無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい 作:エテンジオール
追加で二十分くらいかけて、しっかり検討に検討を重ねて、最低条件を、“お兄さんが使ったとしても問題ないレベル”という、おかしな設定で選び直した布団を、お兄さんに伝えました。
ちゃんと教えて貰っている訳では無い、大体の予測でのお兄さんの予算と、多少の好みの差はあれど間違いなく良いものと言える質の良さを考えて、一番いいものだと自信を持って言えるものです。もう少し高くていいものはあれど、コスパ的には微妙で、もう少し質がいいものもあるけれど、それだと必要な諭吉さんの人数が変わってしまう。
そんな、ちょうどいい布団を目にして、わたしが説明するのを聞いて、お兄さんは酷く簡単にいいんじゃないかなとそれを認めました。まるで最初からそれを選ぶことを想定していたかのような、2+2は4であると言うような、そのあたり前を受け入れるような反応です。
いえ、何はともあれ、お兄さんに対しての、お兄さんの中での、わたしの布団の話はこれで終わりました。わたしがお兄さんの布団よりも質の悪いものを選べば交換させられて、いいものならそのままという恐ろしい脅しは解消されたのです。
そのまま隣にあるスーパーに移動して、食材や消耗品の補充をします。調味料なんかはだいたい残っていますが、ごま油とチーズはそろそろなくなりそうですし、トマト缶は使い切ってしまいました。
わたしが個人的に好きなこともあって比較的よく使うトマト缶がないのは、少し寂しくはありますが、そもそも今のわたしには、まともに料理をすることは望めないので、考えるだけ無駄だったのでしょう。
これまで両方の手を使って、なんならもう一本腕が多ければいいのにと思いながら家事をしてきたからこそ、片手しか使えないという状態がどれだけマイナスなのかがわかります。
そして、わたしはこれからその状態を基本として頑張らなくてはならないわけです。多少役に立つ便利グッズなんかはあるかもしれませんが、それを使えたとしても不便なことに変わりはありません。わたしのしたいこと、お兄さんの食生活の管理をなすためには、すぐにでも解決しなくてはならないことです。
「お兄さん、わたし、これまでみたいに上手にはできなくても、お兄さんのためにご飯を作りたいです。お兄さんに求められて、必要としてもらえるわたしでありたいです」
効率的に考えれば、わたしがお兄さんの食事を用意する理由なんてものは、皆無に等しいのです。ちゃんと作るよりも、格安スーパーで出来合いのものを買った方が、間違いなくコスパはいいんです。お金のことを考えるならば、わたしは安い冷凍食品を毎日買い漁るだけの生活でもいいのです。
それでもそれが嫌なのは、その冷凍食品に身を任せたくないのは、結局のところわたしの意地です。わたしのわがままです。大切なお兄さんが、大好きなお兄さんが美味しいと言って笑ってくれるものは、安いだけの冷食ではなくて、わたしが手間暇かけて作った料理であって欲しいです。
完全な、わたしのわがまま。何の役にも立てないわたしが、役に立ちたいのだと吐いた妄言。
普通なら、帰ってくる言葉は、良くてもちょっとずつできることを増やせるように頑張ろうなんてものでしょう。それでも、十分すぎるものだと思っていました。最悪、手もまともに動かせないのに料理なんて無理に決まっていると全否定されると思っていました。
「もちろんいいよ。僕も少しだけど調べたことがあるから、どんなものがあったら便利なのか一緒に考えようか」
そのはずなのに、お兄さんはわたしのことを肯定してくれます。わたしがお兄さんのためになることを、役に立つことを許してくれます。
実際に体を動かす時に片手が使えないとどのようなタイミングで不便なのかとか、それを解決するためにはどうすればいいかとか、推測と、わたしの意見と、ネットの情報を統合して、わたしに必要なものを見つけてくれました。
新しいまな板と、野菜を固定するための釘。片手だけでも使いやすいキッチンバサミ。滑り止めに、みじん切りチョッパー。色々なものを買ってくれました。これなら、今のわたしでも少しは料理を作れるでしょうか。
他に足りていないものや予備がなくなりそうなものを買い揃えたら、おうちに帰ります。お兄さんの背中に隠れながら歩き、車に乗って帰ります。いつでもやさしくて、わたしのことを大切にしてくれるお兄さん。
そんなお兄さんのことが怖いことが、わたしにとってはストレスです。このままでいるのは嫌ですし、それはわたしにやさしくしてくれるお兄さんに対しても失礼だと思います。
だから、なるべく早くこの状況を改善する必要があります。お兄さんにいらない気をつかわせないためにも、わたしがお兄さんのために行動するためにも、どうにかしなくてはいけません。
そんなことを考えているうちに、車は家に着きました。たくさん荷物があるから、せめて少しでも役に立てるように片手で持てる限りのものを持とうとして、筋力が下がってしまったせいでほとんど持てないことに気が付きました。買い物袋は三つあって、お兄さんは一番大きな布団を運びます。それなら、わたしが持たないといけないのは袋です。なのに、わたしが持てた袋は一つだけでした。
二つ持てれば、お兄さんが布団を置いて戻ってくるまでの間に一往復半で運びきれたはずです。なのに持てたのは一番軽いものだけ。一番重たいものに至っては、持ち上げることすらできませんでした。
「重くて持てないなら、それは僕が運んでおくから、すみれは車に鍵をかけてくれないかな」
わたしが一人で何とか運ぼうと頑張っていると、様子を見に来たお兄さんがわたしに鍵を渡して、あんなにも重かった袋を軽々と持ち上げてしまいます。わたしにカギ閉めの役目をくれたのは、わたしが気に病まないようにという気遣いでしょう。お兄さんのやさしさの表れです。
やさしさの表れなのに、少し胸が苦しくなりました。お兄さんに必要とされたいのに、お兄さんのためになることをしたいのに、全くできていないどころか、むしろ足を引っ張ってしまっていることがかなしくて、くるしくて、まるで、自分を否定されているかのような被害妄想を抱いてしまいます。
めんどくさい子だなと、自覚します。何もできないくせに自分勝手だなと、自嘲します。他人のやさしさを素直に受け入れられない、いやな子です。
大きな背中を追いかけて、お家に帰ります。すぐ近くのはずなのに、すごく遠いところに感じてしまう背中。お兄さんがそのままご飯の準備を始めるのを見ながら、車の鍵をお兄さんの鞄の中に戻します。変なところに置いてしまったら、お兄さんが明日困ってしまうからです。
それが済んでしまうと、わたしはやることがなくなってしまいます。普段なら以前までならご飯を作っていましたが、それはお兄さんがやってくれますし、お片付けや掃除はご飯を作っている横でするようなことではありません。時間つぶしに本を読もうにも、いえにあるものはどれも読み終えてしまっています。
手慰みに編み物でもしようかとも思いましたが、片手だけでできるものではないため、諦めました。もしかしたらできるやり方もあるのかも知れませんが、わたしはその方法を知りません。すると、今のわたしにできることはなくなってしまいます。
なので、折角ですから、考え事をすることにしました。何もすることがない時間を、少しでも有意義に使うために、どうすればお兄さんのことが怖くならないかを考えます。わたしがおお兄さんのことを怖く思ってしまう一番の理由はお兄さんに何かされるかもしれないという恐怖です。
頭では、わかっています。お兄さんがわたしに対してひどいことをするはずがないのはわかっています。それでも思わずそれを考えてしまうのは、わたしが信頼できる人瑠璃華さんに裏切られたせいです。裏切られたということが体に染みついてしまったせいです。
それならば、裏切られないと、安心できるものだと体に教え込むことができれば、わたしはもう一度お兄さんのことを信じることができるのでしょうか。お兄さんのことを、盲目的に信じられるのでしょうか。
そんなことを考えながら、ご飯を作ってくれているお兄さんを見ます。とんとんとんとリズミカルに野菜を切り分けて、コロコロと鍋の中に入れたそれを、ほのかな笑顔を浮かべながら炒めています。
その姿を見ることが、少しつらくなりました。わたしがしたかったことを、お兄さんにさせてしまうのは、やはり嫌なことです。それでも、それと同時にそう思ってしまう自分のことが何よりも嫌になってしまいます。
お兄さんの作ってくれた煮物を、美味しく食べます。お肉とか香辛料をがっつり利かせたものみたいに、無性にご飯が進むものではありませんが、自然とお米が欲しくなる煮物です。わたしがここにきて、初めて食べさせてもらったものと同じ、思い出の煮物。
わたしにとっては、二度目の人生の始まりと言っても過言ではない、思い出のものです。その時の自分のただただ温かかっただけでうれしかった時の記憶を遡ると、自分がいかに変わってしまったのかがわかります。
目の前のものをただただおいしいと思えた過去の自分と、それがひどく恐ろしいものに思えてしまう今の自分。わたしはあの時のままでいるべきだったんです。その方が、きっと幸せだったんです。美味しいのに、そのことを喜べません。苦しくなってしまって、涙が出てきてしまいます。
自分のメンタルがおかしくなっている自覚はあります。おかしくならないほうがおかしいような体験だったという認識も、あります。それでも、こんな風に思ってしまうことが嫌でした。普段通りのわたしなら、ここまで思わないとわかっているからこそ、今の自分が嫌で嫌で仕方がありません。
だってわたしは、折角お兄さんがわたしのために作ってくれた料理が、美味しくなければよかったのにと思ってしまったのですから。
作者の食べたいものや直近で食べたものをキャラ達にも食べさせてきたので、今ならすみれちゃんのレパートリー増やせるけどそもそもほとんど料理できないことに気がついた(╹◡╹)
存在意義失っちゃってかわいいね(╹◡╹)