ぼっち・と・ぼっち!   作:承認欲求モンスター

3 / 16
黄色評価作品を見てくださりありがとうございます……


誘い

「うわああああああああああ! 私、なんか凄い図々しい奴だった気がするうううううううううううう!」

 

 自室の押入れの中で、後藤ひとりはまるで陸に打ち上がった魚のようにジッタンバッタンと跳ねていた。

 どたどたという騒がしい音は、薄い襖から漏れ出ている。狭くて暗い空間に、ピンク色のジャージが暴れ狂う。

 その顔は、元来の美しさを台無しにしてしまうほどの絶望的な表情を浮かべていた。

 

「なんだ友達十人って! どんだけ友達いっぱい欲しいんだ私はああああ!」

 

 一人反省会。それは、ボッチがまれに会話をした際に発生するレアイベントだ。

 前提として、ボッチが会話をうまくこなせることなどほぼない。

 当然だろう。普段から人と会話していないのだ。急にうまく会話しようとしても、それは普段海を泳ぐ魚に地面を走れと言うようなものだ。

 

 結果として、思い返してみればあまりにもひどい会話を繰り広げてしまう。言葉に詰まり、どもり、変なことを口走って、生温かい目を向けられる。

 そしてボッチは、ふとした時にそれを鮮明に思い出す。歩いている時。シャワーを浴びている時。寝床についたとき。

 そして、押入れで落ち着いた時。

 それらの恥ずかしい記憶はまるで巣に近づいた不届き者を見たミツバチのように一気呵成に襲い掛かり、その刺すような痛みに思わず奇声を上げてしまうのだ。

 

「ああああああああ!」

 

 思えば、初対面の人とあんなに話せたのは初めてで、あんなに饒舌になったのも初めてだ。

 おそらく、彼に対して親近感のようなものを持っていたのだろう。ひとりは羞恥心の中でそう自己分析した。彼の容貌は、ひとりにとって比較的話しやすい相手だった。それでも、話す時には吐きそうなほど緊張したが。

 

「でも、あの人変な人だったなあ」

 

 自分の奇行をいったん棚に上げて、ひとりは今日会話していた男子生徒のことを思い出していた。

 

 比企谷八幡。濁った瞳。気だるげに曲げられた猫背。しかしその言葉からは、彼の中に存在する独自の思考のようなものが感じ取れた。

 

「まあ教室で眺めている時からボッチだなって分かっていたけど……」

 

 自分以外にもボッチがいる。

 そう思って興味深く彼を観察するうちに、分かったことがある。

 

 自分によく似ている。

 けれど、何かが決定的に異なる。彼は、自分とは違って他人に怯えていない。どうしてだろう、と思って、らしくもなくひとりは今日彼に話しかけてしまったのだ。

 

「思えば私、なんであの時話しかけちゃったんだろう」

 

 自分でもびっくりだ。もう一度やろうとしても、多分無理だ。

 

「というか思い出すだけで無理だな……溶ける……」

 

 へろへろへろと、ひとりはその場に崩れ落ちた。

 羞恥と恐怖の熱に、彼女の脆弱な体は耐えられなかったのだ。うねうねと、まるで軟体動物のように動きながら独り言を続けるひとり。

 

「でも、なんかこれからもよろしくみたいなことになっちゃったな……」

 

 また話しかけなきゃ。……話してみたい。

 

「いや無理だって……いくら相手がボッチだからってこれ以上話せないって……ていうかあの人目が怖いし……」

 

 なんでこれからよろしくお願いしますみたいな空気出しちゃったんだろう。これじゃあ、これからクラスで話しかけないといけないじゃないか。ひとりの声をした軟体動物は、ひとりごちる。

 

「はあ……やっぱり友達は自分で作らないとなのかなあ。……ああ、学校辞めたいな」

 

 ひょこひょこと、飛び出したピンク髪が揺れる。無意味に体を揺らす。

 いつものネガティブな思想に囚われた時、彼女は今日かけられた言葉を思い出した。

 

『まあ、なんだ。俺で良ければ話くらいなら聞けるぞ』

 

 す、と彼女は座り直した。寝転がって、自己嫌悪に浸るのをやめた。

 

「……ギター弾こう」

 

 きっと彼女は、彼に言葉をかけられなくても同じ結論に辿り着けただろう。独りであることをどれだけ嘆いていても、彼女は一人で立てる。

 ただ、そこに少しの助けが加わっただけだ。

 

 

 ◇

 

 

「そうだ! バンドマンっぽい恰好をしてバンド好きに話しかけてもらえばいいんだ!」

 

 翌日、後藤ひとりの脳は閃いた。ギターの練習にのめり込み深夜まで起きていた彼女の頭は、だいぶ馬鹿になっていた。

 

「比企谷さんに頼らなくてもやれるってところを見せてやるんだ! むしろ友達を彼に紹介するくらいになってやる!」

 

 ひとりのバンドマンっぽい恰好には、やたらと気合が入っていた。有名バンドのTシャツ。腕にうざいほど巻き付けたリスト。バッグには所狭しとつけられた缶バッジ。トドメに、背中にはギターケース。誰がどう見ても完璧なバンド少女だ。

 彼女の頭の中には、完璧なイメージが構築されていた。ひとりは己の策の成功を信じて疑わなかった。

 

 その日の学校で、ひとりは勢い良く教室のドアを開けた。扉がバンッという音をたて、クラスの視線が入り口に集まった。

 

「……」

 

 しかし、スルー。明らかに異質な格好をしたひとりは、触れない方が良いものとして認識された。

 

「……あれ? まあいっか」

 

 まだ登校直後だ。焦らずとも時間はたっぷりある。

 遠くから比企谷八幡が呆れたような顔でそれを見ていた。

 

 

 少し時間が経つと視線が気になり、ジャージのチャックを上げる。派手な模様のバンドTシャツが隠れる。

 すごすごとリストを外してバッグに詰め込む。傍らに鎮座する大きなギターケースだけは、どこにも隠すことができなかった。

 自信に満ちていた顔がだんだん虚ろになっていき、やがてひとりはどんよりとした顔で机に突っ伏した。

 

 なんで誰も話しかけてくれないんだろう……。

 さっきまであんなに元気だったのに、今や見る影もない。浮かれていた朝とは別人のようだ。

 

 涙を流さずに泣いていると、そんな彼女の前に立つ一つの影があった。

 

「お前……ヤバイな」

 

 比企谷八幡は、もはや畏怖すら感じさせる口調でひとりに話しかけた。

 

「ぁい……?」

 

 言語能力すら失ったようにひとりは無気力な声を出した。目の前にいる人間が誰かすら認識できていないようだ。

 

「どう考えても引かれてたぞ?」

「ぐぼあっ!」

 

 ひとりの体がびくんと大きく震えた。見間違いでなければ、彼女の口端からは血が垂れている。

 彼女自身、薄々分かっていたことだ。深夜テンションが冷めたあたりから、あれ、これもしかしてやらかしたかなと思ってはいたのだ。

 

「あー、いや狙いは良かったと思うぞ? 趣味のあう人間を見つけ出そうとするのは友達探しの定石だからな」

 

 あんまりなひとりの様子に、彼にしても珍しく気づかわし気な声を出す。

 ちなみに彼自身も同じことを試したことはあるが、失敗している。学校にこれ見よがしにプリキュアグッズを持って行ってもドン引きされるだけだったのだ。

 

「うあ……気を遣われてるのが分かる……」

 

 ひとりは突っ伏したまま、額をテーブルにゴツゴツとぶつけ始めた。そのリズムは一定で、まるでドラムでも叩いているようだった。

 

「ヘッドバンキング……見た目通りにロックだな。音楽やってんのか?」

 

 比企谷八幡渾身のギャグも、今のひとりには届かない。

 どうしようコイツ、人の話聞かないタイプのボッチだ……。

 

「あ、あのっ、放課後……」

「え?」

 

 額で机を叩きながら、ひとりはぼそぼそと話し始めた。

 

「い、一緒に来てください」

「……あ、ああ」

 

 突然の誘いに、八幡は狼狽する。

 放課後一緒に。そんなのまるで、青春を謳歌するリア充高校生みたいだ。

 しかし、目の前にいる少女はかなり可愛い。暗い顔や変な顔ばかりしているので忘れがちだが、本来八幡が話そうとすればそれだけでどもってしまうような相手だ。

 

「こ、公園で、今日の反省会と対策会をします。ボッチ脱出会議です」

 

 色気の少しもない誘いだった。

 俺は別にそんなにボッチを脱出したいとは思っていないんだが……。そう思ったが、ずっと同じリズムで額を机に打ち付けているひとりが怖くて、口に出すことができなかった。

 

 

 

 

「あ! ギター!」

「……え?」

 

 二人で公園に行ったことが、ひとりの、そして八幡の運命を変えた。孤独な二人は、バンド活動などという全く縁のなかったことに巻き込まれることになる。

 

 




面白い、面白くなりそうと思えてもらえたら、登録や評価、感想をお願い致します。
落ちかけの執筆のモチベーションが上がります
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。