無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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浮き彫りになる異常

 帰ってきてから、すみれは様子がおかしくなった。いや、以前と同じままでいられる方が異常なのはわかるが、なにかを隠しているような、なにかを我慢しているような、そんな違和感だ。

 

 僕のことを怖がってしまうのならわかるが、それにしては直前まで目を合わせて話していたのに突然黙り込んでしまうことだったりと、突然拒絶のような反応を見せてくる。

 

 ただ、違和感こそあっても、そこを突くことの方がすみれにとって良くないことになってしまうかもしれないから、むやみに踏み込むこともできない。だからひとまずは様子見だ。僕の思い違いかなにかだったり、すみれが一人で解決できることならベストで、様子を見ているうちに話してくれたり、気が付くことができればベター。僕の知らないところで、なにかが壊れてしまうようなことになってしまったらバッド。

 

 ひとまずの指針は、簡単だがこんなものでいいだろう。

 

 

 そんなことを思って、すみれを見守る。勿論僕が見れないときもあったし、むしろそちらの時間の方が長かっただろうが、僕が近くにいられるときはしっかり見ていた。

 

 違和感は、山ほどあった。

 

 話している最中に、突然黙り込んでしまうこと。普通にご飯を食べているように見えたのに、突然もう食べられないと言い出したこと。明らかに普通じゃないけがをして帰ってきたこと。

 

 どれもこれも、以前まではなかったことで、すみれが抱えているであろうトラウマや受けた仕打ちから考えても、どうしてそうなるのかがわからない。理由に検討がつくのならばそれなりの対処ができるのに、わからないから何もできない。おかしいとわかっていても、軽く探りを入れる程度だと、雑にごまかされてしまう。

 

 だから、すみれがごまかせないような何かを待つ必要があった。ごまかせないということはそれだけの何かが起きないといけないわけで、そんなことは起きないほうがいいと思っていながらも、すみれの様子がおかしい原因を知るためにはそれを待つしかないという現実。

 

 いやな気分だ。すみれが傷付くような、苦しむような何かを待つしかないことは。

 いやな気分だ。僕の前では気丈に振舞いながらも、些細な動作からストレスが滲みでてしまっているすみれを見ているしかできないのは。

 

 食事中に顔色を悪くすることがあった。体調が悪いとか、食欲がないのだとごまかされた。直前まで普通に食べていて、そんなに即座に体調が悪くなったり食欲がなくなうのなら、それはもう病気だ。

 

 上手に貼れていない絆創膏をいくつも身に着けていたことがあった。ちょっとバランスを崩して転んでしまったのだと言われた。ただ転んだだけで、レジ袋がこんなにもボロボロになるわけがない。スキップでもして勢いをつけてから吹っ飛ばしたくらいしか、ただ転んだだけでこうはならないだろう。

 

 いいたいことはいくつもあった。そんな適当な言い訳で誤魔化し切れるはずがないだろうとか、嘘を吐くならもっとましな嘘を吐けとか、相談すらできないほど、僕は頼りないのかとか。

 

 その全部を我慢して、普段通りに振舞った。その日は偶然、前日にオムレツを見てしまったから食べたくなって、でも今のすみれには僕の好みのオムレツを作ることは難しいだろうから晩御飯を自分で作りたいと話した。

 

 

 すみれが作れないものを食べたいからではなく、たまには料理をしたいからとすみれに気をつかって言い方を考えた甲斐なく、メニューを聞かれて察されて、そのまますみれのできる部分を任せることになる。

 

 正直、あまり料理をすることが好きではない僕にとっては、ありがたい申し出だった。自分がやるしかないところ以外を積極的にやってるのは、あまりにも都合がいい。僕自身、決して料理が嫌いなわけではないので、やらなきゃいけなければできるのだ。そうでなければ、すみれと会う前は総菜で済ませていただろうし、今回の機会だって、食べたいものがあるからお弁当はいらないと言って好みのお店に行けばよかっただけの話だ。

 

 そこまで考えて、もしかしたらそうした方がよかったのではないかと思った。いつも僕のために頑張ってくれているすみれに直接頑張らなくてもいいのだと伝えるよりも、人付き合いの中でどうしても外せないことがあると言って、仕方のないものとしてこっそり済ませるのが一番よかったのではないかと考えてしまう。

 

 だけど僕は、すみれに対して嘘を吐くことの方が、他の何よりも嫌だった。これまでずっと僕のことを、周りのことを信じてきて、溝櫛によってその信頼のほぼ全てを否定されてしまったすみれに対して、わずかなものであっても嘘を挟みたくなかった。

 

 

 だから素直に話して、僕が帰ってすぐに卵を焼く。久しぶりで温度管理や時間管理なんかは適当だったが、自分でも驚くほど理想に近いものが仕上がって、すみれが用意してくれていたチキンライスの上にのせる。

 

 贅沢に卵を三つ使った大きめのオムレツで、スプーンで切れ目を入れると半生の中身が広がりチキンライスを覆う。火を通し過ぎると固くなってしまうし、通しが甘いとギリギリのところで崩れて、そのままリカバリーに失敗するとスクランブルエッグもどきになってしまう。

 

 先に食べ始めていてもいいとすみれに言って、自分の方に取り掛かる。オムレツはコンマ1℃でも温かいうちに食べるべきだからだ。そう言っても僕のことを待ってくれているすみれのためにも、少しでも早く作るために気持ち火力を強めにして作り始めて、失敗した。

 

 食べられないものには当然なっていないし、入れてる調味料も同じだから味も大差ない。ただ食感が、僕が久しぶりに食べたかったそれとは異なっているだけだ。悔しくはあるが、また次の機会に頑張ろうと、少し残念な気持ちになりながら皿を運ぶと、すみれが僕の持ってきたものともともと置いてあったものを入れ替える。

 

 そうして僕の目の前に残ったのは、先に作った理想の一つ。こんなにチキンライスは食べれないからと米だけ譲られて、久しぶりに食べるオムレツを楽しむ。出来立て直後ではないからほんの少しだけ冷めてしまっているが、十分満足のいく仕上がりだった。叶うなら、出来立て直後で食べたかったし、すみれにも食べてもらいたかったが、それはまた次の機会の楽しみにしておこう。

 

 そんなことを考えながらオムレツを食べていると、徐にすみれの様子がおかしくなっていった。少しずつペースが下がっていくことから始まり、顔の血の気も少しずつ引いていく。

 

 ああ、それは、僕が待っていた異常だ。

 

 ああ、それは、僕が見たくなかった異常だ。

 

 少しずつ食べる速度が下がっていって、やがて全く食べなくなった。栄養をちゃんと取り切れていないせいでよくなかった顔色が、少しずつ、もっと悪くなっていった。

 

 一つ予想外だったのは、これまでのものと比較して、様子がおかしくなるのが早かったことだろうか。いつもより早く、いつもよりひどくすみれは食事のスピードを落とし、顔色を悪くして、我慢ができなくなってしまったらしく目の前に残っている食事を放置して、トイレに駆け込んでいった。

 

 

 それなりに粘度のある流体、細かな固体と液体が混ざあったものが、流線型のセラミックスとぶつかって、汚い水音がする。推測のために頭を働かせるまでもなく、すみれが嘔吐した音だ。

 

 びちゃびちゃと、便器を打つ音が聞こえる。とてもではないが食事中に聞きたくなるようなものではないし、もし全く知らない人がそれを聞いたのなら、不快以外の感情を示すことはなかっただろう。善人ならあるいは心配の気持ちも沸くかもしれないが、僕が感じたものは後悔だった。

 

 これしか、方法がわからなかった。こんな風にすみれが苦しむ方法でしか、話してもらえる確証が得られなかった。

 

 

 

 少し時間を経て、戻ってきたすみれに声をかける。体調が良くないのかなんて、浅い質問。

 

「違うんです。いえ、気分が良くないことに変わりはないんですけど、これはどちらかというと心のほうの問題なんです」

 

 何かあったのなら、なんでも話してほしい。僕自身ができることはそれほど多くなくても、話を聞くことや一緒に悩むことはできるし、それが出来ないレベルならば病院に連れていくこともできる。

 

「相談したら、きっとお兄さんが嫌な気持ちになります。それに、わたしの嫌なところ、お兄さんには見せたくないです。綺麗なところだけ、見ていてほしいです」

 

 たとえ嫌なところでも、綺麗じゃないところでも、今すみれが苦しんでいるのは間違いのないことで、僕はそれを見ているしかできないのが嫌だった。

 

 だから、話して欲しいと言った。本当に嫌なら話してくれなくてもいい。けれど、もしそれが話せるくらいのものであれば、力になりたかったのだ。

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