めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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オマエは助けず、君は救ける

 

 

 

 

 二十七日。

 俺は後藤家に行く準備をしている。

 情けない話だが、行くべきか否かを自分では判断できず直樹さんに電話で相談した。世話になる身なので、あちらの家の状況次第だ。

 結論から言えば、行く事にはなった。

 直樹さん曰く。

 

『年末年始は一郎くんに会えるのが楽しみなのに!』

 

 どうやら、俺の存在が重大なイベント扱いだ。

 楽しみにしてくれているようなので、行くしかあるまい。

 ただ、今年は若干楽しめるか微妙だ。

 ひとりの受験勉強がかなり困窮しているらしい。

 後藤夫妻両名から勉強の面倒を見てくれないかと懇願されてしまったので、身命を賭して救けに行かなくてはならない。

 だから、今日は準備を進めていた。

 服や生活用品、それと世話になる食費や水道代を自分で予測し計算した分のお金、あとは土産だ。

 お金は、こういう時に普段一切触れずにいる前田家からの小遣いから支出する。土産の経費もここから出してもかなり余裕がある。

 ……貯めすぎて若干だが通帳を見るのが怖いし。

 

「前田、何してるの」

「んー、明日から親戚の家に行くんだよ」

「親戚?」

「毎年、年末年始は俺によくしてくれる後藤家って所に世話になってるんだ」

「前田に後藤って……ぷふ、死角無し」

「ツボが浅い」

 

 スーツケースに服を詰め、後の物はボストンバッグに分ける。

 俺のその作業を山田が後ろでじっと見ていた。

 面白いものでもないだろうに。

 そうこうしている内に仕分けが終わり、後は明日の出発前に入れていく物を除けば準備は完了した。毎年の事だが、こうしてまとまった荷物を見るとちょっとした旅行みたいで胸が弾む。

 明日が楽しみだ。

 

 作業も終えて、隣の山田を見る。

 顔色が真っ青だった。

 荷物の中に危険物でも見たかのような表情であり、かなり切迫した雰囲気を感じて俺も思わず緊張してしまう。

 

「ど、どうした」

「前田、これ」

 

 山田の唇が震えている。

 オマエをそこまで戦慄させる物とは、一体……。

 

 

「前田がいない間、私は何処でご飯を食べれば」

 

 

 割とどうでもよかった。

 俺は立ち上がって、昼飯の準備を始める。

 ここに居ない間まで山田の面倒を見るなんて御免被りたい。悪いが、優しい虹夏にでも頼ってくれとしか言い様が無い。

 まあ、でも何食分かパック詰めにしておくか。

 山田の性格で計画的に消費できるか疑問だが、流石に一日二日で全てを無駄にする事は無いだろうし、でも調子に乗るといけないから明日の朝に置き手紙かメールで伝えるまで伏せておこう。

 

 さて、昼飯は何にしようか。

 昨日作った牛蒡や鶏肉などの炊き込みご飯と味噌汁、あとは冷凍食品のコロッケとコンビニで買ったサラダで山田には満足して貰うとする。

 キッチンに立ち、作業を開始――……したかったが隣に黙って立っている山田が邪魔だ。

 何もしていないのに俺の手元を凝視している。

 何かあったっけ。

 そうして見ていると……。

 

「あ、忘れてた」

「…………」

 

 俺は右手首に巻いていた赤いスカーフを解く。

 何処に付けようか悩んで……鉢巻みたいに頭にぐるりと一周させ、後ろで堅く縛っておいた。

 山田の視線が頭に移動する。

 やっぱり、このスカーフか。

 

「どうした」

「何この赤いの」

「クリスマスプレゼントだよ、虹夏から」

「――“虹夏”?」

 

 虹夏は、いつも赤いスカーフを身に着けている。

 サイドポニー並みに彼女のシンボル的な装身具だ。

 クリスマスの翌朝、帰る前に渡されたので俺も極力装備するようにしている。これでまた付けなかったら雰囲気を悪くしたりしそうだし……あと好きな子とお揃いとか人生で一度はやってみたかった。

 赤と赤。

 色まで一緒なのがまた良い。

 でもお洒落な付け方とか知らないから手首に巻く以外は正直扱いがよく分からない。

 

「これ、似合う?」

「プレゼント……」

「たしかに自分でも似合ってないとは思うけどさ」

「似合ってないね」

 

 ズバッと言われた。

 かなり心にクる物がある。

 忌憚のない意見というのは有り難いのだろうが、そもそも気遣ってくれる友だち自体がいない俺からすれば、ただの強力な攻撃でしかない。

 これが山田である。

 やはり、どうすれば良いのか。

 

「付け方の問題かもしれないな」

「それもあるけど」

「けど?」

「前田がスカーフに合わない」

「存在から相性悪いのかよ」

 

 そこまで不評なのか。

 俺はスマホを出して付け方を検索する。

 ああ、そういえば首に巻くのもアリなのか。というかこちらがスタンダードなのだろう。

 でも首周りが苦しいのはなぁ。

 後で試してみよう。

 

「取り敢えず、飯作るからあっち行ってろ」

「私は大丈夫」

「じゃあ手伝ってくれるのか」

「え」

 

 え、じゃない。

 何の為にここにいるんだよ。

 目的も分からないが、退く気は毛頭ないみたいなので味噌汁を温め直す。その間に、山田にはコロッケをチンさせておく。

 これくらいは流石に出来るだろう。

 おにぎり作るだけでキッチンを相当荒らしたヤツだが、俺の目の届く範囲内にそんな事はさせない。

 ……あ、そうだ。

 

「山田」

「ん?」

「おにぎり、塩辛かったけど美味かった」

「――」

「ありがとう」

 

 

 そう言うと、山田がふと微笑んで親指を上に立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になって、俺はソファーで寛ぐ。

 今日観る映画を選出すべく、目の前の卓上のタブレット端末に入れたアプリの映画見放題の物で鑑賞できる一覧から吟味していた。

 どれも初見の物である。

 何から手をつけるべきか。

 

『カシャッ』

 

 思考がシャッター音で遮られる。

 隣で山田が自撮りをしていた。

 何度かシャッターを押し、画像を確認しては再び撮影を再開し、その後に確認作業と同じことを繰り返す。映画選びに集中したいが、隣で唐突に始まった山田の謎行動も気になる。

 

「どうした」

「自撮り」

「何で急に?」

「街で仲良く自撮りしてる人見たんだけど、自撮りの何が楽しいのか全然分からなくて」

「…………」

 

 つくづく興味のベクトルが変わってるな、と思う。

 

「それで何度も撮ってんの?」

「やってみると、全然上手く撮れない。顔がブレるし何故か前田が映る」

「俺をバックにして撮ってるからね」

 

 もしかして心霊写真の幽霊扱いされてるのか。

 スカーフの件といい、俺に容赦ないのはもしかして単に俺のことが嫌いだからではないだろうか。

 ベッドを占拠したり、帰れと言っても帰らないのは嫌がらせ……と考えれば、納得するようなしないような。

 いや、深読みするのはやめよう。

 山田はその場のノリで話すこと95%だからな。

 

「自撮りが苦手ってあんの?」

「前田もやればわかる、奥深い」

「……どれどれ」

 

 俺も自分のスマホで自撮りを試みる。

 はい、チー……意外と腕がつらい。

 画像を確認すると、SNS等に投稿された楽しそうな自撮り写真を見た事はあったが、それらに比べるとお世辞にも良い出来とは言い難い。

 ブレてるし、顔が暗いな。

 もう一度。

 もう一度。

 もう、一度。

 ……………………。

 ううむ、難しい……案外自撮りって難しいのか。

 

「まず、手元が震えるよな」

「うん。片手でピース作らないといけないし」

「誰かに撮って貰えば……って自撮りじゃないか。どうすれば良いんだ?」

「………閃いた」

「ん、なに?」

 

 山田がずい、と俺の方へ身を寄せて来る。

 互いの頬が触れるくらいの距離になって止まり、彼女はスマホを掲げた。

 これが解決策……?

 それにしては、手元は震えたままだ。

 一体、何が改善したのかさっぱり分からない。

 俺が困惑していると、目配せで山田がスマホを示す。

 

「前田もスマホを支えればいける」

「え」

「二人でやれば何とかなる」

「な、なるほど」

 

 合点がいった。

 俺は山田のスマホに手を添えて支える。

 すると、驚くほど安定性が増した。多少の力加減が必要だが、スマホを持つ手が一つ増えるだけでこんなにも違うなんて。

 その証拠に、空いた片手でピースを作っても余裕だ。

 

「山田、今だシャッター!」

「ラジャ!」

 

 パシャリ、と小気味いい音。

 二人で写真を確認すると……今までの失敗が嘘だったかのように綺麗な映り方だった。

 ブレていないし、スマホを支えようという集中力も不必要になった事で顔の強張りも無い。

 おお、と二人で変な感嘆の声を漏らす。

 

「これ、これだよ山田」

「うむ」

「やってみた感想は?」

「特に楽しくない」

 

 台無しだよ。

 

「でも良い写真だと思う」

「そうだな」

「モデルがいいから」

「え?ありがとう?」

「え、ああ……うん」

「まさか被写体云々のやつ俺の事は省いて言ってた?」

 

 山田は写真を眺めている。

 かなり自分の映り方が気に入っているようだ。

 自撮りなんて初経験だったけど、確かに楽しくはなかった。ああいうのは、きっと思い出を共有する相手がいて初めて成立する物なんだ。

 自撮り行為そのものには特に意味が無い。

 浅はかだった。

 やはり俺は陰キャのようだ。

 

「虹夏に自慢しよう」

「自慢にならないだろ、それ」

「初めての自撮り記念」

「新手の自虐ネタにしか聞こえない」

「送信、と」

 

 躊躇わず山田が写真を虹夏に送信する。

 きっと、向こう側は苦笑いされるに決まっている。

 可哀想に山田…………待て、それに巻き込まれた俺も憐れまれるんじゃないか?

 謂れのない憐憫なんて受けたくない。

 いや、俺も自撮りなんて初めてだけどさ!

 

 暫くすると、俺のスマホにロインの通知が入る。

 虹夏さんからだった。

 内容を開けば。

 

『すっごく楽しそう、仲良いんだね』

 

 ああ、勘違いされている。

 いや、それより何で山田ではなく俺に写真の返信をするんだろうか。

 山田の方を見れば、そちらにもメッセージは入っていた。

 それは。

 

『あ、私があげたスカーフ使ってくれてる!

 ( T_T)\(^-^ )ヨシヨシ』

 

 誤送信かな。

 そっちの方が俺に送られるべき内容なのに。

 ブツリと山田がスマホの電源を切る。

 

「スカーフとおにぎり、どっちが良かった?」

「え、スカーフ」

「……塩加減が足りなかったか」

「過剰だったよ」

 

 まさか、おにぎりがクリスマスプレゼントのつもりか。

 スカーフと競うのも意味不明だが、あの塩加減で更に増量するとか俺に対して殺意があるのかと疑いたくなる。

 嬉しかったのは嬉しかったけど。

 さて、自撮り案件は片付いたので改めて何の映画を観るか考えよう……とも思ったが、もうどれも初見とあってまた悩むとなると疲れる。

 ここは――。

 

「山田、この一覧の中でどれが観たい?」

「映画の気分じゃない」

「俺が観るだけだから」

「じゃあ、これ」

 

 山田が一つを指し示す。――『ザ・フ○イ』。

 名前だけは聞いたことがある。

 たしか、ハエになっていく人間……みたいな話の気がする。

 取り敢えず、山田がコレだと言ったので視聴しよう。

 俺は映画を再生しようとするが、その前に山田に肩を叩かれる。

 

「食べてて良い?」

「うわ、いつの間に」

 

 山田は丼に大量の炊き込みご飯を盛っていた。

 ちゃっかり味噌汁も添えている。

 後藤家に行く前に完食しておきたいので、山田でも消費してくれるのは非常に助かる。……が、やや面食らう量だった。

 本当に食べ切れるのだろうか。

 心配になりつつも、俺が許可すると山田は颯爽と食事を開始する。俺も同時に映画を再生し、鑑賞態勢に入った。

 

 画面の物語が進むに連れて着実に人間を逸脱していく登場人物に山田が顔を顰めている。

 食事中は駄目だったか。

 

「前田は虫って平気?」

「まあな。カブトムシとか好き……ああ、食べる方も少し興味ある」

「……私の時はパスで」

「なるほど。食卓に虫を出して追い払う手があったか」

「食べてたら前田もああなるんじゃ……」

「何だとコラ」

 

 山田がテレビ画面を指差す。

 虫を食べて虫になる事はありません。

 

「……前田。その親戚の家って何処」

「金沢八景、横浜にある」

「じゃあ、その距離なら……」

「呼ばれても絶対に行かないからな。オマエが飢えようとも知らない」

「そんな殺生な」

 

 震えながら必死に自らの命の危機を救いたまえと説く山田を無視して、俺は映画に集中した。

 その内、諦めて食事を再開する山田の悲しそうな箸の音がし始める。

 俺は決して寄生先にはなり得ない――というのをここで全力アピールし、この家から退散して貰う悪印象を作れる。

 

 来年はきっと、元通りになってる筈だ。

 

 

「前田。せめて年越し蕎麦だけ作りに来て」

 

 

 

 きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ♪   ♪    ♪    ♪

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 金沢八景駅に到着していた。

 海辺ともあって、叩きつける寒風は潮の匂いがする。

 八景島行の自動運転電車が通る線路が頭上を通る交差点を抜けて、住宅街を目指していく。通い慣れたつもりだったが、やはり一年ごとともあって少しだけ不安になってしまう。

 後藤家までの道のりは地図を見るまでもない。

 海を左手に眺めながら歩道を進んでいく。

 途中では、歩道沿いにある公園で朝から元気よく子供が走っている。……元気が吸い取られそうなほど眩しい笑顔だ。

 

 住宅街へと入ると、心做しか歩調が速くなる。

 気持ちが足運びに出ているようだ。

 

 そして――。

 

 

「おかえり、いっくん!!」

 

 

 とある一軒家の前で、四歳の女の子――ふたりが俺の足に抱き着いた。

 また大きくなったなー。

 太ももにすり寄る小さな頭を撫でながら、もう片方の足に飛びつく犬のジミヘンの鼻を撫でる。

 二人とも元気だな。

 まさか、家の前で待っていてくれるとは思いもしなかった。随分と慕われたものだと感慨深くなり、思わずジンと胸が疼く。

 ふたりとジミヘンを見守るように少し離れた位置で後藤夫妻も俺を笑顔で迎えてくれた。

 

「またお世話になります」

「ようこそー!いやー、毎年ごめんね……僕らの方から下北沢に遊びに行きたいけど、この人数は流石に迷惑だしね」

「いえいえ。その時は歓迎しますよ」

 

 二人が俺の頭をよしよしと抱き込むように撫でる。

 この家族、本当に対応が……。

 あれ。

 

「ひとりはまだ寝てるんですか?」

 

 俺が尋ねると、美智代さんが含みのある笑みを浮かべた。

 ちらりと彼女が玄関へと視線を投げる。

 それを俺も目で追って――。

 

 

「タスケテ……」

 

 

 勉強できません、の立て札を手に白目を剝いて立っているパジャマ姿のひとりがいた。

 

 任せろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 

 

 写真が届いた時――。

 

「あ、はは……リョウも意地悪だなぁ……」

 

 虹夏はバイト中にそれを見て落ち込んでいた。

 

 

 

 

 


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