めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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いえーい。


一年前
寄生虫・山田リョウ


 

 

 

 高校から帰ってきた俺――前田一郎は、今日は借りてきた映画でも見ようと思っていた。

 海外出張で親のいない静かな家に「ただいま」と告げる。返答は無いけど、何故かやってしまうこの習慣は何だろうな。

 手を洗って、テレビの前に着く。

 そうして映画を見ようとした時、インターホンが鳴った。

 オートロックのマンション入口前を映す画面に、俺の部屋番号を押して通話してくる誰かが映し出されていた。

 

 ……何となく察しがつく。

 誰が来たのか。

 嫌な予感(・・・・)がしつつも、礼儀として応対する。

 

 

「今お金無いからご飯作って」

 

 

 少女が画面越しに希っている。

 襟足を短くした特徴的な青い髪をしていた。前髪の下で気怠げな瞳は緊張感が無く、金が無いという緊急事態における言動の割に落ち着いている印象を受ける。

 コイツは、山田リョウ。

 俺と同じ高校に通う同級生だ。

 校内では、あの陽キャの伊地知虹夏と関わっているところしか見た事がない。

 普段は浮世離れした感じがした神秘的なキャラなんだが……。

 若干、というか無表情なので全然キツそうには見えないが、よく見ると左右に小刻みに震えていた。

 今月に入って何度目かの光景だ。

 俺は嫌な気分になる。

 もういい加減にして欲しい。

 

「山田」

「うん」

「帰ってくれ」

「………?」

 

 きょとんとした顔で小首を傾げられた。

 至極真っ当な事を言った筈なんだけど理解されない。

 それどころか、未だに解錠されない扉と画面の方を交互に見ている。だから開けないって。

 

「週三で来るのやめてくれよ」

「大丈夫。言われた通りに来る頻度は減らした」

「週四から一回減らしただけじゃん」

 

 俺は怒鳴りそうになる声を抑えで訴えかける。

 親がいないからって気軽に家に上がって来るのをやめて欲しい。飯目的で夕方に来るのをやめて欲しい。

 この前なんてそれで……。

 

「週間で見れば一回、でも一月の通算で数えれば少なくとも四回は減らしている。これは骨身を削った立派な努力だと思う」

「面の皮が厚い」

 

 俺がそう言う間も、今か今かとマンション入口を見つめる瞳には、全く開けられる事への疑いが無い。

 どうして入れると思ってるんだろう。

 ただ、よく見れば傘を忘れたのか雨に濡れている。

 髪から水が滴り、ギターケースを守るように抱いているところからすると門前払いするのは逆に可哀想なのかもしれないが……。

 

 だめだ、考えると良心の呵責が聞こえてくる。

 

 仕方なく、俺は解錠ボタンを押した。

 扉が開くや否や、颯爽と山田はそちらへ進んだ。

 俺は玄関前の床に足拭き用と体や髪を拭く用のタオル、さらにスリッパを用意しておいた。

 これで良いだろう。

 後は両親に連絡でもして迎えに来て貰うんだ。

 長居なんて――絶ッッ対にさせない!飯を食う時間までには追い出してやる!

 

 そう思って山田を待って……待って……待っ………………………………………………………………………来なくね?

 

 俺の家は四階だけど、そう時間はかからない。

 ……まさか、途中の階段か何処かで足を滑らせた!?

 アイツはローファーを履いているが、水で濡れているとかなり滑りやすいし、このマンションの床との相性は最悪だ。

 滑って頭でも打って気絶してるんじゃ……大事だったらマズい!

 外に出て助けに行こうかと考えた時、スマホに着信が入った。

 

『もしもし』

 

 山田だった。

 

 

『君の部屋、何処だっけ』

「何回通ったら憶えるの、オマエ??」

 

 

 生きててよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ♪   ♪   ♪   ♪

 

 

 

 

 

 

 

 山田を家に上げて、彼女にタオルを差し出す。

 どれくらい濡れているのか、間近で確認してみるとシャツが透けるくらいには濡れていた。下の黒い長袖インナーが見えている。

 この様子だと中も濡れてるか。

 着換え……は体格的に山田と合わないしな。

 

「前田、シャワー借りていい?」

「えっ」

「ありがとう」

「何も言ってない」

 

 トコトコと脱衣所へ向かっていく。

 他人を意に介さないマイペースさは羨ましいが、友だちにはしたくないタイプだなぁ……とつくづく思う。

 まあ、元から友だちではない。

 今年に入ってから、こんな関係だ。

 友だちでもないし、クラスメイトでもなく、ただ同じ学校で同学年というだけでほとんど接点なんてまるで無い。

 

 ああ、あの時にコイツと遭遇してなければ……。

 

 そう思っていると、山田が風呂から出てきた。

 早い、あまりにも早すぎてカラスの行水かと思える速度だった。

 え、でも着替えはまだ用意してな――

 …………はっ!?

 

「それ、何着てんの?」

「前田のシャツ」

「いやいやいや」

「他に何も無かった。てっきり私にこれを着せたいのかと」

「意味わからん」

「ベースギター拭く用のタオルも欲しい」

「コイツ……………」

 

 おかしいよな。

 世話になっている人間の態度ではない。

 我が家も同然に寛ぐ姿に俺ですら錯覚しそうだが、コイツは山田であって前田ではない!!

 服が乾いたら一刻も早く退去して欲し…………待て。

 

「おい、山田。服は何処に」

「脱衣所に吊るして乾かしてある」

「え゛ッッ」

 

 俺は慌てて脱衣所の方へと走った。

 扉を開ければそこに――。

 

 

「ぎゃああああああああああ!!!」

 

 

 水の滴る女子の下着が紐で吊るしてあった。

 安心して欲しい。

 俺の絶叫は興奮ではなく恐怖に由来する物だ。普段は海外出張で男一人の生活をしているので、見慣れた脱衣所に女の子の下着が干してあったら普通にホラーな光景でしかない。

 俺の叫びにびくりとした山田がのそのそと俺の方へと歩き、後ろから脱衣所を覗いた。

 

「ごめん、床濡らして」

「そこじゃない!」

「……干し方?」

 

 俺は洗濯機の蓋を開けた。

 

「ここ入れとけ!乾燥機かけとくから!」

「うむ、任せた」

 

 え、あ、ちょ…………俺が声をかける前に山田は去っていく。

 俺に触れろと、アレに……?

 本人が許しているなら問題ないが、もう少し何ていうか生物学的にも考えて欲しい。……もう自分が何を言ってるか分からなくなってきた。

 俺は頭を空っぽにして、山田の下着を乾燥機にかけた。

 

 

 

 

 

 リビングに戻ると、山田がベースを弾いている。

 相変わらず、持っている時の姿は様になっていた。

 元々、校内でも少しだけ有名だ。

 他クラスで関わりがほとんど無い陰キャな俺ですら度々だが友人づてに名前を耳にする。

 中学の時は文化祭で何かやって話題になったらしいし…………まあ、とにかく知る人ぞ知る人。

 

「私のことは気にしないで」

「…………」

「いないものだと思って気軽に寛いで欲しい」

「何様だよマジで」

 

 面の皮が三枚くらい重厚なの装備してるな。

 どうやったら、ここまで図々しく育つんだ人って?

 さて、ヤツも寛いではいるが勘違いする前に言わなければならない事がある。

 

「あと三十分で乾くから、家に帰れよ」

「まだご飯食べてない」

「コイツ……!」

「それに、予報だとこれから明日まで更に雨が酷くなるって言ってた」

「そこは親に連絡――」

「雨が上がってから帰れば大丈夫」

「なおさら親――」

「大丈夫」

 

 コイツ、親を頼るのは頑なに避けるよな。

 でも勘弁して欲しい。

 この前は飯を食って寝呆けるコイツのスマホに着信が入り、画面に親らしき名前があったので勝手に応答したらメチャクチャご両親に警戒された。

 何でだよ、マジで俺が不憫。

 しかも、親を呼んだのかとジト目で山田本人にも睨まれたし何でだよ。ただ両親とは全然仲が良さそうだったので尚更なんで頼るの嫌なのか疑問だった。

 

 しかし、雨は酷くなるのか。

 明日までとなると、これは帰るのが益々……待て。

 

「泊まる気か?」

「うん」

「正気か?」

「親がいない上にご飯も出て、客(私)用の布団も用意してある。実質、ここは私の家では?」

「何様だ帰れコラ」

 

 思わず口汚く罵ってしまった。

 どうやったら帰ってくれるんだろうか。

 いや、もう考えるのがバカバカしく思えてきた。

 

「映画でも見るか」

「映画?」

「ああ。オマエが来なかったら一人で浸りながら観てた」

「何て映画?」

「『死霊の○らわた』」

「……SF?」

「この題名でSFが想像できる??」

 

 ギターを弾く手を止めて、山田も再生した映画を観る。

 ……まあ、これは題名から連想できると思うがホラーだ。しかもグロい系なので、正直に言って友だちと観る事はあまり推奨しない。……友だちそんないないけど。

 山田はもういない者として扱う。

 さあ、開幕……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 終盤になると、山田は俺の隣に移動していた。

 ベースギターで顔を隠し、テレビを自分から遮っている。

 片手はぷるぷると震えながら俺の腕を掴んでいた。

 地味に痛い。

 

「終わった?」

「案外ホラーって苦手?」

「グロいのはムリ。平然としてる前田もムリ」

「自然な流れで視聴者まで否定すな」

 

 エンドロールに入り、ようやく山田が顔を上げる。

 無表情で大体分かりにくいが、どうやら安堵している様子だった。

 時間は…………午後六時半。

 そろそろ俺も風呂に入って、飯を作るか。……面倒くさい。

 

「ピザ頼むか」

「前田が作らないの?」

「もう疲れたから作りたくない」

「分かった。私が今から一曲弾くから、そうすれば元気が出るはず」

「何処から出てくるのその自信……?」

 

 マイペースでポジティブ。

 なるほど、道理でコイツの相手が疲れるわけだ。

 もう耳栓がしたい。

 

「あー、もう……飯食ったら帰れよマジで」

「布団って何処だっけ」

「話聞けよ」

「明日には、ちゃんと帰る」

「今日を諦めるな。ご両親呼べって」

「……誰かに迷惑をかけたくはない」

「オイ。俺を見て言ってみろ、もう一度!!」

 

 俺は呆れながらもキッチンに立った。

 今日も作るか……悲しい事に、飯を作れば一人分も二人分もそう変わらないのである。

 だからといって、調子に乗られても困るんだが。

 

 そう、これは俺と俺の家に飯を食いに来る女の子――

 

 

「前田」

「ん?」

「先にお菓子食べてていい?」

 

 

 

 ―――みたいな寄生虫の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キミにきめた!(註:特にストーリーに反映はしません。アンケートを使った遊びです。)

  • 山田リョウ
  • 伊地知虹夏
  • 後藤ひとり
  • 喜多郁代
  • 後藤ふたり
  • 伊地知星歌
  • 廣井きくり
  • ジミヘン
  • ひとりのイマジナリーフレンド
  • アニメ6話のミディアムヘアモブの子
  • アニメ6話のロングヘアモブの子
  • その他

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