銀河鉄道の日和   作:書き殴る鳩


原作:銀河鉄道の夜
タグ:オリ主
幼馴染み達が、宮沢賢治作品についてだべるようです。

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銀河鉄道の日和

「カムパネルラに生きていて欲しかったって言ったら、信じて貰えるかな?」

 

 作家志望の幼馴染みが突然そう言ったのは、丁度クラムボンが俺の手の中で笑った時だった。

 将来の夢は文豪です──小学生の頃からそう言ってやまない幼馴染みは、俺の手からするりと宮沢賢治の短編集を取り上げた。そして、そのまま勝手に頁をぱらぱらと捲る。開かれたのは、宮沢賢治の代表作とも言える作品の頁。即ち、カムパネルラとジョバンニ、二人の少年の短くて永い冒険の頁だ。

 

「知ってる? 『銀河鉄道の夜』。僕はこれが()()()でね。何度読んでも、宮沢賢治作品でこれだけは好きになれない」

 

 俺の抗議の目などお構いなしに、幼馴染みは口を開く。

 大学受験の辺りから一段と文学マニアっぷりを隠さなくなった幼馴染みは、当然と言うかのように友人がただの一人も居なくなった。

 我が道を行かなければ、生きている意味がない。そう本気で言ってしまえる幼馴染みに着いて行ける人間なんて、残念ながら腐れ縁で縛られた俺以外、思春期を生きる少年少女の中には居なかったからだ。

 渾身のどや顔で自身の作品観を語り始めた幼馴染みの頭を叩き、手早く本を取り返した。叩かれても痛がる様子のない幼馴染みに鼻を一つ鳴らし、息を吐く。

 

「大好きの間違いだろ。お前の一人称が僕なの、ジョバンニの真似な癖に。あと、銀河鉄道の名前すら知らない文学部志望なんて、雄の三毛猫以上に貴重種だろ。多分」

 

 俺の悪態を受けて、幼馴染みは力が抜けたように笑い、ぼやく。

 

「いや、そうでもないんだ。びっくりするくらい、本に興味のない学生が多いよ。国語の教員免許を取る為に入りました──って子だらけだ。秋の日和に任せて、君とショートショートの解釈で掴み合いの喧嘩してた頃が、本当に懐かしいなぁ」

「へいへい。俺だけ大学に進めなくて悪う御座いましたね」

 

 頁を捲った。雨ニモマケズ風ニモマケズ。でも人情には普通に負ける宮沢賢治が俺は好きだった。

 宮沢賢治作品の魅力は、小学生にも理解出来るほど分かり易い作風にも関わらず、色んな解釈が生まれる事だろう。読む人によって表情が変わる文章。生きているようにさえ思える、不思議な作品群。

 ……或いは、宮沢賢治という早逝の天才の命を吸って生まれたから、こんなにも生き生きとした作品達なのか。雨ニモマケズは、作品と呼んでいいのかは怪しい所だが。

 

「……何で死んじゃったんだろうね、カムパネルラ」

 

 思い悩んだような声に舌打ちする。

 

「何でも糞も、死んだから死んだんだ。メタ的な話をすれば、カムパネルラが死ななけりゃ物語が始まらないから。物語的な話をすれば、後先考えずに溺れたやつを助けようとしたからだ」

「君なら……まあ、そう言うだろうね」

 

 困ったように笑う幼馴染みを一瞥して、手の中で頁を捲る。

 注文の多い料理店。雑食で不味いだろうに、人なんてものを調理して食う物好きな化け物は、一体どんな姿をしているのだろう──それが試験中に気になってしまい、得意の国語で平均点を割った事がある。それこそが俺の中学生時代の最大の汚点だ。試験後、幼馴染みが言った「人間の欲って言う不定形の存在が対話の形で具現化しただけの存在じゃない? それか猫」という解答に、なんと浪漫のない!と嘆いた事は今でも覚えている。

 

「思うんだ。きっとカムパネルラだって、死ぬと思って人を助けた訳じゃない」

「どうだかね。正義感に駆られたやつは、何を仕出かすか分からない。いじめっ子を助けて死ぬくらいなら、見殺しにすりゃ良かったんだ。自分の命以上に大事なものなんざないだろう」

「……かもしれないね。でも、それでも()()助けたよね」

 

 窓の隙間から夜風が迷い込んだ。

 幼馴染みが書きかけた原稿用紙が散る。万年筆が転がり、俺が幼馴染みに贈った本の頁が勝手に捲れた──銀河鉄道の夜、九、ジョバンニの切符。

 またしても勝手に頁を変えられた俺は、吹きやんだ風に苛立ちを向ける。

 

「助けたつもりなんてない。お前は助かるべくして助かった。それだけだろ」

「でもそれは、僕にとって都合の良い解釈に過ぎない。違うかい? だって本当に君が思っていた事は、僕にはもう分からないんだ」

「それこそ知ったこっちゃねぇな。仮に俺が生きていたとして、俺の考えをお前が理解出来る──そんなの、思い上がりも甚だしい。そう思うなら、俺の墓前でクラムボンの正体を解き明かしてくれ。俺ならそれで満足する」

「まあ、そうだろうね。君は、そう言うよ。きっと」

 

 幼馴染みは力が抜けたように壁に背を預けた。安いマンションの薄い壁。幼馴染みが身を寄せるちゃちな城の囲いは、みしりと音を鳴らせた。

 壁掛けに引っ掛けられていた大きな帽子が、幼馴染みの上にぽふりと落ちた。

 

「……読書日和だねぇ」

「そうだな」

「君、生き返ったりしない? 寂しいんだ」

「そうか。寂しさを抱えたまま生きとけ。作家志望なら執筆に役立つだろ。知らんけど」

「あ。それ、最近の流行語。君なら間違いなく言わないね。僕もまだまだだなぁ……」

 

 知った事ではない。少なくとも、俺にとっては。

 そんな意味を込めて、これ見よがしに本を閉じた。切符を千切るように、使い終わった栞代わりの紙切れを千切る。

 すうすうと寝息が聴こえ始めた部屋から、静かに去った。

 

 ──ジョバンニが生きてくれている。

 カムパネルラにとってはそれだけで十分なのに、幼馴染みはそれすら気付かない。

 文豪への道はまだまだ遠いなと、俺は一人嘆息した。


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