無戸籍ネグレクト少女を拾ってしまったから(幸せを)わからせたい   作:エテンジオール

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怖がらないために

 自分が自己満足のためにすみれを利用している可能性に気付いても、僕の行動は何も変わらなかった。せいぜいが、今まで比較的積極的に行っていたすみれの手助けや家事を、ごくごく消極的にしかしなくなったくらいだ。

 

 すみれが自由に動けなくなった分を補おうとしていたことが嫌がられてしまったので、僕のお手伝いは以前までと同程度。すみれに頼まれたときに少しだけする程度に落ち着いた。とはいえ、以前までと比べると頼まれること、すみれの手が届かないことも多少は増えたので、心なしか頼られることも増えた気もする。

 

 それがいいことなのか悪いことなのかはわからないが、少なくとも僕らにとってはいい形になっている。それなら、それでいいだろう。必要もなく余計なことをする意味はないし、このまま平和に過ごせるなら、それが一番だ。

 

 このまま何もせず、何も変えずに今を続ける。積極的な変化を好まない僕の性分からしてみると実に素晴らしい話だが、そうとも言ってられない理由もある。

 

 それは、僕がすみれを連れ帰るために言った言葉の中の一つ、一緒に帰って、戸籍を取ろうというもの。すみれ自身はもしかすると覚えていないかもしれない口約束だが、一度声に出して約束したものは、僕にとってはとても大切なものだった。

 

 取るために必要なものや、必要な手続きなんかは以前に何度か調べた。まずは戸籍を持っていないことが条件で、行政機関に捕捉されていることや親との血縁を保証するもの。

 

 戸籍を持っていないのは当然としても、すみれから聞いた話だと後ろ二つは難しいかもしれない。そうなるとゼロから戸籍を作る就籍が必要になるが、……いや、そこまでいくと専門的な知識がない僕が考えたところで意味は無いだろう。大人しく専門家に頼るべきだ。

 

 そんなことを考えながらそれに該当するNPO団体のことを調べていると、お風呂から上がってホカホカなすみれが、布団に横たわりながらちらちらとこちらをうかがっていることに気が付いた。

 

「さっきからこっちを見てるみたいだけど、なにか相談事でもあったかな?見ての通り今は暇だから、何でも話せるよ」

 

 すみれがこちらを気にしているときというのは、なにか話があるときか、僕の何かしらの反応を待っているときだ。本人からすると特にそういうつもりはないのかもしれないが、これまでの経験上まず間違いない。話を聞く態勢を整えるために、ベッドの上で少し勢いをつけて起き上がる。他人の話を聞くときに、寝ながらなんて失礼だからだ。

 

 

「……えっと、その。……実はちょっとお願いしたいことがあるんですけど、今大丈夫ですか」

 

 僕の行動に、突然の問い掛けに少し驚いた様子で、いそいそと布団の上で正座をしだしたすみれがそんな風に聞き返してくる。僕の方から話があるのかと切り出したのだから、大丈夫じゃないわけがないのだが、きっと突然のことで気が動転しているのだろう。

 

 すみれに話すことがあるかと聞いたのだから、話を聞かないわけがないだろうと伝えると、すみれは少し焦ったような振る舞いを見せた後に、冷静になったように、落ち着いたように僕に向き合いなおした。

 

「その、お兄さんにお願いしたいことがあるんですけど、そのせいでお兄さんがいやな気持になるかもしれないんです。それでも本当にだいじょうぶですか?」

 

 すみれが何やら気にしているようだが、まず間違いないことは、すみれが気にしているような、僕が嫌がりかねないようなことは、すみれから伝えられるようなことはないだろう。僕が気にするどころか、しっかり考えたうえでようやく気にしている理由がわかるかわからないかくらいのことを、真剣に心配しているのがすみれだ。

 

 言い方は少々よくないが、きもちとしては大の大人が小学校低学年レベルの下ネタを気にしないのと似たようなものである。

 

 まったくもって気にしないから、早く話してほしいと思いながら、すみれの発言の続きを待つ。

 

「えっと、わたし、お兄さんは優しいってわかっているのに、お兄さんのことが怖くなっちゃうんです。お兄さん以上に信じられる人なんていないのに、お兄さんになら何をされてもあきらめて受け入れられるのに、頭じゃないところが勝手に怖がっちゃうんです」

 

 

 

 

 

 その発言からは、多少の危うさが見受けられた。その言葉を向けられた僕でも、あるいは向けられた僕だからこそそのまま受け入れてはいけないのだと、心の底の深い部分で思ってしまうような危うさがあった。

 

 怖いのは、心がそれを受け入れ切れたいない証だ。それを無理に受け入れる必要なんて、自分から苦しもうとする必要なんてないのだ。

 

「だから、わたしがお兄さんのことを怖がらないくらいに、お兄さんがそばにいることが普通で、安心できることだとわかるくらいに、お兄さんの存在を刻み込んでほしいんです。もう二度と警戒することがないくらいに、お兄さんがいれば何も怖くなくなるくらいまで」

 

 言葉にされたものはいささか物騒で、その詳細も平和なものとは言えない代物だったが、求められていることだけで話を運べば簡単なものだ。僕が求められていたのは、すみれのことを抱きしめること。おかしな意味でも、不純な意味でもなく、言葉通りの意味。英語にするとHug me。

 

 断る理由もなく、すみれがそれをしたがる理由も納得のできるものだ。強いて言えば無理していないか心配なくらいだが、僕がそれを口にしたらすみれは拒絶されていると感じてしまうかもしれない。

 

 それは嫌だから、いいよと言ってこちらに来るように促す。お邪魔しますと遠慮がちな言葉とともに、懐に感じる温かさ。エアコンをつけていなくて少し肌寒かったこともあって、とても安らぐ。お風呂上がりでいい匂いがするのもグッド。

 

 体勢としては、父親の膝に座る子供の姿が一番適切だろうか。頭の上に顎を乗せて、ジョリジョリとちょっかいをかけるあれだ。 ちょっかいはかけないが、実際にやってみると思いのほか首の辺りがこそばゆい。

 

 腕の中のすみれは、最初こそ硬くなって緊張していたが、少しするとその緊張も取れて、僕を背もたれにするようになった。

 

 この時点で、すみれの目的は達成しているように思えるが、すみれに甘えられることは嫌ではないし、何よりこれは昔のことを思い出す状態だ。あのころの懐かしさと、もう戻らない切なさを感じて腕に少し力が籠ってしまうのも、仕方のないことだろう。

 

 

 驚いたらしいすみれはピクりとしたが、そこまで気にはならなかったようで、またリラックスする。間違いないのは、すみれが無理しているのでは無いかという僕の心配は杞憂だったことだろう。居心地が良さそうにくつろいでいる様子からは、無理なんてものは欠片ほども見受けられなかった。

 

 シートベルトのように回していた手が手持ち無沙汰になり、顎の下あたりのちょうどいい位置にあるさらさらしたものに伸びる。

 

 あの子も、この子もこうされるのが好きだった。乱暴なものではなく、柔らかな髪の流れに沿ったもの。撫で回すのではなく、撫でつける。

 

 止め時を失って、そのまましばらく続けていた。気が付くと、すみれは眠っていた。途中から完全に目的を履き違えていたが、それも悪くなかった。

 

 なんだかんだで僕も、理由があると、仕方がないとわかっていても、すみれに避けられて、怖がられていた現状はどうにかしたいと思っていたのだ。こうして無警戒に眠っているようなこの現状は、嬉しいものだった。

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