無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい 作:エテンジオール
こわぁ(╹◡╹)
あの日は結局、少ししてから我に返って、擦り傷で痛む体を無視しながら、底が破れてしまったせいで片手では上手に持てなくなってしまった買い物袋を抱えて家に帰りました。手当てが必要になるような傷がどれも左側に偏っていたのは不幸中の幸いでしょう。おかげで、お兄さんが帰ってくるまで手当てできないなんてことにはなりませんでした。
割れてしまったと思っていた卵も、半分は罅すら入っていなかったのでよかったです。おかげで、買い直す必要はありませんでした。
お兄さんは絆創膏だらけのわたしを見て、驚いていましたが、転んでしまって、上手に手を付けなかったのだと話すと納得してくれます。左手が使えないのは、こうやって言い訳をするのにとても便利ですね。全く嬉しくはありませんが。
五大栄養素をバランスよく摂るために野菜ジュースを導入して、朝ごはんは片手でも作りやすくて食べやすいパン食をメインにします。そうすることで、朝から作りたてを食べて貰えるようになりました。
少し遠いスーパーで切られた冷凍野菜を買うようにしたり、予め切られているお肉を買ったりすることで、調理時間もだいぶ短くなりました。多少見栄えが悪くなることかおかずが一品減る事に目を瞑れば、以前と同じ時間で用意できます。手の込んだものは作れませんし、レパートリーもすごく少なくなってしまいましたが、それでも何もできないよりはずっといいです。
一つ嫌なことをを挙げるなら、お兄さんが好きな料理を、美味しいと特に喜んでくれた料理を食べてもらえないことでしょうか。わたしと同じで子供っぽい食べものが好きなお兄さん、ハンバーグとかオムレツなんかにすると目に見えてテンションを上げていました。でも、片手しか使えないわたしはハンバーグの成形をすることも、中がトロトロの状態でオムレツを仕上げることもできません。
以前喜んでくれたから、また喜んでほしいのに、今のわたしにはできないこと。それがとっても歯がゆくて、悔しいです。
「すみれ、申し訳ないんだけど、今日の晩御飯は僕が作りたいんだ」
だから、そういわれるのも時間の問題だったのでしょう。お兄さんが当食べたいと思ってくれるものを用意できないのなら、お兄さんがわたしの作ったもの以外を食べないでくれる状況は、お兄さんにとってつらいだけです。
それがどんなに切なくても、わたしのわがままだけに付き合わせてしまうわけにはいきません。せめて少しでも手伝いたくて、なにかお兄さんが帰ってくるまでに手伝えることはないか聞いておきます。ただ自分で料理を作りたいのであれば、何もないと言われてしまうでしょうが、わたしが作れないものを食べたいだけならば、メイン以外は任せてもらえるかもしれません。
そんな、あわよくばの言葉はいい方向に働いたようで、それならとお兄さんはチキンライスを炊くこととスープを作ることを任せてくれました。十中八九、今日の晩御飯はオムレツでしょう。ただお兄さんが自分の食べたいものを作ろうとしただけだったことと、必要だから料理ができるだけで、料理大好き人間ではなかったことも幸いしました。
わたしみたいに、多少不純な動機があるにせよ積極的に料理をしたがる人は少数派でしょうから、よかったです。……まあ、わたしも最初は料理が好きなのではなく、それくらいしか必要としてもらえることがなかったから始めただけですが。
わたしも自分一人のために料理をするかと言われたらたぶんしないので、結局、誰かのことを想っているから続けられているだけなのかもしれませんね。
わたしがもともと過ごしていた押し入れの中とは比べ物になりませんが、人が二人生活するうえでは、あまり広くない家の中を掃除します。
この家に初めて来たときの感想は、ひどく殺風景で寂しい部屋、というものでした。必要なものは最低限一通りそろっているけど、飾りけも明るさも温かさも感じられない、ものはあるのに何もない部屋でした。
だから、ほんの少しの労力ですぐに綺麗になって、楽だったけどすぐ暇になってしまいました。
その暇な時間に少しずつ増やしたものが、わがままを言って買ってもらった小物が、お部屋の掃除を大変にします。どれもこれも大切なものだから、隅々の汚れまで取ってあげたくなります。大切なものが汚れているのを受け入れられなくて、自分の中で掃除の時間と決めた時間をいっぱいに使って、小物を綺麗にします。
そして、長い時間をかけて、少しずつ掃除を進めれば、次はお兄さんにまかせてもらった晩御飯の準備をする時間です。正直なところまだまだ時間的な余裕はありますが、早めに準備しておくに越したことはありません。もしお兄さんが予定より早い時間に帰ってきてしまえば、そのときに不手際に見えるのはわたしです。
いえ、きっとお兄さんはそんなこと気にもしないでしょうが、お兄さんが帰ってきてくれた時に食事もできていないと言うのは、わたしとしては不本意なのです。
炊飯器の中で蒸らす時間も含めて、お兄さんの帰宅時間の予想にぴったりの時間でチキンライスが炊き上がります。それに合わせて、ちょっとしたサラダと、コンソメのスープも用意しました。スープの方は、完成するよりも少し早くお兄さんが帰ってきてしまったので、お迎えは完璧なタイミングではできませんでした。あと一、二分の差で、お兄さんを迎えられなかったのは少し悔しいですね。
そんなわたしの気持ちはともかくとして、帰ってきたお兄さんは他の何よりも先に卵を焼くことに意識を注ぎました。ほかに作るものは全部できているからこその、スピードクッキングです。一人当たりにかかる時間は驚異の二分弱。
お兄さんが食べそうな量を皿に盛って、焼き上がった卵を上にのせてもらってテーブルに置きます。実際に作っていないわたしでもわかるくらいに、上手につくられたオムレツ。きっとおいしいでしょう。運びながら見ていて、思わずよだれが出てしまうほどです。これだけのものを作れるのにわたしの普段のものを褒めているのはただの社交辞令なのではないかとも思いますが、その次にお兄さんが作ったものは、控えめに言って火を通し過ぎたスクランブルエッグの親戚でした。
お兄さんにもらえるのならば親戚でも構わないと思いながら目の前のご飯を待つと、最初はよくできたから自分の分なんて言っていたお兄さんが、それよりも失敗してしまった目の前のものを見て、口惜しそうに自分の前に起きます。
わたしとしては、ふわとろのオムレツの方が嬉しいことは間違いありませんが、ここでお兄さんが食べたいものを食べられなくて、何度も作るのが嫌だという方が優先されたので、スクランブルもどきを回収します。食感こそ違えど、中に入れているものが一緒なら味はそれほど変わらないでしょうから、問題ありません。
人によってはこっちの方が好みという人もいるでしょうし、ちょっとしゅんとしながらも自分好みのものを食べれて満足そうにしているお兄さんもかわいいです。
そこまでは穏やかにいられたのに、その様子を長く見ていると、苦しくなってきます。わたしの、面倒くさくて良くないところがでてきます。卵以外は自分で作ったのに苦しくて、嫌になって、お腹の中がぐるぐるします。
大丈夫だと思って、油断しました。自分の心のことを、全く理解出来ていませんでした。普通に食べ進めていたのに、突然止まります。胃が、受け付けてくれなくなります。
「すみれ?どうしたの?」
口に合わなかったかと心配しているお兄さん。違うんです。ちゃんとおいしいんです。でも、おいしいからだめなんです。
トイレに駆け込んで、半固形の流体を口から流します。ベチャベチャと、食事中には聞きたくない音が、すぐ下から聞こえます。
その音と、先程まで食べていたものの味と胃液の酸味が混ざった味、鼻の粘膜を直接刺激する流体の感触と臭いに誘われて、第二波が。
第三波がすぎる頃には、わたしがお腹の中に入れていたものはすっかり無くなってしまいました。全部、無くなってしまいました。喉や鼻の中に残ったものを出して、ちょっと飛び散ってしまったものを拭います。
流して、口を濯いで戻れば、そこで待っているのはお兄さんです。あまり遮音性の高くないこの家では、廊下との扉を閉めなければ、トイレの音は聞こえてしまいます。普段は聞こえないようにしているのですが、今回は急いでいたので閉める余裕がありませんでした。
つまるところ、お兄さんはわたしが戻している音を、しっかり聞いてしまっています。寄りにもよって食事中に、ひどい失敗です。せめてお兄さんがお風呂に入ってからならごまかせたのに、これではどうにもできません。
「体調、良くないの?」
違います。良くないのは体じゃなくて、心の方です。
「辛いことがあったら、なんでもすぐに言ってくれていいんだよ」
言ったら、お兄さんはわたしを気持ち悪く思うかもしれません。嫌いになるかもしれませんし、そうでなくても不快になるでしょう。
「すみれがくるしんでいるのが、それを話してくれないのが、すごく辛いことなんだ」
そんなふうに言われてしまうと、話すしかなくなってしまいます。どれだけ黙っていたかったとしても、話さないといけなくなってしまいます。
「だからおねがい。話してくれないかな」
お兄さんからのおねがいは、わたしにとっては絶対です。
かわいい子を吐かせたくなる発作、無理やり突っ込んだのでちょっと違和感があったりなかったり(╹◡╹)
もうそろそろニンニク控えめ砂糖マシマシする予定です(╹◡╹)