ぼっち・と・ぼっち! 作:承認欲求モンスター
公園までトボトボと歩く後藤と一緒に歩く。隣あって歩くわけでもなく、俺は彼女の後ろを歩く。微妙な距離感。友達未満の関係性は、ボッチ同士だからこそ形成されたものだろう。
昼間の公園には、ベンチに座る一人のサラリーマンがいる程度だった。ギターを背負った後藤は、それを一瞥するとブランコに無言で腰かけた。
「あの人も一人なのかなあ……」
急にぼそぼそと話し始めた後藤の視線を追うと、先ほど見かけた中年のサラリーマンがいた。少し俯いている姿は、落ち込んでいるように見えなくもない。
「きっと家に家族もなくて、帰ったら一人なんだ……一人……私と同じ……フフッ……」
なんか勝手に身の上話を妄想してる……。自分の世界に入ってしまうことは、後藤の癖のようだ。
これは俺の主観だが、ボッチは後藤のように想像力豊かな奴が多い。人が何を話すか、何を考えているか、どう思っているか深く考えてしまうからこそ、人間関係に臆病になったりする。
人の考えることがよくわかるならうまく人付き合いできるはずだろ、とツッコミが入りそうなところだが、人間関係を気楽にどんどん形成するのは、むしろ考えない方がうまくいくのではないかと思う。
つまりあれだ、ボッチの方が賢い、リア充は馬鹿ってことだな! ケッ、馬鹿は馬鹿どもでつるんでればいいんだ!
ハッ、いかん。気づけば俺まで自分の世界に入っていた。いつの間にか後藤はなぜか頭を抱えている。
ボッチが二人集まっても会話が形成されず、自分の考え事に没頭するばかり。こいつらに友達ができない理由がなんとなく分かる惨状だ。
しかし、そんなまとまりのないボッチ脱出会議に突然の闖入者が現れた。
「あ! ギター!」
突然声をかけてきたのは、黄色い髪をした元気そうな少女だった。
「わ、私!?」
後藤は一瞬俺の方を確認したかと思うと、すぐに自分の背負っているギターを再認識して、驚きに顔を染めた。
「はあ……はあ……あの! じつは今困ってることがあって! できれば聞いてほしいお願いなんだけど、でもどうしてもってわけじゃなくて……」
絶対めちゃくちゃ困ってるじゃん。
後藤はそんな様子の彼女を見て、ひどく落ち着かない様子だった。できることなら助けてあげたい。でも、自分に何ができるのか分からない。そんな顔だ。
「だから、もしあなたさえ良ければ」
「……ヒッ」
グッと近づいて来た黄色髪の女の子を前にして、後藤は小さく悲鳴をあげたかと思うと、俺の影にささっと隠れた。目の前の明るそうな少女よりも、俺の後ろにいたほうがまだましだと思ったようだ。
しかし少女は、その程度では諦めなかった。
「その、あなたからもお願いしてもらえませんか?」
黄色髪の少女のくりんとした大きな瞳が俺を見つめる。よく見れば可愛らしい顔立ちの少女だ。少し鼓動が早くなる。
視線を逸らしながら、俺は後藤の代わりに答えを告げた。
「アッ、あのちょっとそういうの受け付けてないっていうかなんていうか。サーセン……ッス」
ダメだった。というか、ここにいるのはボッチ二人。どちらが受け答えしてもロクな答えを言うことができないことに変わりはなかった。
黄色髪の彼女は一瞬俺を呆然と見つめたかと思うと、すぐに俺の後ろにいる後藤の方に呼びかけ始めた。
「あ、あの、じつはライブしたんだけどギターの子が逃げちゃって……だからお願い! 今日だけでも演奏してくれないかな?」
「えっ、あっ……」
「本当? ありがとう!」
「う、うわっ……まだ何も言ってな……」
後藤の言葉をどう勘違いしたのか、黄色髪の少女は後藤の腕をガッチリつかむと、勢い良く駆けだした。
「たっ、助けっ……!」
後藤が、俺に助けを求めるような目をしていた。少し、止めるべきか考える。
少し関わっただけだが、同じボッチのよしみだ。俺が多少強引に割り込めば、後藤を連れ去るくらいならできるかもしれない。
しかし、俺にはその行動が正解とは思えなかった。
……一見強引な誘いのように見えたが、後藤は本心ではどこか喜んでいるように見えた。
もしかしたら見間違いかもしれない。わずかに光る瞳や、少し伸びた背中。それら些細な変化が、彼女の内心を反映しているように思えたのだ。
それに、彼女は誰かと音楽の話をしたいから学校にギターまで持ち込んだのだろう。あわよくばバンドをしたい、とすら思っているかもしれない。
「……俺も行っていいか」
「え? あー、うん!」
自分の口から出た言葉にわずかに驚く。後藤のことを手助けできるかなんて分からない。ただ、ボッチが一人から二人になるだけ。
「比企谷さんも……来てくれるんですか?」
潤んだ後藤の瞳と目が合う。すぐに逸らされる目には、わずかな期待が混じっているようだった。
「ああ、行くよ。どこに行くか知らないけどな」
◇
やってきたのは、下北沢。古着や演劇、そしてアートなどのサブカルチャーを発信し続けるおしゃれな若者の街だ。
つまり、ボッチとは対極にあるような場所だ。
「うう……知らない場所、怖い……」
「……いけ好かない街だな。気取った奴らが自己顕示欲を解放してる空気。淀んでいる」
「君、かっこいいこと言おうとしてるけど声震えてるよ?」
……しまった。リア充高校生とは格が違う大人のリア充共を目にして、俺の中の反骨心が牙をむいてしまった。
「もおー! 下北は慣れてくると良い場所なんだからね! いいから着いてきて!」
「はっ、はい」
後藤は元気に言うと、俺の後ろにささっと隠れた。しかし黄色髪の少女は俺の体を回り込むように覗き込むと、後藤に話しかけた。
「私、伊地知虹夏って言うんだ。あなたは?」
「ご、後藤ひとりです」
「後藤さんかあ。あなたは?」
「ッス。比企谷ッス」
ボッチ二人の自己紹介はあんまりにもひどいものだったが、伊地知さんはあくまで明るい調子を崩さなかった。
「そっかあ、二人とも一年生かな?」
こくこくと二人して頷く。
「私は二年生だから、先輩だね。まあとはいっても別に遠慮とかいらないからね! バンドマンは自由奔放で大丈夫だよ!」
俺はバンドマンでもなんでもないんですが。しかし伊地知先輩はあくまでマイペースに話を続けた。
「今から行くのはSTARRYってライブハウスでね。私のお姉ちゃんが店長やってるんだあ」
「あっ、はい」
……まさかそんな陽キャの頂点みたいな場所に連れていかれるとは思ってもみなかった。今からでも後藤を引きずって去るべきだろうか。
ライブハウス。一度も入ったことがないが、俺のイメージは酒を片手にアホみたいに踊り狂う人々だ。陽キャを通り越してパリピの集まりだと言えよう。
「そんな場所に後藤を連れて行くのか? 大丈夫か?」
俺の後ろでぷるぷる震えている後藤が耐えられるとは思えないのだが。
「え? でもギター担いでるくらいだから慣れてるでしょ?」
「えっ? ……あっ、はい」
ああ、コイツ断れないタイプの陰キャだ。明らかにノーの雰囲気を出しつつ肯定する後藤を見て、俺は確信した。
ちなみに俺は、断れるタイプのボッチだ。掃除当番を変わってくれと言われても断り、委員会に参加してくれと言われても断り、体育祭の練習を真面目にやってくれと言われても断り続けた。おい、これじゃただのダメ人間だろ。
「さあ着いた! ここだよ!」
伊地知先輩が指さしたのは、地下へと続く階段だった。その先には簡素な作りのドアがある。
は、入りづらい……。普段行くようなカジュアルなチェーン店とは雰囲気が全く違う。アングラ、と形容すればいいだろうか。
しかし伊地知先輩は、まるで実家のように気楽な態度でドアを開けた。
ライブハウスに入ると、内部の雰囲気を感じるまでもなくこちらに声をかけてくる影があった。
「やっと帰って来た」
「リョウ!」
現れたのは、中性的な雰囲気を纏った少女だった。短く揃った青髪。どこかぼんやりとした目。ユニセックスなファッションは、下北沢を歩いていても違和感がないほど独特で魅力的だ。
「ギターの子捕まえてきたよ!」
「え? その目が死んでる男? 大丈夫なの?」
出会って早々に罵倒された。わりといつものことなのであまり気にしない。
けれど、彼女は別に俺を馬鹿にしているというわけではなく、単に思ったままを口にしているような雰囲気だった。
「違う違う! こっちのギター担いでる子に決まってるでしょ!」
「いや、そっちも目が死んでるんだけど」
どちらにせよ目が死んでいる。
「いいから、ライブに向けて合わせやろ? もう時間ないでしょ?」
青髪の少女は小さく頷くと、自分の楽器を取りに行った。話が早い。時間がなくて困っているらしい。
後藤はいざ音を合わせるとなると怯えるものかと思っていたが、意外なことに自信に満ちた表情をしていた。
常に自信なさそうな態度の彼女だが、どうやら自分の音楽には自信を持っているらしい。音楽についてはほとんど知らない俺でも、それくらいは分かった。
なし崩し的にセッションの場に連れてこられてた俺は、周りをきょろきょろ見渡す。
ギターを持つ後藤と向き合うように、青髪の少女──山田リョウ先輩がベースを持ち、奥にいる伊地知先輩がドラムを構えている。
少しすると、即興バンドの演奏が始まった。
少しすると演奏が終わり、三人が楽器から顔を上げる。伊地知先輩は真っ直ぐに後藤を見つめると、こう呟いた。
「ド下手だ……」
「……えっ?」
……うん、想像の数倍下手だった。