無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい 作:エテンジオール
読みにくくてごめん(╹◡╹)
お兄さんに頼まれたら、わたしには断ることができません。それこそ出ていけとでも言われない限り、多少嫌なことであっても受け入れるでしょう。わたしにはここしか居場所がないのですから。
「わたし、前にも言ったことがあると思うんですけど、おかしい子なんです」
環境的に、ごくごく普通の子供として育つのは無理だっただろうし、多少変わったところはあるかもしれない。けれど、自己認識がおかしい子になるほどの異常さと言うか、異質さなんてものは感じられない。おかしい子、なんてのは少し言い過ぎで、せいぜいが変わった子といったところだろう。
隠しておきたかったことでも、言いたくないことでも、お兄さんが求めるのならば逆らいません。逆らえません。だから、何でも話しますし、何でも言うことを聞きますから、わたしがお兄さんと一緒にいることをゆるしてほしいです。
「お兄さんに必要とされたいんです。お兄さんに大切にしてほしいんです。わたしがいないとお兄さんが死んじゃうくらい、わたしのことを求めて依存して、ダメになっちゃってほしいんです」
思っていた話とは、少し毛色が異なる話だ。冷静に考えるのであれば、すみれの望みをかなえるのはかなり難しいだろう。だって僕は、本質的には自分一人だけで生きていける人間だから。
すみれが家事を頑張ってくれたのは助かったし、ありがたかったけど、求められているほど依存するには少々、僕は生活能力が高すぎた。
だって、わたしはお兄さんがいなければダメなのに、お兄さんはわたしがいなくても大丈夫なんて、不公平じゃないですか。お兄さんにも、わたしと同じ気持ちになってほしいじゃないですか。
はじめてわたしを必要としてくれたお兄さんが、わたしに生きる理由をくれたお兄さんが、わたしのことを捨ててしまったら、いらなくなってしまったら、わたしには今度こそ何も残らなくなってしまいます。
幸せなことを知る前ですら受け入れられなかったそれを、今のわたしが耐えられるはずがありません。お兄さんのやさしさに浸って、弱くなってしまったわたしには無理です。
「わたしにはお兄さんしかいないから、お兄さんにもわたしだけになってほしいんです。でも、そんなのは無理だってわかっています。だからせめて、もっと必要としてほしいんです。わたしがいないとだめとまではいかなくても、わたしがいないと大変くらいには、わたしのことを手放したくないくらいには思ってほしいんです」
手放したくないくらいの気持ちなら、最初から持っている。途中からは家族として一緒にいたいと思っていたし、そうでなければ、どうでもいいと思っているのであれば、あんなにも必死になってすみれを探したりしない。少しでもすみれが健やかに過ごせるように、自分の身の回りのもの以上にお金がかかるものを買ったりしない。
その気持ちがちゃんと伝わっていないのは、少しだけショックだった。言葉にせずとも伝わると思っていた感情、僕があの日に拾った、一人の少女に対する、異質な執着。それはきっと届いていると、思っていたのだ。
お兄さんのことが、好きなんです。誰も助けてくれなかったわたしを、唯一助けてくれた人。ほかの何よりも優先したくて、わたしにとっては、世界の全て。
「僕は、すみれが望むほど君に依存することはできないよ」
それでも、いくら大切であったとしてもそれは依存にはならない。自立して生計を立てていて、必要なら一人でどこにでも行ける僕には、そこまで盲目的に誰かに縋れる才能がない。
わかっていた答えでした。お兄さんはわたしがいなくても大丈夫で、わたしはお兄さんがいないとだめ。わかっていたからこそ、変えたかった。だから言葉にされても、そこまでのショックはありません。ショックはないけれども、諦念はあります。わたしには無理だったのだと、ダメだったのだと、悲しくなります。
「僕は一人でも生活できるし、生きていける。それは間違いないんだ。でも、それでも一緒にいたい。それが答えじゃ、ダメかな?」
けれど、人並み程度の、人並み以上の執着はある。何よりも大切だった妹を亡くして、元々仲が良くなかった両親とも喧嘩別れした。そんな僕が、家族なんて言葉は聞くことすら好きじゃなかった僕が、この子に対しては家族のようになりたいと、居場所になりたいと思ったのだ。
捨てられる可能性がありました。それでも、受け入れてくれました。わたしがこんなことを思っていると知っても、わたしをそばに置いてくれると言ってくれました。それならば、いいでしょう。少しだけわがままを言っても、きっと許してくれるでしょう。
「それなら、わがままを言ってもいいですか。お兄さんに、わたしが作ったもの以外何も食べないでほしいって、身の回りのお世話は、全部したいって言っても、いいですか」
情はある。けれどもただの情と言うには、きっとこの感情は汚すぎるだろう。ただの執着、ともすれば、自身が失った家族に対する代償行動でしかないのかもしれない。そう考えるのが妥当で、そうでもなければこんなふうに、僕にとって不利益しかないような束縛を、受け入れていいなんて思わないのかもしれない。
さすがに、本当に全部させてもらえるとは思っていません。したいのは本当ですが、現実的に考えればできないこともあるでしょう。
「それですみれが苦しまなくなるんだったら、いいよ。すみれが慣れるまではサポートくらいするかもしれないけど、それも最小限にする」
けれど、それでもいいと思った。この子が悩んでいたことがそれで、僕が受け入れるだけで解消されるのなら、元々したくてやっていた訳ではない家事ができなくなるくらい、些細な問題のように思えた。
最初に始めたときは、必要だったからでした。わたしがしてほしいことのための、対価でした。それはすぐに、お兄さんに喜んでもらうためになって、ずっとそうだと思っていました。お兄さんに喜んでもらうために、お兄さんのためにやっているのだと思っていました。
「それなら、少しでも早く慣れるために頑張らないといけませんね」
頑張らなくてもいいと思うが、それがこの子の見つけたやりたいことなら、応援してあげよう。
でも、違いました。全部全部、わたしのため。これしかできることがないから、これでしか自分の価値を見出せないから。わたしの自己満足のために、お兄さんを使っているだけでした。
きっと、良くないことなのでしょう。自分のために人を利用することは、いけないことなのでしょう。
不純なことだろう。もう満たせない感情を満たすために、すみれを必要としている。すみれのことを見ているつもりで、すみれのことを思っているつもりで、あの子の影を求めているだけなのかもしれない。僕にはもう、そうなのか違うのかすら、自分ではわからない。
それでもいいと思いました。だってわたしの幸せはきっと、ここにしかないから。
それでもいいと思った。僕が救われる中でこの子が幸せになれるのならば。