めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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チョコに詫びろ・前編

 

 

 

 二月中旬――今日は休校日だ。

 下北沢高校の受験会場となっており、俺が普段過ごす教室も志願者たちの静かな闘志の熱に満ちた戦場と化す。

 そんな彼らに失礼なほど、我が家では山田が炬燵で緩み切っていた。

 足元は炬燵に入れて暖め、ゆったりとした半纏で上下をカバーしている。

 しかも、手元は蜜柑というかなりの満喫ぶり。

 羨ましいくらいに炬燵で憩っていた。

 

 こんな日まで俺の家で寛がなくても。

 

 呆れながらも、彼女の前に湯呑みを出す。

 

「すっかりここに慣れたな」

「私は炬燵の精……」

「だから出したくなかったのに」

 

 炬燵を出せと聞かなかった。

 朝からそんなダル絡みをされてしまっては、寝起きの懈い感覚も相まって根負けしてしまう。

 出したが最後、山田は住み着く。

 きっと今彼女を引っ張り出そうとしても、絶対に出てくる事は無いだろう。

 それにしても、受験かぁ。

 一年前までは俺たちも入試を受けていた。

 あの時は前田家に余計な心配をかけないよう進学校に行く事で頭の中は必死だったのを憶えている。でも、来年頃にはそろそろ大学をーとかそんな話でまた死物狂いになるんだろうな。

 

「山田は大学とか行くのか?」

「考えてない」

「就職か、意外だな」

「いや、就職するかも分からない」

「え」

「特に何も考えてない」

「考えてないって空っぽの意味だったのかよ」

 

 聞いた事を後悔する内容だった。

 俺は将来どうしようかな。

 一応、地方の大学に行って前田家から離れる生活を目指している。看護系の大学に進めば、奨学金を受けても卒業後に大学が指定した施設で何年か働けば返済を免除される制度もあるらしいし。

 出来るだけ、頼らない生活がしたい。

 その為にも推薦枠を勝ち取るべく成績はキープしたい。

 

「前田は決まってるの?」

「地方の大学に行きたいかな、遠いところ」

「私が通える距離にしてね」

 

 受験条件に変な物が追加された。

 絶対に無視するけどさ。

 流石に山田と卒業後も関係が続くかは今のところ分からないにしても、将来設計に山田を入れると何もかもが狂う。

 でも恋人とか出来たらどうしよう。

 遠距離で相手に想い続けられるような人間とは思えないし……というか恋人出来るのかよ、教室ですら誰にも話しかけられないようなヤツが。

 ひとりの将来を心配する前に、どうにかしないとな。

 

「卒業後もオマエの面倒見たくない」

「……」

「人のベッド取るし、飯はよく食うし、俺の話聞かないし」

「たしかに」

「言っておくけど、一人暮らしになったらここより狭いし、今より寝心地悪いベッドになるぞ」

「別にいいよ」

 

 いや、俺が良くない。

 

「前田のベッドだから寝たいだけ」

「えっ」

「あとは前田のご飯が食べたいし、狭くても別に良いよ」

「え、あ、うん……?」

 

 ちょっと理解できない。

 俺のベッドだから寝る、とはどういう事だ。

 どんな物でも俺が使用している事が条件であるかのような口振りに脳の情報処理が追い付かない。

 飯は、まあ何となく分かる。

 金欠だし都合の良い飯処が欲しいのだろう。

 うん………うん?

 

「いま難しい話してる?」

「してないよ」

 

 山田に否定されて、頭が痛くなる。

 これは、例の『鈍い』とかいうヤツか。

 俺が察知できていない情報があの言葉には含まれている。相談するか正直に意味を教えてくれと乞うのが正解への近道なのだろうが、山田相手にそれをやるという事が悔しい。

 難しい話では、ない。

 単純だからこそ見落としているとか?

 

「つまり」

「……」

「俺から搾取するのが愉しいから、別にベッドや住まいを変えようが問題ないって事か」

「私はそんな性格悪くない」

「それは絶対に違う」

 

 性格は悪い方だと思うぞ。

 しかし、ここまで来ると益々意味不明だ。

 こうなれば、虹夏に聞くのも……将来も堂々と寄生すると宣言している狂気の女に対し、きっと彼女も苦言を呈してくれる。――いや、早まるな!

 この程度で助力を乞うのか……と山田に内心で嘲笑われるかもしれない。

 現に、俺を見る目は何かを探るようだ。

 いつものようにボーっとした感じとは違う。

 

 落ち着け。

 冷静に考えるんだ。

 

 俺も蜜柑を一つ手にして皮を剥く。

 その途中、炬燵の中で山田の足が俺の足をつついた。

 痒いし擽ったい。

 手元から顔を上げると、腕枕に顎を埋める山田と目が合った。

 

 

「前田無しだと生きていけないって言ってる」

 

 

 その一言に、俺は言葉を返せなかった。

 いや、頑張って生きて下さい。

 そうやって軽く返そうとしたが、喉も舌もまるで思考と切り離されたように動かない。

 山田にそう感じさせる『価値』が俺に?

 いや、いつものようにその場のノリで話しているに違いない……が、リアクションがいつもと異なる印象を受ける。

 え、本当に?

 そう思うと……頭の中で組み立てた将来設計が霞がかったように朧気になる。

 まるで、呪いのようだ。

 

「……」

「前田」

「……何だよ」

「その蜜柑、要らないなら頂戴」

 

 白い手が伸ばされる。

 俺はその掌に切り分けた実を一つだけ乗せた。

 ぱくり、と山田が躊躇いなく口に放る。

 

「引っ越しても、私も寛げる物件で」

 

 俺はその言葉に、どう返したか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ――山田がそれに対してふ、と微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ♪    ♪     ♪     ♪

 

 

 

 

 

 

 

 休校明けの学校に登校する。

 校内はいつもと少し違う賑わいを見せており、そこかしこで何やら告白イベントのような物が催されていた。

 高校って、こんなピカピカしてるのか。

 バレンタインだからと浮かれているけど、陰キャの俺にはかなり関係無い。小中学校ではチョコを一つも貰った事が無いからな。

 

 憂鬱だな。

 友だちも出来ないのに周囲ではカップルが誕生する。

 彼らの青春の中、俺の影だけがあまりの光量で輝いていく彼らの光に圧し潰されて消滅するのだ。

 南無三。

 

 俺は教室に入り、自分の席に着――……?

 机の上に何やら大量の何かが積まれていた。

 俺はその内の一つを手に取って確認する。……市販のチョコだ、積まれた物を改めて見るといずれもチョコチョコチョコチョコチョコ……!?

 な、何が起きているんだ。

 困惑してチョコを凝視していると、教室中で話していたクラスメイトたちが俺の机を中心にぞろぞろと集合する。

 クラス一同の視線が、俺に束ねられた。

 ……何これ、儀式でも始まるのか?

 

「あの、前田くん」

「あ、はい」

 

 クラスメイトの男子一人が話しかけてきた。

 名前はたしか……覚えていないごめんなさい。

 ただ、クラスの中心人物という陽キャの権化だった気がする。

 

「いつも、ごめんな」

「はっ?」

「君は特に悪いことをしていないのに、何か……僕らが気に障るような事をしているから、機嫌が悪いのかなって。これは、皆からせめてもの詫びの気持ちで」

「Oh……」

 

 ぐさり、と胸を謎の衝撃が貫通する。

 いつも機嫌の悪いヤツだと思われていたのか。

 いや、確かにそうかもしれない。

 

「い、いや……別に機嫌悪いワケじゃないよ。逆に気を使わせたり空気悪くしてたらゴメン」

「……キミは、優しいね」

「へっ?」

 

 評価が180°逆転した。

 今の一言で?チョロ――ではなく、少しは疑った方が良いのではないのか。

 

「みんな、実は見ていたんだ」

「…………?」

「キミが他クラスのあの山田さんに、自分の昼食を分けてあげて、自分の分を買いに行くところ。バイトでは笑顔で優しく接客してるところ。夜に変な酔っ払いの介抱をしてあげたりしているところ。本屋で小さな子どもが取りたがっている高い位置の本を取ってあげているところ」

「あ、はい」

 

 俺の善行?らしき物を挙げている。

 見ていたって……見過ぎでは?

 普段から俺ってもしかしてクラス総員に監視されているのか。

 それに、善行と呼ばれる程の事ではない。

 山田はどうしようもないし、バイトはむしろ笑顔でやらないと客や先輩に感じが悪いとキレられたりするし、きくりさんは風評被害の可能性があるので介抱せざるを得ないし、その本屋での一件は子どもから直々に傲然と「あれ取れよ」と指図されて従った末の行動だ。

 良いように……誤解されている?

 

 いや、これはチャンスか。

 虹夏以外にも友だちを作る好機なのか。

 この機を逃したら、来年度のクラス替えにてきっと誰一人も友人のいないさらなる孤独が始まる。

 ここで一人でも交流があれば、数は減るとはいえ再びゼロから始まる事も無い!

 チャンスに違いない!……のだが。

 

 このチョコ、受け取るには量も気持ちも重い。

 クラス一同で俺の為を想ってくれたとしても、かなり一人で処理できる物量を超えている。

 

「こ、このチョコは……?」

「キミの優しい心根を疑った僕らからの謝罪の気持ちも含めている」

「意味が分からないくらい優しい」

 

 逆にこの教室が怖くなってきた。

 

「あ、ありがとう……大事に食べるよ」

「もうすぐ進級してしまうから、せめてクラスが分かれても皆がいい気分で別れられるようにって、僕らで企画したんだ」

「ア、ソウ……ヘェー」

「まだお互いぎこちなくて難しいかもしれないけど、これから仲良くしたいな」

「も、モチロン」

 

 差し出された手に、震える手で応える。

 固い握手が交わされた。

 もう何がなんだか分からない。

 

 その後、クラスメイトが俺の机に殺到して色々と質問されたりしたが、ほとんど記憶は無かった。

 そんな風に、ほとんど上の空だった意識はある人に呼ばれるまで戻らなかった。

 

 

「一郎くん!」

 

 

 はっ!

 だ、誰かに呼ばれた。

 振り返ると、虹夏が後ろに立っていた。

 ひらひらの笑顔で手を振る。

 周囲にはまだ話しかけたいというような姿勢で止まっているクラスメイトもいるが、彼らの輪に入ってまで伝えたい急用があるのだろうか。

 

「ど、どうかした?」

「うん。一郎くんに渡したい物があって」

「渡したい……?」

「はい、これっ」

 

 背中に回していた手が俺の前に差し出される。

 虹夏の手の中には、ラッピングされたチョコがあった。

 美味しそうだな。……ん?

 

「これは?」

「バレンタインチョコだよ」

「……マジで?」

「一郎くんには、これまで家に泊めて貰ったりとか色々とお世話になったしさ!」

 

 虹夏が輝くような笑顔で渡して来る。

 できれば、もう少しだけ声を抑えて欲しい。

 そこかしこで「え、泊めた?」とか「下の名前で」とかよからぬ噂の種が芽吹こうとしている。

 俺を見る視線の色の変わったのを肌で感じ取り、チョコを受け取る手が思わず止まった。

 すると――。

 

「ほら、受け取って」

 

 虹夏が俺の手を取って、チョコを握らせる。

 うわ、手やわらか……てか小っさい。

 

「大事に食べるよ」

「……絶対にリョウにあげちゃ駄目だよ」

「あ゛」

 

 俺ははっとして教室の入口を見た。

 山田は……いない。

 今の内にチョコを隠しておこう。……山田が見つけたなら、容赦なく無許可で食べ始める。家に持ち帰って冷蔵庫に容れても危険な気がするな……え、食べるしかない?

 山田に手伝ってもらう……というのは、俺を想ってこんなにも用意した彼らに失礼かもしれないし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイト前に一度家に帰る。

 チョコが溶けてしまうから一旦冷蔵庫に入れなくてはならないのだ。

 ただ、大きな懸念がある。

 

「前田」

「駄目だ」

「前田」

「ダメだ」

「前田………」

「……だ、駄目な物はダメだ」

 

 希う山田の視線から逃げるように歩く。

 最近、自覚したことがある。

 山田が追いつめられたような状況下にあると、つい手助けしてしまう。虹夏にも相談したら、彼女も同様のことが幾度もあったそうだ。

 山田にはどうやら才能があるらしい。

 ……ヒモになる、才能が。

 

 このチョコは絶対にやらない。

 特に――虹夏から貰った手作りのチョコはね。

 これが最大の楽しみでもある。

 

 ……でも、クラスメイトから貰った大量のチョコに関しては一人で処理しきれないのもまた事実だ。

 ま、まあ……手伝って貰うだけだし?

 あげても、良いのか……。

 

「コレ以外は少しだけ食べて良いぞ」

 

 俺は虹夏のチョコだけ避ける。

 

「前田、モテモテ」

「い、いやぁ……これは好意っていうか何ていうか」

 

 見るたびに胸が痛むチョコだ。

 あんな風に気遣われているとは思いもしなかった。

 あの後、クラスの陽キャ男子やクラスメイトたちとロインの連絡先を交換できたが、慣れない大量のロインに目が回ったりもしたな。

 でも、大半が虹夏とどんな関係かとか青少年らしく噂や色恋が好きなようで、俺と彼女について邪推が止まらないらしい。

 マジで今日は疲れた。

 

 でも、彼らの気持ちではある。

 山田に全て食われては駄目だ。

 そこで、予防策。

 

「山田、俺はこれからバイトだけどさ」

「うん」

「チョコ食う時は、コレを見ながら食え」

 

 俺はそう言って、映画一本を取り出す。

 題名は『チャー○ーとチョコレート工場の秘密』。少し狂気的なチョコ尽くしの映画で、これを見ていれば視覚的にお腹いっぱいになって歯止めが利く筈だ。

 山田が頷いたのを見て、俺はバイトへ向かう。

 

 これで、きっと少しは残っているハズだ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全部、食べたっていうのか……?」

 

 山田が爪楊枝で歯を掃除しながら頷く。

 バイト帰りの悲報に、俺はその場でくずおれた。

 

「あの映画を見てたら止まらなくなった」

「逆効果だったのかよ」

「大丈夫。前田に言われたチョコは食べてない」

「えっ」

 

 俺は冷蔵庫に駆け寄って、中を検める。

 すると――虹夏のチョコは無事だった。

 おお、おお……!

 山田も自制心が働いたようだ。

 何という奇跡……と思っていたら、ラッピングの封が若干開けられた痕跡がある。……中身はそのままだったので、恐らく手を出す一歩手前だったのだろう。

 

「でも手ぇ出してるじゃんかよ!?」

「いや、チョコ入ってる」

「虹夏の手作りなんだからやめろよな」

「やっぱり虹夏のチョコだったんだ」

 

 すると、山田が納得という風にうなずく。

 

 

 

 

 

 

 

「一番美味しそうだった」

 

 

 

 

 

 

 

 よし、しばらく出禁な。

 

 コイツは危ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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