めしくい・ざ・ろっく!   作:布団は友達

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原作開始
残っていたらしいチケット


 

 

 

 

 新学期が始まって早一月。

 それでも季節の巡りもまた去年と同じで、日常にも特に変わりはない。細やかなのは、受験に対して一層の関心などが強くなるだけ。

 それでも、この時期になるといつも今年こそは新しい何かを探したり、身につけたいと思うのは何故だろうか。

 毎回、そんな願望が叶った事は殆ど無い。

 思い返しても妥協したり、多少は背丈が伸びただけ。

 何も変わらない。

 その証拠に。

 

 

「それじゃあ、いってくる」

 

 

 五月、両親は変わらず海外出張に出た。

 俺は彼らの見送りに玄関まで来ている。

 もう慣れた事だし、悲しいことにまだ寂しいと言えるほどの親密度も育まれていない。この瞬間はいつも、自分が薄情者であると実感する。

 でも、今年は違う。

 何故か、俺以外にもう一人――彼らを見送る人がいる。

 

「それじゃ、一郎くんを頼むよ。――リョウさん」

 

 父の言葉に、隣で山田リョウが頷く。

 リョウに頼む、というのは業腹だ。

 むしろ、普段から彼女の面倒を見ているのは俺の方だというのに。そんな不満を今は面に出さず、スーツケースを持って出ていく二人を見送った。

 静かになった家に俺たちは立ち尽くす。

 また今年中は帰って来ないだろう。或いは息子の恋人というツールを利用すれば居心地よくなると帰る頻度が上がるかもしれない。

 俺としては、どちらもキツい。

 さて、今日も学校なので悠長にしていられない。

 そう思いながら。

 

 

「――何で家に居るんだよ」

 

 

 しれっと親の見送りまでしている隣のリョウに質問する。

 昨日は来るなと連絡を入れておいた。

 つい先日、スマホを破損した彼女は親に新規端末を購入して貰ったので連絡手段が再生されたのは知っている。

 俺のメールも届いた筈だ。

 内容も、今思い返せば絶対に誤解されるような文でもないのでこの家に来ようなんて沙汰には及ばないと断言できる。

 ならば――何でここにいる?

 

「私は一郎を任された」

「初めて聞くタイプの侮辱だな」

「一郎は私を軽視してるね。私にはそれくらいの度量がある」

「割とガチで日頃の行いを省みてくれ」

 

 彼女は欠伸だけすると、時計を見た。

 そろそろ学校に向けて出発する時間である。

 俺は居間へと戻って、既に用意していた鞄を手にした。リョウもギターケースを背負って、俺へと目配せしてくる。

 本当に一緒に登校するつもりか……。

 正直、気が進まない。

 

 山田リョウ。

 昨年の三月に出没し、一度の油断で家に招いてからというものの、ここを巣の一つと定めて図々しく親の不在を良い事に何度も泊まり込んだりして我が物顔で過ごす輩だ。

 家事はしないし、飯は強請るし、ベッドは取る。

 来ても良い事は何一つとて無い。

 

 紛れもない―――寄生虫だ。

 

 俺の中では、そんな風に認識している。

 お陰で人の面倒を見る事だけは達者になった。

 去年を振り返ると、思い出す情景の殆どにリョウが紛れ込んでいる。

 そんな彼女と、進級してもまた同じクラスとは厄介な縁が出来てしまったものだ。

 プライベートでも密接に関わるようになると、俺たちの間柄もまた一言では説明しにくい。

 

「一郎。私の弁当は?」

「オマエは虹夏のやつがあるでしょ」

「……足りない」

「……俺のを分けてやるから、もう口を閉じろ。虹夏にも失礼だから」

 

 親友に弁当を作らせておきながら、量に対して不満を言う。

 果てしなく傲慢なヤツだ。

 少なくとも、俺はリョウに弁当は作りたくない。

 家でも晩飯、休日ならばもう遠慮なく朝昼晩とご相伴に与っていく面の皮の厚い彼女に極力、作る必要が無いなら是非とも作りたくない所存だ。

 いずれは家に入らないようにもしたい……が。

 

「一郎は今日、バイトだっけ」

「ああ、二十一時くらいになると思う」

「カップ麺食べて待つか……」

「待っても飯は出さないぞ。というか帰れ……こちとら山田夫妻から娘の様子をメールで聞かれる度に泣きそうになるんだぞ」

 

 リョウの父母も心配している。

 娘を溺愛する二人からすれば、俺は不逞の輩だ。

 最初はかなり警戒されたが、今ではある程度信頼されているらしく、メールで釘を刺すような感じで娘の様子を尋ねる。

 俺がリョウに手を出すワケがない。

 少なくとも、それは初めて会った瞬間にフラグが折られてしまった。

 

「一郎が帰るまで映画でも観とく」

「だから、帰れって」

「何かお勧めは?」

「……最近観た『ダンサー・○ン・ザ・ダーク』ってヤツは面白かったかな」

 

 切ない気持ちになる作品だった。

 久しぶりに観終わってみれば、良い意味で悶々とさせられた。遣る瀬ないという感情が強いが、あれもまた人生かもしれないと一つの納得の形を心に届けてくれる。

 リョウがそこを共感してくれるかは分からないけど。

 題名を復唱した彼女は、本当に記憶したのかしてないのか「んー、わかった」と変な調子の声を返してくる。

 ホントか?

 

「っと、そろそろ出ないとな」

「まずい、一郎の所為で遅刻する」

「そこで俺の責任を強調するのやめろよな」

「大丈夫。私が一緒に罪を背負うよ」

「良い事風に言うな、恩着せがましい……」

 

 俺とリョウは揃って、家を出る。

 玄関扉に鍵をかけ、マンションを出ていく。

 

 

 

 

「行くよ。――前田」

 

 

 

 

 

 俺は山田の隣に並び、学校へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ♪    ♪     ♪     ♪

 

 

 

 

 

 午前最後の授業の途中、心地良くて眠ってしまった。

 

 ただ真っ暗闇だった。

 一体何なのかと困惑していると、遠くから音が近付いてくる。

 ドンドンドンドン。

 最近、似た音を聞いた気がする。

 よく耳を澄ますと、それがドラムの音だと理解した。

 音は着実に近付いて来るが、一体闇の中で叩いているのが誰か未だに正体は不明だ。

 ただ、耳に全神経を集中させる。

 

 不意に、頭に触れる掌の感触がした。

 俺の跳ねた髪を撫で付けるように頭の上を滑る。

 誰だ、何だ?

 疑問が尽きず混乱していると、ドラム以外にも声が聞こえた。

 

 

 ――……一郎くん、見ーつけた。

「ひっ!?」

 

 

 ぞっと背筋が凍る。

 目を開けて机の上から跳ね起きた。

 机から顔をあげると、目の前の席に腰を下ろしたクラスメイト――伊地知虹夏が驚いた顔で俺を見ている。

 ……何だか気まずい。

 寝起きに情けない悲鳴を上げていた気がする。

 夢の中で俺に接近していたのは誰だったのかはどうでもいいとして、虹夏さんは何をしていたんだ?

 

「一郎くん、大丈夫?」

「あ、ああ。……ちょっと良くない夢を」

「授業中に居眠りなんて珍しいね。いつもちゃんと集中してるのに」

「いつも?」

「あ、いや別に」

 

 いつも俺より前の席に腰掛けている虹夏が、なぜ後ろにいる俺の様子を知っているのだろうか。

 プリント配布の時……に見るのかな。

 何故か狼狽えている虹夏に疑問を抱きながら、固まった体を伸びほぐそうとする。

 背骨がパキパキ鳴った……痛ェ。

 片腕が机から持ち上がらない。

 見てみると、俺の腕を枕にして山田が同じように寝ていた。

 

「今は……」

「お昼の時間だよ」

「そっか。じゃあ、弁当食べよう」

「あれ!一郎くんも今日弁当箱があるんだ?」

「俺も少し変えてみようかなって」

 

 どれくらい寝ていたんだろう。

 俺は瞼を擦りながら、眠る山田を見る。

 

「山田、起きろよ」

「ん、おはよう」

 

 俺の腕から顔も上げずに山田が答えた。

 虹夏が肩を揺するが、一向に起きる気配は無い。

 

「昼飯だぞ」

「はい」

「うわ、起きた」

 

 山田は期待の目で虹夏に手を差し出している。

 溜め息をつきながら彼女が渡す弁当箱を即座に開けて、中身を貪り始めた。

 その姿に俺も虹夏も苦笑いである。

 作った者としては味わって食べて欲しい、その一念が湧いてしまう程の速度で弁当箱に空白が生まれていく。豪快というよりは、もはや掃除としか言いようのない食べっぷり。

 おかしいな、俺の家でも朝飯をしっかり食べてた筈なのに。

 

「ちゃんと味わって食べろよ」

「やっぱり虹夏の弁当は美味い」

「一郎くんの晩ごはんもこんな感じで食べてるの?」

「んー……?」

 

 虹夏に訊かれて俺はこれまでを思い返す。

 そう、でもないな。

 あれ、どうだったっけ。

 弁当よりは量が多いとしても、もっとゆっくり噛んで食べていた気がする。いつも話しながら食べているからかもしれない…………そうだったっけ。もうよく分からないな。

 あれは、味わって食べてた……?

 

「そう……かも」

 

 曖昧に答える。

 すると、そっかぁと虹夏も苦笑した。

 山田の視線がこちらへ向く。

 ま、さか。

 

「俺のも食べる気かよ」

「分けてくれるって言った」

「言ってな…………言ったな」

 

 伸びて来る山田の箸を拒まず、俺は弁当箱を差し出す。山田の咀嚼速度は、やはり速い。

 やっぱり気の所為か。

 

「あ、そうだ!」

 

 虹夏がぱんと掌を打ち合わせると、ポケットから何かを取り出した。――チケットだ。

 俺には見覚えのある物だ。

 

「それ、ライブチケット?」

「そう!今度演るやつ……良かったら来てよ!」

「……虹夏が演るって事は、山田も?」

「え……あ、うん」

 

 虹夏が困惑気味に頷いた、何故だ。

 いや、それより重要な話を聞いたぞ。

 山田のベースが遂にライブで聴けるという。聞けば、日付も丁度フリーな日ではないか。

 なら、行かない理由は無い。

 前から山田のベースがライブハウスで火を吹く様をいつかと望んでいたぐらいだし、俺は財布を取り出して購入しようとする……が。

 

 

「……ん?」

 

 

 その直前、膝の上に何かが置かれた。

 俺は机の下に視線を落とす。

 すると、虹夏が差し出しているチケットと同じ物が置かれている。少しだけくしゃっとなっているのは、渡してきた本人の管理の悪さが窺い知れる。

 顔を上げると、山田と視線が合った。

 

 …………。

 

 きくりさんのライブに通う過程で、幾つか知識が身に付いている。

 ライブには集客ノルマが存在するらしい。

 ライブハウス側から課せられた規定のチケット枚数を自分で売っておくのだが、これが充分に売れないとペナルティめいた物が働いて売れなかった分を自分で支払う……とか何とか。

 要するに、一人がチケットニ枚を買い占めるのは不適切なのだ。

 どちらかしか選べない。

 

 俺が止まっているのを見て、虹夏が小首を傾げる。

 まずい、判断を急がないと。

 

 俺は直感で動く事にして――――。

 

 

「あ、そ、そうだった。実は山田のヤツから既に買い取ってたんだった!」

 

 

 机の下のチケットを手に取り、虹夏に見せてみる。

 すると、虹夏は一瞬だけ固まる。

 え、何で?

 

「そ、そっかー……はは」

「どうした、虹夏」

「い、いや!?一郎くんが来てくれるなら、尚更張り切らないとね!じゃあ、このチケットは他の友だちにでも売ってみるよ」

「そっか」

「…………残してたんだけどな……」

「ん?」

「あっ、気にしないで。あはは」

 

 虹夏が手を振る。

 さ、最近暗い顔のまま小声で呟く事が多いけど……そういう時の不穏さが半端ではない。

 腕輪の時といい、虹夏は実は小声で凄まじい愚痴を言ってるのではないかと疑い、虹夏そのものを疑う自分を嫌になり、他の可能性を探ってはやはり虹夏への疑念が消えず…………という『疑念スパイラル』が起きる。

 何か、きくりさんの言ってるヤツに似てるな……。

 

「あ、私飲み物買ってくるね!」

 

 虹夏が席を立って教室を出ていく。

 その慌てた後ろ姿を見送った後、俺は財布を取り出してチケット代をそっと山田の前に置いた。

 山田の所為で、俺は気分の悪い選択をさせられてしまった。

 直感とはいえ、罪悪感がある。

 第一、ライブがあるなら言えよな。前から俺も行きたいと言っていたのに。

 このタイミングというのも質が悪い。

 

「心臓に悪いことするなよ」

「驚いた?」

「当たり前だろ。ていうか、まだ売れ残ってたんだな」

 

 忘れてたどころの話ではない。

 ペナルティになるというのに、金欠のオマエがそんな事をしたら更に危険な事になる。その分だけ、俺が面倒を見なければならない状況に陥るのは目に見えた未来だ。

 意図的なら悪質窮まりない。

 俺の悶々とした胸の内を知ってか知らずか、山田はチケットを手に取つて笑う。

 

 

「残してて良かった」

 

 

 嬉しそうにしている意味が分からない。

 俺も虹夏も良い迷惑だぞ。

 

「ライブって事は、喜多さんが歌うのか」

「うん……その予定なんだけど」

「ん?」

「合わせの練習、悉く出来てないんだよね」

「合わせ……って、みんなで合わせて演奏ってこと?」

「うん」

「………え゛っ、ライブあるのに?」

「うん」

 

 色々と不安になってくる。

 これから観に行くライブへの期待図が、段々と霞んでいくようだった。

 た、確かにまだ三人だけらしいし結成して間もない。

 大きな期待を寄せるには荷が重すぎるだろうが、山田の演奏を楽しみにしていた身としては正直に言ってかなり残念だ。

 

 喜多さん、どうしたのだろうか……。

 

 先月のカフェで会った時は様子がおかしかった。

 もしかして、あのときの事が原因になっているのではないだろうか。

 

「ライブ、雲行きが怪しいな」

「でも、やるだけやるしかない」

 

 山田が弁当箱の中のトマトを箸で取り――呆けていた俺の口へと突っ込んだ。

 

 

 

 

「だから、ライブは楽しみにしといてよ」

 

 

 

 

 

 それはしてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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