四月の初旬である。
遂に――待ちに待ったこの日がやってきた。
俺は学校へと向かっている。
ただ、それはいつも登校に使うルートではない。秀華高校という、今年になってから縁の出来た学校への道だ。
しかも、その学校で今日は入学式が開かれる。
無論、俺の入学式ではない。
我らが至宝――後藤ひとりの入学式だ。
待ち焦がれた幸福が手の届く処にある。
俺は歌でも歌いだしたいくらいに浮かれた気分で、これからひとりが使用するであろう秀華高校への道を辿っていく。
今日は入学祝いの撮影もあるらしい。
そんなワケで、俺も正装――下北沢高校の制服だ。
ひとりの隣に立っても遜色ない装いでなくては。
幸いにも入学式の会場に入れるのは『保護者関係者』とあるので、俺も入れる。
ああ、ひとりの新制服姿が……。
俺は意気込み十分の心構えで会場を目指す。
しかし、途中で何かが爪先に当たった。
その拍子で数歩先へと転がっていく。
蹴ってしまった物を確認すると、ストラップの付いた鍵だった。
俺はそれを拾い上げて苦笑する。
一見して鍵一つに付属するストラップの数が尋常ではなかった。
これ絶対に陽キャの鍵だ。
俺の鍵なんて、虹夏との外出で買ったパンダのキーホルダーだけだ。
数えるだけで六つもある。
その数だけ友だちがいるのを感じた。
さては、相当青春を謳歌しているな……羨ましい限りだが、厄介な事に本人からすればこの鍵は紛失物である。
きっと、今頃かなり困っているに違いない。
いや、そもそも気付いているかすら不明だ。
探しに来ているなら、下手にここから動かさないのがベストだが、気付いていないなら交番にでも届けるべきなんだけど……。
どうすべきか。
見なかった事にしても罪悪感が半端ない。
でもっ……ひとりの入学式が……。
「あのっ!その鍵!」
背後からの声に思わず身構える。
肩越しに振り返ると、一人の少女がいた。
ワンサイドアップにした赤い髪と、自分という物に自信を持つ者が見せる輝きを眼差しに宿している。
身を包むのは、秀華高校の制服だ。ひとりが写真で見せてくれたので知っている。
胸にはリボンが飾られている。
もしかして、新入生の子だろうか。
「何か?」
「それ、探してた鍵なんです!」
「今ここで拾ったんだけど、どうしようか悩んでたところだからこっちも助かっ――」
振り返った直後、少女が俺の手に飛びついた。
そして。
「
「うあ゛ッッ……!!?」
目の前の景色の明度が急速に増した。
俺の手元にある鍵を見て、目を輝かせている。――その女子を目視した瞬間、俺は網膜が焼けるような溶けるような痛みを覚えた。
少女から謎の擬音と共に光が溢れる。
太陽光とは明らかに質が違う。
彼女そのものが第二の恒星となっており、至近距離で直視してしまった俺の網膜は死んだ。
握られた手はそのままに、半歩だけ後退する。
こ、これは何なんだ一体?
脳内に『キターン』という知らない音が響いた。
俺は痛む目を手で覆う。
ま、間違いない……見た事の無い陽キャだ。
俺のクラスにだって、こんなに光り輝く子はいなかった。
「あの、どうかしました?」
「いや……別に」
「それにしても、良かったぁ」
俺から鍵を受け取った少女が胸を撫で下ろす。
確かにそうだよな。
家の鍵を失くしたら誰だって不安になる。
家に帰るのが難しくなる事は勿論だが、最近では拾われた鍵から犯罪の手段として利用される場合も屡々あるので鍵の紛失というのは身の危険にも繋がるのだ。
最初は面倒だとか思ったが、こうして本人に返してまると良かったと俺自身も思――。
「これ、友だちの鍵なんです。――本当に見つかって良かった!」
うぐぅあッッッ!!?
再び炸裂したキターン光線に再び激痛が走る。
安易なネーミングでも、そうとしか言い様が無い。
しかも、この光が焼くのは網膜も勿論の事だがメンタル面にまで影響を及ぼす。
この少女は、我が身の危険を案じていたのではない。
友人の安全の為に、わざわざ探していたのだ。
その献身と、探し出した事への安堵は他人事でありながら他人事ではないと真に迫る少女の感情が光として現象に現れていた。
面倒臭いとか思ってた俺には痛撃である。
短時間で、理解した。
この子は――俺の『天敵』だ。
基本的に自分のリスク計算は私欲のみしか頭にない俺には無い、他人への思い遣りを優先する人柄の持ち主。
話しているだけで良心の呵責に苛まれる。
「み、見つかって良かったな……!」
「何で苦しそうなんですか!?」
「気の所為っていうか、君の所為っていうか……」
「ど、どうしよう!」
「いや、気にしないでくれ……」
これ以上の気遣いを受けたら消滅する。
「君は、これから入学式?」
「そうなんですっ!今年から秀華高校に通うことになりました」
「そっか。頑張れ」
「はいっ!貴方は……?」
少女が俺の姿に視線を上下させる。
ああ、成る程。
下北沢高校の制服を着ている男が、どうして入学式を開く予定の秀華高校の近くにいるのか疑問に思うのは当然だ。
確かに、早く来すぎたな。
式が始まる予定三十分前。
しかし、まだ入学生関係者の入場は受付も始まっていない。
「親戚の子が入学するから」
「もしかして、お祝いに?」
「今日は記念写真も撮るから、俺も制服にしようかなと」
「わあ、仲が良いんですねっ」
うわ、眩しい。
一々光らないで欲しい。
「という事は、先輩……ですよね?」
「下北沢高校の二年」
「私、喜多郁代って言います!鍵の恩、いつかきっとお返ししますねっ!」
「ああ、うん」
それでは、と少女――喜多郁代が駆けていく。
溌剌とした空気を纏った彼女が遠ざかっていくに連れて、周囲の景色がようやく通常の明るさを取り戻す。
太陽の光を感じる。
やれやれ、近くで見すぎたな。
あれが陽キャ…………なのか。
真の陽キャって物理的にも眩しいんだな。
しかも眩しいだけでなく、俺の醜い部分まで照らし出してしまうなんて恐ろしい子だ。陰キャならばある者は憧れ、ある者はきっと光に当てられて消滅する。
ひとりの場合は……即死だな。
出来れば優しく扱って欲しい。
さて、浮かれ過ぎて受付開始時刻までどうしようか。
入学生は早いが、俺は関係者だしな。
この辺りにいるのも不自然かもしれない。
そこかしこに保護者と共に登校する少年少女が見受けられる。初々しい姿だが、一年前の我が身もそうだった。
みんなの青春はこれから始まるのか。
「い、いっくん」
愛しい声が耳朶を打つ。
くいくいと服の裾を引く方に顔を向けた。
後ろには――真新しい制服の袖に腕を通し、不安そうな面持ちで俺を見上げているひとりがいる。
うわ、可愛っ。
風で乱れたであろう部分の髪の撫でて直す。
ひとりが大人しくしているので、ついでに少し撚れている制服のリボンを直し、スカートに付いた木の葉を払い落とす。
「よし、可愛い」
「あぅ」
「ひとり。とうとう入学か……俺も居るからな」
「ほ、ほんとに来てくれたんだ」
「ああ。もし学校があっても必ず来たよ」
そう言うと、ひとりの表情が柔らかくなる。
どうやら、かなり不安だったらしい。
二人で会話をしていると、彼女の後ろから後藤夫妻が現れる。その傍から駆け出し、俺の足に抱き着く小さな影はふたりだ。
「やあ、一郎くん!」
「今日は、ひとりちゃんの入学式に来てくれてありがとうね」
「いっくんが居る!」
「いえ。寧ろ俺も勝手に来ちゃってすみません」
「良いさ!僕ら家族で祝おうとも!」
直樹さんが俺の肩をバシバシと叩く。
嬉しい事だ。
「この後、一郎くんの家に寄るけど良いかな?」
「えっ?」
「いつも一郎くんにお世話になってますって、前田家にも挨拶しないとさ。既に連絡は入れてあるんだよね」
「そ、そうだったんですか」
俺は知らなかったな……。
「いや、お世話になってるの俺の方ですが」
「そうだったかしら……?」
首を傾げて本当に悩んでいる後藤夫妻に思わず笑ってしまう。
彼らには本当に敵わない。
俺はふたりを片腕に座らせるよう抱き上げた。
それから、空いた片手でひとりの手を握る。
「それじゃ、入り口まで行くか」
「う、うん(いっくんの手、安心する……)」
手の中の温もりを噛み締めて。
俺は後藤家と共に、秀華高校に向って歩き出した。
♪ ♪ ♪ ♪
ひとりの入学式から数日後だった。
両親は久しい日本を満喫中、今は東北の中尊寺金色堂を始めとする観光地を一泊二日で巡る旅行に出ている。
俺は学校やバイトがあるので固辞した。
そういった事情もあり今日は一人で家で寛げる。
学校からの帰り道、これから何の映画でも観ようかと考えていた俺だったが、不吉な事にポケットの中のスマホが鳴る。
画面を見ると、ロインの通知が一件。
送り主は――山田だった。
『前田、お金払えなくて店出れない』
メッセージの下に、店の位置情報がURLで送られていた。
ここまで来い、と。
俺じゃなくて親に頼めよ。
でも、体はもうそちらへ向かい始めていた。
もはや、山田リョウという寄生虫によって中身が変えられてしまったのか、すんなりとアイツの我儘に従うようになっている。
度し難い習性だな。
しかし、今日もまた山田には呆れさせられる。
飲食店に入るなら、まず自分の財布の中身を把握しておけと言いたい。メニュー表にだって値段を書いていないなんて店は無いぞ。
しかし、初めてだな。
山田は俺の家でタダ飯を食らい、無許可で宿泊する。
それでも借金は無かった。
…………とうとう、俺の財布にまで手を出し始めるのか。
家に居座るだけでは飽き足らず、金銭面でも侵食しようとしているのなら危険だ。
今こうして山田の下に向かう体も含めて、将来的に財布としてこき使われる未来が思い描ける。
今日だけにしよう。
今後は絶対に貸さない。
店まで行くと、店の前に山田が立っていた。
あれ、店内で待っている筈では……?
「あ、やっと来た」
「…………何してんの?」
「前田を待ってた」
「金が払えなくて店の中で雁字搦めにされてるんじゃなかったのか」
「それ嘘」
…………嘘?
困惑する俺の前で、山田が店を指差す。
「ここ美味しい店なんだ」
「へえ。……で?」
「でも最近、また美味しそうな新メニュー出たんだけどカップル限定で一人じゃ食べられない」
「…………」
「私と前田は今からカップル。……オーケー?」
何もオーケーではない。
要するにカップルと偽装して店に入りたいようだ。
山田が所望する新メニューがカップルに限定された特別物であり、条件を満たす為に俺を使いたくて呼んだと今理解した。
正直、付き合う道理は無い。
しかし、店前に飾られた看板にあるメニュー紹介で山田のお目当てのカップル限定のスイーツパフェは確かに美味しそうだった。
「……食いたいのか」
「うん。前田と食べたい」
「…………今日だけだぞ」
結局、好奇心に負けて俺は入店を決めた。
山田に手を引かれて店の中へ。
シックな装いの喫茶店内を、店員に案内されて窓際の席に着く。
二人でむかい合うように座っている俺たちは、メニュー表を手に取って一覧を眺める。
「オマエが食べたいのは……コレ?」
「うん、それ」
「よし、頼むか」
俺が片手を挙げると、店員がすぐ注文を取りに来た。
「ご注文をお伺いします!」
「この――――を下さい」
「はいっ!こちらカップル限定のメニューですのでご確認させて頂きますが、お二人はカップルですね?」
「はい」
山田が腕輪を見せるので、同じ物を付けた左手を俺も掲げる。
それを見た店員が注文を了解し、下がっていった。
…………ん?同じ物?
「あれ、山田も腕輪してたのか」
「うん。気に入ったから」
気に入ったのなら仕方ないが、山田とお揃いみたいで何か嫌だな。
咄嗟の事で、カップルの証明として腕輪を見せたが同じ物だと知って今内心では驚いている。
何だか堂々と付けているのが恥ずかしいな。
でも、虹夏とお揃いのスカーフまで付けているのだから今更な話でもある。
「前田、これから何するつもりだった?」
「家に帰って、映画かな」
「私はこれからバイトだというのに、怠惰だね」
「普段のオマエに比べたらマシだろ」
「前田らしくない」
「なぜ俺の休息だけ許さない……?」
並々ならぬ執念を感じる。
本当の意味で俺の財布を狙っているのか。
より労働量を増やし、多少金を増やした分を遂に我が物としようと画策しているのなら絶対に阻止する。
これ以上、オマエに何も施してやったりしない。
……早くパフェ来ないかな。
「前田、映画と小説は開拓するらしいけど……漫画とか音楽は?」
「漫画、音楽ねぇ……お勧めある?」
「んー……サウジアラビアのヒット曲からだけど――」
「またサウジアラビア……嘘も大概にしろ」
「嘘じゃないもん」
「前にオマエの言ってた、エポン?だっけ。あの格闘技、調べたら全ッ然無いんだけど」
「それイングランドの伝統的な祭典でやる舞踊」
「まだ言うか」
すらすら嘘つきやがる。
じゃあ、あの奇妙な構えと体捌きは何だったんだ。
「それに、音楽は別にいい」
「そうなの?」
「近々、山田がライブで聴かせてくれるだろ?」
「………うん。まだ募集中だけど」
山田が力強く頷く。
メンバー募集中らしいが、一体どんな方法で呼びかけているのだろう。
虹夏も高校生だし、発揮しうる広告力は低い。
精々ライブハウスや学校に許可を取ってチラシを貼るか、友だち伝てに音楽に興味のある者に声を届けて貰う他にない。
ライブとはいえ、いつになるのやら。
「漫画は?」
「私、あんまり読まない」
「そっか……」
「前田は読んだ事無いの?」
「……昔、世話になってた家の『MONST○R』って漫画をこっそり読んでたな。ほら、浦○直樹って知ってる?」
「知らない」
「あれしか読んだ事ないな」
漫画の開拓か。
長編物は難しいし、出来ればすらすら読める短編物から入り始めると良いかもしれない。
「私が読んだの、『ゆるキ○ン』とか」
「何それ」
「女の子が平和にキャンプしてる」
「へえ……そうか、キャンプ。漫画とか音楽以前に、アウトドア方面も考慮してみるべきか」
「私が家に行く時はやめてね」
「何でだよ」
俺の趣味まで縛るつもりか。
でも、アウトドア――キャンプも悪くない。
一人でも出来るし、前に夢見ていた旅行のように保護者の同意書等の面倒な手続きをあまり必要としない。キャンプ道具で金が入用だというのは、前にテレビ番組で観た気がするな。
少しだけ興味が湧いてきた。
「それにしても、新学期始まったな」
「新学期は憂鬱」
「俺もだよ。……しかもオマエと同じクラスとか勘弁して欲しい」
「これで課題は楽になる」
「……はあ、救いは虹夏も同じってだけだな。悲しい事に、去年の俺のクラスメイト一人もいないし」
折角交流ができ始めていたのに、奇跡的に今回のクラスは俺だけで、それ以外の全員が他クラスにバラけた。
これは教師陣に作為的な何かがあると疑わざるを得ない。
「前田、教室でボッチだね」
「昼は虹夏が誘ってくれるからボッチじゃない」
「私もいる」
「山田がいてプラス方面には感じない」
「なぬ……」
山田と談笑が続く。
その間に、パフェが届いた。
一つを二人でシェアする方式らしく、俺と山田はやや長い匙を手に取って繊細に盛り付けられた甘味の山を切り崩して食す。
あ、凄い甘いな。
カップルではなく、一人でも食べたい。
………ん?
ふと近くの席で同じ物を注文したカップルを発見する。お互いにパフェを匙で取り、食べさせ合っている。
ぱ、パフェ以上に空気が甘い……。
ソレを見ている山田の顰めっ面がまた凄まじい……。
「前田」
「ん?」
「私たちはやらないよ」
「当たり前だろ」
店側に要求されたって出来やしない。
俺たちはあの二人組から顔を背けて食べ始めた。
「リョウ……先輩………?」
ぞっとするほど凍えた声に俺と山田はびくりとした。
今度は何だ。
隣の席から聞こえた気がする。
山田を呼んだという事は、彼女の知り合いだ。
俺は隣の席へとそっと視線を移すと、その先に顔面蒼白となった女子高生がいた。……女子高生が…………あれ、何処かで見た顔だな。
よく観察すると……数日前の入学式で出会った少女――喜多郁代だと分かった。
また会えるとは奇妙な縁だ。
しかし、山田とも知り合いなのか。
「山田、知り合いか?」
「うん。私と虹夏のバンドにボーカルで入った子」
「おお、そうなのか」
「あれ、貴方は入学式の時の……」
喜多さんも俺の正体に気付いたらしい。
俺と山田を交互に見て、何か得心したかと思えば今度は暗い顔で俯いて席を立つ。
「す、素敵なカップルですね……あはは……」
「え、あ、あの?喜多さん?」
「お、お幸せにーーーーーー!!」
目元をハンカチで拭いながら、逃げるように喜多さんは店を出ていった。
今回は光らなかったな………。
彼女を見送った山田が、俺に視線を戻す。
「あの子も家に入れたの?」
意味の分からない嫌疑が掛けられた。
知り合って早々、異性を家に入れたりはしない。
山田という例外を除けば、ある程度信用のある人間ではないと一歩も入れるものか。
俺が首を横に振って否定すると、山田が目を細める。
「入れたら駄目だよ」
オマエも例外じゃないぞ。
次回からようやく五月。
ここまで呼んで、結束バンドを結成した時どれくらいギチギチ?
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キツすぎて血管破裂した……!
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まだ血流生きてるなー。
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ピッタリ!
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緩〜くて快適だなー!