ぼっち・と・ぼっち!   作:承認欲求モンスター

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未だ彼はそれが何なのか知らない

「ド下手だ……」

 

 思わず漏れた、という伊地知先輩の言葉に、後藤はガーン、という擬音がつきそうな顔をしていた。

 

「あれ……なんで……」

 

 衝撃冷めやらぬ、という態度の後藤はいったん放置して、俺は伊地知先輩に話しかける。

 

「それで、どうするんですか? やっぱりライブ止めます?」

「え? なんで?」

 

 どうしてそんなことを言われたのか分からない、と言いたげに先輩は首をかしげた。

 

「いやだって、急遽連れてきたギターが下手だったんでしょ?」

「いや別に、下手でも大丈夫だよ? 一生懸命なのは伝わってきたし! ていうかうちのバンドの演奏、私の友達くらいしか見に来ないからね! 普通の女子高生に演奏の良し悪しなんて分からないって!」

 

 観客が聞いたら大ブーイングが起こりそうな言葉だった。

 

 しかし伊地知先輩は、初めて出会った後藤にもある程度の優しさをもって接してくれているようだった。

 こういう人は貴重だ。陰キャと見れば難癖つけて迫害してくるような人間ばっかりだからな。後藤は良い人との接点を持ったようだ。

 

 俺が伊地知先輩とそんな会話をしていると、後藤はなぜか地べたに横たわっていた。

 

「どうも、プランクトン後藤です……」

「売れない芸人みたいなの出てきた!」

 

 落ち込み方が独特すぎる……。

 しかし後藤的には本気で落ち込んでいるらしく、のそのそとゴミ箱の中に入って出てこなくなってしまった。……というか、女子高生がゴミ箱になんか入るな。汚かったらどうするんだ。

 

「お願い、出てきてよー! ライブ始まっちゃうよー!」

「む、無理です……! やっぱりライブなんてできないですよ! 演奏下手だし、MCできないし……そうだ、私がギターでハラキリショーすれば名前くらいは覚えてもらえますかね?」

 

 ド下手ですいませんッ! と腹を切る後藤の姿が幻視された。

 

「悪い意味で覚えられるだけだろ……」

 

 それこそ、売れない芸人の一発ギャグみたいなもんだ。バンドのことは覚えられず、後藤の奇行だけが記憶されることだろう。

 

 その後も彼女らは何回か問答をしたが、後藤はなかなかゴミ箱から出てくることはなかった。伊地知先輩の顔にも、わずかに焦りが見える。山田先輩は……相変わらず何考えてるか分からない。

 

 黙ってそれを眺めていた俺は、タイミングを見計らって口を開いた。

 

「なあ後藤。このままゴミ箱に籠ったままだったら、何が起こると思う?」

「えっ? その、ライブにでなくて済む……?」

 

 おずおずとゴミ箱から顔を出しながら、後藤は答えた。目線はひょこひょことせわしなく動き、質問の真意を考えているようだった。

 

「そうだな。それでその後、家に帰って何を考える?」

「さ、最初は安心して……でもその後ライブのことを思い出して、逃げ出したこと思い出して……後悔して……」

 

 ぴた、と後藤の動きが止まった。

 しばらくして、ゴミ箱がまるで壊れた洗濯機のようにガタガタッ! っと動き始めた。

 

「あばばばばばばばばばば!」

 

 ゴミ箱が暴れ狂う。横に倒れても関係ない。まるで高速で走る車のタイヤのように、ゴミ箱はゴロゴロと転がり始めた。

 

「ひとりちゃん!?」

「おお、これはロック」

 

 ロックなんでもありだな。

 ゴミ箱はしばらく部屋の中をゴロゴロと転がり続けていたが、やがて体力が尽きたのか動きを止めた。

 

「はぁ……はぁ……や、やっぱり後悔するのはいやです」

「結局何の話してたんだっけ?」

 

 倒れたゴミ箱の中から顔を出した後藤が意を決したように言ったが、伊地知先輩はもはや何の話をしていたのか覚えていなかった。あんなショッキングな光景を見せられたら当然だろう。

 

「で、でもやっぱりいきなりライブは怖いです……」

「じゃあ、これに入ってやれば?」

 

 山田先輩が持ってきたのは、大きな段ボールだった。表面に「完熟マンゴー」と書かれている。後藤はそれを受け取ると、その中にすっぽりと入った。

 

「お、おおー、家と似ていて安心します」

「どんな家住んでんの?」

 

 ゴミ箱に籠ったのも、狭い所が好きだからだろうか。

 ……まあ、ボッチ的に気持ちはわかる。狭い所、暗いところとはすなわち人がいないところ、人の視線がないところだ。普段人とつるまないボッチにとって、ホームとすら呼べよう。

 

「み、皆さん、下北盛り上げていきましょー!」

「急に元気になった……」

 

 ガタゴトと動く段ボール。喋る段ボール相手に観客は盛り上がれるだろうか……。

 

「そういえばひとりちゃんはライブの時どんな名前で呼べばいい? あだ名とかある?」

「ちゅ、中学ではおい、とかあの、とか呼ばれてました」

「それあだ名じゃない……」

 

 段ボールからのぞいた後藤の目は死んでいた。

 

「じゃあなんて呼ぼうか」

「陰キャに安易なあだ名をつけるのは危険ですよ」

「知っているのか、比企谷」

 

 山田先輩の声に応えるように、俺は前に出た。

 

「例えば陰キャにフレンドリーな名前をつけたとしましょう。『はっちゃん』とかそういうやつです。でも、呼ばれても無愛想で返事しないとかだとどうなると思います? 呼び方のカジュアルさに対してキャラがあってなくて、やがて『はっちゃん……さん……?』とか遠慮して呼ばれます。そうなると、惨めさだけが先行して逆に疎遠な感じになります」

「嫌なリアルさだね……」

 

 伊地知先輩は呆れたように俺を見ていたが、後藤は静かにコクコクとうなづいていた。

 

「距離を詰めるっていうのは伊地知先輩みたいな人にとっては簡単なことかもしれませんが、陰キャ、特にボッチにとっては困難で危険なことなんです」

「な、なるほど……あだ名つけるのも慎重にしないとだね……」

「ひとり……ボッチ……ぼっちちゃんはどう?」

 

 しかし俺たちの会話をボーっと眺めていた山田先輩が、一瞬であだ名を決めてしまった。……この人、空気が読めないっていうか読まない人だな。

 

「またデリケートなところを……!」

「あ、あだ名……! はい、ぼっちです!」

 

 段ボールから顔を出した後藤は、煌めくような笑顔だった。

 

「それでいいのか……?」

 

 

 

  

 結束バンドの初ライブを、俺は最後列で聴いていた。ライブハウス。初めて来たが、思っていたよりは居心地のよい場所だった。腹に響くような激しい音。音楽に乗る観客。熱狂を後ろで眺めていた俺は、それらすべてがよく感じられた。

 肝心の後藤たちの演奏は、お世辞にもうまいとは言えなかっただろう。素人の俺から見ても、音がバラバラだった。それでも、伊地知先輩の言う通り楽しく演奏しているのが伝わってきた。……段ボールの中にいた後藤がどんな表情をしているのかは、よく分からなかったが。 

 

 結束バンドの打ち上げを華麗に回避した後藤は、そのまま帰路につくようだった。

 俺は彼女とは少し時間をずらして帰ろうかと思ったが、少し話しておきたいことがあったので、夜の下北沢に出た後藤を追いかけやがて並び立った。

 

「後藤」

「あ、比企谷さん。ライブ見てくれてたんですね。ありがとうございます」

 

 後藤がお辞儀するように小さく首を下げた。

 

「別に感謝されるようなことじゃないだろ」

 

 俺がやりたくてやったことだ。

 後藤は少し首をかしげると、前を向いて歩き始めた。それをいいことに、俺はそっぽを向いたまま彼女に話しかけた。

 

「――正直言って、俺は最初バンドなんて陽キャのやることだって馬鹿にしてたんだ。友情ごっこの延長。モテるためにやってるだけ。そう決めつけて、見ようともしなかった」

 

 多分、俺がひねくれているからそう思っただけなのだろう。

 でも、今日は少し認識を改められた。

 

「ただ、お前たちは違うんだろうなって思った」

 

 こんなのは、俺の単なる思い込みかもしれない。もしかしたら結束バンドは数か月も持たずに解散して、彼女らは何もなかったかのように青春を謳歌しだすのかもしれない。それでも。

 彼女たちなら、俺の焦がれた「何か」になれるかもしれない。

 

「……それだけだ。陰ながら応援くらいするから、まあせいぜいバンド活動励めよ」

 

 自分の言いたいことが結局分からなくなり、俺は適当に言葉を締めてその場を去ろうとした。全く、これじゃあ俺のコミュ力は後藤以下だ。

 

 でもきっと、俺が彼女と関わるのもこれが最後だ。後藤ひとりなら、そしてあの優しい先輩たちがいれば、結束バンドはうまくやれるのだろう。

 

「ま、待って、ください」

 

 しかし後藤の震える言葉が聞こえるのと同時、俺の襟がぎゅう、と締まった。

 

「ぐえっ」

「あ、すいませんすいません!」

 

 後藤に後ろから襟をつかまれた俺は、危うく自分の服に絞殺されるところだった。

 

「で、でも。ここで止めなかったらなんかそのまま二度と関わらない雰囲気だったので……」

「なんでそんなこと分かったんだ?」

「わ、私、ぼっちなので……!」

 

 彼女は、今日つけられたあだ名を誇らしげに語った。

 

「あ、明日からも、一緒にSTARRYに来てください……!」

「……俺がいたって何もできないぞ」

 

 音楽なんてからっきしだし、バンドについては何も知らない。

 

「で、でも、私には必要なんです……!」

 

 彼女がどういう意味でそう言ったのは分からない。単に同族を見て親近感が湧いたのか、陰キャが一人じゃ心細かったのか、あるいは別の何かがあったのか。

 ――けれどそれは、俺にとって存外心地よいことだった。

 

「……ああ、分かったよ」

 

 せっかく間近で見せてくれるというのなら、存分に見届けよう。後藤ひとりの、そして結束バンドの行く末を。

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