無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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おかえりなさいが聞ける日々(裏)

 料理の下準備、食材を切り分けたり調味料を混ぜたりを済ませて、いつでも調理に移れる状態で待っていると、ピロリンとメッセージアプリの通知音が鳴りました。

 

 わたし相手に連絡をする人なんて、わたしの連絡先を知っている人なんて、1人しか居ません。すぐに内容を確認すると、案の定送り主はお兄さんで、内容はあと三十分で帰るというもの。仕事終わり前に予定時間を教えてもらったものと合わせて、今日二回目の連絡です。

 

 すぐさま既読をつけて、スタンプを返します。本当はメッセージでずっとやり取りをしたいけれど、そこまでしてしまうと間違いなくお兄さんの迷惑になってしまうし、ご飯の準備も出来なくなってしまうので我慢します。

 

 

 30分、と言いながら、お兄さんは25分くらいで家に帰ってきてしまうので、ここからは時間との勝負です。どうやら人一倍()()()()というものに執着が強いらしいわたしは、まだ熱々の状態で食卓に並べたく思います。そして、そのタイミングをお兄さんが帰ってくる時と合わせたいのです。

 

 

 予め沸騰させて、ある程度煮込んでおいた味噌汁の素に出汁を入れつつ温め直して、沸騰したら横に避けて代わりにフライパンを置きます。コンロがひとつしかないので、同時に作業が出来ないのです。

 

『火の通りにくいものから順番に炒めるの。順番を間違えると、炒めすぎだったり半生だったり、上手に出来ないから気をつけるのよ』

 

 昔、お母さんに教えてもらった通りに作ります。

 

『切る時は猫の手。大きさが不揃いだと焼き加減にムラができるから、ゆっくりでも丁寧にするの。うん、すみれは上手ね』

 

『……おっそい!!いつまでタラタラしてんのっ!!』

 

 

 時間がかかるから、野菜は先に切っておきました。お母さんの笑顔が嬉しくて、お母さんに喜んで欲しくて、いっぱい練習したことが今に生きています。

 

 もっともっと練習していれば、お母さんみたいに早く切れたのでしょうか。わたしがもっとできる子なら、お母さんに怒られることもなかったのでしょうか。

 

 不意に思考が逸れて、手が止まったことを自覚しました。いけませんね。今は何より、お兄さんのために頑張らなくてはなりません。

 

 フライパンが温まるまでの間に味噌を溶き入れて味噌汁を完成させ、炒める具材を逐次追加していきながら、菜箸でよく混ぜます。フライパンを振って混ぜる方法に憧れますが、わたしの力では難しいでしょう。

 

 最後に豚バラ肉と調味料を入れて、軽く全体を馴染ませたら蓋をして蒸します。

 

 テーブルに戻って紙やペンを片付け、食器を並べておきます。そうしているうちに、お兄さんから三度目のメッセージ。後2分くらいで着くというものです。

 

 お兄さんを待つためにクッションを持っていき、最後に味見をして炒め物を大皿に移します。それを運んで、味噌汁を少し温め直して配膳して、こぼさないように気をつけながらドタバタしつつクッションに座って待ちます。

 

 なんとか、お兄さんに見苦しいところを見せることなく待つことが出来ました。ドアノブが回るのを、今か今かとドキドキしながら待ちます。このドキドキは、緊張なのでしょうか、楽しみなのでしょうか。

 

 

『……チッ』

 

 

 不意に、お母さんの姿を思い出します。まだお母さんが、わたしのことをそこまで嫌っていなかった頃のことです。お仕事を頑張ってきたお母さんのことを、一日中何もしていなかったわたしが迎えた時のことです。

 

 なにもしていなかったわたしが無神経にお母さんを待っていたことが、お母さんを不快にしてしまいました。不快な思いをさせてしまいました。

 

 

 心が沈むのを感じます。あれだけあったドキドキが、不安に変わります。

 

 お兄さんは昨日もその前も、わたしがお迎えすることを嫌がらずに受けいれてくれました。今日だって、わたしのわがままのためにわざわざ時間を教えてくれています。

 

 きっと、嫌がられてはいないはずです。けど、それは昔のお母さんもそうでした。

 

『いい子で待っていてくれたのね、すみれ、ありがとう』

 

 わたしを見て笑顔になってくれました。わたしのことを褒めて、頭を撫でてくれました。けれど、そんなお母さんもわたしをいやがるようになったのです。お兄さんが同じようにならないと、何故言えるのでしょうか。

 

 今はわたしに優しくしてくれているお兄さんも、この生活が続けば疎むようになるのではないでしょうか。もしそうなら、わたしなんてここに……

 

 

 キィっと、音を立ててドアノブが回ります。

 

 

 思考が途中で止められ、緊張と不安が押し寄せます。昨日までは大丈夫だったけど、それがずっと続くとは思えないから、不安が止まりません。

 

 扉が開いて、お兄さんが入ってきます。ちゃんと、わたしがいるところに帰ってきてくれます。

 

 それだけで、不安は晴れてしまいました。何も解決していないのに、暖かい何かで胸がいっぱいになって、安心してしまいました。

 

 わたしのところに帰ってきてくれたのではなく、お兄さんが帰る場所にわたしが居座っているだけだって、わかってはいます。

 

「お兄さん、おかえりなさいっ」

 

 それでも、安心できてしまうのです。お兄さんが、わたしを見て、苦笑いを浮かべてくれる。苦笑いだけど、けして嫌な意味のものじゃありません。

 

 むしろどこか嬉しそうに見えるお兄さんを見ると、わたしも嬉しくなってしまいます。少し前まで固まっていた表情筋をいっぱい動かして、嬉しさを表現します。

 

 

『あらすみれ、持ってくれるの。ありがとうね』

 

 手を差し出します。お兄さんが持っていた鞄が、わたしの手の中に移ります。お兄さんの大切なものを預かることを、許してもらえます。

 

『大事なものが入ってるんだから触らないでっ!』

 

 わたしがいることが、許されています。わたしのことが、受け入れられています。それだけの事が、こんなにも嬉しいです。

 

 大切な鞄を定位置に置いて、炊飯器の前に移動してお兄さんが晩御飯を見るのを待ちます。この2週間でわかったことですれど、お兄さんは食欲次第で食べる量の変動が多いタイプです。パッと見て美味しそうだと思えばそのように、反対であれば逆になっていきます。

 

 

 なので、今日のジャッジはだいぶ良かったのではないでしょうか。食欲減退の少なめになるわけでもなく、お兄さんが自分で作ったもの、普通になるわけでもなく、少し多め。お兄さんが好物だと言っていたもの以外で、普通の多めを言われたことがないので、好物では無いものとしてはだいぶいけている方でしょう。

 

 わたしの中で、それなりに自信が上がります。自分が作ったものが、食べる前の第一印象だけであっても美味しそうに思ってもらえたということは、とても嬉しいことです。

 

 

 お兄さんと向かい合って、晩御飯を食べ始めます。何度経験しても、誰かと向き合いながら、一緒に同じものを食べるという経験は、素晴らしいものです。

 

 自分のことをなるべく知って欲しいというわたしの感情が、なるべく多くのことをお兄さんに伝えたいと思います。それがなかったとしても、わたしの考えを感情を、少しでも知っていて欲しいと思います。

 

 それに任せて、食事の時間にいらないことまで話してしまうのです。調理の時に気をつけたこととかであれば、まだまともなもの。その範疇に収まらないような、お兄さんに対する詮索などまで聞いてしまいます。

 

 

 お兄さんの仕事に関することなんて、わたしが知っていていいはずがありません。それでも、お兄さんのことをなるべく知りたいと思うから、ついつい聞いてしまいます。

 

 

『うるさいっ!!!!』

 

 

 水をかけられたように、冷静になりました。

 

 わたしは昔からお話することが好きで、そしてそのせいでお母さんに怒られました。疲れている時に無駄な話なんて聞きたくないと、養ってやってるんだからせめて黙って背景になっておけと怒られました。

 

 わたしは、また同じ失敗をするところだったのです。話しすぎたことをお兄さんに謝って、食べることに集中します。お兄さんは笑って許してくれましたが、何度も何度も続くようならそれも長くはないでしょう。

 

 

『いつまで食べてるの!早くしなさい!』

 

 わたしが食べるのが遅いから、見ていてムカつくのだとお母さんは言いました。同じものを見ているはずのお兄さんは、にこにこと微笑んでいます。急がなくてもいいのだと、優しい言葉をかけてくれます。

 

 けれど、そんな言葉に甘えるわけにはいきません。なるべくいっぱい口に入れて、味噌汁で流し込みます。口の中で、お母さんに作ってもらった猫まんまと同じ味が広がります。

 

 

 そのまま急いで食べ終わります。多少は待たせてしまいましたが、わたしにしては上出来ではないでしょうか。一緒にごちそうさまをして、茶碗洗いをしようとするお兄さんを止めます。

 

 それはわたしの仕事で、わたしがやらなくちゃいけないことです。それすらできないのなら、わたしはここに置いてもらえません。

 

 

 シャワーを浴びてもらっている間に洗い物を済ませてしまいます。後に残しておくと、気が付いたらお兄さんがやっていたなんてことになりかねません。

 

 

 片付けが終わったら、布団を敷いてしまいます。そこに座って、来週の分の食材を考えます。片手にスマホを持って、栄養価のサイトと電卓アプリを使って、一週間分の総和と、各日のバランスを考えてメニューを検討します。

 

 先週初めてやった時と比べたら、今週は時間もいっぱいあったので上手に出来ていると思います。この調子でもっともっとがんばれば、お兄さんがわたしを必要としてくれるまで頑張れば、ここはわたしの居場所になるかもしれません。

 

 

 気合を入れ直して考えていると、お兄さんがシャワーから帰ってきました。本当はまだ完成してないけど、お兄さんにできる子だと思ってほしくて、後で送るなんて背伸びをしてしまいます。悪い子です。

 

 その言葉を嘘にしないために頑張っていると、お兄さんから声が掛けられました。独り言がうるさかったのかと思って聞いてみますが、違うと言われます。

 

 

「僕が最初に思っていたよりもずっと頑張ってくれてるから、なにかお礼をしたいなと思ってね。なんでもいいんだけど、やって欲しいこととか欲しいものとかはあるかな?」

 

 

 褒められた喜びが最初に来て、すぐに困惑に変わります。わたしは頼まれたことをしているだけで、自分がやりたくてやっているだけです。養ってもらっている以上それは当然のことのはずで、その上にお金まで頂いているんです。それなのに、これ以上何を頂けばいいのでしょう。

 

 とはいえ、お兄さんがくれると言っているのに、それを断るのも失礼になります。何もいらないと言えればいいのですが、何かを考えなくてはいけません。

 

「……お礼、ですか?本当になんでもいいんですか?」

 

 

 わたしがしてもらいたいことと言われて、真っ先に思い浮かぶことは、ずっとここに置いてほしいというものです。ただ、それはあまりにもがめついと思い、別のものを考えます。

 

「なんでもいいよ。僕にできることなら何でもしよう」

 

 お兄さんに終わらせてもらいたい……は、以前お兄さんがそのつもりは無いと言っていました。

 お兄さんのことを考えるなら、早くここから出るべきなのはわかっているので、それを早めるためにお金をいただくことがいいでしょうか。けれど、わたしはここにいたいと思ってしまいます。

 

 それなら、頭を撫でてもらうとか?けれど、それでお兄さんは嫌な思いをするかもしれません。お兄さんと同じ何かを欲しいと言ってもいいのですが、それで気持ち悪がられたら、わたしは言葉通り死んでしまいます。

 

 

 どこまでなら、許されるのでしょうか。どこからが、許されないのでしょうか。

 

 わかりません。わからないくせに、欲張りなわたしはギリギリがほしくなってしまいます。お兄さんが許してくれる範囲で、一番いいものが欲しくなってしまいます。

 

 考えます。あまりお金がかかるものはダメです。いっぱいわがままを言えば聞いてくれるかもしれませんが、それで嫌われたら本末転倒です。お兄さんが大変な内容も、同じ理由でダメです。

 

 

 お金がかからなくて、お兄さんが楽で、わたしもうれしいもの。欲張り三点セットですが、何とか考えて考えて、

 

 

「あの、……ドーナツが食べたいです。黄色いつぶつぶが付いてる、チョコレートのやつ」

 

 出てきたのが、これでした。わたしの、大好きだった食べ物。もうずっと食べていなくて、忘れてしまっていたそれが、食べたくなりました。

 

「その、出来ればふたつで、一緒に食べたいです。……だめ、ですか?」

 

 

 わがままで、浅ましい子です。食べ物を、それを買うための時間をもらうだけに満足出来ず、お兄さんとの思い出まで欲しいと思ってしまったのですから。

 

 わたしが居なくなった後に、ドーナツを見る度に思い出してほしいと、思ってしまったのですから。

 

 

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