ぼっち・と・ぼっち! 作:承認欲求モンスター
「あ、あの……ちょっと待ってください」
「あ?」
予想外の言葉に驚きながら振り返ると、後藤は小さくヒイ、と鳴いた。
そんなに怯えるなら話しかけなきゃいいのに……。
しかし後藤は、青ざめながらも話を続けた。彼女としては、精一杯頑張ったのだろう。それは、震える足からも良く伝わって来た。
「そ、その……比企谷、さんはどうして友達がいないのに堂々としているんですか?」
「え、何? 喧嘩売られてる?」
俺はもしかしてボッチにボッチであることに喧嘩を売られたのだろうか。
「ち、ちがい、ます……! その、私も友達いなくて……人と話す時どうしても緊張して……そ、それで比企谷さんはどうしているのかなって……あ、すいませんすいません。失礼なこと言って。ごめんなさい」
「いや、失礼なのはさっきからだからもう気にしてないけどな……」
コイツ、頭の中で思っていることが口から出てくるタイプだな。
「あー、なんだ。俺も別にコミュニケーションが得意ってわけじゃないから、大したことは言えないぞ」
「あっ、それは分かってます」
急に真顔になる後藤。
「お、おう……」
「で、でも、なんていうか比企谷さんは私とは違う気がして。常に他の人に怯えてびくびくしている私とは違った態度に見えるんです」
後藤の瞳には、切実な光があった。
「……まあ、そうかもな」
小学校、中学校と人と関わって気づいたことがある。
「人なんてそう怯えるものじゃないと思ったんだ。信用できないから、最初から信じなければいい。距離を取ればいい」
「……さ、寂しくないんですか?」
後藤が胸の前で両手を合わせ、もじもじと動かす。
「いいや、全然。……っていうのは強がりかもしれないけどな。けど、一人だって存外楽しく過ごせる。アニメ見て、漫画読んで、ラノベ読んでれば幸せだからな。後藤には、楽しいことがないのか?」
「い、いえ……あります」
その言葉を言う時だけ、いつも伏せられている瞳は真っ直ぐにこちらを向いていた。
ああ、きっと彼女は、自分の譲れない何かを手に入れているのだろう。それはとてもいいことだ。
「だから、無理して友達を作ろうとする必要なんてないと思ってる。友達なんていなくても生きていけるし、楽しくやれる。友達といる方が楽しい奴はそうすればいい。俺だって好きにやるからな」
人間関係を多く持っていることが優れたことのように語られる社会など間違っている。学校などその際たる例で、やれグループを作れだの、やれ協力してやろうだのと好き勝手言ってくれる。
声がでかいのは友達がいっぱいいる奴で、その代表みたいな奴が教師という羊飼いをやっている。
「別に友達がいないからってあいつらより劣ってるわけじゃない。むしろ、ボッチの俺の方が優れているまである」
ボッチの優れた点は、友人関係に頭を使わない分自分のことをひたすら考えられることだ。友情の意義について。学校の存在意義とは何か。
時間だけは有り余っているから、人よりも深い思考ができる。きっと、後藤だってそうだ。
「……お、思ったより自信満々で、ビックリしました」
「そうだな。虚勢だけは誰にも負けないつもりだ」
「で、でも、私はそんな風に生きられないですね」
後藤はまるで諦めるみたいに下を向いた。
「ひ、人と話す時はいつだって下向いちゃうし、話そうとしても言葉が出ないし、どんくさいし……もう学校辞めたいって思って、でもそうなったらもうどうすればいいか分からないし、それで今日、たまたま比企谷さんと会ったから、つい話しかけちゃって……」
後藤はそこで、急にハッとしたように顔を上げた。
「あ、すいませんすいません。なんかずっと独り言漏らして、めんどくさいですよね。めんどくさい……そう、私はめんどくさい女。話しかけられたら舞い上がって自分の話ばかりしてドン引きされた過去を持つ女……うああ、フラッシュバックがあああああ!」
後藤は急に大声を上げたかと思うと、壁に頭を打ち付け始めた。
「おいやめろ! 黒歴史に悶絶する気持ちはよくわかるが、その勢いで頭打ってたら死ぬぞ!?」
俺は後藤の肩を掴むと、必死に壁から引きはがした。
黒歴史のフラッシュバック。それは時に周囲の状況一切を忘れさせてしまうような恐ろしいものだ。俺もよく中二の頃の記憶とか思い出して悶えるから分かる。
「まあ、なんだ。俺で良ければ話くらいなら聞けるぞ」
言ってから、自分の口からそんな言葉が出たことに驚いた。少し鳥肌が立つ。そんなの、俺の大嫌いな無責任に明るい言葉をかける奴らみたいだったからだ。
「え……?」
「別に助けようなんて高尚なこと思っちゃいない。ただ、お前が傷を舐めあって少しくらい楽になるならそれもいいかと思っただけだ」
俺も卑屈なボッチだ。彼女の悩みを解決する術なんて知るよしもない。それでも、高校入って1ヶ月で学校辞めたいなんて言い出す奴に、なにも言わずにはいられなかったのだ。
ああ、これはひょっとしたら俺が嫌悪する偽善というやつなのかもしれない。
相手を助けるため、なんて嘯いてその実自分が気持ち良くなりたいだけの、ひどい自己満足。
「な、なんで、そんなにしてくれるんですか」
「え?」
「ど、どうして、そんなにしてくれるんですか。わ、私なんてミジンコ以下のダメ人間なのに」
俯いてしまった彼女の瞳が隠れる。噛み締めた唇は震えている。
そんな彼女を前にして、俺は必死に思考を巡らした。やがて出てきた言葉は、自分として辛うじて納得できる理由だった。
「──お前のためじゃない」
「え?」
「お前は、昔の俺に似ているように見える。人に認められたくて、認められなくて、鬱屈した感情を抱えている。だから、俺がお前の状況を良くすることで俺は間接的に過去の自分を救うんだ。だから、お前にどれだけの価値があるかとかどんな人間かとか関係ない」
本当は、出来の悪い妹を見ているみたいだと思っただけだ。いや、妹の小町はこういう悩みとは無縁かもしれないが。とにかく、何かしなければという焦燥に駆られただけだ。
「……なんですかそれ」
「なんだろうな。俺にも分からん」
ただ、そう言わなければならない気がした。
「ふっ……あははははは! あははははは!」
後藤は、急にお腹を抱えて笑いだした。いつも俯いて陰気な表情をしている彼女の屈託のない笑顔なんて、初めて見た。忍び笑いとも呆れ笑いとも違うその顔を、俺は呆然と眺めていた。
「あははははは! はは! ハーッ……あーっはははは!」
「いや笑いすぎだろ!」
後藤はタガが外れたように笑い続けていた。瞳には涙が溜まっているし、膝をついて床をバンバンと叩き始めた。
「じゃ、じゃあ、比企谷さん」
「お、おう」
急に目を真っ直ぐに見てくるものだから、狼狽してしまった。真っ直ぐに見た後藤の顔は、思っていたよりもずっと綺麗だった。
「て、手始めに、私に友達を作ってください。十人くらい欲しいです!」
「すまん、無理だ」
「え……?」
後藤の体がピタリと固まる。瞳は濁り出し、まるで死んだ魚のように。……どことなく見覚えがある目だ。具体的には、自分の顔を鏡で見た時に。
「俺も友達いないし」
「そ、それはその、誰かに話しかけるとか……」
「俺が話しかけてもキモがられるか怖がられるだけだからな。無理だ」
クラスメイトに話しかけても、まともな会話にならないからな。
少し胸を張って言うと、後藤の体がしなしなと崩れ落ちた。
「た、頼む人を間違えた……」
後藤はへにゃりと倒れ込むと、四つん這いになって落ち込んだ。
「おう。ようやく気付いたか」
「……」
こちらを見上げる瞳が、恨めし気に俺を見る。オドオドしている普段の態度とは違って、意外と迫力がある。
「そっちの顔の方がマシだな」
少し笑って、俺は顔を逸らした。
──本当は、俺が友達になってやるなんて似合わないセリフを吐くつもりだった。
冷静になった今思い返せば、それはあまりにもこっぱずかしい。
しかしそんな俺のなけなしの度胸も、後藤の「友達が十人欲しい」という願いを聞いてどこかに吹き飛んでしまった。
というかコイツ、結構図々しいぞ……。