ぼっち・と・ぼっち!   作:承認欲求モンスター

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初バイトのぼっち

 サイコロを利用したトークは、後藤がいかにヤバいボッチかを露呈させて進んでいった。

 ちなみに俺は、さっきのエピソードでドン引きされたのを反省して少し黙っていた。

 俺は空気が読めるボッチなのである。おい、本当に空気が読めたらボッチやってないだろ。

 

「――そういうわけでぼっちちゃん。バイト、しよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、後藤はきょとん、とした表情をしていた。

 

「……ぼっちちゃん?」

「――バイトっ!?」

「うわっ、ぼっちちゃん今日一声出たね」

 

 後藤の顔はまるで世界の終わりに直面したようだった。

 けれどそれも仕方ないことだろう。

 バイト。それはボッチにとってあまりにも苦行といえるものだろう。

 

「ぼっちとバイトは相性悪いですよ。俺なんて高校入って初めてやったバイトは一か月経たずにバックレましたから」

「それは比企谷君がクズなだけじゃないかな?」

「グッ……伊地知先輩って意外と口悪いですね」

 

 わりと思った通りをそのまま口にする人なんだろうか。

 さて、後藤はどうするのだろう、と思って彼女を見る。すると、その手元には豚の形をした貯金箱が鎮座していた。

 

「これは?」

「あっ、あのお母さんが私が結婚した時のために貯金してくれてて……これでバイトは勘弁してください!」

「そんな大事なお金受け取れないよ!?」

 

 伊地知先輩はビックリしながら拒絶していたが、山田先輩は真顔で貯金箱に手を伸ばしていた。

 

「ありがたく、いただきます」

「いただかない、いただかない」

 

 山田先輩の伸ばした手をパチッと叩く伊地知先輩。

 

「ば、バイト……目が合わない……炎上……死刑……」

 

 ブツブツ呟く後藤の目がぐるぐると回っている。コイツはいったい何を考えているのだろうか。

 

「ぼっちちゃん! 大丈夫。ここで私たちと一緒に働こ!」

「私たちもサポートするから安心していい」

「みんな……」

 

 相変わらず、後藤は人間関係に恵まれたな。そんなことをボーっと考えながら聞いていたら、いつの間にか矛先が俺に向いていた。

 

「じゃあ比企谷君も、ぼっちちゃんのフォローよろしくね」

「え? ……俺ですか!?」

 

 伊地知先輩たちがどうにかするものだと思ってたから、すっかり気を抜いていた。

 

「いやでもさっき言ったように俺バイトした経験ほぼないですよ? 何もフォローできないっていうか……」

「でもぼっちちゃんよりはマシでしょ」

 

 何を根拠に……?

 なおも反論しようとした俺だったが、チラと後藤の様子を確認して口を閉じた。

 

 伏せがちな瞳は確かに俺を捉えていて、様子を伺っていた。

 バイト先にボッチ仲間が欲しい。そう語っているようだった。

 

「……わかりましたよ」

 

 結束バンドの活躍を見たいと願ったのは俺だ。願われるなら、こういう方法で関わるのも悪くないだろう。

 ホッとしたような表情を見せた後藤を横目に見て、俺はそんなことを思っていた。

 

 

 

 

 STARRYから出た後に、俺と後藤は並び立って歩いていた。しかしお互いに無言だ。

 沈黙に耐えかねて、というわけでもないが、俺は後藤に話しかけた。

 

「なあお前、バイトさぼろうとしてるだろ」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、後藤はピタッと立ち止まった。ぎこちなく、錆びた機械のような所作でこちらを向く。その顔は、冷や汗がダラダラと流れている。

 

「ソ、そんなことないですよ」

「じゃあお前、バイト前日に何する?」

「えっとそれは、氷をいっぱい買って、お風呂に浮かべて、20分くらい入って、あとは扇風機で……」

「風邪ひいてサボるとか小学生の発想だな」

「グハッ……」

 

 後藤は胸を抑えると、ガクッと倒れ込んだ。夜道に一人倒れ込む後藤の姿はあまりにも奇怪だったが、本人は気にしている様子はない。

 

「分かってるんですよ……最低な発想だなって……でも、怖くて……」

 

 言葉には、存外深刻な響きがあった。どうやら彼女なりに悩んではいるようだ。

 

「まあ一日くらい休んだからって別に怒られはしないと思うぞ。ただ、俺の経験から一つ言えることがある」

「……そ、それは?」

「バイトの初日をサボると、そのあと行きづらくなって結局行かなくなる」

「あ、ありそう……」

 

 というか、あった。最初のバイトを二週間でやめて、その後のバイトは初日バックレてそのまま行かなかった。

 

「後藤は、先輩たちのこと嫌いじゃないんだろ?」

「そ、そうですね……好きです」

 

 ああ、そう言いきれるのなら、俺がとやかく言うまでもなかったかもしれない。

 

「前も言ったと思うけど、後悔しない方を選んだ方がいいと思うぞ」

 

 きっと彼女は俺と同じ、考えすぎてしまう人間だ。だから、バイトをサボった彼女が何を考えるのかはなんとなく分かる。

 

「……はい」

 

 

 

 

 そして来るバイト当日、後藤は普通に学校にきていた。

 放課後、どちらともなく連れたってSTARRYへ。

 下北沢に着いてから、後藤はずっと挙動不審だった。……いや、いつも挙動不審と言えばその通りだが、いつも以上にびくびくしている。そんなにバイトが怖いんだろうか。

 

「なあお前、大丈夫か?」

「だ、だだ大丈夫ですよっ、そう、私はできるぼっち。颯爽と接客をこなし、こなし……お客さんの前で固まって……」

 

 後藤がピタリと立ち止まる。ああまずい。これは自分の世界に入り込んでしばらく帰ってこないやつだ。

 

「あああ、撮影、拡散、炎上、死刑……!」

「おい、戻ってこい。バイト遅れるぞ」

 

 頭を抱えながらその場で立ち止まる後藤に、なすすべもなく立ち尽くす俺。

 

 ……まずいな。このままだと当初のバイト時間に間に合わない。そうなると後藤がバイトにいかない口実ができてしまう。

 

「ほら、行くぞ」

 

 やや迷ったのち、俺は後藤の手をがっしりと掴みバイト先へと歩き出した。

 意識しないようにしているのに、後藤の手の感触が伝わってくる。柔らかくて、自分の手とは比べ物にならないほどすべすべしている。

 

「ああ……バイト……炎上……不快にした罪……」

 

 しかし、後藤は俺と手を繋いでいる状況にすら気づいていないようだった。空を向きブツブツ呟く彼女。シチュエーションはそこそこロマンチックなのに、とても男女交際なんて意識できないようなひどい有様だ。

 結局のところ俺は、STARRYの中に入るまでずっと後藤と手を繋いだままだった。

 

「あ、ぼっちちゃん来た……ってええ! なんで二人手繋いでるの!?」

 

 入ってきた俺たちを見て最初に叫んだのは伊地知先輩だった。

 

「虹夏、気づかなかったの? 二人はもうずっと付き合っていて、深い絆で結ばれているんだよ」

「ええー!? そうだったの比企谷君!」

 

 山田先輩の適当な冗談に伊地知先輩がのっかてしまった。

 

「いやいや、そんなわけないでしょ。というか今の後藤の顔を見てくださいよ、どう考えても彼氏と一緒に歩いてきたって感じじゃないでしょ」

 

 後藤を指さす。彼女は天を向き虚ろな目をしていて、端的に言えばゾンビのようだった。

 

「シケイ、シケイ……」

「確かに……」

 

 そんな風に後藤の話をしていたが、彼女自身はまったくそれに気づいていないようだった。

 

「じゃあ比企谷君は、ぼっちちゃんどう思ってるの?」

「どうって……」

「短い間接しただけだけど、比企谷君って結構ぼっちちゃんのことよく見てるでしょ。だから、好きなのかなあって」

「……ハハッ、それはないですね」

 

 少しだけ考えるが、やはりない。

 

「でも、比企谷とぼっちは案外お似合いなんじゃない? なんか似てるし」

 

 山田先輩まで面白がってのってしまったので、俺ははっきりと否定することにした。

 

「それはないですね。まず、高校生の男女交際なんてものにどれほど価値がありますか?」

「……え?」

「恋愛なんて突き詰めれば子孫を残すための本能的な行動です。しかし高校生カップルが子どもを作る余裕なんてあるはずもなく、そして結婚まで至る例もほとんどありません」

「あ、あの……」

「言ってしまえばお遊びなんですよ。それなのに男女交際や接吻の経験がまるで男の勲章であるように持て囃され、ステータスとして扱われている現状には疑問を覚えます」

「いや、そういう……」

「そのことから、俺が高校生の男女交際なんていう紛い物みたいな関係性を構築することはまずありえないと言えるでしょう。分かりましたか?」

 

 完璧な論理だ、と思って満を持して伊地知先輩の顔を見るが、彼女は全く分かっていないような表情をしていた。

 

「全然分かんないよ! 比企谷君何言ってんの!?」

「比企谷、ぼっちが自分の世界に入ってる時みたいだったよ」

「えっ、それはすいません」

 

 後藤と似ていた、と言われて俺は素直に反省した。それはあんまりだと思ったからだ。

 




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