ぼっち・と・ぼっち!   作:承認欲求モンスター

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こうして、彼女は肯定される

 歌詞ってどうやって書けばいいんだろう? 

 もう何度目か分からない問いかけに、私のペンはぴたりと止まった。

 ノートには、書きなぐられた言葉たち。一番前のページには頑張れ、未来は明るい、きっとやれる、などの明るい文字が並んでいる。見ているだけでも気分が悪くなりそうだ、とページを前に戻す。

 少し前のページには、つらい。学校行きたくない。歌詞書けない、などのネガティブな言葉がずらずら並んでいる。こちらの方が筆跡が荒々しい。

 

「やっぱりこっちだよね……」

 

 ぺら、とページを前に戻す。明るい歌詞。みんなが好きな歌詞。……薄っぺらくて、ありきたりな歌詞。

 

「……喜多ちゃんが歌うんだし、これでいいんだよね」

 

 自分の感情を脇に置いて、私は暗い歌詞すべてに横線を引いた。

 ひとまずこれで完成にしよう、と歌詞ノートを閉じる。

 

「それで、誰に見せよう」

 

 誰かに見せて、ネガティブな感想をもらったら。あるいは、気を遣うような言葉をかけられたら。……耐えられない。その場から逃走する自信がある。そしてそのままひきこもりコース。

 そう考えた時に思い浮かんだ顔は、濁った瞳をした少年だった。

 

「比企谷さんなら、率直な意見を言ってくれるかも」

 

 良くも悪くも遠慮がない彼なら、自分が欲しい意見が聞けるかもしれない。

 ロインを開き、比企谷さんのアイコンを探す。『ロインなんてリア充のやるものだろ』なんてぼやいていた彼は、結局喜多さんに押し切られてインストールしていた。

 

『比企谷さん、できた歌詞を見てもらうことはできますか?』

 

 ロイン画面をじっと見つめて、ややすると既読がついた。

 

『わかった。学校に持って来い』

 

 簡潔で要件だけ伝える姿勢は、普段の彼と同じだ。その様子に少しだけ安堵した私は、歌詞ノートを鞄に詰め込んだ。

 

 

 

 

 放課後、例によって階段の下で。私は比企谷さんに書いた歌詞を手渡した。

 

「よ、よろしくお願いします」

「おう。……まあ、別に俺は音楽に詳しいわけじゃないからあんま期待すんなよ」

 

 短く言った比企谷さんは、ノートのページをめくる。彼は、表情一つ変えずに歌詞を読んでいた。

 しばらく沈黙が続いて、私は耐えきれなくなって彼に問いかけた。

 

「ど、どうですか?」

 

 私の問いかけに彼が顔を上げる。無表情だ。

 

「なあ、お前。本当にこんなこと思ってんのか?」

 

 問いかけに、一瞬口が止まる。比企谷さんが指さしたのは、最新のページの明るい歌詞。私が完成版として書いたものだ。

 目線から逃げるように、下を向いて弁明する。長い前髪が私の視界を覆った。

 

「い、いやあー。でも売れてる曲ってこういうのばっかりだし、私もそういうの書けたらいいなーって思って」

「無理だろ」

「……え?」

 

 冷たい言葉に顔をあげる。彼は、今まで見たことのないような笑顔を浮かべていた。露悪的というか、嘲笑のような顔は、私の息を一瞬止めた。

 

「お前に世間一般で受けるような歌詞を書くなんて無理だろ」

 

 頭が真っ白になる。反射的に言葉が口をついて出てくる。

 

「で、でも私が結束バンドの歌詞を任されたから、それに応えないといけないじゃないですか。無理とかじゃなく、私が虹夏ちゃんに期待されているから……だから、みんなに好きになってもらえるような歌詞を書かなきゃ……」

「自分の感情無視して書いた歌詞なんかで人に好きになってもらえるのか? 自分を出さなきゃお前が歌詞を書く意味ってなんだ?」

 

 息が詰まる。

 

「ッ! じ、自分を出すって言ったって、私はこんなぼっちだし、誇れるようなことなんて一つもなくて、だから、自分を出すことに意味なんてないです」

「お前が、お前だからこそ、結束バンドの作詞を任されたんだろ? 山田先輩も伊地知先輩も喜多も、お前の歌詞を持ってきて欲しいんじゃないのか? お前自身が持っているものは、本当に何もないのか?」

「──わ、私は、比企谷さんみたいに自分に自信を持つことなんてできません!」

 

 私の叫びに、比企谷さんは少し驚いたように目を見開いた。

 

「私がぼっちなのは、私がダメだからです! ひとりが好きだからじゃありません! 喜多ちゃんや比企谷さんみたいに、今の自分を肯定なんてできないです! だから自分の歌詞なんて書けない! 自分を出すことなんてできない!」

 

 ああ、こんなにも正直に自分の中にある暗い感情を吐き出したのは、これが初めてかもしれない。しかし比企谷さんは、私の言葉を受けても堂々とした態度で言葉を紡いだ。

 その様は、私が妬ましくて仕方ない、自分の考えに自信のある人の態度だ。

 

「別に、()の自分が肯定できる必要なんてないだろ。どうなりたいのか。どうありたいのか。少なくとも歌詞っていうのは、というか表現っていうのは、そういうことでいいんじゃないか?」

 

 いつの間にか、比企谷さんは少し優しそうな顔をしていた。

 

「ぼっちが嫌なら、ぼっちである恨みつらみを吐き出してもいい。リア充への憧れを歌にしたっていい。そういう歌詞なら、書けるんじゃないか?」

「どう、なりたいのか……」

 

 悩む私に、比企谷さんは少し優しく笑った。

 

「それに俺は、今のお前はそんなに自己嫌悪するほどのものじゃないと思うけどな。いいじゃねえか、ぼっち。孤高なんて、むしろかっこいいだろ。──俺は、今のお前が嫌いじゃない」

 

 ──ああ、私は初めて、こんなにも正面切って自分を肯定されたかもしれない。ギターを弾く私ではなく、ギターヒーローではなく、私自身を肯定されたような感覚。

 不思議と体が熱くなる。心臓の鼓動が少し早い。こんな感覚、初めてだ。

 

「……あ、ありがとう、ございます」

 

 今なら、歌詞を書けるかもしれない。自分だけの歌詞を。ぼっちで、根暗で、陰キャな私にしか書けない歌詞を。

 

 

 ◇

 

 

「ふう……こんなものかな」

 

 気づけば深夜四時。自室の押入れの中で、私はようやく一息ついた。いつの間にか、ひどく肩が凝っている。思いついた歌詞を片っ端から書きなぐっていたからだろう。

 夜遅くまで起きて作詞しているのも、もうこれで一週間ほどになるだろうか。目のクマがひどく、お母さんには、ちゃんと夜眠れているのかと心配されてしまった。

 

 

 出来上がった歌詞は、直しに直しを重ねようやく自分が納得できるものになった。さて、今度結束バンドに誰かに見てもらわなければ、と思ってロインを開くと、随分前に虹夏ちゃんから連絡が来ていたことに気づく。

 

『明日の10時に下北沢集合ね!』

 

 ひょっとしたら歌詞の件だろうか。ちょうどよい機会だ。私は分かりました、と連絡を返すと、すぐに眠りについた。

 

 

「……あっ、待って。一晩経ったらなんか不安になってきた。本当にこれでいいのかな。ていうかやっぱダメじゃない? あああ、まずいまずいまずい。……やっぱり歌詞できてないって言おうかな……」

 

 昨晩の達成感はどこへやら、私が朝起きた時には既に自信が揺らいでいた。

 ちら、と歌詞ノートを見返す。暗くて、荒々しくて、力強い歌詞。よく書けている、と率直に思う一方、自分以外がどう読むのか全く分からない。

 というか、本当に私なんかが書いた歌詞を喜多さんに歌わせていいのだろうか。

 

 不安、緊張、劣等感。そんなネガティブな感情に囚われてどうにかなってしまいそうになった時、私は比企谷さんの言葉を思い出した。

 

「──俺は、今のお前が嫌いじゃない」

 

 ……不思議と、自信が湧いてきた。同時に、胸の奥に少しばかりの熱があるような感覚。最近感じる、比企谷さんのことを考えると少し熱を感じる現象について、私は名前を付けかねていた。

 ともかく、結束バンドのみんなに会いに行こう。歌詞を見せにいこう。

 スマホを手に持ち、起き上がる。時間は11時。……11時? 

 

「ああああああ、寝坊したあああああああ!」

 

 

「すっすいませんでしたっ!」

 

 駅につくなり、道のど真ん中で土下座を決めた後藤ひとり。その首からぶら下がったプラカードのようなものには、『私は遅刻するダメなぼっちです』とでかでか書かれている。

 

「……いや、そんなもの作ってる暇あったらさっさと来いよ」

「ゴパッ……」

 

 比企谷八幡の正論に、ひとりは土下座したまま血を吐いた。

 




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