ぼっち・と・ぼっち! 作:承認欲求モンスター
オーディションの場は、俺が今まで経験したことがないような緊張感に包まれていた。
結束バンドの準備を待っている俺は、店長、そして名前も知らぬPAさんと一緒にいた。
「店長。本当にオーディションなんてやって結束バンドを出すか決めるんですか? 本当は妹さんが自分のライブハウスでライブやる姿を見たいんですよね?」
「あんま余計なこと言うなって言っただろ。それに、結束バンドの演奏がダメだったなら本当にライブには出さない。……そんなの、どっちにしても良い結果にならない」
ああ、やっぱりこの人はシスコンだな、と安心する。結局のところ、彼女は心配なのだ。結束バンドが、彼女たちがバンドとしてやっていけるのか。決して甘くない世界で自分たちの音楽を続けることができるのか。
「比企谷さん、あんまり店長をいじめてあげないでください。これでも今から始まるオーディションにまるで自分のことのように緊張してるんですから」
「お前も余計なこと言うな!」
俺たちの会話を聞いていたPAさんがおっとりした口調で言う。
黒髪に優し気な顔は、見るものを安心させるようだ。しかし、よく見ると耳にはピアスがびっちり入っていて、黒髪の内側は紫色に染まっている。
正直、怖い。大人しそうな見た目とゴリゴリに開けたピアスのギャップが怖い。話してみると普通に優しいのに、よく見たらちゃんと怖い人なのマジ怖い。
平静を装って話しているが、どんな本性を持っているのかとびくびくしながら接している。
……この人、まさにライブハウスの店員って感じだな。
結束バンドの奴らとかと接していると麻痺するが、そもそもライブハウス自体アウトローというか学歴社会から抜け出した人間の居場所ともなる場所だった。こういう人も多いのだろう。
「あ、はい。大人しくオーディション見ます」
不覚にも後藤みたいな話し方になってしまう俺。それを見たPAさんは、本心を読ませないような笑みを浮かべた。
やがて結束バンドの面々がステージに出てきて、機材の準備を始める。彼女らの表情は硬い。当然と言えば当然だが、しかし演奏するのにやや支障が出そうなほど緊張しているように見えた。
「大丈夫か……?」
思わず呟くが、今の彼女たちに直接声をかけるわけにもいかない。俺にできるのは見ていることだけだ。
やがて準備が整ったらしい結束バンドは、こちらに緊張した顔を向けた。
「あ……け、結束バンドです! えと……オリジナル曲の『ギターと孤独と蒼い惑星』、やります!」
伊地知先輩がステッキを叩く。乾いた木の音が四度響いた後、演奏が始まった。
「……」
息の合った音が耳に入ってくる。
しかし審査をする店長の目は鋭い。PAさんは、相変わらず何を考えているのか分からないニコニコ笑顔だ。
ギターの音色が心地よい。それを支えるベース、ドラムがリズムを作る。
何よりも、歌詞だ。俺は歌のフレーズに引き込まれていて、それどころではなかった。
後藤の書いたという歌詞は、孤独に生きるものの叫びを代弁してくれているようだった。
己と違う、明るい世界。リア充の、陽キャの、高校生への違和。それらを荒々しく歌い上げる喜多という陽キャの中の陽キャ。
ああ、これが結束バンドの個性か、と納得させられる。
違う個性を持った人間が集まって、曲を作って、演奏して、それがバンドの色になっている。
ああ、今まで俺自身が触れてこなかったから分からなかったが、バンドというのは存外陰キャにとって良いものなのかもしれない。
違うこと、特異であることが武器になる。
個性を強調することこそが、自分たちの音楽になる。
それは、学校や社会という窮屈な居場所よりもずっと良いものに見えた。
物思いに耽る俺を置いていくように、彼女たちの歌はサビに突入する。
足りない足りない、と歌う喜多の横、俯き加減に演奏する後藤の様子が何か変わった。どこが、とハッキリ言えるほど詳しくはないが、それでも彼女の纏う雰囲気が変わったことだけは分かる。
魅せられる。見入ってしまう。
黒いギターを夢中でかき鳴らす後藤の姿は、まるで自分はこれでいいのだと主張しているようですらあった。
やがて音が静かになっていく。山田先輩と伊地知先輩が目を合わせて、タイミングを合わせて曲を終わらせる。
演奏を終えた結束バンドの面々は、疲労から少し頬を上気させながらこちらを見つめていた。
相変わらずの無表情でそれを見ていた店長が、口を開いた。
「うん、結構いいんじゃないか」
全員の表情が、ぱっと明るくなる。
「と、言いたいところだけど」
そう言いながら、店長は冷静に結束バンド一人一人の欠点を指摘し始めた。指摘を受けるたびに目線を落とす彼女たち。
そして最後に、少し目線を逸らしながらこう付け加えた。
「……まあでも、お前らがどういうバンドなのかは分かったよ」
「あ……ありがとうございます」
伊地知先輩がうつむきながら答える。
「え? なんでそんな返事なの? ここ喜ぶとこだよ」
「……え?」
……ああ、また店長のツンデレが発動している。俺にはなんとなく分かってしまった。
「店長、合格ならハッキリ合格って言ったらどうですか?」
「……え? だからそう言ってるじゃん」
その途端、結束バンドの表情が一斉に明るくなった。
念願の合格をもぎ取った彼女たちが湧き立つ。
「もう! お姉ちゃん分かりづらすぎ!」
「まあ、私は分かってたけどね。なんなら次の曲のことを考えてた」
「やったね、後藤さん!」
喜多が後藤の元に駆け寄り手を取る。
最初は喜んだ顔でそれを受け入れていた後藤だったが、急に彼女の表情が変わる。
「すっ、すいません喜多さん……慣れないことしたから……胃酸が……」
端っこの方に駆け込んだ後藤が、ダムの放流のような嘔吐を始めた。
「ご、後藤さーん!?」
「……」
何か見てはいけないものを見ている気がして、俺はそっと目を逸らした。
「後藤、お疲れさん」
「あ、比企谷さん。お疲れです」
ぺこりと頭を下げてくる後藤。
「オーディション、合格で良かったな」
「は、はい……それに、私も前よりもバンドをする理由がハッキリした気がします。……比企谷さんと話していると、不思議と自分の気持ちに整理がつけやすくなりますね。ありがとうございます」
「……そんなに感謝されるほどのことはできてないぞ」
今日のオーディションを見て、俺は改めて後藤のことが分かった気がした。こいつは、見た目よりもずっと強い人間だ。
俯いて現実から逃げているだけじゃない。俯いたままでも自分を、唯一無二の自己を主張している。
「気づいたんだ。お前には、実は俺の言葉なんて必要なかったこと。そんなものなくたって、お前はきっと立ち上がって、結束バンドの仲間と協力して、成功していったんだろうなって」
ああ、これは俺の嫌いな無意味な言葉だ。自分の感情を他人に押し付けるだけの感傷。
これ以上言い募るのはやめだ。率直に、自分の想いを伝えなければ。
「俺は、お前の演奏が好きだった。細かいことは俺には分からなかったけど、弾き方とか、弾く姿勢とか、伝わってくるものとか、そういうものが好きだった。お前の作った歌詞が好きだった。歌のワンフレーズワンフレーズが、まるで俺を、ぼっちを掬い上げてくれるようだった。……ああ、やっぱり言葉にするとうまくいかないな。──とにかく、俺は舞台に立っているお前が好きだったんだ」
自分でも分からない言葉をまとめて、後藤の様子を見る。彼女の顔──見たこともないくらいに真っ赤だった。
「あっ……うあっ……へ……」
「……あれ、俺そんな恥ずかしいこと言ったか?」
いや、思い返せば結構言ってたかもしれない。
「あああああ、ありがとうございます! その……比企谷さんにそう言われるのは、とても嬉しいです」
後藤の慌てた様子に、俺の頬までほんのりと温かくなってしまう。ほんの少し、胸の鼓動が早くなる。
「……」
沈黙。お互いに顔を見れない。鼓動は早くなる一方だ。
──俺は、自分の中に芽生えた後藤に対する感情に名前をつけかねていた。
一週間更新はおしまいだと思います