無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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 片手じゃ上手にご飯が食べられなくて自ずと犬食いになっちゃう女の子ってかわいくない?かわいいよね(╹◡╹)




見える問題と、見えない問題(裏)

 

 

 痛みも衝撃もなく、ふわっと意識が上がってきて、目が覚めます。外から何も無い、自然な目覚めというのはとても久しぶりなものです。

 

 起きて最初に考えたのは、おそらく直後に来るであろう衝撃への備えでした。わたしが自分一人で起きれたとしても、起きたその直後には瑠璃華さんからの虐待が始まります。

 

 だから、用意しました。いつも大体お腹を殴られるから、少し力を入れておきます。ちゃんと力を入れると、対処しようとしていたことがバレてもっと痛い目をみます。

 

 

 そうして、目を閉じたまま備えて、少しすると自分がちゃんとお家に戻ってこれたことを思い出しました。

 

 目を開けると、お兄さんの家です。お兄さんとわたしが暮らしていた、いつもの家です。わたしが寝ているのは、お兄さんのベッドです。埃っぽい匂いの中に、ちゃんとお兄さんの匂いが残っています。

 

 安心できる匂いで、わたしの好きな匂いです。お布団の中から、出たくなくなります。しばし堪能して、周りを見ると、部屋に明かりがついていませんでした。

 

 窓から差し込む日差しの角度を考えても、時計を見ても、お兄さんは起きている時間のはずです。それなのに、部屋が暗いということは、お兄さんはどこかへ出かけているのでしょうか。寝ているわたしを置いて、出かけてしまったのでしょうか。

 

 お兄さんのことですから、ちゃんと帰ってきてくれることはわかっています。わたしが変に不安になりすぎているだけで、何も問題ないことはわかっています。これまでだって何度か似たようなことはありましたから、大丈夫なことはわかっています。

 

 

 それでも不安になってしまうのは、お兄さんがこのまま戻ってこなくなったらと思ってしまうからです。怖くなってしまうのは、目の前に瑠璃華さんが現れたらと思ってしまうからです。お兄さんがいてくれれば考えなくて済むことを、お兄さんがいないだけで考えてしまいます。

 

 自分のいる場所がわからなくなって、不安になって、お兄さんの匂いに縋ります。布団にくるまって、枕に顔を擦りつけます。今はこれだけが、わたしを守ってくれます。

 

 

 しばらくそうしていて、玄関が開く音が聞こえたのでそちらを向きます。案の定というか、当然というか、帰ってきたのはお兄さんです。手に提げている袋を見るに、食材を買ってきてくれたのでしょう。昨日の晩のカップラーメンがなくなると、家に食べ物は皆無と言っても過言ではありません。買い出しをしてくれたのは、とてもありがたいことです。

 

 それをお兄さんにさせてしまったということがもうしわけなくはありますが、わたしのことを寝かせておいてくれたのはお兄さんの優しさです。これには、美味しいご飯を作って報いなくてはいけません。

 

 そう思って、お兄さんが買ってきてくれた食材を確認しようとして、体を起こします。起こそうと、します。

 

 両手を使って、起き上がろうとして、左手に力が入りませんでした。自ずと、力のバランスが取れなくて、崩れます。体が傾いて、倒れた後にお兄さんが私を心配してくれて、身体を起こそうと駆け寄ってくれます。

 

 支えてくれようとして、手を伸ばされます。ありがたいはずの、嬉しいはずのその気遣い。そのはずなのに、それがひどく怖いものに見えてしまい、わたしは反射的に振り払ってしまいました。やさしい手を、拒絶してしまいました。

 

 

 お兄さんのことを、拒絶してしまいました。

 

 そのことを理解して、頭の中が真っ白になります。血の気が引くのがわかります。お兄さんに嫌われたら、捨てられたら、わたしにはもう何も残らないんです。

 

「ちがうんです」

 

 それなのに、お兄さんの手が、わたしに伸ばされる手が、悪意に満ち溢れたあの手と重なってしまって、怖くなってしまいました。お兄さんはそんなことをしないとわかっているのに、こわくなってしまいました。

 

「ごめんなさい、違うんです。わざとじゃないんです。ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 パニックになっていることが、自分の中の冷静な部分でわかります。これは良くないとわかっているのに、頭は白いままで、ひたすら言い訳にもならないような言い訳を繰り返します。

 

 

 冷静になるまで、お兄さんは待ってくれました。放置するのではなく、わたしのことを心配そうに見ながら、待っていてくれました。

 

 お兄さんにわけを話します。大丈夫だとわかっているのに、こわくなってしまったのだと。お兄さんがこわいのではなく、人がこわくなってしまうのだと。お兄さんことは、他の誰よりも信頼しているのだと。

 

 

「そうなんだ。気が付かなくてごめんね」

 

 悪いのはわたしなのに、こわくなってしまうのもそれを隠そうとしていたのもわたしなのに、お兄さんが謝ります。謝ることなんて何も無いのに、お兄さんに謝らせてしまいます。

 

 

 それが嫌で、お兄さんの気持ちが嬉しかったのだと伝えたくて、もう大丈夫だからと起きるのを手伝ってもらいます。本当は一人でも、片手だけでも起きられるのに、お兄さんの優しさに甘えます。

 

 起き上がったことで見れた買い物服の中身は、卵と野菜と食パンです。これで作れるのは、サンドイッチでしょうか。片手だけだとそれでも難しいかもしれませんが、久しぶりのお料理です。気合いを入れなくてはなりません。

 

「朝ごはんは僕が作るから、すみれはゆっくりしていて」

 

 そのはずなのに、お兄さんはわたしを頼ってはくれませんでした。わたしに、仕事をくれはしませんでした。

 

 少し落ち着いて考えれば、当然のことです。だって、わたしは片腕が使えないのですから。片腕が使えないのに、両腕が使えた時のように料理ができるはずがありません。もちろんある程度は可能でしょうが、いまのわたしには、どこからどこまでが自分にできて、どこからどこまでができないのかの判別がつきません。

 

 むしろ、なんで御飯の用意をする気だったのかが分からなくなるレベルです。お兄さんの判断はどこまでも真っ当で、わたしはあまりにも何もできません。

 

 無力感に、襲われます。お兄さんがご飯の準備をしているのを、何もしないまま見ています。卵を茹でて、野菜を切って、挟んでいくその手際は、わたしが料理をしていた時よりもずっといいです。

 

 

 20分もかからないで、3種類のサンドイッチができました。ついでに野菜ジュースもついています。片手でも食べやすいように、小さな三角形に切り分けられたサンドイッチを食べますが、片手しか使えないとやっぱり綺麗に食べることが難しいです。

 

 こぼれてしまっても大丈夫なように、お皿の上に口を運んで食べます。なるべくこぼさなくて済むように、急いで食べます。

 

 お兄さんの前ではできる限りいい姿を見せたいのに、今のわたしははたから見たら食い意地が張っているように見えます。たしかに美味しいから、いっぱい食べたいのも間違いではありませんが、あまり汚い食べ方をしてしまうと、軽蔑されてしまうかもしれません。

 

 

 それは、嫌です。でも、口に入れた端からボロボロこぼすのと、食べるのが少し汚くて早いのであれば、後者の方がまだマシです。お兄さんの前ではずっと上品に振る舞いたかったけれども、比較すれば多少下品な程度で住む方がマシです。

 

 お兄さんよりも先に食べ終わって、お兄さんが食べ終わるのを待ちます。食べ終わったお兄さんが、今日やっておきたいことを、わたしに気を使いながら伝えてくれることに対して、なるべく、可能な限りお兄さんの方針に従うことを告げます。わたしが考えて行動できることと、お兄さんがわたしのことを考えて用意してくれることであれば、間違いなく後者の方がいいからです。わたしのことを思ってくれているお兄さんが選ぶのであれば、それはわたしが考えるものよりも優先されるべきです。

 

 

 自立心がないと、自己決定能力にかけていると言われてしまえば、その通りでしょう。けれども、わたしは自分の選択を、考えを信じられません。何も知らないわたしが考えつくことなんて、お兄さんであれば考慮しているはずですをその上でわたしに判断を委ねてくれるのは、わたしの心理的な抵抗を考えてくれているからです。

 

 

 何はともあれ、わたしには、お兄さんが与えてくれた選択をするしかありません。買い物が必要なのだと言われれば、それは必要なものです。病院で検査をしてもらった方がいいと言われれば、検査をしてもらうべきです。たとえわたしが、部屋から出ることが怖くても、お兄さん以外の人と関わることが恐ろしくて仕方がなかったとしても、そうすることが正しいのです。

 

 もちろん、お兄さんはわたしが嫌だと言えば、本気で拒否をしたら、それがどれほど大切なことであったとしても聞いてくれるでしょう。戸籍のないわたしを、リスクを踏まえて保護してくれるような人です。

 

 そんな人だから、信頼できます。わたしの全部をかけてもいいと、かけたいと思えます。お兄さんがわたしのために考えてくれたことであれば、わたしは無条件にそれを信じます。恩人のことを、誰よりも大好きな人のことを信じます。

 

 たとえそれが、辛いことであったとしても。お兄さんのことすら怖いと思ってしまうわたしが、耐えられるかギリギリなものであったとしても、わたしはただただお兄さんのことを信じて、お兄さんの選択に従います。

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