めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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筆に任せると喜多ターンが延期になる……。
もしかして、潜在的に私は喜多が好きではないのでは……と考えていたが、杞憂だった。

最新話の「美味しくな〜れっ」で心がキュンとしたので、私は大丈夫だと確信した。




この正体は、私の■■■だ

 

 

 

 

 家が嫌で、俺は外出していた。

 山田は親が出かける時に訪ねて来るので、基本的に一人の時間が無い。

 最近は苦痛に思える時間が増えたな。

 

「……酷い顔だな」

 

 店のショーウィンドウのガラスに映った自分の顔に失笑する。

 険しくなった顔は、少しだけ血の気が無い。

 軽く二、三人は殺っていそうな人相だ。

 我ながら、よくこの顔で外を歩こうなどと思ったものだ。こんな顔で出歩いていたら、いずれ職質でも受けそうである……健全な高校生です。

 

 何処かで休もうか。

 

 ただ、一人になれる空間なんてない。

 できれば、俺が卑屈な気持ちにならないようなジメジメしていたり薄暗い空間とか無いだろうか。あるワケ無いよな、こんな真っ昼間に。

 世の無情さに悲嘆しつつ、歩いていると。

 

 

「一郎くん、大丈夫?」

 

 

 行く手に虹夏が立っていた。

 俺が片手を挙げて挨拶すると、彼女は軽い足取りで俺の傍に来る。

 俺の両頬を手で挟んで、自分の方へと引き寄せた。

 じっ、と至近距離で視線が交わる。

 一体、俺の何を見ているんだろう。こんな不健康そうで人に見せられたものではない顔をしている俺なんて見てても不快だろうに。

 でも――何処か彼女は嬉しそうに口角を上げる。

 

「辛そうだね」

 

 え、じゃあ何で笑ったの……?

 俺はそれを口に出さず、取り敢えず頷いた。

 すると、虹夏に手を握られて何処かへと引っ張られていく。

 ど、何処ですか……。

 

 

 虹夏に連れて来られたのは、彼女の姉が経営するライブハウス――その奥にある練習によく使われているというスタジオ部屋。

 俺はそこでパイプ椅子に腰を落ち着けた。

 少しだけ、呼吸が楽になった気がする。

 

「落ち着いた?」

「あ、うん。超助かった」

「良かった……助けることができて」

 

 虹夏が俺の隣に椅子を用意して座る。

 

「今日は何してたの?」

「……家が嫌で出かけてたんだ」

「家が嫌って……またリョウが何かした?」

「いやいや、最近は寧ろ不本意ながらアイツに助けられて――」

「え?」

 

 おっと、変な事を口走りそうになった。

 虹夏も眉間にシワを寄せて険しい面持ちだ。

 親友に何させてんだ、みたいな感じだろう……危ない、折角できた友だちを失くすところだった。

 

「家に出張から帰った親がいて」

「あ、例の……」

「それで居辛くてさ」

 

 山田がいなければ、基本的にまた昔に逆戻りだ。

 あの息苦しい空間になる。

 彼らも折角帰って来たのに嫌だろうから家を出てきたけど、つくづく家族として駄目だなとは思う。もう少し俺から歩み寄るべきだと理解しているのに……気持ちも体も付いてこない。

 その所為でバイトのシフトも増やしてしまった……。

 

 クリスマスの一件で話したのもあり、虹夏も納得しているようだった。

 

「じゃあ、辛かったら私の家においでよ」

「ええ……?」

「迷惑じゃないよ。むしろ、一郎くんと一緒にいられる時間が増えて私は嬉しいし!」

 

 素面でこんな恥ずかしい事を言えるのか。

 すごいな、虹夏は。

 俺は感服して暫く言葉が出なかったが、彼女の提案に首を縦に振る。

 

「じゃあ、ギリギリの時にお世話になる」

「そんな我慢しなくていいのに」

「体に悪いって?」

「そう。お揃いするくらいの私と一郎くんの仲の良さを頼るべし!」

 

 虹夏さんが笑顔でスカーフを指差す。

 二人で並ぶと、腕章みたいに左腕につけたスカーフと、首に巻いた虹夏のそれが近づく。

 今さらながら、女子とお揃いって何か恥ずかしいな。

 そんな風に一人で謎の羞恥心に堪えていると、虹夏が俺の左手首に視線を落とす。

 え、何?

 

「一郎くん、こんなの付けてたっけ」

 

 彼女が指摘したのは、銀の腕輪。

 ああ、これは。

 

「山田と出かけた時に選んで貰ったやつ」

「………へえ」

「実は俺、スカーフが全然似合ってないらしくてさ。じゃあ何が良いかって相談した時にピアスとか腕輪で、よく分からないから一緒に吟味してさ」

「……うん」

「それで、気に入ったのがこれ」

 

 俺が左手を持ち上げて見せる。

 俺が見ていてファッションセンスが良い山田からも評価が良かったので自慢の一品だ。

 それを見て、虹夏が笑う……けど目が笑ってない。

 え、まさか似合ってないのかな。

 これから気遣いの言葉とか出てくる感じ?

 

「良いと思うよ」

「あ、そ、そう?」

「……リョウも最近同じの付けて……」

「ん?何て?」

「ううん、何でもないっ」

 

 何か小声で虹夏が言うので尋ねたが、聞かせては貰えないようだ。

 怖いな……その小声の部分が本音の可能性がある。

 もしかすると、似合ってないのかもしれない。

 思えば、山田の感性って独特な部分もあるし。

 何だか少しだけ不安になってきたので、取り敢えず帰ったら確認し直そうと心に決めた。

 

「一郎くん」

「ん?」

「来年もリョウ共々、仲良くしてね!」

「……助かる、けど山田と仲良くって……」

「仲良いと思うよ」

「そうかな……アイツが何を考えてるか、よく分からない事が多いし」

 

 そう言うと、虹夏もんーと唸って虚空を睨む。

 

「たしかに、たまに分かんないね」

「だろ」

「リョウって、何考えてるんだろ」

 

 二人で揃って、んーと唸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♪    ♪    ♪    ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は、前田の両親が出かけているようだった。

 彼らが不在の今、二人で居間に寛いでいる。

 

 

「そういえば、一年も経ったな」

 

 

 私――山田リョウの隣で彼が呟く。

 昼のロードショーを見ている最中だった。

 一体何を指して、そこから一年と言ったのか私には分からなかった。壁に立てかけられた犬カレンダーを見れば、三月は特に記念日らしき物はない。

 私が黙って考えていると、その思考を見透かした彼が呆れたように嘆息した。

 

「オマエが来るようになってからだよ」

「……そうだっけ」

「そうだぞ。一年も、だ」

 

 忌々しげに一年を強調する。

 私が来るようになって困っていたのか。

 普段からよくネチネチと私に言ってくるけど、内容はほとんど頭から抜け落ちている。

 何て言ってたっけ?

 まあ、どうでもいいか。

 それと同じで、別に一年が経過しても大した事ではないと思う。

 私の中では当たり前になっている。

 

 前田と二人で、この家にいる事が当たり前。

 

 すっかり私の日常の一部だ。

 

「出来れば自分の家で寛いで欲しいんだが」

「それが出来れば苦労しない」

「苦労してるの俺だけだぞ」

 

 前田は苦言が絶えない。

 私が居る事がマイナスのように言う。

 ………最近は、私がいる方が少しだけ楽しそうなくせに。

 私は知っている。

 前田が実は、自覚している以上に私のベースが好きなんだって事。私が来ると、最初は嫌だとか言いながらも家にすんなり上げてくれる。

 所謂ツンデレだ。

 

 ん……?

 私はふと前田の手元を見た。

 前田が小説を読んでいる。丁度良く、ラストページを読み終わったようだ。

 

「……前田が小説を読んでる、珍しい」

「コレ?クラスの陽キャ男子に、映画も観るけどたまにはこういうのも開拓しようかなって思ってるって言ったら勧められた」

「面白い?」

「最高に面白い!……けど」

「けど?」

「内容が凄まじくダークなんだよな。一人の女の壮絶な復讐劇……絶望して自殺するとか自殺に偽装した殺人とかは見慣れたけど、自殺を復讐の『手段の一つ』にするっていう新鮮なインパクトが」

「……陽キャが勧めて来たんじゃないの?」

「そうだよ。逆に怖い、あんな笑顔でコレ勧めてくるとか……」

 

 前田が読んでいるのは、『その女アレ○クス』。

 後で私も興味本位に書店で購入して読んだけど、内容は凄まじいの一言に尽きる。

 冒頭からリアル過ぎるエグい描写と急展開に混乱するし、始終暗く駆け抜けていく。もはや希望なんて言葉とは無縁で気分が落ち込むのに読了後は奇妙な高揚感があって、ひたすら面白い、圧巻、この女やりきった……という感想が湧く。

 コレ、本当に陽キャが勧めてきたのか……。

 

「駄目だ、暫く何も読んだり観たくない」

「へえ、そんな面白いんだ」

「いや、何か脳も腹もいっぱいだし心がズッシリするっていうか」

 

 ぐったりと前田がソファーに崩れた。

 しっかりと自分の感情も相手が分かるように理路整然と言葉で伝えようと努める彼にしては、妙に感覚的でそれだけに疲弊していると分かる。

 読んで暗い気分になったのか、前田が愚痴り始める。

 

「何でオマエと恋人なんて誤解される羽目に……」

「もう解くのも面倒臭いね」

「そこがもう救いようも無い……!」

 

 そう悲観する事でもない。

 私は意外とこれを楽しんでいる。

 いずれ、前田も何だかんだで順応して自分から山田リョウの恋人だとか言いそうだ。

 誰かに合わせるのが彼だし。

 本当にツンデレだ。

 

 思えば、最初からそうだったかもしれない。

 一年前まで、実際に私は前田と一切の接点も無かった。

 同じ中学で、同学年の男の子だけどこれまでの交流も皆無。

 何が私たちを引き合わせたか。

 それは、たぶん高校入学までの春休みだ。

 

 

 

 中学卒業後すぐだった。

 受験勉強から脱却した解放感も相俟った感覚に身を委ねて街を練り歩いた……が。

 その所為か、終わった後はかなり疲れていた。

 我ながら体力の無さを実感した日でもある。

 寝惚けた状態で歩き、気付いたら知らない路地で立ったまま寝ていた。

 

 そんな私に声をかけたのが――。

 

 

『うわ、何かいる……』

 

 

 まるで物の怪でも見たような声と顔だった。

 私は半分目が覚めて、彼を見た。

 スーパーの帰りで、手に携えたバッグからネギが飛び出している。

 誰だ、この人。

 私の視線で困惑を察したのか、気まずげに彼が口を開いた。

 

『俺、前田一郎。……同じ中学で、同級生』

『………』

『スーパーの帰りに寝てる君を発見したんだけど……何で寝てんの?しかも立ったまま』

 

 その時、質問に答える力すら無かった。

 ただ朧気ながら、この場で眠り続けるのは駄目だという常識だけが働いていて、自分の中の危険意識を細やかに喚起していた。

 私は手だけ伸ばして、彼の袖を掴む。

 えっ、と声が上がった。

 もうそこから先は覚えていない。

 気付いたら、彼の家に居た。

 

『そんな眠いなら、ここで休んでくれ。近所で遭遇した同級生が後で事故ったなんて聞いたら寝覚めも悪いし』

『……寝ていいの?』

『ちょっとだけ。後で親御さんに連絡して来てもらう』

『………ありがとう』

 

 結局、そこから先の記憶は無い。

 朝起きたら自分の家だったっけ。

 どうやら、私を起こそうと努力したが彼の万策を跳ね除ける程に私の眠りは深く、防御は固く、仕方無しと放置するしか無かったそうだ。

 親に連絡しようと、私の荷物を探って連絡先を調べて電話し、迎えに来て貰ったという。

 私は一応、感謝しようと親に頼んで彼の住所を聞いて再度訪ねた――が。

 

『外で寝るとか無用心すぎるぞ』

『うん、ドンマイ』

『いや、俺の話じゃないから』

 

 くどくどと外で寝るのは危ないみたいな説教が始まったけど、その途中で私のお腹が盛大に鳴った。

 そういえば、朝食を抜いてたんだった。

 音を聞いた彼が、またあの呆れた目で私を見る。

 

『……さっき昼飯出来たから、食っていく?』

 

 その後食べた前田の料理は美味しかった。

 絶品――という程では無いけど好きな味だ。

 食事が終わると、好きな時に出て行って良いとだけ言って彼は映画を観ながら求人のチラシなどを机に広げて眺め始める。

 特にする事も無く、私は隣に座って映画を観た。

 私は独りが好きだし、他人に合わせるのが面倒な部分がある。バンドはともかく、私生活は特にそうだった。

 だから、友だちも幼馴染の虹夏だけ。

 でも、この感覚は初めてだった。

 

 

 近くに誰かがいる安心感と、まるで独りでいるような開放感。

 

 

 この独特な味わいのある空間が、私には心地よく思えた。

 前田本人も過干渉して来ないし。

 それが良くて、その日から私は前田宅をよく訪ねた。

 訪問の度に「また来たよコイツ」みたいな顔をされるけど、別に何でもいい。

 そういう事が日常化し、気付いたら高校に行っても週四で家に足を運ぶようになっていた。

 そうしていく内に前田本人にも詳しくなる。

 前田は友達がいない。

 海外出張に親が出ていて、年中一人……この部屋に招くのは、私が初めて。

 

『前田、次からは早く帰って来て』

『バイト帰りの人間に開口一番ソレか。少しは労ってくれよ』

『もうお腹が』

『ホントに自由だな、オイ』

 

 前田の家にはよく来るけど、彼がバイトでいないときにふと思った。

 何か、味気ない。

 あの独特の空気感がここに無かった。

 そして彼が帰ってきて分かったのは、この部屋に彼がいるから味わえる唯一の物、前田が必要十分条件なのだと。

 私もバンド関係で最近嫌な事が多くて、だからこそここへ逃げ込む事も多くなって、その分だけ癒された。

 

 この特別な空間を、私だけが味わえている――そこに優越感があった。

 

 でも、最近は違った。

 前田の家に虹夏が遊びに来たんだ。

 雨で濡れた彼女を甲斐甲斐しく世話するのは、いつも通りの前田だった。

 なのに。

 

 ――なんで上げたの?

 

 虹夏を見て、唯一の友だちに対して初めて嫌な気持ちになった。

 言葉にしたくないけど、あれは憎しみだったと思う。

 私と前田だけの、私だけの場所だった。

 その日は仕方無いと思った、これっきりだと自分に言い聞かせて、湧き出た変な感情も蓋をして。

 

 でも、次は部屋を満たす酒の臭いがした。

 

 前田がバンドマン――しかもベーシストを家に入れたという。

 その人の残り香だそうだ。

 しかも、ベッドまで譲って一泊を許した。

 

 ――それは、私だけのじゃないの?

 

 嫌な事は畳み掛けるようにある。

 前田の首筋についた噛み跡を見て、無意識に伸びた手が上塗りしようとするみたいに爪を突き立てて、傷を別の形にしようとした。

 でも、それを自制する意思も無かった。

 形が変わって、痛がってる前田を見て――少しだけ胸が温かくなった。

 

 ここにいるのは、私と前田だけでいい。

 

 それが私の日常で、常識になった。

 なのに。

 なのに。

 なのに。

 前田はまた、虹夏や別の人を上げる事が増えた。

 その度に、私は筆舌に尽くし難い感情を抱かせられる。

 虹夏と同じスカーフ、噛み跡、別の人の臭い……それが前田にあるのが嫌になる。

 

 ようやく自覚したが、私は前田がいれば何でも良い事に気付いた。

 前田のいる空間、それこそ重要だと。

 場所が変わろうが、彼がいるだけで唯一性のある居心地の良さが手に入る。

 だから、将来は家を出ていきたいと語る彼の言葉にもさして驚かなかった。

 ただ、私の遠くに行かなければ良い……って。

 

 それがあるから、縛り付けた。

 

『前田無しだと生きていけないって言ってる』

『………ぁ……』

 

 前からそうだが、前田は頼られると弱い。

 何故かは分からないけど、自分を随分と過小評価しているようで、特に『価値』という単語を耳にすると少しだけ表情の色が変わる。

 だから、私はそこにつけ込んだ。

 彼に、知らしめた。

 

 ――私には前田しかないと思わせる『価値』があるよ。

 

 それを直截的に伝えれば、彼は呆けたようになって、私が通える距離にと言えば頷いていた。

 そこまでやって、少しだけ自嘲的な気持ちになる。

 我ながら、前田に執着心が過ぎると思った。

 

 これは恋愛感情なのかな。

 でも、前田とキスがしたいとか、デートに行きたいとか、そういう風に思った事は無い。

 そこはハッキリしないので、別に考えなくていい。

 恋人も欲しいとは思わないし。

 前田とは、どんな関係性になったってきっと変わらないだろうから。感情に名前を与える必要も無いし、深く考えて余計な乱れや隙を作って、誰かに踏み込まれても困る。

 

 

「山田?」

「……あのさ、『一郎』」

「げっ」

 

 私は、ここを譲らない。

 虹夏にも、そのベーシストにも、彼が甘い態度を取る親戚にも。

 ここは私の、私だけの場所。

 

「家に居る時は、名前でしょ」

「えー……別に良くないか?」

「今日は前田の父も母も出かけてるけど、こういうのは日常の積み重ねだから」

「…………分かったよ、リョウ」

 

 感情は分からない。

 でもハッキリしているのは、一つだけ。

 私には前田が必要で、他の人には共有できない。

 彼がいるから成り立つ物が、もうどうしようもなく私の中で強い快楽になっている。

 だから、譲らない。

 

 ああ、これが―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、よくできました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――独占欲だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ずっと温めてた……。

ここまで呼んで、結束バンドを結成した時どれくらいギチギチ?

  • キツすぎて血管破裂した……!
  • まだ血流生きてるなー。
  • ピッタリ!
  • 緩〜くて快適だなー!

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