めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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人知れず幸せに

 

 

 

 二月下旬。

 俺は玄関にて硬直していた。

 そこには、金沢八景にいる筈の親戚――後藤ひとりがぎこちない笑みで合格通知の紙を手に立っていたからだ。

 見納めになるだろう中学の制服に身を包み、その体には重そうなギターケースを背負いながらもすっくと直立する姿は何とも頼もしい。

 ひとりは震える唇で。

 

 

「いっくん。私……合格したよ」

 

 

 俺はその一言を受け――彼女を抱き寄せた。

 み゛ぇッッ!?みたいな悲鳴が聞こえたが、俺は構わず胸の内に湧き上がった歓喜に身を委ね、腕の中のひとりごと回って踊る。

 ギターケースの重量など気にもならない。

 ここは天国だ。

 ここは楽園だ。

 ひとりがいて、合格通知がある。

 玄関先でくるくると回る俺たちを見る視線は無い。

 

 回転力が増して、危うく遠心力に引っ張られて体勢を崩しそうになり、俺は扉の横の壁に背中を打ち付けながらもひとりをより一層強く抱き締めた。

 腕の中で謎の蒸気が立っている。

 そんな物は気にしない!

 

「ひとり、頑張ったな」

「ぁ……!?」

「オマエはそうやって、いつも俺を幸せにしてくれる。今この瞬間、何もかもがどうでも良くなるくらいに」

「ひぅ……!」

 

 ひとりが俺の腕を叩く。

 どうやら力が強すぎたらしい。

 慌てて放すと、ひとりは顔を真っ赤にしながらお腹の辺りを押えて何かに堪えている。

 体が冷えたのかもしれない。

 呼吸が荒いのは、きっと俺が抱き締めすぎて息が出来なかった所為だ。危うく歓喜のままにひとりを苦しめ続けるところだった。

 自制しろ、前田一郎。

 俺は彼女を家の中へと招き、玄関扉を閉める。

 まだ出している炬燵もあるし、そこで暖まって貰おう。

 

 手を洗った後、炬燵に入ったひとりに丁度良く先程淹れたばかりのコーヒーを渡す。

 今はこれしか温かい飲み物が無い。

 ただ、ひとりは口をつけてちびちびと飲んでいる。

 良かった、どうやら苦くても飲めるようだ。

 

 カップを卓上に置き、ひとりがチラチラと俺を見る。

 どうした、そんな事しても可愛いだけだぞ。

 

「い、いっくん」

「ん?」

「ご、合格したよ」

「うん、偉いぞ」

 

 ここ最近で一番の嬉しい報せだ。

 

「あの……私が幸せだといっくんも幸せって言ってた……よね?あっ、違う……?」

「言ったよ」

「そ、そっか……」

 

 何の質問だろうか。

 この前の年末に帰った時の言葉の再確認。

 ひとりの幸福が俺の幸であると言った事だが、あれが今の受験合格に関係していることなのか。

 俺が疑問に思っていると、ひとりが安心したように笑う。

 

 

「が、頑張って良かった……いっくんが喜んでくれた」

 

 

 心臓が大きく跳ねる。

 全身を突き動かそうとする衝動をぐっと堪えた。

 ひとりを全力で抱き締めたい感情に抗う。抗う意味が自分でも分かっていないが、今ようやく家に来て落ち着いたばかりの彼女に迷惑だと自身に言い聞かせる。

 落ち着け、呼吸を整えろ。

 今日のひとりは刺激が強すぎる。

 わざわざ感謝する為に、慣れない下北沢を孤独に歩いて俺の家を目指した。

 しかも、メールではない――自分の口で。

 連絡すれば一通で済む内容を、ここに来てまで伝えに来てくれたんだ。

 健気すぎる……。

 

「……」

「……いっくん?」

「ひとり。これから学校に通う時、朝起きるのが辛かったらいつでもここを使え」

「……そ、それはちょっと」

「えっ」

 

 何故か遠慮された。

 俺が施せる最大の支援が拒否された。

 

「な、何で」

「い、一回甘えたら……二度とここから離れられないと思うし……」

「それは寧ろ――」

「……?」

「いや、何でもない」

 

 変な事を口走りそうになった。

 理性がまるで働いていない。

 一度頼ったら、惰性でそのまま居着いてしまいそうという彼女の危惧だが、寧ろ俺からすれば好都合である。

 実質的にひとりとずっと一緒に居られる。

 これ以上の至福があるだろうか。

 ノンストレスどころではなく、幸福だけが蓄積していく。

 

 拒否されては、逆に困る。

 遠慮はしているが、嫌というワケではなさそうだ。

 ひとりもここを利用する好条件を心得ている。

 それなら話は早い。

 

「ひとり。……頼ってくれよ」

「あっ」

「ひとりの力になりたい」

「う……うぅ…………つ、ツラい時は……お世話に、なります……!」

「うん(………ッしゃあ!!)」

 

 苦渋の決断を下したひとりに対して失礼だが、心の中ではガッツポーズを決めたい程に浮かれている。

 今すぐ彼女に何かしてあげたい。

 

「こんな朝から来てくれるとはな」

「さ、さっき合格発表で……高校に」

「ああ。だから制服なのか」

「い、一番にいっくんに伝えたくて……あっ、お母さんとお父さんにもメールしなきゃ」

 

 慌ててひとりが両親へ連絡を入れる。

 俺はそれを傍らで見守りながら、今この空間全体を満たす幸福感に浸る。

 今日って俺の命日だったか。

 幸せの供給量が許容範囲を超えて、途轍もない災厄の予兆としか思えないくらいだ。

 

「ひとり、入学式は俺も行くよ」

「えっ、でも学校が」

「多分だけど、その日は俺の学校もまだ始業していないし、余裕で出席できる」

「…………えへへ」

 

 部外者の俺がいても迷惑かもしれない。

 そんな考えが過ぎったと同時に、ひとりが嬉しそうに笑ったのを見て何でも良くなった。

 今日は祝日だ。

 この後、ひとりは金沢八景へと帰る――それに俺も同行して、何か祝いたい。

 

 ひとりはコーヒーを飲み切って一息つく。

 体が温まったのか、さっきより寛いでいた。

 ひとりの手に触れると、まだ少し冷たい。

 二月の下旬ともなれば、冬の寒さのピーク。あと一週間か少し経てば、緩やかな春の訪れによって着る服も軽くなる。

 その時には、この子も高校生だ。

 

「しかし、ひとり」

「あっはい」

「合格通知を貰いに行く時、そのギターケースで良かったのか?」

「…………」

 

 え、あっ……ひとりの目から光が……。

 

「注目されました」

「あ、ああ……」

 

 皆まで言うまい。

 ひとりは会場で衆目を集めたのだろう。

 慣れない場所で注目されるなんて、きっと途轍もないストレスだったに違いない。

 そうして甚大なダメージを負いながらも俺の家を目指した。

 ならば、これ以上は負担をかけるまい。

 少しでも、ここで憩いを得て欲しい。

 

「ひとりも遂に高校生……」

「い、いっくんに心配かけないくらい友だち作って……バンド組んで……いひっ、うへへへへっ……」

「うん、楽しみにしてる」

「あぅ!」

 

 壊れたように笑っていたが、頭を撫でるとすぐ俯いて大人しくなる。

 

「何かあったら、すぐ相談するんだぞ」

「う、うん」

「特に勉強は、俺を一番に頼ってくれ。そこだけは未来のひとりの友だちであろうと譲らない」

「お願いします……」

「でも、恋の相談とかは無理だからな。……俺も未経験に等しいし」

「そうなんだ……へへ」

 

 ひとりはまた喜んだ。

 ひとりが笑うなら、俺が不幸でも別に良い……報われるから。

 こうして一緒にいる時間だけで満足だ。

 そこにひとりの笑顔があれば、何にも替えられない価値が生まれる。

 俺にとって至上の価値。

 

「いっくん」

「ん?」

 

 ひとりの白い手が俺の頭に触れた。

 慣れない手付きで、髪の上に掌を滑らせ始める。

 どうやら、撫でているつもりらしい。

 意図が分からず、でも心地よい感触に俺も黙って身を委ねる。心做しかひとりも楽しそうなので、しばらく黙って受け身になった。

 いつもは、俺が撫でているのに。

 

「いっくんも、が、頑張ってる」

「え?」

 

 ひとりの声が、頭の中で反響する。

 

 

 

 

「わ、私には絶対に無理だけど……バイトもやって、勉強もして、私なんかの面倒も見てくれて……いっくんも偉い、偉いよ」

 

 

 

 

 

 もう堪えられなかった。

 そこから先、俺に意識は無かった。

 

 

 次に目を覚ましたのは、一時間後の事だ。

 床でぐったりと倒れ、赤い顔のまま白目を剥いて失神しているひとりと、それを見下ろしている俺――という状況だった。

 これは、つまり……。

 

 

 

 

「俺が、殺ったのか……………?」

 

 

 

 

 その後、二人でお茶をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとりに迷惑をかけ過ぎた。

 俺は駅前まで彼女を見送り、改札を抜けていく後ろ姿に手を振る。

 これで春から俺の生活は華やぐだろう。

 しかし、いつでもひとりを迎えられるようにするには――山田を追い出すしかない。

 来週で出禁期間が終わるが、いっそのこと無期限にしてやろうか。

 

 そんな事をしたら悲しむのは目に見えているし、最近また野草に手を出して腹を壊しているのを目撃してしまった。

 ……泊めなくても、飯くらいは出そう。

 勿論、ひとりがいない時に。

 春になれば、ひとりと会いやすくなる。

 その事実に浮かれて――。

 

「……あ」

 

 春といえば、もうすぐだ。

 海外に出張に出ていた両親が帰って来る。

 まだ帰国に関する連絡は無いが、いずれにしても来月の何処かに予定される。

 正直に言うと憂鬱ではある。

 また彼らに気を遣わせないよう『息子』を演じなくてはならないのだ。……未だに演技抜きで接することが出来ないのは俺の努力不足だ。

 

 また、嫌な事が始まる。

 

「はあ……おっ?」

 

 背中に何かが引っ付いた。

 俺が肩越しに後ろを確認すると、同じように背後からこちらを見上げる山田と目が合った。

 随分と顔色が悪い。

 あと……迷惑な程に腹の虫が大絶叫していた。

 

「ここで何してるの、ご飯」

「もう飯処の認識が強過ぎて名前じゃない」

「いや、名前は憶えてる。……ごめん、頭回らないから何かご飯を」

「……やれやれ」

 

 俺はポケットから鍵を出して山田に見せる。

 

 

 

「昨日の晩飯の残りで良いなら」

 

 

 

 山田は、目を輝かせてぶんぶんと縦に首を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♪    ♪     ♪     ♪

 

 

 

 

 

 

 いっくんへ合格報告をしに来た私――後藤ひとりは、親戚の家の中で違和感を覚える。

 普段は独りで生活しているという。

 でも、キッチンに行けば洗ったばかりのカップが二つあったり、いっくんの趣味では無さそうな物がそこかしこに見受けられる。

 何より、居間の隅に重ねて置かれる畳まれた洗濯物を見ると――明らかにいっくんの体格に合わない服がある。

 

 こ、これって……か、かの、カノジボェエッ!!!!

 

 ぐ、下北沢で唯一の憩いになると思っていた場所でコンプレックスを強烈に刺激する物を目の当たりにしてしまった……。

 でも、いっくんに……恋人、か。

 

 良かった。

 

 私が勝手に心配してただけ……いっくんは、ちゃんと自分の人生を生きられているんだ。

 私だって偉そうな事は言えないけど、いっくんが自分の生活に少しでも楽しみを見出していて、楽しく生きているなら何でも良いや。

 

「ひとり、どうした?」

「えへへ……あ、すみません気味悪い笑い方して」

「可愛いから問題無いぞ」

「あ゛づ……!」

 

 歯の浮くような台詞なのに、その真剣な眼差しと声色から一切真意を疑う余地無く心で受け止められてしまう。

 し、心臓が跳ねてる……何か運動したみたいで疲れる……。

 

「それで、どうかした?」

 

 いっくんが再度尋ねる。

 これは、言わない方が良いよね。

 いっくんは直ぐに自分の事を卑下したりしてしまうから、きっとここで教えても卑屈に否定されてしまう。そうやって、いっくんはいつか裏切られたりするのが怖いから傷付かないように否定して、逆に自分を傷つける。

 今は、何も言わない。

 

「いっくんが幸せならいいや……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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