今日は散々だった。
結局あの山田は捕まえることができなかった。
鍵を奪われたままなのは由々しき事態だが、もうバイトの時間も迫っているので今は考えないようにしたい。
むしろ、それより気になる事がある。
学校を出てから……視線を感じていた。
何でだろう。
人の恨みでも知らない内に買っただろうか。
俺はバイトへの近道になる細い路地へと入った。そこは人気がなくすんなり通れるから遅刻しそうな時以外でも利用する頻度は高い。
あ、人いないの逆にマズくね?
「ねえ」
悪い予感が的中した。
俺が一人だけの時を見計らうかのように俺に声がかけられた。
声から好意的な気持ちが全く感じられない。
敵意全開である。
振り返ると、女子三人が立っていた。
うん、どの子も知らない!!
「な、何ですか?」
「最近、山田さんと仲良くしてるけど何なの?」
「何なの、とは」
「彼氏かって聞いてんの!!」
………何なんだ、この女子たちは。
なぜ山田と俺の関係が気になるんだ?
いや、昼の出来事だったりを見ていれば気になるヤツもいるだろうが、行動に移して、しかもこんなに険のある声と顔で詰問してくるヤツが出る程のことではない。
マジで何の因縁か分からん。
「彼氏じゃないです」
「はあ?じゃあ、何なの……廊下で追いかけてたし」
「鍵を盗まれたので」
「山田さんがそんな事するわけないじゃん!!」
「その山田は絶対に人違いだ」
その山田さんフィルターかかってません?
この子、山田を美化している節がある。
き、聞いたことがある。
山田は男子は勿論の事、一部の女子にも人気があるらしい。
この三人は、山田のファンか?
そうだとしたら納得だ。
過激派のように、山田に俺のような男子の影が近くにあると目障りなのだろう。……そう思われる俺の方が気に障るけどな。
「いや、山田は君らが思ってるようなヤツじゃ……」
「何その反応」
「え?」
「アタシらより山田さんを知ってるってアピール?」
何だか気持ちを逆撫でしてしまったらしい。
知ってるアピールっていうか、知りたくもないのに教えられてしまった感というか。
「何したいのか知らないけど、アンタみたいなのが――!!」
女子の一人が手を振り上げる。
え゛、何で山田の事で俺が叩かれなきゃ――――!
「あれ、前田?」
場にそぐわない呑気な声がした。
野草の束を片手に俺たちを見ている。
げ……元凶が来た。
俺に向かって振り下ろされた手は寸前で停止した。
他の女子二人も、愕然と出現した山田に視線が釘付けになっている。
そして、頭を庇うように立つ俺。
「何してるの?」
「あ、山田、これは」
山田はしばらく俺たちの様子を訝しげに見て、何か得心して掌を拳で叩く。
それから、ポケットから俺の家の鍵を取り出した。
鍵を指に引っ掛けて俺たちに見せびらかすように揺らす。
「邪魔してゴメン。前田、晩ごはん楽しみにしてる」
それだけ言って、山田が去っていく。
俺の家に向かうつもりだろう。
山田のセリフからそれを察したであろう女子三人の目に剣呑な光が宿る。
俺は凍りついた。
ヤロウ……火に油注いだだけだった。
元凶がさらなる災いだけ残して帰るなよ、ていうか助けろよ、あと鍵返せよ!
恐るおそる女子たちの顔色を窺う。
すると、平手だった形が拳固に変わった。
他の二人からもメラメラと燃え滾る何かを感じる。
そっと……俺は頭を庇う腕の防御を固めた。
「同棲してるなんて、聞いてないーー!!」
してません。
俺を殴ることなく、女子たちが泣きながら走り去っていった。
泣かしたのは俺じゃない、山田です。
♪ ♪ ♪ ♪
――午後九時半。
俺は疲弊した体を引きずって帰宅した。
しこたま女子の暴行未遂に堪えた肉体をさらに労働で酷使した所為か、もう今の俺は絞りカスも同然の死に体だった。
これ以上のストレスは死ぬ。
労らなくていい。
慰めなくていい。
ただ、何事もなくこの夜を過ごしたい。
「ん、おかえり」
そう思ってたら、特大のストレスがいた。
呑気にパジャマ姿で俺を迎える。
ソファに寛いでベースを弾いていた。
俺の家で悠々自適に過ごしている姿は、客人ならば許しただろう。招いてもいない山田だから絶対に許さん。
「何で、いるんだよ」
「晩ごはん食べに来た」
「食うだけなのに、何でパジャマなんだよ」
「……前田は寝る時にパジャマじゃないの?」
「オマエ今ちゃんと俺と会話してる??」
すらすらと当然とばかりに山田が答える。
めき、と握った拳から音がする。
今の俺なら山を殴り砕ける気がした。
コイツの所為で、バイト前に知らない女子から暴力を受けそうになる謎の闇イベントがあったというのに、どうして平然と俺にメシを乞えるのだろう。
殴ってもいい?
いや、如何に山田とて暴力はいけない。
「泊まる気か?」
「今回は一泊用の準備してきた。親にも連絡した」
山田が後ろに目配せする。
うん、何か荷物が展開されてるな。
「何で?」
「前田に服を借りたりして申し訳ないと思ってたから、今回はしっかり用意しようと思って」
「申し訳なく思うなら今すぐ出てけ」
俺は脱力してその場に座り込む。
不思議そうに俺を見て、なぜか頬を指でつついてくる。
ウザい。
どうして俺がこんなヤツに振り回されなきゃいけないんだ。
悪いことなんて一切していない。
強いて挙げるとすれば、『あのとき』に山田を見捨てなかった事ぐらいだ。
でも、あの行いを後悔するのは何か違うし。
あぁ……。
「前田、疲れてるね」
「見ての通りだよ」
「晩ごはん何?」
「気遣うフリしてメシの催促かよ」
俺は顔を上げて時計を見る……九時半過ぎ。
机を見ると、食器も何も無い。
まさか、山田は俺を待って食事も摂っていないのだろうか。
こんな時間まで空腹に堪えさせたのか。
俺の料理を、そんなに楽しみにしていた……?
そう考えると申し訳、なくない。
勝手に上がって飯食いに来たヤツの方が悪い。
第一、今日の俺は山田に施しを与える必要性が皆無だ。足を持って振り回し、ベランダから放り投げてもギリ許されるだけの迷惑を被っている。
でも、それをする体力が無い。
叱る気力も損なっている。
「はあ……もういいや」
俺はキッチンの方へと歩いた。
「今から焼肉ソース風の野菜炒めを作る。白飯も炊くから四十分くらい待ってくれ」
「美味しそう」
「あと、昨日の残り物のポテトサラダと味噌汁で良いか?」
「お、おおおお……!」
「完成するまで適当に過ごしててくれ」
「じゃあ、映画観る。お勧めは?」
「四十分間の暇潰しじゃないからソレ」
何で四十分の暇潰しに映画をチョイスするんだよ。
ううん、暇潰しって言ったって……。
大体、俺を酷い目に遭わせた上に助けてくれもしなかった山田なんかの為にどうしてメシだけでなく娯楽まで提供しなくてはならないんだ。
また腹が立ってき…………あ、そうだ。
「じゃあ―――『ハ○テンション』」
俺は一本の映画を取り出す。
……パッケージは見せず、ハードディスクにそのまま挿入した。
山田が期待の眼差しでテレビの前に移動する。
「面白いの?」
「ああ、是非観てくれ」
「うむ、拝見いたす」
さあ、俺は料理に取り掛かろう。
その間に、山田には――――絶望してもらおう。
料理が完成した頃、山田は……。
「前田、謀ったな……」
「バカめ」
テレビの前でぐったりとしていた。
そんな山田を見下ろして、俺は隠さず笑う。
そうさ、『ハ○テンション』はゴリゴリのスプラッター映画だ。食事前に見たら肉なんて食えなくなるレベルでエグい。
この前のことで、山田はホラー系やグロ系が苦手だと知った。
これで少しは意趣返しになっただろう。
俺はほくそ笑んで……食卓に、肉いっぱいの野菜炒めを配膳した。
さあ、存分に食らうがいい。
案の定、食卓を見た山田が顔を顰めた。
「今お肉を食べられる気がしない」
「味付けは完璧だぞ」
「う…………」
「コラ。野菜炒めだけ遠ざけるな」
山田が箸を手にする。
そして、躊躇いがちに味噌汁から手を付けた。
汁を一口啜る……そして。
「ん……美味しい」
ほぅ、と息をついて幸せそうに呟いた。
……散々な目に遭わされたけど、味を高評価してくれている反応に溜飲が下がりかけた。
いかん、いかん。
チョロすぎるぞ、前田一郎。
俺も汁を一口啜る。
その間に、山田は野菜炒めに手を伸ばした。
「んん、空腹に沁みる……」
「食えるのかよ」
「食べ物に罪は無い」
「じゃあ、映画再生するぞー」
「え」
俺はリモコンで停めていた映画を再生する。
びくり、と山田の肩が跳ねた。
再び画面に繰り広げられた凄絶なシーンに山田は視線を背ける。ふ…………やべ、俺も食事中なの忘れてたわ。
胃にクるシーンを観る前に止めた。
お、俺も食べてる時はやめよう。
それから黙々と食事を続ける。
「前田、今日の放課後だけど」
「ん?」
「女の子たちと何話してたの?」
「…………別に」
放課後の女子三人の質問には答えたくない。
いま飯を幸せそうに食うコイツに、オマエのせいで殴られそうになりましたなんて事を言っても気分が悪くなる。
それに何だか、そう言うのは意地悪だ。
あと、飯が不味くなるから俺が嫌だと思った。
「私に話せない?」
「ああ」
「ふうん」
「……そんな気になることかよ」
「…………」
山田が無表情で俺を見てくる。
何だ、また黙っていれば時間が解決してくれる作戦だろうか。
つくづく最低な戦法取りやがって。
「逆に、何だと思う?」
「――――告白されてたとか」
「ぶっ」
味噌汁を食べていた途中で噎せた。
俺みたいな陰キャが女子に告白されるワケが無い。
そんなケースが想定されるなら、山田が俺に今までの非礼を詫びる奇跡が起きてもいい。あれ、謝罪だけでそんな可能性低いの??
「お、俺がモテるわけないだろっ」
「そうかな」
「そうだろ」
「前田、料理もできるし。優しいし。面倒見も良いから」
「そ、そうか……?」
「すぐ調子に乗るけど」
「喧嘩売ってるなオマエ」
妙に褒めてくれるな、コイツ。
でも、それは思い違いだ。
俺は普段は一人だし、誰かの面倒を見る事はない。料理だって、ここ何年かは自分の為にしか作っていないんだ。
こうやって、ズケズケと俺の家に上がり込んでくる例外を除けば、こんな事は他のヤツにする機会すら無い。
「いいや、モテない」
「悲しいほどに全否定」
「そうだとしても、オマエ以外の面倒なんか見たことないよ」
「…………」
「いつも自分で手一杯なんだっての」
俺はそう返しておいた。
すると、山田がかすかに微笑んだ。
「そうなんだ。……よかった」
ん、最後の方に何か言ったような……?
よく聞き取れなかった。
もう一度繰り返して貰おうかと思ったが、山田が再び食事に集中し始めたようなので、尋ねるのをやめた。
食後にシャワーを浴びて、俺は居間に戻った。
山田は誰かと通話していた。
スピーカーモードでやっているのか、通話相手の声も聞こえる。
『良いなー、今日も泊まってるの?』
「うん。でも虹夏は無理だよ」
『え……何で?』
「だって鍵ないと前田は家に入れてくれない」
ああん?
いま物凄く聞き捨てならない事を聞いたぞ。
すぐにでも鍵を返せと言いたいが……あ、あああの伊地知さんにそんな乱暴なところを知られたくない!
でも、こっそり女子の荷物を触るのもキモいしな……。
「あ、前田が出たから切るよ」
『待って!私も前田くんと話したーい!』
「あと眠いし」
『オイ、ちょ――ぷつん。
俺が逡巡している内に通話が終わった。
コイツ一方的にも程があるだろう。
伊地知さんの意見ゴリ無視して切りやがった。普通なら若干明日から友だちとの間に溝が出来そうな対応だけど山田を知る人間からすれば容認できそうだ、こういうヤツだし。
「俺も伊地知さんと話したかったな」
「虹夏、好きなの?」
「うぇっ!?い、いや別に?」
「おやすみ」
「聞いておいてクソどうでもいいからって無反応なのやめろや」
山田が欠伸しながら………って何処に行く?
「山田、何処で寝るつもりだ」
「前田のベッド」
「…………はいはい。もう言うの疲れたから勝手に寝てくれ。部屋の物とかいじるなよ」
「ん。前田も、今日はごめん」
「え……?」
急に謝罪……え、謝罪!?
山田が、俺に?
「さっき虹夏から聞いた。私が人気すぎるせいで」
「あ、まあ」
「私の罪深さで前田に迷惑かけた」
「一々引っかかる言い方するな」
でも、謝ってくれた。
それで少しだけ胸がすく思いだ。
「今度から気をつける」
「お、おう」
「じゃあ、おやすみ」
俺の部屋へとよたよた消えていく山田を見送って、俺も客用の布団……客用なのに、俺が寝るので敷く。
今日は本当に疲れた。
しかし、意外だな。
山田が俺に謝るだなんて……もっと謝って欲しいけど。
とりあえず色々と片付けたら寝よう。
もう、これ以上のストレスなんて無く、ぐっすりと眠りたい。
「前田、明日の朝ご飯は何?」
滅べ、山田。
キミにきめた!(註:特にストーリーに反映はしません。アンケートを使った遊びです。)
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山田リョウ
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伊地知虹夏
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後藤ひとり
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喜多郁代
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後藤ふたり
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伊地知星歌
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廣井きくり
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ジミヘン
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アニメ6話のミディアムヘアモブの子
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