めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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鍵は返してね

 

 

 

 

 

 

 

「前田って私以外に友だちいる?」

「……俺ら友だちなの?」

「え」

「え」

 

 テレビを見て二人で夕食を食べていたら、山田がそんな事を口にした。

 今日は炊いた白飯、ソーセージとアスパラのカレー炒め、スープ餃子、豆腐ときゅうりと塩昆布を和えた物の四品である。お気に召したのか、山田の箸は進んでいた。

 

「じゃあ、何で『あのとき』に私を家に上げたの」

「そりゃ、あんなの見たら……」

「前田は変だね」

「オマエに言われたくないんですけど」

「へへ」

「褒めてない」

 

 思わず低い声で言うが、山田は意に介した素振りも無い。

 和え物をぱくぱく食べている。

 美味しそうに食べてくれたなら作り甲斐もあるのに、全く表情が動かないから悲しくなってくる。

 味の感想は訊かないと答えてくれないが、何故かコイツに味の感想を求める事自体が恥ずかしい。逆に文句言ったら二度と食わせないけどな。

 

「映画、もう一本観よう」

「帰ってから観ろ」

「家にあるのは見飽きた」

「えー。じゃあ、何か貸してや――は!」

 

 危ない!

 映画を貸すなんて愚の骨頂だろ。

 コイツが再び俺の家に来る理由を作らせてしまうところだった。だからといって学校での返却なんて、友だちの少ない陰キャの俺がコイツとそんな関係だと邪推する野次馬の餌食にしかならないしな。

 何かを貸し借りするのは絶対にダメだ。

 

「前田?」

「……大体、何で映画なんて」

「曲作りのインスピレーションになるから」

「……山田って作曲もできんの?」

「うん」

「すげー。ちょっと尊敬するわ」

「崇める程じゃないよ」

「調子乗んな」

 

 褒めたらすぐに調子に乗りやがって。

 でも作曲って難しい印象があるが、楽譜も読めない俺レベルの素人からすれば何を見ても難しいので、逆に褒めるのは失礼かもしれない。

 そういえば、バンドやってるんだっけ?

 その中で作曲も担当しているのかもしれない。

 

「バンドで作曲もしてんの?」

「…………ん」

「ん?」

 

 何か、声が低い。

 不機嫌というより、触れて欲しくない感じか。

 

「良いから。親心配させる前に帰れって」

「面白い映画は……」

「おい。勝手に棚を漁るな」

「……この『巨○天国〜これから始まる□獄にあなたは蕩かされる〜』って何?」

「やめろ。ソレ父さんの秘蔵だから」

「前田も見たの?」

「観てないけど、興味はあ……ない」

 

 山田が父さん秘蔵のDVDのパッケージに注目する。

 やめろ、高校一年生の女子がそんなガン見して良い物じゃありません。

 それは成人用のヤツ、所謂AVだ。

 俺だって、まだ直視すると顔が熱くなるんだぞ。

 

「前田の趣味が一つ知れた」

「違う」

 

 何故かやってやった感の顔をする山田。

 それは俺の趣味じゃない、オマエが理解したのは前田父の趣味だ。

 

 暫くすると、山田がため息をついて棚に戻す。

 

 

「でもコレ、あまり面白くなさそう」

 

 

 な、なに………?

 顔を赤くするどころか、面白くなさそうだと……?

 普通、男の部屋でこんな物を見つけたらその瞬間から気まずかったり拒絶したり、態度が変わる。

 俺が知る以上に、山田はもっとハードでエキサイティングな状況を経験しているのか……!?

 

 戦々恐々とする俺の前で、山田は尚も帰る事もせず映画物を収納している棚を掻き回していた。

 我が家は多様なジャンルを手広く堪能している。

 探せば、少しはお気に召す物もありそうだけど。

 

「前田、コレ観たい」

「ん?」

「『○人の翻訳家 囚われたベストセラー』」

「ああ……ソレ面白かったな」

「前田がそう思うんだ?」

「コレは中々に良かったよ」

「よし観よう」

「いや帰ろうな?」

 

 DVDを取り出す山田の手を後ろから掴んで止める。

 十秒以上も抵抗されたが、根負けした山田が力を抜いたので颯爽とDVDを取り上げた。

 危ないあぶない。

 俺はDVDをパッケージに戻し、棚へと入れる。

 その間もぼーっと俺を見ている山田なんだが、振り返るとモロにシャツ一枚の姿全体が見えてしまって心臓に悪い。

 

「良いから親に連絡してこい」

「分かった。流石にこれ以上は迷惑かけられないし」

 

 そう言って山田がスマホを片手に立ち上がる。

 ようやく分かってくれたか……。

 通話の為に、山田は別の部屋へと移動していく。

 これで一人で夜を過ごせそうだ。

 もう服も乾いただろうし、後は迎えに来るご両親に身の潔白を弁解しながら寄生虫を追い払うだけ―

 

 

 

 

「――友だちの家に泊まってくるって言っておいた」

「オマエ、電話の前に自分で何て言ってたっけ??」

 

 

 

 

 俺にこれ以上は迷惑かけないんじゃないのかよ。

 山田は悪びれもなく、スマホを机に置くと再び映画の棚からさっきの物を取り出した。

 コイツ、意地でも帰らないつもりか。

 山田が映画を挿入し、再生ボタンを押した。

 

「見よ、前田」

 

 もう、諦める事にした。

 

 

 

 

 

 

 エンドロールが流れる。

 映画が観終わる頃、山田は俺よりも前で画面を見入っていた。

 いや、クソ邪魔。

 

「面白かった」

 

 山田が振り返ると、彼女の後ろ姿越しに画面を見ていた俺と視線ががっちりと合う。

 本当に面白かったのかと思うくらい無表情だ。

 コイツ、本当に人と感動を共有するのに向かないというか何というか。

 

「最後、びっくりする展開だよな」

「スカッとした」

「でも、それだけじゃないのがこの映画の良い所だ」

「途中のレーザービームがキレてたね」

「オマエ夢でも見てたの??」

 

 いつそんなシーンあったんだよ。

 だからSFじゃねえって。

 

 俺はDVDを取り出した。

 それから通常のテレビ番組へ戻すと、丁度よく深夜アニメの時間帯になっている。

 明日は土曜日……バイトだ、畜生。

 本当なら、この二時間後にやっているアニメを観たいけど朝から出勤だし、録画しておくか。

 

「山田、俺は翌朝からバイトなんだけどさ」

「……前田、勤勉だね」

「この映画だって、俺の金で買ってるんだ。生活費は親に負担して貰って、小遣いも多めに貰ってるけど極力手ぇ出したくないっていうか」

「意固地」

「言い方他にあるだろ」

 

 変な意地だとは思う。

 俺の両親は優しいし、山田の両親ほど溺愛してはいないと思うが、俺に対して比較的に甘い。

 でも、それに浸るのは何か嫌だ。

 

「山田に一応、スペアの鍵を渡しておく」

「……」

 

 山田の手に予備の鍵を一つ落とす。

 

「明日はこれ使ってくれ」

「なるほど。これで明日から好きな時に入れると」

「出る時に使うんだよ!鍵返せ!」

 

 俺が手を伸ばすけど、山田がその分だけ逃げる。

 くそ、もう少し考えて渡すんだった。

 

 その後もしばらく抗戦は続いたが、やがて俺の方が根負けして大人しく鍵を渡したまま寝る事になった。

 無念。

 まあ、今日だけだ。

 次こそは家に入れない。

 早く寝て、そして綺麗さっぱり明日にはいなくなって貰うんだ。

 

 

 

「前田、おやすみ」

「布団出したから、オマエも早く寝ろよ」

「前田のベッド使いたい」

 

 

 

 クソが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ♪    ♪    ♪    ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 週明けの登校日、俺は目の前に見慣れた背中を見つける。

 ギターケースを背負った少女だ。

 声をかけたくないけど、鍵を返して貰いたい。

 俺は仕方なく小走りになって向かう。

 

「山田」

「むぐ?……前田」

「おまっ……ソレまた野草?」

「コヒルガオ」

「うぇ……」

 

 いくら金欠で食い物に困窮しているとはいえ、やはりコイツ躊躇いが無いな。

 大体、家が金持ちで両親からも溺愛されているのに食生活がこれって、一体どんな家庭だよ。

 引き気味に見つめていると、何を思ったのか山田が俺の方へと野草を差し出した。

 

「前田でも食べられるよ」

「いや、食べたそうな目してた俺?」

「普段、私は君に何も返せていないから」

「何でよりにもよってソレが今なんだよ」

 

 もっと別の機会で報恩して欲しい。

 まあ、恩返ししたいという気持ちは貴重だし、ありがたくはあるけどさ。

 おっと、本題を忘れるところだった。

 

「ほら、鍵」

「あ、そっか」

 

 俺が差し出した掌に、山田がぽんと鍵を乗せる。

 ………ん?

 これ、俺の家の鍵と形が違う気がする。

 

 

「これ、私の家の鍵。私だけ持ってるのフェアじゃない」

「俺の鍵を返して」

 

 

 何で貸し借り無しみたいな清々しい顔してんだコイツ。

 普通に俺の鍵を返せばフェアだの何だの余計な事を考えなくて良いんだよ。

 

 俺が改めて返却を要求すると、山田は無言でじっと見詰めてくるだけだった。

 な、何だよ。

 俺の顔に何かついてるんだろうか。

 鍵を早く返して欲しいのに、他に気になる事でもあるのか?

 

「どうした、山田?」

「黙っていればやり過ごせるかと」

「最低な発想だな」

 

 コイツ、いよいよクソガキ認定したい。

 無理やりにでも鍵を奪ってやろうかと俺は身構える。

 すると、山田も何故かファイティングポーズを………って何その構え方?

 

「何それ」

「サウジアラビアに伝わる格闘技『エポン』。昨日ネットで見つけた」

「そんなのあるのか!?」

 

 どうやら、意地でも返したくないらしい。

 結局、学校に着くまで絶妙に躱されて取り上げる事はできなかった。

 

 

 後で調べたけど、エポンなんて格闘技は無かった。

 丸っきり嘘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休憩の時間に俺は机で突っ伏していた。

 あーあ、今日もバイトじゃん。

 でも、来月入る新作映画も買いたいし。

 俺はスマホで価格を調べつつ、今月入る給料などと照らし合わせて計算を始める。

 

「あ、前田くん!」

「んぇ?」

 

 元気よく俺を呼ぶ声に振り返る。

 教室の入り口で、手を振る女の子がいた。

 サイドポニーの金髪を揺らし、まるで邪念なんて物とは無縁そうで綺麗な瞳で俺を見ている。

 あ、あの人は……!

 

「い、伊地知さん!?」

「ごめん、今ちょっとお話いい?」

 

 い、伊地知さん来ター!!

 実は密かに俺が想いを寄せる女の子――伊地知虹夏その人が、俺を教室の入り口で呼んでいる。

 他クラスで普段は交流ないけど、一目惚れだった。

 小柄で、明るくて、笑顔が可愛い。

 入学当時に見かけてから彼女を目にするとドキドキする。

 う、うわー!

 何の用だろう!

 わざわざ俺に……?

 

「な、何?」

「うん。実は渡したい物があって」

 

 渡したい物?

 な、何だろう!超期待!

 この際、ゴミでも何でも良い!

 

 

「はい!コレ、リョウが借りてた前田くんの鍵っ」

 

 

 ぽん、と俺の手に置かれたのは………山田が借りパクしていた俺の家の鍵だった。

 あー、用件って山田かー。

 自分の中で一気にテンションが下がっていくのが分かる。

 

「話には聞いてたけど、リョウが借りたままだって言ってて」

「あー、うん」

「でも、リョウったら返さないって言うから。だから寝てる間にこっそり取って持ってきたんだよ」

「ありがとう、伊地知さん」

「ううん、気にしないで!あー、でも寝てる間に人のバッグを漁る罪悪感があったなー、リョウ相手なのに」

 

 へへ、と伊地知さんが笑う。

 か、可愛いー。

 罪悪感なんてそんな、あなたは正義の味方です。

 現にヤツに振り回された一人の哀れな男を救ったではありませんか!

 

「このお礼はいつかするよ」

「いやいや、こっちこそ」

「ん?」

「リョウって私以外に友だちいないみたいだから。よく前田くんの話もするし……あと、リョウが倒れずにいられるのも実質前田くんのお陰だから」

 

 俺のお陰、なのだろうか。

 単にアイツがロクな物を口にしていないからだと思うけど。

 

 

「これからもよろしくね、前田くん!」

 

 

 はいっ!

 この笑顔ですべてがどうでもよくなる!

 笑顔で手を振りながら去っていく伊地知さんに、俺も手を振って幸せな気分に浸り――。

 

「では、改めて拝借いたす」

「あ?」

 

 後ろから伸びた手に、俺の鍵が奪われた。

 振り返れば、そこに山田がいる。

 

 

「前田って笑顔、似合わないね」

「おま、返せコラーーー!」

 

 

 山田が鍵を手に伊地知さんを追うように走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キミにきめた!(註:特にストーリーに反映はしません。アンケートを使った遊びです。)

  • 山田リョウ
  • 伊地知虹夏
  • 後藤ひとり
  • 喜多郁代
  • 後藤ふたり
  • 伊地知星歌
  • 廣井きくり
  • ジミヘン
  • ひとりのイマジナリーフレンド
  • アニメ6話のミディアムヘアモブの子
  • アニメ6話のロングヘアモブの子
  • その他

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