ぼっち・と・ぼっち! 作:承認欲求モンスター
下北沢についてから、喜多はずっと落ち着かない様子だった。
「なんでお前らそんなにびびってんだ?」
後藤がぶるぶる震えているのはいつものことなのでスルーするとして、喜多の様子は何かおかしかった。てっきり物怖じしない奴かと思っていたが。
「私の前のバンド下北系で、この辺で活動してたのよ。バッタリ会わないかしら……」
「そんな奇跡起こらないだろ。……だから離れろ、後藤と喜多」
俺の後ろには、後藤がぴったりとくっついてきていた。その手は俺の肩に。そして喜多は、そんな後藤の後ろに身を隠すようにして引っ付いて歩いていた。
「むっ、無理です! 知らない場所怖いです! 恥ずかしいです!」
「どう考えても今の体勢の方が恥ずかしいわ!」
明らかに人に見られている。ぴったりくっついて三人並んでいる姿は明らかに浮いている。
「とにかく、目立つからさっさと行くぞ。……せめて手を離してくれないか? 歩きづらい」
後ろを振り替えって言うが、後藤は無言で首を振るだけだった。
後藤の小さな手が肩にちょこんと乗っている現状は、ひどく落ち着かない。
じんわりと伝わってくる手の熱に、こちらまで熱くなってしまいそうだ。
そんな風に歩いていると、突然馴染みのある声に話しかけられた。
「あれ、比企谷君とぼっちちゃんじゃん! ……何してんの?」
伊地知先輩はヒラヒラ手を振りながらこちらに近寄ってきた。洒落た下北沢の街中にあっても、伊地知先輩の容姿は見劣りしない。まさしくここの住民と言えよう。
先輩は奇妙な体勢でくっつく俺と後藤のことを頭にはてなマークをつけながら眺めていたが、ほどなくして後藤の後ろに隠れて肩をぶるぶる震わせている喜多の存在に気づいたようだ。
「……あれえ? なんか見覚えあるような」
喜多の顔を確認しようと接近してくる先輩。喜多が体を小さくする。
やがて伊地知先輩は、大きな声を上げた。
「あーっ! 逃げたギター!」
「あわわわわわ!」
慌てて涙目でおろおろする喜多の様子は、ちょうど動揺している時の後藤のようだった。
どうすればいいのか、とキョロキョロと辺りを見渡す目。ふるふる震える肩。意味のない声を漏らし続ける口。というか、お前そんな奇声出せたのか。
完璧な奴だと思っていたが、案外脆い奴なのかもしれない。
すると、伊地知先輩がやってきた方向から新たな人影が現れた。
「ぼっちたち、もう来てたんだ。……ってあれ」
続いて現れた山田先輩の姿を確認した喜多は、その場に華麗な土下座を決めた。
「すすす、すいませんリョウ先輩! お詫びに先輩の言うこと何でも聞きますから! 何でも命令してください! というか先輩の手でめちゃくちゃにしてください!」
「なんかとんでもないこと口走ってるんだけど!?」
下北沢の路上で発生した謎の騒ぎに、周囲を歩く人たちはなんだなんだと目を向けて来ていた。
注目されている状況が苦手なのだろう。後藤はポツリと呟いた。
「もうやだ……おうち帰りたい……」
……おおむね、同感だった。
◇
「ええー、喜多ちゃんギター弾けなかったの!?」
「はい……本当にすいません……」
あまりに目立つのでひとまずSTARRYに移動した後。改めて、伊地知先輩は喜多に事情を聞いていた。
しょぼん、と焦燥する喜多は、先ほどまでの元気な様子など欠片も見られない。
あまりにも憐れだったので、俺は一応口を挟むことにした。
「ああー、先輩。一応こいつなりに悩んだみたいですよ。面白半分でバックれたわけじゃなさそうでした」
「比企谷君……」
喜多と後藤が意外そうな顔で俺を見つめてくる。
伊地知はどう出るかと思えば、意外にも彼女はあまり怒っているような様子ではなかった。
「その……怒らないんですか?」
喜多が恐る恐る問いかけると、伊地知先輩は苦笑いを浮かべた。
「まあ、気づかなかった私たちにも非はあるしねえ。それに、あの日喜多ちゃんが逃げたからこそ、ぼっちちゃんに会えたって言ってもいいからね。怒らないよ」
この人……天使か? 伊地知先輩のことは今度から脳内で下北沢の天使と呼ぼう。
「でも……それじゃ私の気が収まりません! せめて何かさせてもらえませんか!?」
そんな話を聞いていたらしい。後ろを向いていた伊地知先輩の姉、伊地知星歌さんが振り返り言った。
「じゃあ今日1日ライブハウス手伝ってくれない? 忙しくなりそうなんだよね」
こうして、喜多のSTARRYでのバイトが始まった。メイド服で。
「なぜメイド服……」
「ねー。ていうかお姉ちゃんなんであんな服持ってるんだろ」
メイド服を着れた記念か、喜多はスマホで自分の姿を撮影していた。一回撮るごとにポーズを変えて撮るが、そのどれもが似合っていて見事だ。
というか笑顔から放たれる陽キャオーラがすごい。なぜかキターン! という擬音が聞こえてくる。なんだこれ。
「比企谷君! どう、これ」
くるっと振り返った喜多が俺に問いかけてくる。ふわりと舞ったロングスカートからなんとか目をそらした俺は、改めて喜多の姿を観察した。
赤髪の上にちょこんと乗ったホワイトブリム。
どうだ! とこちらを見る目は相変わらずキラキラして眩しい。
身に纏った本格的なメイド服が、非日常的な魅力を放っている。服を押し上げる胸部についつい目がいきそうになる。
男なら一度は憧れる、美少女メイドという存在。それが目の前に現れて、こちらを向いている。
……あぶねえ、中学の頃の俺ならうっかり惚れて、告白して振られちゃうところだったぜ。いや、振られちゃうのかよ。
そんな内心を誤魔化すように、俺は適当な言葉を紡ぎだした。
「まあいいんじゃねえの。知らんけど」
自分で出した言葉にわずかに頬が熱くなる。
「でしょー! いやあ、やっぱり私可愛すぎるかも?」
こちらの言葉を聞いているのか聞いていないのか、上機嫌に言う喜多はもうこちらを見ておらず、先ほどスマホで撮った写真を精査していた。
おい、ドギマギしてた俺が馬鹿みたいだろ。
「さ、喜多ちゃん。ぼちぼち働こうかあ!」
「はい、精一杯頑張ります!」
意気込んだ喜多は、その気合いに見合う仕事っぷりをみせた。清掃から開店の準備まで、与えられた仕事をテキパキとこなしていく。
「あいつ、臨時なのに手際いいな」
「ねー。喜多ちゃん! 愛想いいから受付もやってみようか!」
伊地知姉妹の話し声が聞こえてくる。それを聞いた後藤は、びくんと肩を震わせた。その顔面は絶望で崩壊寸前だ。
「初日で接客……わ、私より使える……」
何か思うところがあったらしい。
のそのそ、と歩いていった後藤は、当たり前のように可燃ごみのゴミ箱に入ると、どこからともなくギターを取り出した。
「それでは、聞いてください。『その日入ったバイトよりも使えない私のエレジー』」
お前は誰に向けて演奏しているんだ?
るーるるー、と悲し気な旋律が流れる。見間違いでなければ、後藤の口からは『ふよふよー』と半透明の魂のようなものが飛び出ていた。
◇
今夜も複数のバンドが演奏して、観客は盛り上がっていた。そんな様子を見ると、準備していたこちらとしては誇らしいような達成感に包まれていてた。
裏方というのは意外と俺にあっているかもしれない。人知れず頑張っている影の立役者なんてかっこいい、と思うのは俺が未だに中二病から抜け出せていない証拠だろうか。
「それじゃあ、今日は楽しかったです」
仕事をしただけだというのに、喜多はひどく満足気な顔でSTARRYを去ろうとしていた。きっと、彼女の中の結束バンドへの負い目のようなものが払拭されたからだろう。
「結束バンドの活動、陰ながら応援してますね」
けれども、ギターを担ぎ微笑む彼女は、少し寂しそうにも見えた。
本当は、もう一度やり直したいのではないか。そんな印象を抱くが、しかしそれを決めるのは彼女だ。そして、結束バンドだ。
喜多が出口の扉に手をかける。その背中は、少しだけ寂しそうにも見えた。
「あ……」
後藤が何か言いたげにしている。一歩踏み出したいが、本当に踏み出していいのか、という迷いが感じられる。
俺と思っていることは同じだ。そう確信したから、俺は後藤の背中を押した。
まるでそれを待っていたかのように、後藤は喜多のもとへと走り出した。
そうだ。行け。他ならぬ結束バンドのお前が引き止めなくて、誰が引き止めるんだ。
後藤の足が加速する。狭い室内を、一瞬で駆ける。……おい、加速しすぎじゃないか?
「あっ、あの、喜多さん! ……アッ」
勢い余った後藤が、壁に激突する。がらがらがっしゃん! と黒いカーテンが落ちてきて、倒れこんだ後藤を覆い隠した。
……まずい、強く押しすぎたか。
「後藤さん!?」
「ぼっちちゃん大丈夫!?」
驚いた喜多が振り返り、伊地知先輩と山田先輩が駆け寄る。後藤は、何か言いたげにカーテンの下でもごもご言っていた。
伊地知先輩と山田先輩の二人で、後藤の体を助け起こす。俺はと言えば、今回ばかりは静観しようと考え、黙って見ていた。
「き、喜多さん、このまま帰って本当にいいんですか? 本当は、結束バンドに入りたいんじゃないんですか」
「でも、私ギターも弾けないし……」
「き、喜多さんの手、すごく硬くなってました。それって」
山田先輩の顔を見る後藤。
「うん、ギターたくさん練習しないとならない」
「に、逃げ出したって言ってたけど、本当は練習してたんじゃないですか?」
喜多が大きく目を開く。
「き、喜多さんがそう思っていたのなら、私も一緒にバンドしたいです! その……結束バンドに入ってくれませんか!?」
精一杯の勇気を出して、後藤は言葉を振り絞った。伊地知先輩と山田先輩も、同意するように喜多を見た。
温かい空気が、その場に流れた。ああ、こんな景色を見れたのなら、結束バンドを見守りたいと思った俺の判断は間違っていなかったのかもしれない。
わずかに瞳を潤ませたように見えた喜多は、やがて静かに頷いた。
ぼざろアニメのコメディが強すぎて小説であの面白さを再現するのは限界があるのではないかと思う今日この頃