「ねえ、一緒に食べない?」
昼休憩の時間だった。
教室を訪ねた虹夏さんから食事に誘われた。
その隣、ぼーっと草を食べようとする山田……の手を掴んで止めて、野草を無理やり取り上げてから俺のカバンに入っていたサンドイッチを代わりに口へ突っ込んでおく。
また余計な物を口にしようとしやがって。
十二月初旬だが、もう金欠なのか。
コイツ、いつも月末に小遣いが出ると言っていたのにそこから数日間で何に費やしたらそうなるのだ。
「節約しろって言ったろ」
「食費を節約してる」
「努力のベクトル間違えてるから。困ってても、もう飯出さねえぞ」
「その時は死因が前田になる」
「不吉なこと言うな」
本当に度し難いやつだ。
この世にこんな斬新な脅し方があるだろうか。
山田の相手はしてられん。
そういえば、昼食に誘われたんだった。
改めて虹夏さんに向き直ると、見開いた目で俺を見つめていた。
え、山田は虫だから草を食わせておけと?
意外と鬼畜だな。
「虹夏さん?」
「……ううん、仲良いんだなって」
「前田と私は以心伝心だから」
「俺の意思が伝わった記憶ないんだけど」
泊まるな、って言っても泊まるし。
今まで山田がド天然で鈍感だから俺がどれだけ嫌がっても伝わってないのかと思ったが、仮に本人の言葉通りに以心伝心ならガン無視を決めてたって話になる。
なるほど、処刑しかないな。
「俺も一緒に昼飯ってこと?」
「そう!一郎くんと仲良くなりたいし」
「……」
眼の前で虹夏さんの笑顔が弾ける。
それに見惚れていると袖を引かれた。山田が俺をジト目で睨め上げている。
気を悪くしたようだが、原因に皆目見当もつかない。
「何だよ」
「次のサンドイッチまだ?」
「もうあげません」
「ごちそうさまでした。……今日の私の食事、終わり」
「ッ黙って食え」
合掌して食後の礼をする山田の口に新たなサンドイッチ一切れを渡す。
嬉しそうに食べ始めた彼女にため息が出た。
今日の昼食はコイツに全て吸収されそうだ。
あれ?
そういえば、山田はいつも虹夏さんの手料理弁当を食べていると聞いたことがある。彼女と一緒なら、その弁当を貰えているのではないだろうか。
「虹夏さん、コイツって弁当は……?」
「今日、私が寝坊しちゃって」
「ああ、それで」
「私は購買でご飯買えたんだけど、リョウはお金が無いから……うぅ、ごめんねリョウ」
「いや、虹夏さんは悪くないでしょ」
「だから、前田のを貰いに来た」
ピースサインをしている山田の頭を掴んで揺らす。
飯を奪われた俺の気持ちを全く考えてないなコイツ。
何で悪びれもなく俺の飯を集りに来たんだ。
「わ、私は違うよ!普通に一郎くんとご飯したかっただけだから!」
「虹夏は前田目当てなの?」
「い、言い方!?」
よく分からないが、囂しいことこの上ない。
俺はカバンからサンドイッチを入れたパックを取り出して山田に渡す。
仕方ない、俺も購買で買って食べよう。
財布をポケットに入れつつ、何を買うか考えた。
「一郎くん?」
「俺、自分の分を買ってくるから。悪いけど、二人ともここで先に食べててくれ」
「買わなくていいよ、前田のサンドイッチあげるから」
「夜道に気をつけろよオマエ」
山田の性格は図々しいで形容できるレベルを超えた。
どうやっても俺の中の殺意を増幅させる。
最近はもう追っ払う事よりも、どうやったら社会の目を掻い潜って山田を始末できるかを思考している自分がいる。人には限度というものがある、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだ。
く、自分を抑えられない。
頼むから俺を犯罪者にしないでくれよ。
俺は二人に断って購買部へ向かった。
昼はあまり重たい物を食べたくないので、常にサンドイッチかパンにしている。
当初は弁当はコスト的にも優しいが、それをやると調子に乗って山田が自分の分も要求してきそうだからやめた。
でも、購買部より作る方が安い。
そこで結局サンドイッチやパンに妥協した。
妥協しても奪われる事はあるけど。
そんなわけで、いつもパンばかりを食べているから米付き生姜焼き弁当を購入した。
習慣を破るこの瞬間に異様な背徳感を覚える。
味をしめてまた買ってしまいそうだ。
教室へ戻れば、山田が話しかける虹夏さんの声にうんともすんとも言わずサンドイッチを食べるのに夢中になっている。
コイツ、少しは反応してやれよ……。
注意しようと後ろから声をかけようとして。
「ん、おかえり」
それより先に山田が振り返る。
「うわ、急に動いた」
「前田の気配はなんとなく分かる」
「どんな気配だよ」
「あったかくて大きい感じ……ロードハウナナフシみたいな」
「ロードハ……何て?」
「カッコいいナナフシ、昨日テレビで観た」
「またテキトー言いやがって」
どうせ、いつかのサウジアラビアの格闘技みたいに有りもしないヤツなんだろ。
そう思ってスマホで検索してみた。
ほら、やっぱりいな…………いたァ!!!?
え、凄……何これ。
黒光りするフォルムに、枝や葉に擬態する一般的なナナフシを想像していた俺からすれば、その色から鎧を連想してしまう肉厚な胴体もさることながら靭やかな足付きに思わず絶句する。
か、カッコいい……。
不思議な虫っているんだな、と素直に感心する。
いや、待てよ。
これのどこが俺なんだろうか。
大きいのは確かだが温かみを感じるかと言われると十中八九首をひねりたくなる。
ていうか、まず虫ってどういう事だよ。
こっちだってオマエの事を寄生虫扱いなんだが心外にも程がある。
「俺ってこんな風に見えてんのか」
「あまり気を落とさなくていいよ」
「……?」
「いま特に何も考えずに言ったから」
「この教室オマエの血で染めるぞ」
いかん、思わず物騒な発言をしてしまった。
虹夏さんに引かれてないかな……?
そう思い、ちらりと会話に入って来ない虹夏さんの方を盗み見ると、何だか寂しげな目で俺たちを見ていた。
いけない、ずっと放置されて困ってるんだ。
山田ごときに拘うとロクな事が無い。
「じゃあ、逆に虹夏さんはどんな気配だよ」
「虹夏……?」
「そう」
「いや、前田の気配しか分かんない」
俺限定で気配が捕捉できるのか。
なら、背後から奇襲を仕掛けるのは難しいな。山田を始末する時は、より慎重に手段を選ばないといけなくなる。
いや、違う。
今は虹夏さんに話を振らないと。
話題を探そうと彼女を見て……手元の弁当に視線を留める。
「あれ、虹夏さんも生姜焼き弁当?」
「………えっ、あ、うん!」
「俺も食べたくて買ったよ、それ」
「ほんと?もしかして、意外と好きな物とか同じだったりしてね」
「それだったら光栄だな」
「そう?えへへ」
虹夏さんが幸せそうに笑った。
俺なんかと同じと言われてこんな反応されたら好きになってしまう。
いや、もう好きだった。
「でも虹夏」
「ん?」
「前田は巨○好きだから」
「――――」
虹夏さんが固まった。
俺も固まった。
な、なな何を言ってるんだ。
第一、俺がいつそんな事を言って――その瞬間、思い当たる節があった。それは何ヶ月か前、映画ディスクを収納する棚から山田が俺の父の秘蔵物を発見した時のことだ。
あれの題名はたしか……。
「おい、山田それ違うから」
「でもDVDあったじゃん」
「あれは父親のだから。決して俺の趣味じゃないから」
虹夏さんがいるのに爆弾落としやがって。
そして、問題の虹夏さんは山田のトンデモ発言を耳にしてから真っ白になってしまった。
手を振っても名前を呼んでも反応は無い。
まるで、本当に死んでしまったかのようだ。
「ぷふっ、真っ白な虹夏とか傑作」
よし、山田――表出ろ。
今日は色々と散々だった。
なのに、山田は随分と涼しい顔をしている。
今もソファーに寛いで、俺の料理が完成するのを悠然と待機していた。少しは手伝って欲しいものだが、言っても無駄だろう。
今日はハム多めのデミグラスソースグラタンだ。
後は焼くだけである。
具材を詰め込んだ器をオーブントースターに入れて扉を閉める。後はアラームさえ鳴れば、美味しいグラタンの完成だ……山田の分の。どうやら本人曰くかなり空腹らしいので俺のは後回しだ。
俺の分を作っていると、山田が何か映画を再生し始めた。
内容は……映画『ヴィ○ット』だ。
「それ、かなり怖いぞ」
「そうなの?」
「オムツのシーンとか強烈だぞ」
「オムツ…………?」
アラームが鳴る。
俺は手袋を装着して熱々のグラタンを取り出し、下に布を敷いて山田の目の前の卓上に供した。
映画の雰囲気を壊さないよう静かに行動する。
間もなく俺のグラタンも完成し、山田の隣に座を占めて食事を始める。
静かで、少し暗くした居間。
画面の光が室内を仄かに照らすと、映画館に似た緊張感と迫力が少しだけ再現できる。
映画は中盤へと差し掛かっていく。
こういう映画『エ○ター』といい、正体を偽って侵入する存在の素性が判った瞬間の恐怖は凄まじい。
きゅ、と袖を引かれる。
見れば、山田の手だった。
びっくりした、こういう映画を見ている時に意識の外から接触されると思わず身構えそうになる。
食事の手も止めて、山田は見入っているようだ。
「前田、これはハッピーエンドで終わる?」
「観てれば分かる」
「バッドエンドなの?」
「不安なのは分かるけど静かに観てろって」
山田がネタバレを催促するので口を閉じる。
そんなハラハラドキドキを乗り越え、映画が終わると山田がぐったりとソファーに伸びていた。
うん、分かるよ。
こういうの見ると身近な人間疑いたくなるよな。
「オムツのシーン凄かった」
「だろ?」
山田も共感してくれたようだ。
俺は空になった器を下げる。
もう洗うのが面倒なので食洗機に突っ込んだ。自分で洗った方が速いのだが、もう今日は疲れたので機械に任せよう。
改めて山田の隣に戻ると、彼女は自分のお腹を擦っている。
「グラタン美味しかった」
「あっそ」
「次はシチューがいい」
「オマエのいない日にでも作るよ」
「じゃあ毎日来れば大丈夫なハズ」
「もう自分で作れ」
「前田のご飯が好きだから、自分のは別に」
そんな理由で執着されても困る。
俺がディスクなどを片付けていると、山田がソファーに寝そべる。
お腹いっぱいになって眠くなったのだろうか。
「前田」
「ん?」
「お昼ご飯の時、虹夏もいて楽しかった?」
「え、ああ、うん。そりゃ勿論」
「そっか」
山田が眠そうに目を細める。
「でも、私は前田と二人で食べるご飯が好き」
その言葉の後、寝息が聞こえ始める。
どうやらかなり限界だったようだ。
寝心地が良いのは分かるが、寝るならソファーではなくベッドか布団にして欲しい。……ああ、どうせベッドの方が良いんだろうな。
俺は山田を横抱きにして持ち上げ、自室のベッドに寝かせた。今夜は寒いらしいのでヒーターを付けておく。
「おやすみ」
♪ ♪ ♪ ♪
羨ましいって思わされた。
リョウと一郎くんが話しているのを見て、胸の内が嫌にジリジリとしているのが分かる。
一郎くんは気づいていない。
リョウを呼ぶ時の声の柔らかさが、クラスメイトや私の時とは少し違うことを。
リョウも気づいていない。
呼ばれた時に、応える声が微かに弾んでいることも。
私は、それを至近距離で見せつけられた。
別に二人は意図してやってるワケじゃない、普段通りに過ごしている。
だから――なおさら寂しくなった。
しかも、昼休憩が終わって二人で教室に戻る時だってそうだ。
「リョウって一郎くんのこと好き?」
思い切って訊いてみた。
リョウはそういうの素直に答えるか分からなかったけど、言わないなりに反応を示してくれると思った。
「前田は友だち」
「えー、ホントに?すっごく仲良いじゃん」
「うん。仲は良いと思う」
「それだけ〜?」
リョウの目が私を見た。
「前田を好きなのは虹夏でしょ」
その一言に体が凍りついた。
リョウは特に何とも思ってなさそうな顔だ。
やっぱり、一郎くんにそういう感情は持ってないんだろうな………て、そこじゃなくて!
ば、バレてたんだ……。
少し恥ずかしくていや、とかあの、とかつい口から変な動揺が漏れてしまう。
すると、リョウが私の肩にポンと手を置く。
「大丈夫。虹夏は可愛いから」
「えっ、あ、うん」
「前田も虹夏みたいな子好きだと思う」
「そ、そーかなー?……こ、告白したら付き合えるかな……?」
リョウが認めるなら、もしかしたらもしかして?
そんな風に胸の内で期待が膨らむ。
少しだけ踏み込んだ質問をした、もう好きだと自白しているようなものだけど。
その問に、リョウは少しだけ黙った。
それから。
「私は応援しないけど、頑張ればイケると思う」
ぴしり、と何処かで音がした。
それと同時に少しだけ可笑しくて笑ってしまう。
その言葉…………何だ、リョウだって白状してるも同然じゃん。
でも、そうだな、
私も……頑張ってみようかな。
早く登場して欲しいキャラクター
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喜多郁代
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喜多ちゃん
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キターン
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後藤ふたり
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ジミヘン
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伊地知星歌
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DIO
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堕ちそうな後藤ひとり
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手段を選ばない虹夏
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いつも通りの山田