無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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届いた右手(裏)

 その手を、半ば無意識のうちにその手を握ってしまいました。温かくて、少しだけ固くて、とっても、とっても安心できるその手。

 

 わたしはダメな子なのに、片手がダメになって、もっとダメな子になってしまったのに、お兄さんの手を取ってしまいました。わたしみたいなダメな子が、お兄さんにずっと付きまとっていても、お兄さんにとっていいことは何もないとわかっているのに、我慢することが出来なくてつい握ってしまいました。

 

 わたしがお兄さんに付きまとったら、きっとお兄さんのことを不幸にしてしまうことはわかっています。わたしの存在が、お兄さんに迷惑をかけてしまうことも、わかっています。それなのに、一度握ってしまった手はお兄さんのことを離せませんでした。自分の手が、お兄さんのことを良くない沼に引きずり込む魔手だとわかっていても、離れることができませんでした。

 

 わたしは、それだけ繊細な存在だったのです。わたしは、偶然の積み重ねでやっとここにたどり着いた存在だったのです。

 

 

 理性的に考えれば、わたしはお兄さんから手を引いて、勝手に野垂れ死ぬ道を選ぶべきなのです。そのはずなのに、わたしはお兄さんから離れることが出来ずに、できる限り一緒にいられる理由を考えてしまいます。

 

 一緒にいたい人と、一緒にいられる方法を考えてしまいます。

 

 

 それを成し遂げる方法は、簡単でした。それが求められているように、物事を運べばいい。ようは、わたしがお兄さんの近くに居座れるだけの理由があれば、わたしのことを求めてくれているお兄さんがそのように計らえる猶予があれば、行動としては簡単です。

 

 

 お兄さんが、燐さんが、わたしのことを求めてくれるとすれば、それはわたしが家事をできるからで、役に立てるからです。ほとんど何もできないわたしが、唯一役に立てることは、お兄さんのために家事をすることです。

 

 わたしが初めてここに来た時から、それは変わりません。お兄さんにとって負担になっているであろうことを、代わりにやっておけることだけが、わたしの存在意義です。

 

 であればこそ、わたしは今の状況であっても、役に立てるということを示さなくてはなりません。たとえ片手が使えなくても、役に立てることを示さなければ、私はただの穀潰しになってしまいます。

 

 だから、久しぶりに帰ってこられた、私たちの家で、家事をしなくてはなりません。お兄さんがどれだけ優しくても、わたしが何も出来なくても見捨てたりしないと言ってくれたとしても、わたしの存在意義は家事をすることです。

 

 

 だから、久しぶりに帰ってきたおうちで、役に立つために、中途半端で途切れていた片付けを掃除をしようと思いました。瑠璃華さんに監禁されていたせいでできなかった役目を果たそうとしました。

 

 それなのに、お兄さんはわたしに休めと言います。大変だったから、辛い思いをしたからと理由をつけて、わたしに休めと言ってくれます。

 

 

 その言葉自体は、思いやり自体は、とても嬉しいことです。お兄さんがわたしのことを大切にしてくれている証拠ですし、 思いやり自体はとても嬉しいことです。

 

 それでも、その思いやりは、わたしにとってはわたしがいなくてもお兄さんは困らないのだと、多少の面倒を被るだけで問題は無いのだと言われているようなものでした。

 

 お兄さんにそんなつもりがないことは、わかっています。お兄さんには優しい気持ちしかないのだと、わかってはいます。それでも、わたしの唯一の存在意義を否定されたことは、わたしにとっては耐えられないことでした。

 

 お兄さんの身の回りの事は全てしたかったのに、お兄さんに求められるために依存されたかったのに、お兄さんはその行動で、わたしが居なくても充分生きていられることをしてしてしまいます。元々一人暮らしをしていたのだから当然のことなのに、わたしにはその事が酷くショックでした。

 

 

 わたしが何もしなくても、お兄さんは食事を用意できます。わたしのことを気遣いながらも、お兄さんは生きていられます。

 

 当然のことです。当たり前のことです。わたしがいなかったとしても、お兄さんは生きていられます。

 

 

 わたしがいなくても掃除はできますし、ご飯も用意できます。用意する食事のクオリティが多少変わったとしても、根本的に必要とされていないことに変わりはありません。わたしはお兄さんがいないと何もできなくても、お兄さんはわたしがいなくてもなんとでもできます。

 

 わかっていたことです。知っていたことです。それでも、その事が何故かショックでした。自分の存在意義を否定されるような感覚。

 

 

 わたしに何もするなと、ゆっくり休んでいてくれと言って、お兄さんはテキパキと掃除をしました。わたしの役目、わたしがやらなけてはならないことを一人でこなしながら、お兄さんはわたしを待たせました。

 

 何もできないまま、何も役に立てないまま全部片付いてしまいました。

 

 

 お兄さんが、わたしがいなければ何も出来ないなんて、そんなことはありえません。わたしが会うより前のお兄さんは、全部一人でやっていたのですから。一人でできていた以上、わたしがいなくてもお兄さんは大丈夫なのです。

 

 わかっていたことでした。それでも、認めたくないことでした。わたしの願いとして、お兄さんに依存されたいというものがある以上、お兄さんにはわたしがいなければ何もできない人であって欲しいのです。それがどれだけ歪んだ欲求であるかは理解した上で、お兄さんにはそういうものであって欲しいのです。

 

 そんな思いがあるせいで、お兄さんが私に優しくしてくれることが、苦しかったです。嬉しいはずの思いやりを、わたしは素直に受け入れることが出来ませんでした。

 

 お兄さんがわたしのために時間をかけて、わたしが快適に過ごせるように動いてくれることが、悲しくて、苦しくて仕方がありませんでした。

 

 

 わたしがやり途中で、ちゃんとこなせなかったお掃除をしてくれます。お家の中をしっかり綺麗にした上で、ちょっとしたご馳走を用意してお兄さんを迎えたかったのに、わたしは何もできないままお兄さんのベッドに座っています。

 

 やりたかったことが、やろうとしていたことがなにもできていない中で、お兄さんは全部こなしてくれました。わたしにできたのは、任せてもらえたのは、電気ケトルでお湯を沸かすことだけです。

 

 お湯を沸かして、わたしが来るよりも前から蓄えられていたカップラーメンを作ることだけです。

 

 

 味の濃いカップラーメンを、栄養なんて考えられていないカップラーメンを食べます。久しぶりのお兄さんとの食事。まともなものとは言いたくないそれでも、とっても安心感がありました。美味しいと思ってしまいました。わたしがちゃんと作れればもっと美味しくて栄養バランスに優れたものを作れたのだとわかっていても、それを美味しいと思ってしまいました。

 

 

 とても、悔しいです。本当ならもっとちゃんとしたものを食べてもらうはずでした。本当ならもっと、ちゃんとしたものを作れたはずでした。

 

 お兄さんのお腹を満たして、喜ばれる役目はわたしが担当できたはずでした。

 

 それなのに、お兄さんが久しぶりに食べて、やっぱり美味しいなとしみじみと漏らしたのは、カップラーメンでした。

 

 元々わたしは、お昼ご飯のカップ麺に嫉妬するような子です。こんなタイミングでわたしがやっていたはずのことを奪った大盛カップラーメンに、嫉妬しないはずがありません。

 

 羨ましくて、悔しくて、辛いです。必要として欲しいのに、何の役にも立てません。一緒にいたいのに、近くにいたいのに、怖いと感じてしまいます。

 

 手を掴めたのは、考える暇もなかったからです。反射的なものだったから、頭が理解していなかったから掴めただけで、きっと少しでも考える余裕があったら掴めませんでした。

 

 

 そんなことを考えながら食べ終えて、染みるのを我慢しながらシャワーを浴びます。痛いのが怖いのだと言い訳をしながら、お兄さんを怖がっているのを隠して手当してもらいます。

 

 優しくて、丁寧な処置です。そのままお兄さんの布団で寝かせてもらって、長かった一日が終わります。

 

 とても、安心できる匂いです。思わず涙が出てきて、お兄さんの枕を濡らします。帰ってこれたのだと、ようやく実感が湧きました。

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