残響ノクターン   作:平華 慶兆

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第2話「由良トンネル」

『キアッパ・ライノ』の弾は確実に頭に命中しているのにこの「ヤスデ人間」は倒れる気配がない。読めない動きで攻撃をしてくるので気が気でない。

 

「気持ち悪い動きで先は読めないけど弾はあたる……でも死なない……認知されすぎか、噂話のされすぎかのどっちかだな」

 

攻撃を避けつつシリンダー内に弾をいれ撃つ。もちろん弾は全弾ヒット。

ヤスデ人間は弾に当たるともがき、叫び、苦しむが倒れはしない。体をうねり、突進をしてくる。そしてコンクリートの壁や地面をえぐり、エルシアのことを「殺す」と言わんばかりの雄叫びをあげる。

 

「おいおい!このままじゃトンネル崩れちゃうよ!」

 

怪異に向かって注意する。それでもヤスデ人間は止まりません。

 

「崩れたら私もだし、あんたも死ぬんだよ!?」

 

それでもやっぱりヤスデ人間は止まりません。

 

「……ダメだ。埒が明かない……考えろエルシア。ここにいる怪異の正体が分かったんだ。未知に飛び込む恐怖は消えたんだ。もう怖くないだろエルシア!考えろ!あいつを倒す方法を!」

 

避けては撃って、弾がなくなればまた弾を補充してを繰り返して役1時間が経った。幸いここを通る人はおらず、長時間戦えているが、そろそろ残りの弾が少なくなってきた。それと同時にエルシアの体力も無くなってきた。

 

「こいつ……よく見るとあの映画と違って複数の人間が繋がってる訳ではなく、上半身が連続して繋がってるだけの一体だけなんだよな……てことはこの繋がってる上半身の真ん中を狙えば死ぬのかな」

 

そんな仮説を立ててみた。もしこの仮説通りに胸を撃ち、倒せればお金が貰える。倒せなければ弾がなくなり出口まで走るしかない。

 

「……実行あるのみ!!」

 

キアッパ・ライノを握りしめ、ヤスデ人間に立ち向かった。

 

結果、エルシアの仮説は正しく、ヤスデ人間は動かなくなった。

 

「ハァ……ハァ……ちょー長かった……」

 

その場でしゃがみこみ、手のひらに乗った2発の弾を眺めながら息を整える。

残り弾数が2発だったことから、エルシアにとってこの戦いはかなりギリギリだったことがわかる。

今日の戦いで、頭だけ撃っとけば勝てるというエルシアなりの考えが外れ、すこし落ち込んでるようだ。何はともあれ勝てたことに変わりはなく、あとは写真を撮り、依頼主に連絡をするだけ。

 

「スマホスマホ……」

 

スマホをポケットから取り出しカメラアプリを起動する。設定をいじり、フラッシュを焚くようにする。

 

「なんで由良トンネルに映画に出てくるヤスデ人間がいるんだろう……何か繋がりとかでもあるのかな?っていうかこいつ倒してもこの不気味な感じ、消えないな……まぁ、いいか」

 

ヤスデ人間にカメラを向け、ピントを合わし、シャッターボタンを押す。フラッシュが焚き、一瞬エルシアの周りは光に包まれる。

 

 

何かがいた。

 

 

フラッシュの光が周りを明るくするのと同時にエルシアの顔を横から白く巨大な顔が覗いていた。

エルシアはそれに気づき、咄嗟にその場から離れた。

 

「何……?今の……やばい気がする。逃げよう」

 

スマホをポケットにしまい、全速力で出口に向かった。

 

何事もなく、由良トンネルの外に置いてある自分の自転車にたどり着いた。由良トンネル内で感じたあの不気味な気配はなく、ただただ山の綺麗な空気が流れてるだけだった。

 

「ハァ……ハァ……ヤスデ人間じゃなかった……あれがこのトンネルの主だ……」

 

エルシアは座り込み、震える足を抑えた。

ヤスデ人間と長時間戦い、さらには謎の怪異から逃げたので、足は生まれた子鹿のように震えていた。

そこに1台のバイクが走ってきた。

 

「よぉ姉ちゃん!あんたもしかしてSNSで俺の依頼受けてくれた人?」

 

バイクはエルシアの前で止まり、エルシアに話しかけた。

 

「どうも」

 

バイクの持ち主はチンピラみたいな格好をしており、その見た目通りの話し方でエルシアに質問をした。それに対しエルシアは若干うざったらしく思っており、話すだけでも疲れると判断したのかたった3文字で返事をした。

 

「どう?中の怪異倒した?どう?どう?もう安全?ねぇ?」

 

「倒しましたよ。中に死体があると思うので気になるなら見に行ってみては?それより依頼達成料を貰いたいのですが」

 

SNS依頼達成料制度、それはSNSで依頼を受け、その依頼を達成すればお金を請求できるというもの。

エルシアはヤスデ人間を倒したが、フラッシュ時にいたあの謎の怪異は倒してないのでこのチンピラに対しお金を請求できるのかどうか怪しいが、請求してみた。

 

「今ちょっと手持ちないんだわ」

 

「は?」

 

「それにちょっと俺の女がまってるんでね。俺の女の家、この由良トンネル通ると近道なのよ。だからお願いしたんだ!」

 

小指を立てながら由良トンネルを近道だと言う男に対しエルシアは嫌悪感を抱いていた。

 

「そゆことで〜、俺には手持ちが今ないので請求はしてもらっちゃあ困る!また今度払っとくよ〜……てか姉ちゃんめっちゃ可愛いね!乗ってくかい?」

 

「結構」

 

「そうかい。まぁあんがとさんよ!」

 

男はバイクのエンジンをかけ直し、由良トンネルに入っていった。

エルシアは「あのタイプはお金を払わないタイプ」と怒りを顕にしながら自転車に跨り、山を降りていった。

 

「ぎゃあああああああああ……」

 

山の上の方から男の叫び声が聞こえた。それはヤスデ人間の死体を見て驚いた拍子に出る悲鳴か、もしくは別の何かに襲われての悲鳴なのか、エルシアには関係がなかった。なぜなら男はエルシアに金を払わなかったのだからだ。払わなかった時点で、男はエルシアの敵とみなされたのだった

 

◆◇◆◇◆

 

家に着くなりエルシアは帽子とモッズコートをソファに脱ぎ捨てトンネル内での出来事を思い出していた。

まずはヤスデ人間について思い出した。気持ち悪く、動きが読めず、弾を何発も無駄にした相手。倒した時に残っていた弾があと2発だったのを思い出すとゾッとする。倒せてよかったと心の底から思った。

次にフラッシュを焚いた時にいた謎の怪異。一瞬の事だったのであまり詳しくは思い出せないが巨大な顔だけが帰っている最中ずっと脳裏に焼き付いていた。バイクの男はそいつにやられたのだろうか。それならばエルシアはかなり危なかったかもしれない。

 

油を引いたフライパンに卵をいれ、ほんの少し固まったらご飯を入れる。そしてそのご飯にごま油とコショウをかけ、ネギを振りまく。卵とご飯とネギが混ざってきたら醤油を入れ、さらに炒める。そうすることで、エルシアの得意料理の1つ、チャーハンが完成した。

 

「いただきます」

 

スプーンですくったチャーハンを小さい口に運んでいく。

 

「……うん!我ながらに美味しい!」

 

スプーンは止まらず、チャーハンはあっという間に無くなった。

浴槽に湯が溜まるまで、皿洗いなどをして、時間を有効活用している。自転車に乗っている時間が好きな彼女だが、この時間もどうやら好きそうだ。その証拠に安らぎを感じ、口角が上がっている。

 

浴槽に湯が溜まったので、脱衣所で服を脱ぎ、歯ブラシと歯磨き粉を持って浴場に入る。扉を開けると、いい匂いの湯気がエルシアを包み込み、そこで深呼吸をする。

 

「うん。いい匂い」

 

浴場の椅子に腰をかけ、シャワーを頭から流す。髪の毛全体が濡れたらシャンプーボトルを3プッシュし、手のひらで泡立て頭に持っていく。全体的に洗えたら、泡は流さず、体を洗う様のタオルを手に取りボディーソープボトルをシャンプーボトルと同じ、3プッシュ。タオルで泡立て体を泡で包んでいく。体も洗えたら、シャワーで一気に頭から流し、泡を落としていく。

全ての泡を洗い流したら次はリンスを手に取り、髪の毛に馴染ませ、浴槽に浸かる。

幸せそうな顔で溜息をつきながら足を伸ばし、肩まで浸かると体の疲れが取れる感覚が分かり、思わず笑みが盛れる。

 

「お風呂最高〜……あー、温泉行きたいなぁ……」

 

などと言いながら、考え事を10分近くする。

のぼせないうちに浴槽から上がり、髪の毛に馴染みこんだリンスを洗い流していく。

洗い流しが終わると歯磨きをする。歯を磨き終わるとシャワーの水でうがいをし、浴場を出る。

体をバスタオルで拭き、ヘアオイルをつけてからドライヤーで髪の毛を乾かしていく。

 

体の温度が逃げないうちにパジャマに着替え、マグカップに牛乳を入れ、レンジで2分温める。

レンジで牛乳を温めている間に顔に潤いクリームを塗っていく。最初はクリームをのばし、ある程度のばしたら指先で叩いて馴染ませる。

馴染ませ終わる頃にはレンジの温めが完了している。中身を取りだし、角砂糖を入れ、混ぜ、ソファーに座ってから飲む。

スマホでSNSを見ながらホットミルクを飲み干し、シンクの中に置きに行く。そこで軽くもう1回歯磨きをし、ベッドへ向かう。

 

電気を消し、布団をかぶり、今日あった出来事などを整理しながら眠りにつく。

 

「おやすみ。私」

 

こうしてエルシアの一日が終わった。

 




今回は思った以上早く怪異を倒してしまったので後半はほとんどエルシアの家でのルーティーンとなりました。

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