ぼっち・と・ぼっち!   作:承認欲求モンスター

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お久しぶりです


ダメな大人とダメなぼっち

「たすけてください。のるま5枚」

 

 休日、家でゴロゴロしていた俺に届いたロインは、後藤からの悲痛なSOSだった。

 おそらく、ライブのチケットノルマのことだろう。結束バンドが初ライブをできるということで、後藤たちは一人五枚のチケットをさばかないといけないらしい。

 そういえば彼女は、チケットノルマの話を聞いた時に凄まじい表情をしていたな。

 

 なんと返そうか。俺も結局ぼっちなので、人数を集めるのは役に立ちそうにないんだが。

 少し考えてから、メッセージを返す。

 

「今どこにいるんだ?」

「地元です」

 

 神奈川とは遠いな。とは言っても行けない距離じゃない。

 

「手伝う」

「たすけてくれるんですか……? もしかして私の代わりにノルマ5枚さばいてくれますか? あっ、ライブに来るのはできれば優しそうな人がいいです。私が下手くそな演奏しても許してくれる人。あっでもあんまり陽キャっぽい人はちょっと」

「お前やっぱ図々しいな……」

 

 メッセージでやり取りをしているだけなのに、彼女のどもった声が聞こえてくるようだった。

 

 

――

 

 GPSを頼りに知らない道を歩いていると、後藤から俺を案内するメッセージが届く。

 

「――そこのローソンの脇の公園です。人がいないので落ち着く場所です。うみがきれい。のるまは5枚」

 

 知らんわ。自由律俳句みたいなメッセージが返ってきたのを確認して、見知らぬ道を歩く。

 海の近くを歩いているので、潮の香りがわずかに鼻に届く。

 

 しかし、この俺がわざわざ休日に外出までするとは、少々感情に引っ張られすぎだろうか。俺らしくもない。

 あのオーディションを見て以来、俺の中での後藤の見え方が変わった。

 

 今までは、まるで出来の悪い妹でも見ているような気分だったのかもしれない。俺と似たボッチで、俺よりも変な奴。

 そう、舐めていた。悪い言い方をすれば、下に見ていたのかもしれない。

 

 それが覆された。

 あの時、自分の生き方はこうなんだと示すようにギターをかき鳴らした彼女は、俺なんかよりずっと堂々としていた。

 惹かれている、のかもしれない。しかしそれを恋と安易に定義するのは抵抗感がある。

 憧れ、の方が近いのかもしれない。後藤にそんな思いを持ったなんて、俺のプライドが反射的に否定しそうになる。けれどあの時の彼女はたしかにカッコよくて……

 

 ぴろん、と気が抜けるような音がする。スマホを見ると、後藤からの新着メッセージが来ていた。

 

「なんだよ、もう着くって……」

 

 メッセージはたったの4文字だった。

 

「たすけて」

 

 だから手伝うって言ってるだろ。

 そう思ってると、次のメッセージが届く。

 

「この人こわいです。たすけて」

 

 何があった?

 不穏なメッセージに、一瞬で思考が脳内を駆け巡る。後藤は人のいない公園にいると言っていた。

 加えて、彼女はよく見るとかなり整った顔をしている。野暮ったいジャージ姿に騙されがちだが、街中で前髪を上げれば人の目を引くほどだろう。

 

 もしかして、ガラの悪い男に絡まれているのだろうか。

 だとすればマズい。ただでさえ人が苦手な後藤がそんなイベントに耐えられるとは思えない。

 

「っ」

 

 自分の想像が当たっているとも限らない。しかし俺は、その場から駆け出した。

 手に持つスマホに110と打ち込む。何かあったらすぐに通報する。

 

 後藤の姿が見える。すると、彼女を引き留めるように立っている女の人の姿が見えた。

 

 やや声を大きくして、俺は問いかけた。

 

「あの! なにしてるんですか?」

 

 後藤がこちらを向く。その顔は――案外余裕があって、俺は胸をなでおろした。

 

「あれえ、ひとりちゃんのお友達?」

 

 ふらふら、と後藤と一緒にいた女の人が俺に近寄ってくる。細い目に赤い髪。

 ふわふわした表情は、あまり悪人には見えなかった。

 

 けれども。近づくと分かることがあった。

 

「うわっ、酒くさっ!」

「ちょっと! 女性に向かって開口一番くさいとは何事だあ! ほら、反省しろお」

 

 はあ、と女性が息を吐くと、生臭い匂いが鼻を蹂躙した。

 

「ちょ、なんでこんな昼間からこんなに酒臭いんですか!? 離れてください。ちょっ、近い近い!」

「ええー、もしかしてちょっと照れてる? 若いねえ! 何歳? お酒飲む?」

 

 女性はよく見るとやたら薄着だった。緑色のワンピースの下から肌色がちらちら覗く。言動は壊滅的な彼女だが容姿は魅力的だった。

 彼女が俺の肩をばんばんと叩く。

 

「お、お姉さん。あんまりそういうのはちょっと……比企谷さん困ってますから」

 

 後藤が弱々しく女性を制止する。気弱な彼女にしては珍しい言動に、俺は少し驚いた。

 

「あぁ、ごめんごめん。いたいけな少年の心を弄るのは良くないね、うん」

「いや、全然弄られてないですけど。酒臭いお姉さんの退廃的な魅力なんて微塵も感じてないですけど」

 

 願わくばもう少し近くで見たかった、とか全然思ってない。

 

「ひ、比企谷さん、今日は私のことを手伝ってくれるんですよね? 変なお姉さんにふらふらついていったりしないですよね?」

 

 後藤の目はいつもより真っ直ぐに俺を見ているように感じた。

 

「当たり前だ。俺の理想は俺をヒモにしてくれる女の人だ。こんな頼れなさそうな、むしろこっちにもたれかかってきそうな人はお断りだ」

「あれー? なんか私ディスられてる? ねえ、私たち初対面だったよね? なんかひどくなーい?」

 

 俺の言葉を非難するお姉さんには目もくれず、後藤は俺のことを真っ直ぐに見ていた。前髪の向こうの綺麗な瞳を直視すると動揺する。

 

 やがて後藤は、何事か考え込むように顎に手をあてた。彼女特有の独り言の際の早口が発動する。

 

「ヒモにしてくれる女の人……私は? 私は……むしろヒモになりたい、というか引きこもりになりそう……バンドで売れなかったら……いやでも比企谷さんは案外頭いいし、なんだかんだ働くんじゃ……ハッ! 私はいったい何を考えてるんだ!? ちがうちがう。全然そういうのじゃ」

 

 そんな不審な様子の後藤に、お姉さんは目の前まで行ってひらひらと手を振った。

 

「ひとりちゃーん? おーい。お酒飲んでる? ひとりでブツブツ言ってるの結構怖いよー?」

「いつものことですよ。こいつシラフで薬キメてるみたいな状態ですから」

 

 正直ヤバい時の言動はこの酔っ払いお姉さん以上だ。

 

「お姉さんはどうして後藤と一緒に?」

「私? きくりでいいよー。廣井きくり」

 

 廣井さんはずっとニコニコ笑っていた。

 

「……廣井さんはどうして後藤と一緒に?」

「ええー、照れてる?」

「いえ全然。酒臭いので離れてください」

 

 いやまじで酒の匂いがすごい。女の人は近づくといい匂いがすると漫画で学んだのだが……。

 

「私が酔ってたら介抱してくれてね。そこのコンビニでお水と酔い止めとしじみの味噌汁買ってきてくれたんだー」

「至れり尽くせりですね。ていうかそれ、絶対廣井さんが一方的に要求しただけでしょ。やってること強盗と変わりませんね」

「あれ? 初めて会ったのにやけに私の行動に詳しいね」

 

 廣井さんがどんな人間なのかは、ちょっと話しただけでだいたい分かってきた。

 この人はあれだ。ダメな大人の見本みたいな人だ。俺の親父もダメな大人の代表選手だったので、見覚えがある。

 

「それで、廣井さんはなんで後藤を引き留めていたんですか?」

「いやあ、なんかせっかく買ったギター売るって言ってたからさー。せめて楽しみが分かるまでは続けてみよーって言ってたんだ」

 

 少し衝撃を受けて、後藤の方を見る。

 彼女は俺の視線を受けるとそっと下を向いた。……コイツ、嘘ついたな。

 

「で、嘘だったわけですね」

「え? そうだったの? ひとりちゃん凄いね。流れるように嘘吐くじゃん」

 

 廣井さんの視線が向くと、後藤がさらに下を向く。

 

「で、二人はなんでこんな人気のない公園に? もしかしてデート前だった?」

「えっ!? いっ、いやそれは……」

「いや、違いますよ。後藤がノルマのチケットをさばかないといけないので、手伝いに来たんです」

「……」

 

 なぜかちょっと不満げな顔で俺を見る後藤。なぜだ。ちゃんと状況を説明しただろうが。

 

「チケットノルマかあ……懐かしい。私も苦労したなあ。よし分かった。ひとりちゃんのチケットノルマ、私が手伝ってあげよう!」

 

 おお、さっきまでただの酔っ払いだった廣井さんがちょっと頼もしく見える。

 後藤もそれを見て目を輝かせていた。

 

「か、買ってくれるってことですか?」

「いや、それはひとりちゃんの演奏を聴いてからだね。それよりも、お客さんを集めるべきでしょ。――だから、私と路上ライブしよっか」

 

 廣井さんの言葉に、後藤は大きく目を見開いた。

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