喜多郁代は混乱の真っ只中にあった。
見間違いではないか、運動部の男子が練習途中にトイレに走っていたのではないかと考えが巡る。
しかし、ピンクのジャージを纏って顔が福笑いになっているような生徒は喜多郁代の深く広い人脈でもひとりしか浮かばなかった。
ポケットに何か固く長いモノを入れて走ったらあんな風になるだろうと、普段の喜多さんなら判断しただろう。
けれどもその瞬間だけは何かがおかしかった、論理よりも直感に従って行動し、何故かひとりを追いかけて行ったのだ。
「ごっ、後藤さんちょっと待って〜」
その声はひとりには届かない。
半分眠っていた以来の硬いスティックの感覚、鮮明に感じる“それ”にひとりは意識のほとんどを持っていかれていた。
IQ3の世界を初めて味わっているのだ、外界に注意を割く余裕はない。
そんなひとりに試練が降りかかる。
男子トイレか女子トイレか、男子を男子たらしめているのは何か、女子トイレに入って捕まった男性のニュースも脳裏をよぎる。
普通は女子トイレ一択だろう、中に人がいた場合男子トイレでは致命的だ。
そのときひとりに電流が走る。
電流の正体は、男性は立ちションというものをすると父親が言っていたという情報、そしてそれ専用の便器があるという情報。
明後日の方向に突っ走ることに定評のあるひとりはその勢いのまま男子トイレに飛び込んだ。
男子トイレの中に入ると見慣れない便器があった、立ちションの名の通り立って使うものだとは簡単に想像できた。
しかしひとりの理解を超えたのはその設置され方だった。
「なんで仕切りがっ、なっ」
個室があると思っていた、少なくとも誰かわからない程度にはプライベートが守られていると思っていた、トイレに人が居るかどうかきちんと把握して出入りにさえ気をつければ良いと思っていた。
ちなみに余談ではあるが喜多郁代はその構造を知っている。
小さい頃に友人たちと供に男子トイレに悪ノリで入ったことがあったし、この高校に通う学区の生徒は小学校低学年の頃、男子トイレ女子トイレ関係なく掃除していたからだ。
つまりこの高校で男子トイレを知らないのは、わざわざ遠くから通っていて、小さい頃からぼっちで過ごしたひとりくらいだった。
動揺が収まる前に強い尿意が襲ってくる。
慌てて下を脱ぐ、既にパンツを押し退けて痛いくらいに主張し、天を衝くスティックが露わになる。
初めて直視するスティックのグロテスクさに鳥肌が立つ感覚を感じつつ、排尿を試みる。
ひとりが元々男性であればその後起きる出来事を予想できただろう、しかし彼女はビギナーだった。
先端から放たれた黄金の濁流は噴水のように広がり、後藤ひとりを祝福したのだった。