなく、家を追い出されたと聞いて真っ先にお兄さんの身柄を確保したし、両親と話してお兄さんをしばらくの間うちに匿ってもらうことにも決まった。

 

 

 私とお兄さんの関係、両親からしてみての、親友の兄という間柄だけであれば、もしかすると断られたかもしれなかったが、両親の前で異常性を晒した後の私が、それまで向けていなかったまともな興味の先。考え方を少し変えると、私に普通の子供のような甘酸っぱい感情を教えてくれたのが、両親にとってのお兄さんだ。

 

 申し訳ないことに私のせいで気苦労をかけていた両親であればこそ、そんな恩人とも言える人で、私にとっての初恋の相手でもあり、いつも優しくて素敵な人なのだと惚気けていた相手を邪険にすることは無かった。

 

 むしろ、私が何もしなかったら、積極的に私とお兄さんを結び付けるべく、いつまででもいていいと、自分の居場所だと思っていいと話しながら空き部屋をそのまま使わせる始末だ。お父さんに至っては、自分のことをお義父さんと呼ぶようにと言ってすらいた。

 

 けれども、そんな展開は、あってはならないのだ。お兄さんが婿入りみたいな感じで私の家に入って、そのまま幸せに過ごすなんてことは、あってはならないのだ。

 

 お兄さんの視点からしてみればあってもいいかもしれないけれど、それでは私が幸せになってしまう。

 

 私が幸せになることは、許されないことだ。私がしてきた、お兄さんへの行動からしても、茉莉ちゃんにしてしまったことからしても、私が幸せになることだけは許してはいけない。

 

 だから、誰にもバレないように、お兄さんが自主的に自立しようとするように計った。お兄さんが私のものになってしまったら、茉莉ちゃんに償えないから。

 

 

 意地でも燐さんを留めようとする両親と、そんな両親に影響されて、居場所をみつけそうになっている燐さんを止めつつ、怪しまれないようにするのはなかなかに骨が折れる作業だった。燐さんの鈍さがなければ不可能だっただろうし、両親が私のことを警戒しているままであれば即バレていただろう。

 

 

 

 茉莉ちゃんの死によって人並みの罪悪感を知っていなければ、その時の私を見ていなければ、こうも上手くはいかなかっただろう。それがこのタイミングだったのは、私にとって幸と言うべきか不幸と言うべきか。結果が出るまで気付けなかった以上、多分不幸に入るのだろう。

 

 

 

 

 何はともあれ、半年もしないうちに、燐さんは生活基盤の目処を立てて、一人暮らしに移行した。その優秀な成績もあって貸与型と給付型の二つの奨学金を使い、大学の費用を賄っていたこともあり、そもそもひとりで暮らす分には十分より少し足りないくらいの収入があったこともあり、私の家で必要最低限プラス少し程度の貯蓄を確保したら、部屋を借りて自立した。

 

 

 私としては当然、思ってはいけないことだけれども寂しかったし、少なくとも燐さんの実の父以上に父性に目覚めているお父さんに至っては、いつでも帰ってこいと、これはほんの餞別だと数万を握らせていた。

 

 

 

 こんなに貰えないと言う燐さんと、礼としてはまだまだ足りないと、追加で必要な分は無心しろというお父さん。お父さんがこんなふうに言うまでに、お兄さんに恩を感じさせてしまったのは、私の振る舞いが異常で、心配だったからだろう。

 

 こういうところを見ると、やっぱり申し訳なく思う。私が普通の子であれば、お父さんは、こんな罪悪感を抱く必要がなかったのだ。

 

 

 電車で一時間半くらいの大学の近くに引っ越して、その手伝いをするだけして、私にできることはなくなった。定期的に連絡はとるけれども、顔を合わせることはなくなった。

 

 オープンキャンパスなんかで理由をつけて押しかけることは何度かあったが、それも数えられるほど。その僅かな機会で、燐さんがおかしくならないように、ちゃんと幸せになれるようにメンテナンスをする。

 

 

 

 

 

 そんなふうにして、一年が経った。

 

 ちょうど受験が終わり、私は再び燐さんの後輩になった。

 

 

 燐さんに教えて貰って、楽な講義や難しい講義なんかを知った。燐さんを追いかけてきただけだから、正直科目に関してはどうでもよかった。幸いなことにあたしの頭は優秀だったから、特段興味のない学問でも、充分に学ぶことが出来た。

 

 

 燐さんの周りに変な人が寄らないように気をつけて、たまに不味そうなのが近付いているのを見て、それを撃退している燐さんを見て安心して、たまにお父さんに送り込まれて燐さんのご飯を作る。

 

 

 私には過剰な程に、幸せだった。自分の罪を忘れて、いつまでもそこに浸っていたくなるほど、心地いい時間だった。

 

 誰にも私の罪はバレていないのだから、やろうと思えばできるのだ。私は今からでも、幸せになれるのだ。もしそうするなら、どうするべきかを考えて、茉莉ちゃんにしてしまったことを思い出して吐いた。自分の幸せを考える度に、自分の罪を思い出した。汚れた自分が幸せになろうとしていることが心底気持ち悪くて、何よりも許せなくて、吐いた。

 

 

 

 

 

 お兄さんのために働いている間は、許されている気がした。気が楽だった。償っていることで、救われていた。だから私はこのままでいいのだ。

 

 友達はできなかった。知り合いはいくらかできたが、一緒に遊びたいと思える相手には出会えなかった。

 恋人もできなかった。猫を何匹も被っている状態の私の、上っ面の一枚目しか見ていないくせに言い寄ってくるやつはいくらかいたが、そのどれもがお兄さんとは比べたらへのへのもへじだった。

 勉強も、楽しくなかった。もとより大して興味のなかった学問だ。せっかく通っているのだから、授業には真面目に取り組んだものの、楽しい大学生活ではなかった。

 

 燐さんのための、学生生活だった。結局、思い出らしい思い出は何一つとして作れなかった。

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