めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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壊れてしまった

 

 

 

 十月中旬になって外も涼しくなった。

 中間考査も終わって皆が一息ついている。

 その間も社会人は忙しいし、彼らに比べれば豆程度の辛酸しか味わっていないが、俺もバイトが再開になって疲れが溜まる時期だ。

 テスト期間中は一応勉強に専念した。

 バイト先に塾講師経験のある大人がいて、休憩時間にも教えてくれたのが成績的にも効果が大きい。

 

 それにしても、だ。

 

 テスト期間中は山田も家に来なかった。

 アイツが元から勉強に力を入れていないのは知っていたが、果たして今回は大丈夫だったのか。

 別に心配する仲でもないんだが。

 夜道を歩きながら、山田のことを考える。

 テスト勉強は虹夏さんが面倒見てるから、一緒に飯でも食えているんだろうし、健康面はおそらく大丈夫だ。

 しかし、連絡も特に無い。

 もしかして、死ん―――?

 

 

「あ、見つけたっ!」

 

 

 聞き慣れない調子の聞き覚えのある声がした。

 

 んっ?

 

 俺は自分の目を疑った。

 こちらに向けて駆けてくる影がある。

 見たことが無いくらいに輝く笑みで手を振る――山田の姿だった。

 きゃはは、と柄にもなく笑っている。

 ぞわりと体が総毛立つ。

 俺は今、この世で生きている限り見てはならない物の一端を目にしているのではないだろうか。

 

 山田……と思しき少女が傍まで来るなり、俺の片腕を抱いた。

 

「前田見ーっけ!」

「誰だよ」

「山田!山田リョウだよっ?」

「ホントに誰だよ」

 

 嘘だ。

 こんなのが山田の筈が無い。

 妙に動作もきゃぴきゃぴしてて怖い。

 俺が思わず戦慄に身を固めていると、山田らしき少女の後を追ってきたであろうもう一つの人影が現れる。

 顔を見ると、すぐ虹夏さんだと分かった。

 

「ちょ、リョウ!やめなって!?」

「久々の前田だー」

 

 虹夏さんが山田を引き剥がそうとする。

 だが、山田は抵抗を強めるように俺の腕を抱く力をより強めた。

 本当に何事なんだ。

 俺には一片も理解ができない。

 山田の頭を掴んで引き剥がそうと試み……あ、コイツ華奢で意外と力無い、コレ本気で突き放したら危な、怖いしやめよう。

 

「あの、虹夏さん。これは?」

「ごめん、コレ私のせい」

「何したんだよ」

「いやー……リョウも私のところでバイト始めたんだけどね、勉強との両立が難しかったみたいで、私が必死に詰め込もうとしたら壊れた……」

「壊れてるのか、コレ」

 

 眩しい笑顔だ。

 普段の山田とは違って表情筋が活きている。

 ただ通常時を知る者からすれば恐怖でしかない。

 触れられている部分に鳥肌が立ち、先刻から右半身だけ震えが止まらない。明らかに今の山田に対して体が拒絶反応を催していた。

 何でも良いから離れて欲しい。

 原因は一体何だ?

 

「それで、今は何してんの?」

「リョウを元に戻す為に色々と……」

「というと?」

「奢りで一緒にご飯食べたり、楽器屋巡ってベースに触らせて……コレでもかなり落ち着いたんだよ!?」

「あはは!前田も一緒に遊ぼ!」

「虹夏さんの努力の形跡が見受けられない」

 

 どう見ても落ち着いていない。

 頑張ってコレなのか。

 以前の山田に戻す……か。

 正直、俺の与り知らぬところで起きた事なら無視したいが、ここまで絡まれては逃げる気力も失せる。

 それに、さっきから虹夏さんの眼差しが明らかに助勢を乞うている。

 この山田を俺が正常に戻せるのか?

 もう、このままでも良い気がする。

 明るくて可愛い女の子、正直問題無さそうだぞ。

 しかし、道理で俺の家に来なかったワケだ。ここまで変異していたなら、寄生虫山田も人の家には寄生しなくなっても可怪しくはない。

 待てよ。

 これは俺にとって良いのでは。

 

「いっそ、このまま放置してみたら?」

「何で!?」

「こっちの方が可愛いと思うし」

「たしかにバイトでは助かるけど!!」

「あと、俺の家にも来なくなるし」

「絶対に二個目が目的でしょ!?」

 

 嫌だな。

 折角バイト終わって休めると思ったのに。

 すり寄ってくる山田に嫌気が差してきた。離れるつもりが無いようで、いよいよ俺にとってもかなり邪魔な存在になりつつある。

 このままでも問題アリなのか。

 諦めの境地に達した俺が嘆息すると、空いている片手を虹夏さんが握ってきた。

 

 

「お願い!助けて……私だけじゃ無理なの!」

 

 

 真っ直ぐ俺を見上げる綺麗な瞳。

 やるしかない。

 唐突にやる気が出てきた。

 

「俺にできる事があるなら」

「ありがとう、一郎くん!」

 

 虹夏さんの為にも頑張ろう。

 俺は隣の山田を一瞥し、覚悟を決めた。

 では、考えよう。

 山田が異常状態になった原因は二つだ。

 まず普段からやらない勉強に注力した事、そして他人にそれを強制された環境下で過ごした事だ。

 これが山田の精神を破壊してしまった。

 普段から勉強しろって話だけどな。

 

「そういえば、テストの結果は?」

「あ、赤点ギリギリ」

「なら、もう勉強はいいのか」

 

 もう勉強する必要は……無い、かも。

 少なくとも期末までまだ時間はある。

 今は勉強から山田を遠ざける事が最も重要だ。これですでに一つ目の要因によるストレスは解決されたと言える。

 次は、『他人に強制された環境』。

 山田の精神はこれに順応しようとして壊れた。

 正確には一つ目も重なった過負荷なのだが、一つが解消された今はこちらの解決が急務である。

 

「俺に策があるよ」

「ホントに!?」

「ああ。まず俺の家に向かい、着いたと同時に――呪文を唱える」

「呪文……?」

「それで決着はつくはずだ」

 

 虹夏さんに言うと、彼女が希望に満ちた眼差しで見上げてくる。

 ここまで親友に心配させるなんて。

 正気に戻ったら、山田に説教をくれてやろう。

 

 

 

「前田、何して遊ぼっか?」

 

 

 

 だから、それまで黙ってて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ♪    ♪    ♪    ♪

 

 

 

 

 

 俺は山田を引き連れて家に戻った。

 一緒に来た虹夏さんは始終不安げである。

 

「本当に治る?」

「俺の見立てが正しければ」

 

 俺だって不安だ。

 正直、確実性は無い。

 こんな山田を見るのは初めてだし、途中で投げ出したいくらいに面倒くさいというのが素直な感想だ。

 家に着いた山田が不思議そうに周囲を眺める。

 なぜ招かれたか、分からないようだ。

 

 よし、準備は整った。

 

 過度なストレスで壊れた山田。

 そんな彼女に必要なのは、休息である。

 勉強をしない。

 楽器に触れる。

 でも、それだけではダメだ。

 俺は山田の両肩に手を乗せ、彼女の耳元に顔を寄せる。

 山田が怪訝な顔で俺を見た。

 コイツの意識が俺に集中した――――ここだ。

 

 

 

「ここは親もいないし、気軽に寛げる。しかも今晩はハンバーグが出て、且つ俺のベッドまで使えて朝まで眠れる。――オマエは自由なんだ、山田」

 

 

 用意していた言葉を、ゆっくりと丁寧に伝わるよう話す。

 すると、山田の顔から――笑顔が消えていく。

 いつもの無表情に戻っていく。

 その変化を隣で具に見つめていた虹夏さんの表情に驚愕の色が滲んだ。

 

 山田がその場に膝を突いて床に倒れ伏す。

 表情どころか力まで抜けたようだ。

 顔色を悪くして、小刻みに震えながら救いを求めるように俺たちへと手を伸ばしてくる。

 

「な、何か、体中が痛い……」

 

 呆気に取られる虹夏さんが、錆びついた人形の如くにギギギと首から変な駆動音を立てて俺に振り返る。

 どうやら成功したようだ。

 俺は今の内に料理を進めようと、キッチンへと向かった。――が、肩を掴んで止められる。

 虹夏さんが俺と山田を交互に振り返った。

 

「いやいや、説明して!」

「ん?」

「どうしてリョウが戻ったの!?じ、呪文ってそもそも何!?」

「そんな特別な事はしてないぞ」

 

 説明しよう。

 

 山田を苛んでいたのは、山田自身だ。

 勉強しなくてはならない、その為に趣味を封じてひたすら勉強に打ち込む。それも自主的にではなく他人から強要された環境で、山田は壊れたのだ。

 ストレスで精神が崩れた。

 その時、山田は失ってしまったのだ――『自由』を。

 だから、いくらご飯を食べさせようが楽器に触れさせようが正常な状態に回帰しない。

 それもまた、虹夏さん……他人に連れられてやってきた事だ。

 

 そこに山田の意思が介在していない。

 

 ならば、一度手放すのだ。

 山田の悠々自適に過ごせる環境に放り出す。

 そこで山田自身が改めて『自由』を見つけ出せれば、直る。

 以前に言っていた。

 

『――実質、ここは私の家では?』

 

 アイツにとって、ここは自由な環境らしい。

 そこに投下し、あとは放置するだけ。

 飯を出して、悔しいがベッドさえ譲ればヤツは元通りになる――というのが俺の推測だった。

 

 結果を見れば、見事に的中している。

 

「な、なるほど」

「ああ」

「これって、つまりリョウは戻ったって事だよね!」

「うん、俺という名の犠牲で」

 

 我ながら捨て身の作戦だった。

 

「え、じゃあ何でリョウは瀕死なの?」

「我を忘れて動いた結果だ」

「テンションだけでこんな風になるの人って!?」

「よほど追い詰められてたんだな」

「ごめんリョウ!!」

 

 山田から視線を切って、改めてキッチンに向かう。

 ハンバーグって意外と時間かかるし。

 出来上がったとして、おそらく十時以降になってしまうだろう。かなり遅い晩飯になるがバイト後な上に山田はこの時間帯の食事は慣れてる……俺の家で。

 でも、問題は。

 

「虹夏さんはどうする?家まで送ろうか」

「あ、私も作るの手伝うよ」

「でも」

「リョウのアレは私の責任だしね」

 

 責任をしっかり取る。

 山田の口からは一度も聞いた覚えもない。

 頼もしくて胸に響く言葉が胸にじん、と沁みる。

 実際、虹夏さんは良い事をしただけだ。諸悪の根源は、日頃から勉学を疎かにし、勉強するだけで壊れた脆弱なアイツが全面的に悪いまである。

 期末前にまたこうならないと良いけど、きっと無理だな。

 

「じゃあ、ついでに虹夏さんも食べてく?」

「えっ?」

「もう家で晩飯用意してた?」

「あ、いや全然!いま家に連絡するね!」

 

 虹夏さんがスマホに高速で何かを入力している。

 よほど家族に心配をかけたくないのだろう。

 俺はキッチンに立って、早速ハンバーグ作りに取り掛かった。

 これで面倒事から解放……されはしないが、虹夏さんも落ち着けるようなので良しとしよう。

 

 二人で談笑しながら料理を進めていると、復活したであろう山田が床を這って現れる。

 その顔は、やはりいつも通りの無表情で。

 

 

 

「前田、ハンバーグまだ?」

 

 

 

 ――いつも通り図々しい寄生虫山田だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満腹になって、山田は機能を停止した。

 今はパジャマ姿の虹夏さんの膝枕で熟睡している。

 人騒がせな上に羨ましいことこの上ないヤロウだが、本人としては相当のエネルギーを消費していたようで、ベッドに行き着く間も無く倒れた程だ。

 実際、人の膝って寝にくいよな。

 男性だろうと女性だろうと硬いし、あと何気に位置が高くて首がツラい。

 一回、美智代さんやひとりがやってくれたけど寝るのは無理だった。……うん、ふたりくらいの高さが丁度いい。

 

「あははははっ!無理、お腹が……!」

「面白い?」

「うん、最高っ!あれ、これ何て映画だっけ」

「『ピン○パンサー』」

 

 抱腹絶倒の虹夏さんは疲れなんて感じない。

 今観ている映画『ピン○パンサー』だ。

 最初見た時から衝撃は凄まじく、シリーズ物だが一向に勢いが衰えたことはない。最初から最後まで笑わせてくれる。

 今日は色々疲れたので、何も考えずに観られる作品を選んだが、どうやら好評のようだ。

 

「あー、面白い。くふふ」

「お気に召したようで何より」

「……良いなぁ」

「ん?」

 

 虹夏さんが目尻の涙を拭って呟く。

 

「普段、こんな風にリョウと過ごしてるんでしょ」

「まあ、たしかに」

 

 良いかどうかはさておいて、大体こんな感じだ。

 風呂に入って飯を食って、映画を観る。

 山田が泊まる時は、お互い好きな時間に床に就くが、大体はしっかりと最後まで鑑賞したりするので解散が遅い時間になる。

 ……何気にシャワーを借りて、パジャマに着替えた虹夏さんも今日は泊まる予定らしい。許可してないんだけどな。

 

「一郎くん、甘すぎるよ」

「え?」

「リョウとは、どこで知り合ったの?」

「……元々同じ中学だったけど名前を耳にする程度でさ、顔を合わせたのは春休みが初めて」

「へー」

「それから……」

「それから?」

「……色々あって」

「その色々を知りたいよー!」

 

 虹夏さんが俺の袖を掴んでぐいぐいと引っ張る。

 別に話すことでもないしな。

 その割には話すと長くなるので『色々』に凝縮する……使い勝手のいい言葉だ。

 

「でも、ホントに甘やかしすぎ!」

「……そう?」

「私も何となく泊めちゃうの許してるし、普段のリョウだってそう。バイト尽くしなのにこうやって人の面倒まで見て、いつか体壊すよ?」

「まあ別に、いつ死んでも良いように生きてるし」

「…………」

 

 素直な気持ちを言葉にすると、虹夏さんが嬉しそうに目を細めた。

 ん、今喜べるポイントあったかな。

 

「でも、私は一郎くんが心配だな」

「……?」

「もっと楽しく生きて欲しい」

「生きて、欲しい?」

 

 そう思わせる価値が俺にあるのか?

 適当を言ってるんじゃないかと、若干疑心暗鬼になって虹夏さんを思わず睨んでしまう。

 すると、袖を引く手がそっと離れた。

 

「だから、本当に大変な時は私を頼ってね」

「…………」

「いつでも助けるから、絶対に」

 

 虹夏さんが真っ直ぐ俺を見て告げる。

 …………よく、分からない。

 ただ、虹夏さんの瞳は今まで見てきた人たちとは違う感情、いや予感を覚えた。

 この人に頼ったら、その時は終わり。

 別に虹夏さんが破滅に俺を導くんじゃなくて、一度彼女に寄りかかったらそのまま依存してしまう危険な香りがした。

 

 だから、堪える。

 

 胸の奥から出そうだった何かを押し殺す。

 

「まあ、もしもの時は」

「うん。絶対にだよ」

「た、多分」

「絶対にだよ」

「き、きっと」

「絶対」

「ぜ、絶対」

 

 虹夏さんが満面の笑みになった。

 天使っていうより、この人は麻薬な感じがするな。

 極力、虹夏さんには頼らず生きていこう。むしろ、彼女に頼られるくらいの人間になろう。

 

「でも、本当に心配だなー」

「ん?」

「だって、この調子だと一郎くんってば絶対にリョウ以外にも気を許して変な人を家に入れそう……」

「まさか」

 

 そんな事は絶対にない。

 山田は例外だ。

 コイツみたいに、出会って直ぐの他人を家に入れたりなんて――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少〜年〜!おねーさんはお腹が空いたよー!」

 

 

 

 クソ○ル中が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結束バンドの絞め具合はどれぐらいが丁度いい?

  • 血管止まるぐらいギッチギチに。
  • きらら風に緩く、弛んで。
  • 時に強くッ、時に優しく……。

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