ぼっち・と・ぼっち! 作:承認欲求モンスター
まだ客を入れていないSTARRYには、結束バンドの面々がいた。
山田先輩が作曲を終わらせてきたらしい。今はみんなで曲を聴いて、感想を言い合っているところだ。概ね良い反応だ。
そして、作詞と作曲という特殊な関係になった後藤と山田先輩には、絆が生まれたようだった。
なぜか猫のように後藤の顎下を撫でる山田先輩の表情は明るい。
「曲もできたし、これでいよいよライブができるね!」
結束バンドの面々はいよいよライブができるという事実に胸を躍らせていた。
「ライブ、楽しみです!」
「私の腕を見せる時が来た」
「うんうん。──お姉ちゃん、次のライブの日はいつだっけ?」
浮かれたメンバーの反応を聞いて、伊地知先輩がパソコンで作業をしていた店長に声をかける。
しかし、振り向いた彼女の顔は冷たかった。
「え? 出さないけど?」
「……え?」
「ライブ。出さないよ」
店長の顔は有無を言わさない口調に、伊地知先輩は固まってしまった。
「な、なんで……」
「この前のクオリティだったら出さない。知ってるでしょう? うち、ライブ前には音源審査とかやってんの。前のあの下手くそな演奏なら出せない」
「じゃ、じゃあ私たちどうすれば……」
「え? 一生身内で仲良しごっこしてな」
ふるふると伊地知先輩が震え始める。彼女の手がぎゅ、と服の裾をつかむ。
後藤と喜多、それから山田先輩は心配そうにそれを見ていた。
「お、お姉ちゃんの……お姉ちゃんのばかー! 未だにぬいぐるみ抱かないと寝れないくせにー!」
衝撃の捨て台詞を吐いた伊地知先輩は、そのまま勢い良くSTARRYを飛び出していったしまった。
「お、追いかけましょう! ほら、山田先輩も後藤さんも!」
喜多が二人を立たせて、伊地知先輩が去っていった扉を指さす。状況が飲み込めずオロオロする後藤、それと相変わらず無表情で何を考えているんだかよく分からない山田先輩は、彼女に連れられて店の外へと出て行った。
残された俺は、店長の方を向き、言葉をぶつける。
「ずいぶん乱暴な言い方でしたね。そんなに妹さんを挑発したかったんですか?」
店長の鋭い目が俺を貫く。……やっぱりこの人怖いな。細められた目が威圧するようにこちらを見る。伊地知先輩によく似た顔をしているが、彼女にない迫力がある。
勢い込んで向き合ったはずなのに、少し気圧される。
「……比企谷。お前に伝言を頼んでもいいか?」
「自分で言ったらどうですか?」
「言おうとしたら逃げられたんだから、仕方ないだろ」
言わなきゃ分かんないですよ、というありきたりな言葉を俺は飲み込んだ。
店長が妹のことを大切に思っていることなんて、ちょっと見ればすぐにわかる。それでもあんな言葉をかけたということは、きっと何かしらの理由があったのだろう。
それでも、姉妹の関係性を崩しかねない発言をした彼女には、何か言わないと気が済まなかった。
「一人の兄として言いますが、妹ってやつは兄や姉が思っているよりずっと慕ってくれているものだと思いますよ」
「……私の半分程度しか生きていない奴に言われなくてもわかってるよ」
目を逸らした店長の目は、自分が思っていたよりもずっと優しい目をしていたので安心した。
……それよりも、気になったことがある。
「え? 店長ってアラサーだったんですか?」
「……あ?」
俺の言葉に、店長の目が鋭くなる。ギロ、と俺を貫く瞳は、襲い掛かってくるんじゃないかと思わせるほど凶悪だった。
ふええ……やっぱりこの人怖い……。
「とにかく、虹夏たちに伝言だ。オーディションをやるから、それに合格したらライブに出してやるって伝えてくれ」
「結束バンドの成長を促すためですか? やっぱりシスコンですね」
「──あんま余計なこと口に出すなよ……!」
「ッス。すいませんっす」
これ以上怖い店長と話していたくなかった俺は、足早にSTARRYを後にした。
下北沢を走り、なんとか結束バンドの背中を見つける。
そう遠くには行っていない。彼女らが行きついたのは、ちょっとした軽食や飲み物などを売っている出店のようだった。
少し頬を膨らませながらストローを咥える伊地知先輩に、山田先輩や喜多が何事か話しかけている。それを少し離れて見る後藤は、どうすれば良いか分からずにあわあわしているようだった。
走って乱れた呼吸を整えながら、俺は彼女たちに近づいた。
「おい、店長から伝言があるぞ」
「あれ比企谷。遅かったね」
山田先輩の言葉を聞いているのか聞いていないのか、伊地知先輩は不機嫌そうにそっぽを向いたままだった。
「来週オーディションをやるから、そこで合格すればライブに出してくれるってよ」
「オーディション……伊地知先輩、良かったですね!」
俺の言葉に大きく目を見開いた伊地知先輩は、いつもの彼女らしい笑顔を見せれくれた。
「オーディション……そっか、そうなんだ……!」
「来週オーディションやるなら、これからいっぱい練習しないとですね!」
「あっ、はい。そうですね。頑張ります」
「ぼっちたちにはデモ音源渡しておくから、それで練習しておいてね」
「いやダメダメ! エアバンドじゃないんだから、ちゃんと練習しないと!」
その日から、結束バンドの練習が始まった。
学校に来ている後藤はいつもギターを背負っていて、放課後になるといそいそと教室を出て行っていた。喜多と合流しているところを見ると、たぶん結束バンドの練習に行っているのだろう。
俺はと言えば、根を詰めて練習している結束バンドの練習の邪魔をしては悪いかと思い、最近彼女たちには会っていない。
少しだけ虚しいような気分をごまかすように、本屋に行ったりアニメを見たりと自分の時間を過ごしていた。
そんなことをしているうちに数日が過ぎた。学校に来る後藤の顔色は、あまり良いとは言えなかった。いつも陰気な表情をしている彼女だから分かりづらいが、何かしら悩みを抱えているらしい、ということは分かった。
無理に関わりすぎるのは良くない。そうは思っていても、後藤の様子を見ていると居ても立っても居られないような気分になっていた。
「後藤。練習は順調か?」
「あ、はい。虹夏ちゃんもリョウさんも喜多ちゃんも、頑張ってます」
「その割に浮かない顔だな」
「……」
後藤はわずかに考えるように黙ったかと思うと、やがてポツポツと話し始めた。
「み、みんな、店長さんに成長を見せつけるんだって頑張ってます。でも、成長って言っても何かが決定的に変わったような気はしなくて。たしかに演奏は少しは上手くなっているかもしれないけど、結局オーディションで何を見せればいいのか、一週間で何ができるのか、分からないなって思って」
ああ、やっぱり後藤は俺と同じ、いろいろなことを考えてしまうタイプの人間だ。
頑張れ、上手くなれ、合格しろ。そう言われても、その意味について、具体的に考えてしまう。
きっと、何かに熱中していても同時にそんな自分を冷静に見つめることができてしまうのだろう。
少し考えてから、俺は俺なりの考え方を伝えることにした。
「──俺が思うに、成長なんていうのはあやふやな言葉で、その実態は多分頑張ったなっていう自己満足なんだと思う」
頑張ったら必ず成果が出るなんて嘘だ。だから、頑張る意味なんてない。そうやって諦めるのは簡単だ。
「でも、成果を出すためには頑張るしかないっていうのもまた真実だ。言葉をこねくり回して、諦観や虚無感をこねくり回しても結果は変わらない。だから、本気でやりたいって思ったものには、がむしゃらに、たとえカッコ悪くても頑張るしかないんだと思う」
「ひ、比企谷さんにしては珍しく前向きな意見ですね」
「そうか? ……後藤は、バンド活動で何がやりたいと思っているんだ」
大事なのはモチベーション、動機だ。義務感や責任感で頑張るのは限界がある。頑張る理由は、自分の内側から探すのが一番良い。
「わ、私は……別に、立派な目標なんてないですよ。ただ、チヤホヤされたいとか、そういう自分勝手な理由があるだけです」
「別にいいじゃねえか。チヤホヤされる。理由としては十分だ。でも、多分お前はそれだけじゃないんだろう?」
最初は成り行きだったのかもしれない。公園でたまたま伊地知先輩に声をかけられて、そのまま初ライブして。
その後彼女らと交流していくうちに、後藤にとって結束バンドは大切なものになっているようだった。ただバンド活動したいからではなく、人と関わりたいからではなく、結束バンドだからこそ、彼女は慣れないバイトをして、人前に立って、頑張ろうとしているのではないだろうか。
「他のメンバーと話してみて、自分にとって結束バンドってなんなのか改めて考えてみたらどうだ?」
「結束バンドが……?」
何か考える後藤。
きっと、彼女なら答えを出せる。そう信じて俺は彼女との会話を終わらせた。
彼女がどんな風に決意を固めたのか。俺はそれを、オーディションでの演奏で見せつけられることになった。