無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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久しぶりの“お買い物”

すみれが落ち着いたのを見て、車を動かす。次の目的地は、ホームセンター。スーパーが隣接されているところで、晩の食材もついでに買える。

 

半歩後ろから着いてくるすみれに気を遣いながら店内を周り、一番最初に買うものはメインの布団。以前は色々入り用だったのでそれなりのもので済ませたが、今回はあの時よりも余裕があるし、新生活が始まる時期ということもあって少し安くなっている。

 

あまり値段は気にせずに、好きなものを選ぶように伝えて、選ばれたものをカートに載せる。あとは、片手しか使えなくても料理はしたいと言うすみれのために、いくつかキッチン用品を揃えれば、追加で必要なのは雑貨。

 

普段の日常品に関しては、僕よりも家の管理をしっかりこなしてくれていたすみれの方がずっと詳しいので、即必要なものとあった方がいいもの、念の為の予備などいくつかのパターンで必要なものを教えてもらう。

 

 

考えてみれば、自分の家の中に何がどれだけあるのか、ほぼ正確に把握していた、一人暮らしの時代からは大きく変わったものだ。いちいち確認しなくてはならないのは面倒なことのはずなのに、その作業が全く負担にならない。すみれが、大切な人が身の回りの世話をしてくれることが、家の中のことを把握して、こなしてくれるということが嬉しかった。純粋に、僕のことを気遣ってくれることが、幸せだった。

 

 

そう思って貰えるだけで、僕は生きている意味を感じられたのだ。妹の、茉莉のためだけに耐えていた生活の中で、気がつけば僕は“自分のためという意識”を失っていた。

 

何かのために、誰かのために生きることが、努力することが、僕の生きがいであり、モチベーションだったのだ。おかしいことは、不自然なことはわかる。けれども、僕はそのあり方しか知らなかった。

 

 

そして、すみれは僕のことを必要としてくれるのだ。衣食住の根本的なところから、僕の推測が間違っていなければ精神的なものまで。僕のことを必要としてくれている。信頼関係を築いた僕のことを、求めてくれる。

 

 

その事は、僕にとって幸せな事だったのだ。無論、それが歪なものだという自覚はある。それでも、離れることが出来ないくらいに、それは甘美で、幸福で、罪深い幸せだった。

 

要は、僕はすみれの不幸を、自分が満たされるために利用しているのだ。感情的には、すみれが幸せになることを求めているにしても、僕の中のどこかが、すみれを幸せにした自分の行動やあり方で気持ちよくなろうとしているのだ。

 

 

やらない善よりやる偽善とは言うけれど、moreであったとしてもmostではないのが、僕の動機なわけだ。

 

どこからが利他思考になるのかはともかくとして、僕の考えは、僕にとっては利己的なものだった。

 

 

「えっと、トイレットペーパーが残り2ロールです。あと、お砂糖と卓上胡椒がそろそろ予備に手がつきそうで、柔軟剤も残り半分くらいです」

 

そんな僕の思いを、汚さを無視するように、すみれは細かいところまで把握していて、僕が知りたかったことを的確に教えてくれる。

 

 

一人暮らしの時は、気が楽だった。何かあったとしても困るのは自分だけで、誰にも迷惑をかけることなく自己責任で全てが済んでいた。

 

 

その頃の方が気が楽なのに、僕は今の方が幸せだった。他に必要なものは特にないはずだと少しだけ不安そうにするすみれに、晩御飯は何を食べたいか尋ねる。そのための食材と、その他に数食分のものを揃えたら、買い物は終了だ。

 

家に帰って、明るいうちから晩の準備を始める。煮物はしみればしみるほど美味しくなるものだ。

 

弱火で煮込んでいる内にすみれの布団を開封して、僕の布団の上でぼーっとしていたすみれを移動させる。これまでは、基本的にいつも動いていたり、何かを楽しんでいたりと能動的に動いていたすみれが、何もしないでいるのはめずらしい。

 

テレビをつけて、暇を潰す。一応火を使っているので、何かに集中できるほど意識を離すことはできない。けれどただ何もせずに鍋を眺めているのも退屈なので、このくらいがちょうどいい。

 

 

会話がない時間が過ぎる。どこか思い詰めた様子のすみれに、どう声をかければいいのかが分からなかった。これまではすみれから話題を降ってくれることが多かったから気にしたことがなかったけれども、どうやら僕は話題の提供能力も低かったらしい。

 

 

すみれが傷つかなくて、ちゃんと乗ってくれる話題で、話していて明るい気持ちになってくれるような話。考えても考えても、ひとつも出てこない。出てくるのはどれも難点のある話題ばかりで、今よりも空気が重くなる可能性を考えると、どうしても決心がつかない。

 

 

一つだけ幸いなのは、すみれがこの空気の中で、そのことを全く気にしていなさそうなことだろうか。僕が一方的に気まずく思っているだけで、すみれからすると気まずくもなんともないということは、今の僕にとっては唯一の救いだ。

 

結局、良さそうな話題を見つけることが出来ないままで煮物は完成して、レンジで作ったおひたしと合わせて一汁二菜の食事を用意する。すみれが基本的に一汁三菜で用意してくれていたことなんかを考えると、僕の作ったメニューは少し物足りないものだ。

 

すみれと暮らしてきたから、すみれに家事をやって貰っていたからこそ、そのことを痛感する。これからは、これまでと同じものを作ってくれるために、もっと途方もない労力が必要になるのだ。

 

僕にとって面倒なことを、負担になることを積極的にこなしてくれた、こなすことのできたすみれは、もういない。

 

 

それでもいいと思った。たとえ何も出来なかったとしても、今そこにいてくれることが大切なのだ。

 

だから、すみれに少しでも喜んでほしくて、すみれが食べたいと希望した煮物を用意したのに。

 

それを食べているすみれの表情は、どこまでもくらいものだった。喜んでほしくて、作ったこの料理に対してすみれが見せてくれたものは、悲しそうな表情と、目の端っこから流れ続ける小さな水滴だけだった。

 

僕は、すみれのためと思って頑張ったその全てで、すみれのための行動を取れなかった。すみれを、泣かせてしまうような道しか見つけることが出来なかった。

 

僕は、少なくともこの時に限って言えば、きっと全ての選択を失敗したのだ。もっと真っ当な道があったはずなのに、選ぶことが出来なかった。

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