めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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大晦日は寂しい?

 

 

 

 

 

 大晦日は忙しい。

 炬燵で溶けているひとりを尻目に、俺は家事を手伝っていた。

 お世話になっている身なのでと言えば美智代さんに何故かまた泣かれたが、悲泣の涙ではないようなので良しとしておこう。

 今日は大一番を務めなくてはならない。

 それが年越し蕎麦の仕込みだ。

 去年から後藤家の年越し蕎麦は俺が作らせて貰っていた。

 彼らの一年を締め括る一味。

 これこそ、まさに大役である。

 

「ん?」

 

 ポケットでスマホが震える。

 また着信か。

 先日の山田の連絡もあって、この時期に入るスマホの着信に良い思いが無い。ストレスが最小限で済むのは虹夏ぐらいだ。

 頼む、虹夏であってくれ。

 頼む、山田はやめてくれ。

 

 強く念じて確認すると――山田だチクショウ。

 

 大晦日という日に連絡が来た。

 もう薄々予感していることがある。

 彼女には幾度も『年越し蕎麦だけ作りに帰って来い』という如何にも何様要求を受けており、全部断っているがかなり諦め悪く執拗だ。

 また今日も同じ内容が繰り返されるのか。

 十コール以上も無視したが止まらない。

 根気強く応答を待つ山田の姿を想像し、いよいよ年越し蕎麦への執念が本物なのだと感じさせられる。

 

「はい、もしもし」

『前田』

「年越し蕎麦は作らないぞ」

『もう年越し蕎麦は諦めた』

「ほう……?」

 

 山田にしては諦めが早いな。

 その呆気なさに違和感すら抱いてしまう。

 じゃあ、今回は一体何の用で――。

 

 

『年明け蕎麦、茹でにきて』

 

 

 そこまで蕎麦食いたいなら自分で茹でてくれ。

 何故俺が万事をこなさなくちゃいけないんだよ。

 年越しとか年明け以前に、もう蕎麦が食べたいだけなのかもしれない。

 それにしても、そうか。

 山田と会ったこの濃い一年がもうすぐ終わる。

 もし『あのとき』に彼女を家の中に招いていなければ、こんな金銭のやり取りも無く飯を食わせたり泊めたりする宿主と寄生虫の関係にはならなかっただろう。

 判断を間違えた……かもしれない。

 うん、というか間違えたな。

 でも悲しい事に過去は戻らないのだ。

 これからも俺は山田と向き合い続けざるを得ない――年が明けても。

 

「行かない」

 

 でも、年末年始は絶対に行かない。

 後藤家にいる至福の時間は一秒たりとて浪費したくないのだ。

 たとえ、天地がひっくり返るレベルで有り得ないが虹夏からデートに誘われたとしても、俺が動く事は無いと断言する。

 それが山田なら尚更だ。

 

『……じゃあ、蕎麦は別にいい』

「うどんもパスタも茹でないぞ」

『いや、もうご飯は別にいい』

「……じゃあ、何?」

 

 おや、山田が食事を諦めただと。

 意外な反応に俺は思わず数瞬固まってしまう。

 ならば、彼女の要件とは何だろうか。

 家を散らかしたから、掃除して欲しいとかかな?

 

 

『何もしなくて良いから帰ってきて』

 

 

 …………。

 …………?

 山田の言葉の意味を考える。

 ご飯も作らないし、何もしない俺がいても山田が特に得をする事は無い。

 そんな価値のない物を呼び寄せてどうする気だ。

 真意が分からず、沈黙の時間だけが長引く。

 山田も山田で、その言葉以降何かを発さず俺の返答をただ待っていた。……もしかして寝てたり?

 

「え、帰って何かある?」

『私がいるだけ』

「あー、うん。…………で?」

『……いつにも増して鈍いね』

「もしかして下北沢まで喧嘩しに来いって誘ってる?」

 

 そうなら最初から言え。

 全力で応じてやる。

 また同じような沈黙が続き、いよいよ山田の言う通り本当に俺が頭の悪いヤツで察してやれてないだけなのかと疑心暗鬼に陥りかけていた。

 必死に思考を巡らせて山田との会話を振り返って真意を探っていると、スマホの向こう側で小さなため息が聞こえた。

 う、呆れられた……。

 

『冗談だよ』

「えっ」

 

 くすり、と笑う声がする。

 まさか、単に誂っていただけなのか?

 

『親戚の家にいるのに、流石に戻って来てって言うほど私は非常識じゃない』

「日頃から非常識なヤツの言う台詞じゃないな」

『ふふ』

「どうして悦ぶ??」

 

 相変わらず変人扱いには幸福感を得る謎感性らしく、山田の嬉しそうな反応が耳で感じる。

 ……冗談だと言った時、少しだけ落ち込んだように感じたが気の所為だな。

 もう十時間後には新年だ。

 

『じゃあね』

「あ、ああ」

 

 プツリ、と通話が切られる。

 結局、何の為に連絡して来たのか分からない通話だったな。

 もし、本当にただ俺に帰って来てくれと言っていたのなら、まるであの山田が寂しがっているかのような事になる。

 その場のノリで99%話している山田の事だ、深く考えるほど答えから遠くなっていく可能性だってある。

 

 そういえば、山田は家族と過ごさないのだろうか。

 近いのなら虹夏とも遊べば良い……いや、アイツはかなりのインドア派だし、大抵は一人好きだもんな。

 

「でも、本当に何の用だったんだ……?」

 

 考えていると、スマホにロインの通知。

 アプリを開いて確認してみれば、山田からだった。

 通話の次はメッセージか。

 暇なヤツめ。

 

 内容は、たったの一文だった。

 

 

 

 

 

『やっぱり、鈍いね』

 

 

 

 

 

 ………取り敢えず既読無視しておこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ♪     ♪     ♪    ♪ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕飯まで時間ができたので、再びひとりに勉強を教えていた。

 ひとりも俺の献身を無駄にはしまいと必死に頑張っている。

 何て健気な子なんだろう。

 こういう子には教えていて楽しい。

 何処かの誰かみたいに。

 

『前田、課題写させて』

『私には前田がいるからテストは大丈夫』

『前田の家は勉強に向かない』

 

 などと失礼をかましたりはしない。

 この子の受験合格の一助となるように、俺は精一杯身を尽くす。

 そして、ゆくゆくはひとりの入学式を見届け、俺の家で後藤家を歓迎する計画も立てている。

 彼らは滅多に下北沢へ来れない。

 まだふたりが小さいのもあるし、俺の家に一気に何人も来たら迷惑だと彼らが遠慮しているのが大きい。

 

 だが、入学式という祝い事がある日ならば別だ。

 

 家に近くて足を運びやすいし、その日程だと俺の学校もまだ始業していないので準備もしやすい

 その為にも、まずひとりの合格だ。

 

「い、いっくん」

「ん?」

「私ばっかり相手で疲れない……?」

 

 ひとりが俺を気遣うように尋ねる。

 そんな疲れた顔をしていただろうか。

 俺としては、この時間を途轍もなく一日の楽しみに感じている瞬間すらある。褒めるという口実でひとりに触れられるしな……何か変態みたいだな。

 しかも、一時間後にはふたりとのままごともある。

 今年の大晦日も退屈しなさそうだ。

 

「俺はひとりといられたら何でも良いぞ」

「あ、はい(いっくんって変わってる……?)」

「ひとりは?」

「お、落ち着く……」

 

 ひとりが少しだけ笑った。

 それにしても、あのひとりが高校生になるのか。

 まだ合格したワケではないし、油断ならないけどつい想像してしまう。

 初めて会ったのは、彼女が六歳の時だ。

 あんなに小さかったのに、今では背丈もこんなに伸びている。

 

「……いっくん?」

「あ、ごめん」

 

 気付いたら頭を撫でていた。

 

「ひとりも、もう高校生なのかぁ」

「う゛、合格できるかも分かんないのに」

「まあ、去年まで俺も中学生だったんだけどさ。……気付いたら、お互い大人になって」

「ぴぃぎゃあああああああああ―――――!!」

「あ」

 

 いけない。

 ひとりがまた『発作』を起こしてしまった。

 彼女は想像力が豊かすぎて、普段なら大成功した世界線の自分を考えがちだが、今のように受験だったりプレッシャーを受けている状況下で想像を働かせると、自分に容赦のない悪い方向へと展開させる。

 ここで凄いのは、ひとりは自分に甘い時は甘く、酷い時はとんでもなく酷い。

 きっと、かなり落ちぶれた自分を想像してしまったのだ。

 そういう時、ひとりは発狂して倒れてしまう。

 

「重症だな……」

「ぁ、ぁぅぁ……ゔご………」

「ひとり、そうなっても俺が一緒にいるから大丈夫だぞ」

「ぁぇ……はっ!?」

 

 ひとりが意識を取り戻す。

 記憶も飛んでいたのか、周囲を確認して「そうか、私はまだ中学生だった」などと呟く。一体、何年先まで彼女の意識はタイムスリップしていたのだろうか。

 ひとりは頭を振って、ノートに向き直る。

 俺も指導を再開した。

 

 三十分経って、ふとひとりの手が止まる。

 彼女があ、と声を上げた。

 

「どうした?」

「あのね……まだ合格したワケじゃないけど……いや、そもそも合格できるか分からないから考えるのも分からないのに考えるのも烏滸がましい事だよね。受験コワイ、そもそも中学三年間孤独な私が高校で成功するかもわかんないのにそんな」

「ひとり。合格したら何かしたいのか?」

「はっ!……あ、あのね」

 

 暴走しそうなひとりの意識を引き戻して先を促す。

 何かを言いたげだったが、入学した後に叶えたい願望があるようなので聞いておかなくては。……俺が叶えたいから。

 顔を真っ赤にして、もじもじと指を絡ませているひとりに耳を傾ける。

 

「わ、私が下北沢の高校に入学したらだけどね?」

「うん」

 

 こちらを見たひとりが、にへらと笑う。

 

 

「も、もっと……いっくんと会いやすくなるかな……なんて(高校でも友だち出来なかったら、いっくんに慰めて貰わないと死にそう……)」

 

 

 

 至近距離で光が弾ける。

 それは錯覚な筈なのに、視界が白く染まる程の衝撃を受けて俺は思わず床に倒れた。

 ひとりの悲鳴が聞こえる。

 もっと、俺と会いやすくなる……?

 た、確かにそうだ。

 放課後に二人で会って、ひとりを我が家で饗す事だって可能だ。年末年始などと言わず、高頻度でひとりという幸福に触れる事が出来る……だと……?

 し、しかもだ。

 考えてみれば、志望校である秀華高校とここでは片道二時間を要する。

 それを毎日続けるとなると、ひとりは毎朝早く起きて登校しなくてはならないのだ。

 だが……それは、この家ならの話。

 俺の家からなら近い!

 つまり、俺の家に泊めて通わせるという事も可能だ。

 

「ひとり」

「あっ、い、いっくん大丈夫……?」

「絶対に合格しような」

「ひっ、おおおおお手を煩わせるようで申し訳――」

「俺もひとりともっと会いたい」

「うぼぁっっ!!!?」

 

 今度はひとりが変な声を上げて倒れた。

 俺は決めたぞ……絶対にひとりを合格に導いてみせる。

 二年生は、更にストレスの無い生活になること間違い無し。

 

 

 ひとりだけの戦いではない。

 目指せ、来年の平和の為の合格―――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年越しを二時間後に控えた頃。

 ふたりがその時間まで起きられないというのもあり、早めに皆で年越し蕎麦を食べた。

 流石は小さい子だ。

 満腹になるや眠くなってしまったらしい。

 急いで歯磨きさせ、今は布団の中でぐっすりである。

 

「そういえば」

 

 後藤家に来てから、映画を観ていないな。

 今回はコレクションを何も持ち込んでいないし、後藤家で過ごす事自体が楽しいともあって、映画鑑賞をしようという気すら起きなかった。

 まあ、帰ってまた観れば良いか。

 その時山田がいてかなり大変そうだけどな。

 

 

 ――何もしなくていいから帰ってきて。

 

 

 何もしなくていいから帰ってきて、か。

 額面通りに受け取ると、山田にとって俺は何か一定以上の価値でも見出しているのだろうか。

 俺自身にそんな感じは無いが。

 まあ、そんなワケもないか。

 どうせ、家に呼んだ流れでいつものように飯でも作らせようという魂胆だろう。深く考えれば読みを外し、簡単に考えると予想を下回って更にシンプルなのが山田リョウの思考だ。

 

 でも、新年の挨拶くらいリアルタイムでするか。

 

 にべもなく断ったのは、少しだけ罪悪感がある。

 俺の家にいるとは考えられないけど、連絡してみようかな。

 

『いま何してる?』

 

 一言だけメッセージを打……早い、もう既読がついた。

 

『前田の家で映画観てる』

『家族と過ごさないのか?』

『ご飯は一緒に食べた。今は前田の家に遊びに行ってるって連絡したら許可出た』

 

 俺への謎の信頼感が山田夫妻に生まれている。

 もっと娘さん心配してくれ……と言いたいが、あの溺愛っぷりから最初は俺をかなり敵視していたので、不用心というワケではない。

 不名誉な事に、娘を任せるに足る人間だと認識されたようだ。

 

『それで、映画って何て題名のやつ?』

『『街○灯』ってやつ』

『えっ、それまだ俺が観てないやつ』

『解説しようか?』

『俺が観る前はやめろよ絶対に』

 

 う、何だか観たくなってきたな。

 

『前田は何してる?』

『炬燵で除夜の鐘を待ってる』

『前田の家には炬燵が無い……』

『今年は出してない。オマエが入り浸ると思ってな』

『無いわけじゃないんだね』

 

 げっ、バレた。

 帰ったら炬燵を要求されそうで恐ろしい。

 そんな事をしたら、本気で俺の家から一歩も出ようとしないなんて最悪の未来が訪れそうだ。

 

『前田。何でロインしてきたの?』

『何となく』

『前田も寂しかった?』

『アーウン、ソデスネー』

『私は思ったより寂しかった』

 

 ……え、もしかして山田じゃなくて別人が打ってる?

 こんな事を言うヤツではない。

 俺が混乱していると、メッセージが消去された。

 

『びっくりした?』

 

 ぐ、不覚にも動揺してしまった……。

 そうだな、山田らしくない発言に少し驚いたがそれだけだ。

 

『別に。あと三日は帰らないけど家荒らすなよ』

『任せろ』

『不安すぎる』

『良いお年を』

『はいはい。良いお年を』

 

 俺はアプリを閉じて、テレビに向き直る。

 

 

 もうすぐ、新しい年だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この作品のメインヒロインは君だ!

  • 山田リョウ
  • 後藤ひとり
  • 伊地知虹夏
  • 喜多郁代
  • ジミヘン

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