明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。
今年もハマるアニメがあるかな?
あると良いな……ゴールデンカムイは諸事情があって停止していたので、凄く楽しみです。
では、どうぞ。
「最近、バンドはどうだ?」
食器を片付けながら尋ねた。
映画『ミッ○サマー』を鑑賞中のリョウは、内容に釘付けで俺の声は耳に届いていなさそうだった。枕を抱いて、時折だが顔を顰めている。
無理もない。
俺も初見では同じ反応だったと思う。
物語が進む程に不安感が煽られるのはサスペンスの醍醐味だが、この映画は民俗学的な側面が強くて正直に言うと解決だとか救いという物が無い。
映画の舞台において、山奥や地図にも載っていない村などの因習などが関わるサスペンスだと、大概は村を脱出するしか助かる道は無く、証拠を持ち帰って正体を暴露するなんて稀だ。
特に生贄というのが多い。
無事に帰れた例は少ないな、確かに。
結末としては、訪ねた登場人物もその風土に染まってしまったり、無念にも途中で死んでしまったりする結末の方がスタンダードだ。
そういう映画を観た後の後味は、独特だ。
俺はリョウの前にコーヒーを置く。
声は聞こえていなかった程に集中しているのに、コーヒーだけには反応して一口啜る。
現金なヤツだな。
俺も隣に腰を下ろして、課題をやり始めた。
黙々と手を進める――が、要所要所の衝撃的なシーンでだけつい顔を上げて見てしまう。俺の方はリョウほど一つの事に集中できていない。
やがて映画が終わり、リョウが深く息を吐く。
鑑賞後、その胸中にあるのは俺と同じような感想なのだろうか。
「一郎」
「ん?」
「そういえば、途中で私の調子がどうだって訊いてなかった?」
「バンドの調子はどうだ?」
オマエの調子はどうでもいい。
家に来る度に大体分かるからな。
それよりも気になるのは、ひとりが加入して新たな一歩を刻んだ虹夏率いる『結束バンド』の様子である。俺は『STARRY』にも行かないし、ひとりともメールはするけどあの子は不安にさせまいと見栄を張ることが屡々あるから実態が分からないままだ。
現状を知りたいのなら、当事者のリョウに直接聞くのが一番早い。
「依然ボーカル探し」
「喜多さんの代わりか」
「最近はぼっちもバイト頑張ろうとしてくれてるし、虹夏も張り切ってる」
ひとりのバイト。
最初は不安が大きかったな。
極度の人見知りでコミュニケーションが苦手な彼女がライブハウスで働くというのは、かなりの過負荷になると俺は予想していた。
どんな仕事だって他人との対話を要する。
ひとりには辛く厳しい事には違いない。
初日のストレスが凄まじかったのか風邪を引きはしたものの、復帰後は欠勤も無く働き続けているとか。
………涙が出そうだ。
あの子は苦手な事でも逃げずに頑張るんだな。
しかし、虹夏も張り切っているのか。
もしかして、ひとりの努力する姿に触発されたのかもしれないな。
あの明るく常に前を向く虹夏らしい。
……その割には、リョウは変わらないな。
「オマエも何かやってるの?」
「うん。お気に入りの楽曲が見つかった」
「良かったな、暇そうで」
オマエも少しは影響されろ。
常にマイペースなところは羨ましく思う日もあるが、今だけはもう少し頑張れよ。
俺の皮肉も通じず、リョウはコーヒーを堪能している。
結束バンドなのに結束力低いな…………。
そこで、ふと思った。
ボーカル探し。
部外者ではあるが、俺でも貢献できそうだな。
俺自身は技術的に無理でも、探すだけなら俺にも可能ではないだろうか。
知人に当たって…………友だち少ないんだった。
「俺も探してみるか」
「一郎は何もしなくていいよ」
「え、でも」
「大丈夫。最悪は私が一夜漬けすればメンバーの一人や二人……」
「そんな爆弾能力に委ねるな」
決してロクな結果にならない。
一夜漬けしたら代償で何かを失うのがリョウだ。
メンバーが勧誘できてもコイツが面倒臭い状態に陥っていたら意味が無い。また虹夏と俺が苦労させられるだけなのが目に見えている。
「でも、勧誘は難しいかもな」
「何で?」
「だって、結束バンドで頼れる人脈の広さとか行動力があるの虹夏だけだろ」
「たしかに。私には虹夏と一郎しかいない」
ひとりも友だちが少ないらしい。
本人は強がっているが、言わずとも分かる。
何でだろうな……あの子の魅力を知れば、学校どころか世界が注目するというのに。
かなり残念だ。
それはともかく、こういった事情から現状では結束バンド内で虹夏しか頑張れていない。
「そもそも、どんなボーカルが欲しいんだ?」
「歌える人」
「ざっくりだな」
「別に。普通に歌える人が来ればいい……音楽性なんかは、みんなで作れば良いし」
ほう。
リョウにしては珍しくまともな意見だ。
歌い手に高い技量なんかは別に求めていない。皆で結束バンドの音楽を作れたら良いというのは、また素敵な方針だと思った。
……ならば尚更頑張れよ。
虹夏任せにはせず、リョウも積極的に行動すべきだ。
「リョウの作りたいバンドってさ」
「なに?」
「実は将来的なヒットバンド狙ってたりするのか?」
「バンド作る人は大抵そうだと思う。でも私と言うより虹夏が作りたいバンドだから」
「そっか」
リョウは虹夏の意思を尊重している。
一時期はあれだけバンドに辟易していたからな。
そんなコイツを勧誘し、再びバンドマンとして立ち直らせる事をしたというだけあり、虹夏に感謝しているのかもしれない。
結束バンドのリーダー、か。
結構大変だよな。
今のところ、全然悪い子では無いがひとりもまた個性的と言えば個性的だし、それに加えてリョウもいるとなればまとめ上げるのにかなり苦労しそうだ。
手伝えることは手伝いたいけど、部外者だしな。
リョウが俺の協力を拒むのも、バンドの力で成り立たせたいというプライドが底にあるからなのだろう。
ここは見守る事を徹底するべきだな。
「ボーカル、見つかると良いな」
「いつか来る……きっと」
「探せ」
そこは受動的になるなよ。
虹夏一人に全任せするな。
「それにしても、喜多さん何してるんだ」
「さあ」
「さあって」
「連絡も無いし、もう死んでるかもしれない。私は最近お線香あげてる」
「想定してる最悪がレベチだな」
姿を消しただけで生存を疑うな。
単純にライブの緊張感や、ボーカルとしての重圧があったのかもしれない。はっきりとした理由は不明だが、他にもライブ直前で逃げ出した事への罪悪感もきっとあって戻りづらいというのもあるだろう。
メンバーに謝罪の一つも無いのは、きっとそういう事だ。
あまり交流は無かったが、入学式の日に友人の家の鍵を探していた喜多さんなら、他人に迷惑をかけて何も思わない筈は無いのだから。
「ま、早く見つかると良いな」
「気長に待とう」
「少しは頑張れよ」
「えー……」
リョウが面倒臭そうに顔を歪める。
どっちにしろ、オマエも少しは頑張れよ。
メンバーが揃わなければ何も始まらないだろうに。
「俺は早くオマエの音楽が聴きたいんだけど」
そう言うと、リョウは一瞬だけ固まった。
俺が楽しみにしている事が意外だったのだろうか。
それならば心外だ。
ライブに来るなと言われた時の心の傷は、地味にまだ癒えていないんだからな。
我ながら女々しいかもしれない。
でも正直に告白すれば、若干今でも引き摺ってる。
あの時よりも、次の結束バンドのライブへの期待度は跳ね上がっていると言っても過言ではない。是非ともこの鬱屈とした気分を払拭してくれるような衝撃がある事を臨んでいる。
いや、結局は勝手に俺が期待して失望してるだけの話なんだけどさ。
少しだけ自己嫌悪に苦悶していると、肩にリョウの頭が乗った。
見れば、少しだけ嬉しそうだった。
「やる気出たかも」
え、逆に怖い。
♪ ♪ ♪ ♪
その翌日のバイトだった。
俺は店内に入ってきた客を思わず凝視する。
その視線に気付いた相手も、俺を見るや固まってしまった。
一体どれだけそうしていただろう。
店長の思案顔が視界の隅に入って、ようやく俺の体は再始動する。
「いらっしゃいませ」
「り、リョウ先輩のカレシさん……」
「何処でそんな悪口覚えたんだ」
俺は内心憤りつつも、入店した客――逃げたボーカルギターこと喜多郁代を席へと案内する。
ギターケースを背負った制服姿。
学校帰りだろうか……ギターを持ってるのは部活かな。
いつも友だちに囲まれてそうな彼女だが、今日は何故かお一人様だ。
明るい彼女を知る俺からすれば、表情も暗く見える。
今は店内もかなり空いている時間帯だ。
静かな分だけあって、新たな客の喜多さんの影が濃い。
かなり落ち込んでいるが、もしかして。
「ご注文お決まりでしたら、ベルでお知らせ下さい」
「あの」
「はい?」
「り、リョウ先輩のカレシ……なんですか?」
「違います」
「でも」
「照れ隠しとかではなく、本気で交際関係じゃありません。アイツに割と良いようにこき使われているだけの人間です」
「こき使う……?」
「頼まれて飯を作ったりとか」
「…………良いなぁ」
「へ?」
い、今なんて言ったんだこの子……?
誰もがきっと憐れむか顔を顰めるかしかない状況を説明して、よもや良いななんて羨むような言葉を口にしたのか。
予想していた反応と明らかに違う。
「取り敢えず、恋人ではありません」
「そうなんですね……そうなんですね!」
「うお、びっくりした」
「何だか心の暗闇が晴れた気がします!」
席から立ち上がって喜多さんが笑顔を咲かせる。
え、まさか暗い顔の原因ってコレだったのか。
しょうもな……とは言ってはならない。彼女にとっては切実な問題だったのだ。
この反応から推察するに、喜多さんは山田に対して強い憧れを抱いている。
恋愛的な好意、なのか?
それは微妙だな。
学校でも推しのアイドルに恋愛疑惑が浮上した時は血の涙を流すほど悲憤している人間がいたから、その感覚にも近いのかもしれない。
山田が一定の層から支持されているのは知っている。
男子よりも、女子の方がファンも多いとか。
本人が語っていたのは胡散臭かったが、実際にアイツの名前を挙げて黄色い声を上げている人もいた。
喜多さんもその類だったのか。
懐かしいな。
一年前、山田との交流で勘違いした女子に殴られそうになったっけ。偶然にも現場に居合わせた山田が同棲疑惑だけ新たに芽生えさせて去ったので拗れてしまったけど。
「何だかやる気が漲ってきたわ!」
「はあ……おめでとう?」
「ようし、早速……はぁ」
やる気が出たと言うや急に萎んで机に突っ伏す。
感情の起伏が烈しいな。
「どうした?」
「私……実はリョウ先輩目的でバンド入って……でも、でも、ギター弾けないんです」
「練習すれば良いじゃん」
「弾けるって嘘ついて入って、練習して誤魔化そうとしたけど全然上達しないんです!」
「……今日ギター持ってるのは部活?」
「練習、してるんです……部活はしてないです」
山田目的で入る、なんて話あるんだな。
俺には信じ難いが、まあ目の前に実例があるので驚く事しかできない。
それにしても、嘘を言ってバンドに入ったのか。
嘘を付く事が良いワケじゃないが、その後も努力して嘘を本当にしようとするくらいには結束バンドに貢献しようという姿勢を感じられる。
やはり、悪い子ではない。
「じゃあ、何で」
「……知ってるんですね、逃げた事」
「山田から聞いたよ」
「リョウ先輩、怒ってました?」
「いや、心配してた。音沙汰無いから、もう死んだと思って線香あげてたとか何とか」
「そ、そんなに私の事を想ってくれて……!?」
「喜ぶな」
「ア、ハイ」
真面目な話してるんです。
悪い子ではないが反省はしなさい。部外者の俺に言う権利は無いけどさ。
真面目な話なので変なテンションはやめてくれ。
いや、山田に関しては真面目ではないと思うが。
「虹夏も別に怒ってなかったよ」
「知り合い、なんですか?」
「学校もクラスも同じだから近況はよく聞くんだよ」
「そう、なんですね……みんな優しいです。だからこそ、胸が痛い」
「え、あー……」
「早く諦めろって話ですよね!私ってホント……」
喜多さんが卓上で項垂れる。
う、暗い……!
参ったな、また落ち込んでしまった。
落ち込んだ調子のこの子を、結束バンドにもう一度誘おうなんて考えが一瞬浮かんだが、それは能天気かもしれない。
喜多さんは謝りに向かう勇気も無く、でも考えないようにしようと潔く忘れる事も出来ず悶々としている。
中途半端で、分岐点だ。
部外者の俺が背中を押せる話でもない。
「ん、とー」
「……あの?」
「あー」
かける言葉が見つからない。
第一、俺は人を励ますのは苦手だ。
ひとりの時は心の底にあるモノが自然と褒め言葉となって口に出るのだが、励ました事はほとんど無い。
むしろ、励まされてばかりだ。
虹夏や星歌さん、それに…………。
『今日、元気無さそうだったし』
あの雨の日に、わざわざ暗い顔をしていたらしい俺を励ます為に一人ライブまでした山田。
でも、俺は山田みたいに音楽という手段では人に訴えかけられない。
どうしよう。
このまま喜多さんを返してもロクな事が無い。
どうしよう……どうしよう……!
『――また夢見せてやるよ』
脳裏に、あの人の声が響いた。
そうだ。
あの人は、俺を言葉で励まそうとしていた。
あんな感じで、あんな感じを倣って、喜多さんを励ませるのではないだろうか。
真似でも良い。
絞り出せ、言葉を。
「喜多さん」
「……?」
「喜多さんは凄いぞ。俺ならとっくに忘れようって努めてるのに、未だにギリギリの所で踏ん張って練習続けてるんだろ」
「……そんなの、言い訳ですよ」
「…………」
「自分は大丈夫、悪くないって言い聞かせる為にやってるとしか思えないんです。こんな中途半端なら、早く諦めた方がいっそ――」
「中途半端で良いでしょ」
「え?」
「喜多さんがすっぱり諦めつくまで練習や上手くなる方法模索して、練習もギターも嫌になったら諦めよう。逆に上手くなったらみんなに謝りに行ったら良い」
きくりさんみたいに、肯定と……先を示す言葉を絞り出す!
「もう少し頑張ってても良いと思うぞ。諦めるなんていつでも出来るけど、悩めるのは今だけしか出来ないし」
「…………」
「…………」
「……ゴメン、何が言いたかったか途中で分からなくなった」
「…………」
「つ、つまり、中途半端な所かもしれないけど喜多さんは止まってるワケじゃない!人より進む速度が少し遅くなってるだけだって話かな!?」
自棄になって変な言葉を口走る。
シン、と静まり返る。
あ、夢中になってたけど……客とずっと話してる店員の俺って凄い迷惑なのでは?
ちらり、と店長を見ると渋い顔をしていた。
すみません、今すぐ退避します!!
俺は堪えられなくなってその場から踵を返そうとしたが、エプロンの裾を掴む手に止められた。
熱の溜まっていく顔で振り返ると、喜多さんが微笑んでいた。
「ありがとうございます。――じゃあ、もう少しだけ悩みますね」
そう言って、少しだけ彼女からキターン光線が放たれる。
入学式の時に比較したら微々たる光量だが、少なくともさっきの暗い雰囲気よりは断然こちらが良い。
俺の下手くそな激励で何かが伝わったなら、それでも構わないや。
俺は一礼して、厨房へと下がる。
その途中で。
「お客様を口説いちゃ駄目だよ」
誤解した店長の一言を受けてメンタルは撃沈した。
喜多さんは料理を少しだけ注文し、平らげるとそそくさレジへと足を運ぶ。
レジを担当していた俺は、彼女と代金のやり取りを済ませる。
「あの、お名前訊いても良いですか?」
「あれ、知らなかったっけ」
「私、一方的に感謝だけして別れたので」
そう言えば、そうだったな。
「前田一郎」
「前田さん………うん」
「ん?」
「あの、また来ても良いですか?」
「え、それは勿論……(出禁にする権限とか俺には無いし)」
「これ、受け取って下さい」
メモ帳の切れ端を渡される。
紙面には、連絡先と愛らしい文字で『喜多郁代』と記されていた。
「それじゃあ、また来ますね。――前田さん!」
頬を少しだけ赤く染めて、喜多さんが店を出ていく。
うん……この連絡先は、どうしろと?
俺が手元の紙切れを見て悩んでいると、ポンと肩に誰かの手が乗る。
振り返れば、店長が渋い顔で立っていた。
「ここはそういう店じゃないから」
だから何の話?
勝つのは誰だ?
-
山田の独占欲
-
虹夏の庇護欲
-
ひとりの慈愛
-
喜多キターン
-
連続普通のパンチ